みなさん、本はお好きですか?
ただ「本が好き」と言っても、その切り口は人それぞれ異なると思います。
SFが好きな人、推理小説が好きな人、専門誌が好きな人。図書館で読むのが好きな人、家でゴロゴロしながら読むのが好きな人。本の触り心地が好きな人、匂いが好きな人、本を読んでいる時間そのものが好きな人もいるのではないでしょうか。
一方で、「文字をじっと目で追っているだけなんて耐えられない!」「かさばるし、インターネットや電子書籍が普及してきた今、もはや必要ないのでは?」という人の声も聞こえてきます。
今回、千葉県柏市で開催したgreen drinks Kashiwa(gdKashiwa)では、本に関わるお仕事をされているふたりのゲストをお招きし、みんなで「本とひと」について考えるひとときを過ごしました。
休日の昼間にわざわざイベントに足を運んでくださる方々は、基本的に本が好きな人ばかり。けれども話しているうちに、好き/嫌いという判断にとどまらない、本のいろいろな側面が見えてきたんです。
「本屋」と「印刷屋」のおふたりと一緒に、「本とひと」について考えたgdKashiwaのレポート。普段は本に興味がないという方も、よければご一読ください。
(本記事はgdKashiwa当日の内容をもとに、後日追加取材を行い、編集した内容となっております)
イベント当日。会場となるコワーキングスペース「Noblesse Oblige」には15名のお客さんの姿が。
受付で受け取った名札に「呼ばれたい名前(あだな)」「今日、どんな気持ちで参加?」「あなたにとっての本の効能は?」の3つを書き込み、席につきます。
近くの人とお互いに自己紹介を交わした後、ゲストのおふたりの自己紹介がはじまりました。
まずは藤原印刷株式会社の藤原章次さん。
家業である印刷会社の営業担当として、幅広い取り組みをされている方です。
1984年生まれ。藤原印刷の後継者。企業理念は「心刷」。専門学校桑沢デザイン研究所 非常勤講師。シゴトヒト文庫、NORAH、TRUE PORTLAND、green books、n magazine、murmurmagazine formen、など独立系の書籍や雑誌の印刷を数多く担当。2014年12月に、出版業界初となった「藤原印刷ブックフェア」(印刷会社専門のフェア)をスタンダードブックストア心斎橋にて企画・開催。
本が無限につないでくれる
タイピストであった章次さんの祖母が創業し、長野県松本市に工場を構える藤原印刷。印刷から製本、納品に至るまで、一文字一文字に心を込め、一冊一冊を大切にしながら本をつくる「心刷(しんさつ)」の姿勢を絶やさずに60年間続いてきました。
そんななかで章次さんは、従来の枠を飛び越え、さまざまな分野・境遇の人たちと一緒に本をつくっています。
章次さん これは西国分寺にあるクルミドコーヒーさんの本です。出版社ではありませんが、お店で出版チームを組んで、不定期に出している本ですね。
こちらは九州限定の本。普段は一般企業に勤め、土日に出版業務をしている女性がいて。食べ物のご当地モノって、よく言いますよね。本にもそれがあっていいんじゃないかということで、おひとりで出されています。
ほかにも、学生がひとりで企画し話題となったファッション誌「N magazine」や、いろいろな生き方働き方を伝える「シゴトヒト文庫」、5人のオランダ人デザイナーが独自の視点で東京を切り取ったガイドブック「トーキョー・トーテム」など、これまでに携わったプロジェクトは多岐にわたります。
実はgreenz.jpが寄付会員向けに発行している「green books」も、藤原さんの関わる出版物のひとつ。
章次さん 本をきっかけにして、無限につながっていくんですよね。老若男女関係なく、個人やお店、企業やWeb媒体、さらに言えば世界中の人とお付き合いできるっていうことが、ぼくは本の魅力だなと感じていて。
たしかに、“本にならないモノゴトはない”のかもしれませんね。
章次さん そうですね。それに、ぼくらの世代は接点ができちゃうから。
接点?
章次さん これまでは出版社が本を企画して、印刷会社がつくり、取次が流通させ、本屋が売る。決められた以外の新しいやり方が生み出されにくい構造だったんです。
ところが今の時代、ネットや口コミでどこまでも広がっていきますよね。NAVERまとめで話題になった『N magazine』や、自費出版の過程や利益率まで開示しながらつくった『シゴトヒト文庫』のように、関わった人たちが自然と接点を生み出してくれています。
そんな話を聞いていると、本が「読む」だけのものではなく、「つくる」対象や「発信する」手段として個人レベルに開かれてきていることを感じます。藤原さんも、「これからは個人が本をつくることも当たり前になっていく」と話していました。
ただ、それならばWebサイトやブログで発信することも同じでは?なぜ本をつくるのでしょうか。
章次さん それはね、やっぱり形になるからだと思うんです。
あるお母さんが、小学校に上がる双子のお子さんに向けた絵を描いていて、本をつくりたいと。「ときには怒りたくなるし、怒鳴りたくもなるし、どこかに行ってほしいと思うときもあるけれど、やっぱり生まれてきてくれてよかった。だから、小学校に上がるふたりに“おめでとう”って言いたいんです」。そんな相談をいただいたんですね。
手書きの絵と言葉をデータ化して、印刷・製本。ふたりの子どもに向けた絵本が完成しました。
通常であれば、完成見本は藤原印刷で保管します。ところが、このときの完成見本は保管していないそうです。
章次さん お母さんのご希望もあって、うちでは1冊も保管していません。そうすることで、正真正銘の世界でたった2冊の絵本になったわけです。
本の価値って、10万部売れたから素晴らしいとか、2冊じゃダメだとか、そういう問題じゃなくて。それぞれの想いをもとに、100人に届けたい。500人に届けたい。もしくは2人に届けたい。そうあるべきじゃないかと思うんですね。
この先の未来、本の価値
大量に流通させるという意味では、もはやインターネットに勝るものはないのかもしれません。
ですが、届ける相手を思い浮かべながら、一冊一冊に想いを込めてつくる本には「形」があり、だからこそ固有の「感触」を感じられるのだと思います。本を選ぶ側としても、内容への興味関心や発行部数だけでなく、つくり手との関係性や完成するまでのプロセスがより重視されるようになってきているのではないでしょうか。
章次さん 本+何かで、「あの本を置いているところに行けば、きっと面白いものがあるはずだ」っていうことも起きてくると思うんです。まだまだ圧倒的にイノベーションの起きていない業界だからこそ、面白いんですよね。
たとえば、印刷会社と本屋がつながるのも面白そう。
章次さん 一昨年の12月に、大阪のスタンダードブックストアさんで「藤原印刷ブックフェア」をやりました。出版社さんのフェアはあるけれど、「印刷会社でもこんな面白い本を個人の方がつくってますよ」と紹介する棚を設けていただいて。
そんなふうにつくる側と売る側が一緒になって何ができるか考えていければ。結びつきが密になるほど、買う人にとっても良い場所になっていくと思っています。
続いて本屋の立場から、高橋和也さんにもお話を伺います。
おふたりはこの日が初対面。ですが、話が進んでいくなかで、お互いに重なり合うポイントが見えてきました。
SUNNY BOY BOOKS 店主。紙モノの制作部門「OFFICE SUNNY BOY BOOKS」や古本ユニット「本屋の二人」の活動ほか、カフェや雑貨屋などへの本のセレクト、本にまつわるイベント企画なども行う。
買うというより“持って帰る”
学芸大学前駅からほど近い住宅街にぽつりと佇むSunny Boy Books。5坪ほどの小さな空間には、高橋さんの選んだ本が並ぶほか、雑貨や作品の展示を見て取ることができます。
高橋さん 3週間ごとぐらいのペースで、作家さんのフェアをやっていて。今(取材当時)は『文庫と小文庫』というタイトルで、タダジュンさんの版画展をやっています。
「作家さんが知り合いだったこともあり、直接お声かけさせてもらいました。普通は出版社とのやりとりが多いなかで、作家さんと近い距離感でやれる機会も増えてきて、以前よりも楽しく働けている感じがします。
そう話しながら、高橋さんが一冊の絵本を見せてくれました。
高橋さん これは絵描きの阿部海太くんが描いた『みち』っていう本です。
彼が1年半前ぐらい前にお店に来た日のことは、なんとなく覚えています。あまり天気もよくない日で、お客さんも少ないなか、1時間以上棚を見てるんですよ。5坪の狭い店で。なかなかいない人だなと思っていたら、最後に一冊買ってくれて。でも、なかなか立ち去らないんです。
微妙な空気が流れて、「なんだろう?」って思うじゃないですか。少しの沈黙の後、「実はぼく、絵を描いてて…」って話をやっとしてくれて。
自分の絵をいろんな人に見てもらいたいのだけど、個展を開くのにもお金がかかるし、本当に人が来てくれるかもわからない。ならば、絵本に託してみたい。そんな想いを聞かせてくれたそう。
高橋さん 言葉はなく、ひたすら続く道をふたりの子が歩くシンプルな本なんですけど。とにかく絵が素敵なんですよ。
「じゃあちょっと置いてみよう」っていう話になって、SNSで宣伝してみると結構反響がありました。1ヶ月で15冊ぐらい売れたんです。値段も3000円ぐらいするし、そんなに売れると思っていなかったので、これはちょっとすごいなと。
その後、原画展を開催すれば再び30冊ほどが売れ、出版社の人がやってきたり、個展の話が進んだり。Sunny Boy Booksでの販売をきっかけに、次々と縁がつながっていったといいます。
高橋さん そうやってひとつの作品が飛び立っていくのは、ぼくにとっても本当にうれしいことなんです。そのストーリーをお客さんにも伝えたり、会話していると、“買う”ことが二の次になっていくというか。買うというより“持って帰る”。そういう感覚になっていくんだと思います。
本屋として生きるために、“遊び”は続く
ふと、家の棚に並ぶCDのことを思い出しました。それは地域の音楽イベントでたまたま聴き入ったミュージシャンのCD。もちろん、その歌声や演奏に惹かれた部分もありますが、聴き返すたびに、当時の情景や交わした言葉も一緒になって浮かんできます。
本も同様に、さまざまな想いやエピソードを媒介するもの。この5坪の空間から、今まさに紡がれつつあるストーリーもあるようです。
高橋さん 小説家の温又柔さんと音楽家の小島ケイタニーラブさんと一緒に、何か楽しいことしたいねって話していて。うちで創作室をやることになったんです。
創作室?
高橋さん まずは温さんが本を一冊選んで、その本にまつわる物語をここで書きます。その何日か後に、今度は小島さんがやってきて、その選んだ本と物語に即興で曲をつける。言葉と音楽の往復書簡みたいなことを、この狭い空間でやっているんですね。
それは最終的にちゃんと形にしたいんですけど、本にCDをバーン!ってくっつけたようなCDブックは嫌だなと思っていて。とは言っても、まだしっくりくる答えが出ていないんですよ。
そんな話を聞いていた藤原さん。「たとえば、ペラペラとめくることでそれが音楽のように奏でられるために、何ができるか。紙やインクを変えることもひとつの方法ですよね」とアイデアが飛び出し、「また相談させてください(笑)」と高橋さん。
「本屋」と「印刷屋」は、互いに自ら作品を生み出すことは本業ではないかもしれません。ですが、人の縁でつながったり、想いをもった作家さんに出会い、寄り添いながらひとつの形にしていく過程も面白いのだといいます。
高橋さん 本当は本だけ売っていたいんです。毎日店を開けて、閉めて、それだけで生きていけたらいいなと思ってる。それ以外のことは、どれも本屋として生きていくためにはじめたんですよ。
ただ最近はそれも面白くなってきて。本を売っているだけではできないつながりも生まれますし、その“遊び”のような部分が結果的にお店につながってくるんです。何か動けば、ちゃんと返ってくるものがある。これからも本屋として生きていくためには、自分から動いていかないとダメなんだと思います。
おふたりに共通していたのは、本をきっかけにさまざまな人と関わり合っているということ。そして、そこから広がる表現の可能性や新たな出会いを楽しんでいることでした。
それは本に関わる職業に限った話でありません。知る機会が限られているだけで、自ら本をつくったり、別の分野のモノゴトとかけ合わせたり、その過程で生まれるつながりを楽しむことは、すでに多くの人に向けて開かれた時代になりつつあります。
実はわたしたちgdKashiwaでも、本をつくろうという話をしています。イベント当日だけでなく、後日に個別取材もさせていただいているので、まだまだご紹介したいエピソードや言葉たちがいくつもあるのです。全てWeb上で発信してもいいのかもしれませんが、もう少しローカルに、本という形で出したらどうなるのか、実験のようなつもりで挑戦しようと考えています。
何より、おふたりの話を聞いていたら本をつくってみたくなってきた!というのが、ひとつの大きな理由でした。これを読んだみなさんにとっても、何か本の新たな側面を発見する事につながっていたらうれしいです。
(Text:中川晃輔)(Photo:徳永香)