「そこが知りたい電力自由化: 自然エネルギーを選べるの?」(高橋真樹著)
電力の小売全面自由化が開始されてもうすぐ半年。開始当初はCMで乗り換えをアピールする会社があったりして話題にもなりましたが、最近はだんだんと落ち着いてきた気がします。
しかし、電力自由化って一体何なんだろう。私も、greenz.jpのライターとして一応、環境に優しく生きたいので、自然エネルギーの電気に変えたいなぁと思いつつも、どうすれば自然エネルギーを選べるのかよくわからないまま、時間ばかりが過ぎていきます。あなたはそんなことありませんか?
そんな疑問を解消すべく、先日『そこが知りたい電力自由化 自然エネルギーを選べるの?』という本を出版したgreenz.jpでもお馴染みのノンフィクションライター高橋真樹さんにお話を聞いてきました。
ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。世界70カ国をめぐり、持続可能な社会をめざして取材を続けている。このごろは地域で取り組む自然エネルギーをテーマに全国各地を取材。雑誌やWEBサイトのほか、全国ご当地エネルギーリポート(主催・エネ経会議)でも執筆を続けている。著書に『観光コースでないハワイ〜楽園のもうひとつの姿』(高文研)、『自然エネルギー革命をはじめよう〜地域でつくるみんなの電力』、『親子でつくる自然エネルギー工作(4巻シリーズ)』(以上、大月書店)、『ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)など多数。2016年7月25日に新刊『そこが知りたい電力自由化・自然エネルギーを選べるの?』(大月書店)が発売された。
自由化で何ができるようになったのか
色々お話を聞く中でまず気付かされたのは、電力ということに対して自分があまりに受け身でいたということでした。
自分ごとのはずなのに、他人ごとになってしまっていると思うんですよ。
電気というのは毎日使っている身近なもののはずなのに、電気が手元にくるまでの過程というのは、これまで他人ごとだったというのです。
その最大の要因は、大手電力会社が地域独占していて、私たちには電気についての選択肢が何もなかったから。なので、仕方がない面もありますが、「自由化によって選択が可能になったのだから、それを手元に取り戻すべきなんです」と高橋さんは言います。
そう言われても、やはり面倒くさいし、どんな意味があるのかという疑問も沸きます。電力自由化によって可能になった電力会社の選択が、エネルギーを自分ごとにすることにどうつながるのでしょうか。
電力の場合、難しいのは、切り替えても違いがわからないことです。コンセントから来ている電気はこれまでと全く同じなので、「いつものスーパーの野菜じゃなくて有機野菜を買った」みたいな実感がありません。
しかも、今は電源表示(原子力や再生可能エネルギー、火力など、どんな比率で電力を調達しているかを示す電源構成の表示)が義務化されていない上に、自然エネルギーの発電設備自体が足りないこともあって、自然エネルギー100%の電力会社を選ぶことができません。
新電力「みんな電力」に電気を売る、千葉県袖ケ浦市の市民発電所(提供:みんな電力)
なるほど。こういう初歩的なことからしっかり知ることがまず大事ですね。
でも、だからこそお金の支払先を変えることに意味があるんです。選挙でも100%完璧に自分の思いを反映してくれる候補者なんていませんよね。同じように、電力会社も今ある選択肢の中でよりマシなものを選ぶのが重要です。
今までは投票権すらなかったわけだから、ベストじゃなくてもベターなものを選ぶことでようやくスタート地点に立てる。変えないということは既存の電力会社に投票するのと同じことですから。
電力会社を選ぶのは投票行為でもあるというわけです。これはフェアトレードやエシカルの文脈でもよく言われることです。お金の流れが変わることで、少しずつ社会が変化していく可能性があるのです。
ではどこの会社を選べばいいのでしょうか? その答えは住んでいる場所やどのようなエネルギーの未来を望んでいるかによって変わってきます。だから、それぞれの会社がどのような取り組みを行っているかを知ることが大切なのです。
そして、電力自由化の効果として重要なのは、選択できるようになったことより、むしろ知ることができるようになったことだと高橋さんは言います。
大事なのは、今までは地域独占の中で、電力会社が何をやっているのか、国ですらわかっていなかったということ。原発事故の時も東京電力から情報がこないから官邸でもわからないということが結構ありました。でも、これからは他社と対等にやらなければいけないという前提になるので、情報を出さなければならなくなります。
電力自由化の意義は、電気代が安くなるかどうかというよりも、そのほうが大きいんです。電力というインフラを独占して情報をどこにも出さなくていいっていう体制はすごく問題ですよね。その問題に、日本もだいぶ遅ればせながらですけど、手を入れようよってことが始まったわけです。
中立の監督機関もできましたが、市民が監視していくことも大事です。情報を求めたり、注文をつけたりしながら、電力会社の選択という投票によって意見を表明していく。そうやって効率性や透明性を高めていくことが最終的には国民の利益になるはずなのです。
自由化によって選択権が得られるだけでなく、情報にアクセスできるようになり、口も出せるようになるというわけです。高橋さんは「一企業が国の存亡を左右する情報を何十年も全部握っていたというのは恐ろしいことですし、それに対する疑問がほとんど出なかったのも怖いことです」とも言っていました。
私たちはもっと真剣にエネルギーに向き合わないといけない、これまでやってこなかっただけに面倒くさくも感じるし、難しそうにも思えますが、やってみないと何も変わらないと言われている気がしました。
原発をなぜやめられないのか、石炭火力という新しい問題
電力について真剣に考えるとなると、多くの人が気になるのがやはり原発の問題ではないかと思います。原発については、福島第一原発の廃炉、各地の原発の再稼働、運転期間を60年に延長するという話、もんじゅをどうするかなど、さまざまな問題があります。
それぞれについての賛否はさておき、原発についても私たちは意見を言えるようになるのでしょうか。
原発に関しては、維持するというのが基本路線で、今回の電力自由化の話の中には含まれていません。
本来は原発も含めてきちんと自由競争をやるべきなんですが、原発に関しては国策として守るという方針で、維持を前提に法律も整備されているし、原発の電気を使わない新しい電力会社と契約したとしても使用済み核燃料の処理費用などは電気料金に含まれます。
つまり、原発は国に保護されていて自由競争の対象にはならない、事実上のダブルスタンダードなんです。
話が原発のことになると急にもやもやしてきますし、なんでなんだと怒りたくもなってきますが、変えるためには国の方針から変えなければならない問題で、電力自由化という視点から変えていくというのは難しそうです。それはそれでかなり大きな問題なわけですが、もう一つ、石炭火力の問題も起きようとしていると言います。
日本では今、大規模な石炭火力発電所の計画がいくつもあります。世界的にみると、二酸化炭素排出量の多い石炭火力はやめようという流れで、アメリカやドイツでは計画中止になったものが多くあります。日本だけがその流れに逆行しています。
日本だけがなぜ逆行しているかというと、石炭火力のコストが安いから。電力自由化によって価格が安いほうが有利になったため、安い電源を手に入れたい会社が増えたのです。しかし本来は、環境への影響という見えないコストも含めて評価し、消費者が選べるようになるのが本当の自由化ではないでしょうか。
石炭火力発電所は日本だけが増設を予定している(「そこが知りたい電力自由化」より)
隠れたコストを誰が支払うのかをしっかり見なくてはいけません。それに、本当に自由化するなら、原発だって、かかっている費用や、それを誰が負担するのか、誰が責任を取るのかということも含めて全部明らかにしないといけないはずです。
スウェーデンは脱原発と決めたわけではないんですが、原発事故の補償を国はしないと決めたことで、新規の原発申請がゼロになりました。
値段だけではわからないコストが実はあるというわけですが、電源構成の表示の義務化すらされていない現状では、消費者がそこまで考えて選ぶのは難しそうです。しかし、そんな中でもできることはあるといいます。
例えば、東京ガスはいま石炭火力発電所を計画しています。だから、東京ガスに切り替えるなら、「石炭火力はどうなってますか?」とか一言添えて、ちゃんと見てますよということを伝える。
お客様からの、そういう意見って意味があると思うんです。少数だと響かないけど、人数が増えれば意見が取り入られる可能性もないわけじゃない。東京ガスでも、東京電力でも他の電力会社でも、意見を言っていくことで、変わる可能性が出てきたというのは認識しておいたほうがいいと思います。
なるほど。これまでは完全に任せきりだったエネルギーのあり方を、私たちが変えることができる可能性がわずかながら出てきたということですね。今は無理でも、意見を言っていけば原発についても何か変えることができるかもしれないという希望も見えてこないわけではない気もしてきました。
エネルギーを選ぶためには電気のことだけ考えててもダメ
エネルギーのあり方を変えていくためには、まず私たち自身のエネルギーに対する姿勢をしっかりともたなければなりません。そのためには電気だけでなく、さまざまなエネルギーについて知り、トータルで考えていかなければいけないと高橋さん。
私たちが暮らしていくのに必要なエネルギーって実はもっともっと少ないんです。日本は夏暑くて冬寒いのが当たり前。
それをエアコンなどの家電を使うことでごまかしてきたわけですが、もっと寒いはずの北欧なんかに行くと、エアコンをほとんど使わなくても快適に暮らせる家があります。断熱性能がいいんですね。工夫をすればエネルギー消費量を減らせるわけだから、そういうところにもっと注目してほしいと思います。
省エネ率の高い鈴廣蒲鉾の新社屋(撮影:高橋真樹)
高橋さんの本に登場する鈴廣蒲鉾の新社屋の例では、エネルギー性能を高めることで電気代が50%削減できた上に、空調も以前より快適になって花粉症の人が楽になったなど、省エネによってむしろ過ごしやすくなったそうです。にわかには信じがたいですが、それこそが問題の本質ではないかと高橋さんは言います。
夏暑くて冬寒いのが当たり前という、家についての常識のように、日本人が何十年にもわたって信じこまされてきた幻想や誤解がたくさんあるんです。
意図されて刷り込まれたものと意図されていないものがあるんですが、僕自身、取材する中で自分の認識が実態とずれていたと感じることがあります。それは世の中の大半の人が信じていることかもしれません。
例えば「自然エネルギーは不安定」と言われますが、太陽光、水力、風力などの複数の電源を組み合わせ、それを地域をまたいで融通することができれば全体としては比較的安定した電源と見ることができます。北欧では実際にそのようなことが行われているし、日本でも地域間の送電が可能になればできることです。
私たちが当たり前と思っているエネルギーの常識が実は常識ではなかった。それを知れば、エネルギーをもっと身近な問題と捉えることができるし、そこからエネルギーのつくり方、使い方についても考えることができる、そういうことのようです。
信じこまされてきたことと言えば原発の「安全神話」もそうですし、「電気が足りなくなる」という考え方もそうです。しかし、3.11のあと、私たちは安全神話はあくまで神話だったと気づいたし、電気が足りなくなるなら節約したり、自分でつくればいいということを学びました。
そのようにして、電気は与えられるものというのとは別の視点からエネルギーを捉え直してほしいというのが高橋さんが言わんとしていることなのではないかと思いました。そして、その先に電力会社選びがあるのです。
エネルギーを自給するミニ太陽光発電システム(別記事より)
電力会社選びはクラウドファンディングのようなもの
では、どこを選べばいいのかという話にやはりなります。しかし、重要なのは今、どこを選ぶかではないと高橋さんは言います。
今年の4月とか6月の段階では一般市民向けの販売をスタートできていないところも多く、来年をめどに動き出すところもあるし、自然エネルギーの発電容量が増えればもっと電源構成の割合が高くなる可能性もある。
だから、重要なのは「変えたからいいや」と考えるのをやめてしまうのではなく、切り替えた後もアンテナを張り続けてより良い会社が無いかチェックし続けることです。
そして、これから考えていく上で鍵になるのは「地域」だと言います。
「ご当地電力」と言われるような小さな電力会社は地域に根ざした自然エネルギーに取り組んでいますし、それを消費者が支援できる仕組みをつくっています。
例えば、「みんな電力」は自分が応援できる地域を選べるとか、発電所をつくった地域の人たちとつながれるような仕組みをつくろうとしています。これはある意味「この人がやってるから応援したい」というクラウドファンディング的な関係を結ぶ機会を提供しているともいえます。
電力自由化は、国が、自然エネルギーを応援するクラウドファンディングの制度を整えたと見ることもできるかもしれません。
山梨県都留市の小水力発電所「元気くん1号」(撮影:高橋真樹)
電力自由化は1回の決断ではなく、クラウドファンディングのように「良さそうだな」と思ったらその都度選んでみるというあり方でもいいというのです。いずれにしろ電気を買うために支払うお金なら、自分が応援したい地域や人にお金を出したほうが納得できる。そう考えると、電力自由化を理解しやすくなった気がします。
原発問題からエネルギーへ
今では、エネルギーの専門家のような高橋さんですが、取り組むようになったのは実は東日本大震災の後で、科学の分野には苦手意識があったそうです。
原発のことは学生時代から関心があって、東日本大震災の後にも環境運動家の辻信一さんの監修で子ども向けの原発の本を一冊出したりしています。
「カラー図解 ストップ原発〈4〉原発と私たちの選択」(高橋真樹著、辻信一監修)
ただ、科学のことがわからないので自然エネルギーには苦手意識があってちゃんと向き合っていませんでした。でも、2012年に自然エネルギーの本をつくらないかという話を頂いて、いろいろな人と話しているうちに、エネルギー問題の一番大事なところは社会的な部分だということに気づいたんです。
その頃ちょうど、地域で小さくても意義のあるプロジェクトが立ち上がりつつあったので、それを紹介することで自分でも自然エネルギーについて伝えることができるんじゃないかと思いました。
苦手だった自分が、身近な地域からとらえることでエネルギーについて考えることができるようになった。高橋さんの本を読むと、多角的な視点からエネルギーのことが語られていて、そのどれかには誰もが引っかかるものがあるとも思いました。
「次は“エネルギーと住宅”についてもっと踏み込んだり、災害時に使われる避難所の厳しい環境を改善することなどについても取り上げていきたい」という高橋さん。これからも意外な視点からエネルギーについて考える機会を私たちに与えてくれそうです。