「高岡、ヤバいっす。めちゃくちゃ面白いですよ! 期待していてください!」
仕事で訪れることになった富山県高岡市。先に現地入りした仕事仲間から、そんなメールが届きました。
ライターという仕事柄、“面白いまち”はたくさん見てきました。「そんなにも…?」と期待半分・疑い半分の気持ちでいたのですが、結果はというと、自腹を切って延泊することに。
なぜなら、高岡の伝統工芸と粋な職人たちに、趣ある街並とそこで起きているイノベーションの数々に、すっかり魅了されてしまったからです。
というわけで今回は、伝統産業のまち・高岡のどこがそんなに面白いのかをご紹介します。
若手職人が製作した作品たち。
伝統をただ守るのではなく、新しい形で伝えていく
土蔵造りの建物が残る高岡は、何気ない風景も絵になります。
まずは、高岡の歴史を簡単に説明しましょう。
高岡は1609年に加賀藩主・前田利長により、高岡城の城下町として開かれました。利長は町の発展のために鋳物師や指物師を呼び寄せ、日常生活品をつくらせたといいます。そこから高岡銅器、高岡漆器が生まれて発展し、1975年には国の伝統工芸品として指定を受けました。
しかし、仏具や花器、お盆に文箱といった製品は時代の変化と共に需要が低迷。バブル崩壊と共に売上は急激に減少していきます。若者の間には「伝統産業は古くさい」というイメージが生まれ、職人の高齢化が深刻になっていきました。
けれども、そうした状況のときこそイノベーションは生まれるもの。数百年培ってきた技術を応用した、現代にも通用するデザインの新製品が次々と産声を上げはじめました。そのどれもが、とっても素敵なんです!
たとえば、鋳物メーカー「能作(のうさく)」の“曲がる”錫製品。錫(すず)は軟らかく曲がりやすい性質を持つ金属です。それまで難点とされてきたその性質を逆手に取り、自分で好きな形に曲げることができる花器や箸置きを開発しました。
これが大ヒットをして、国内だけでなく海外からも注目を集めるように。従業員数はここ数年でなんと3倍に増え、100人を超えたといいます。
手作業で仏具の鏧子(けいす)を製作する「シマタニ昇龍工房」4代目の島谷好徳さんは、能作の“曲がるシリーズ”から着想を得て、折り紙のようにぐにゃぐにゃと曲がる錫の器「すずがみ」を開発しました。
島谷さんが能作社長に「鍛金の技術を応用して曲がる錫製品をつくりたい」と相談すると、「うちは鋳造でお前のところは鍛金で、製法が違うから何の問題もない」と快諾してくれたそう。それだけではなく、通常はトン単位でしか購入できず高価な錫を、開発用にと少量分けてくれたのだとか。
「自分が思いついたアイデアだから」と独占するのではなく、同じ地域の仲間として応援するところに、粋な職人魂と高岡の結束力の強さを感じます。
折井宏司さん
着色工房「モメンタムファクトリー・Orii」を経営する折井宏司さんは、伝統着色を施すことが難しいとされてきた厚さ1㎜以下の圧延板に対し、美術工芸品や銅像に使ってきた着色技術を応用することで新たな発色技法を確立しました。圧延板は軽くてイニシャルコストが低いというメリットがあります。
色も、伝統的な手法の順番を入れ替えたり、業界の常識を外れた手法を試したりしながら、「斑紋孔雀色」「節目茶褐色」といったオリジナルの色を生み出していきました。代表的なのは「Oriiブルー」と呼ばれる「斑紋ガス青銅色」。印象的な風合いの建材としてインテリア業界から注目を集める一方、時計やコースターなどのクラフトは、一般ユーザーの間でも話題になっています。
説明が遅れましたが、高岡の銅器・漆器産業はどちらも分業制。銅器で説明すると、原型製作、鋳造、研磨、着色と工程ごとに専門の職人がいて、工房から工房へと受け渡されていきます。それらをまとめて製品を完成させ、小売店へ卸すのが問屋の仕事です。
そのため、各工房が自分のところだけでものづくりをするのは難しく、また問屋を通さず直接小売店へ売るのはタブーのようなものでした。
最初は工房が独自に新製品を開発する動きを問題視する声もあったようですが、問屋側も「文句があるなら俺たちがもっと注文を取ってこないと」と、新製品開発や販路開拓に発奮。問屋が考案した新製品がヒットするケースも増え、いい循環が生まれたといいます。
「大寺幸八郎商店」の干支シリーズ
「漆器くにもと」の螺鈿iPhoneケースと螺鈿リング
「いまの時代に合ったキャッチーな製品を発表することで、伝統工芸やその技術に触れるきっかけをつくりたい」「伝統は守るものではなく、攻めるもの。新しい伝統をこの時代から生み出したい」——職人たちは口々にそう話します。
“ガラは悪いが、腕は良い”!? 粋な職人が集まる「高岡伝統産業青年会」
こうしたイノベーションが連鎖した背景には、ふたつの伝統産業に携わる若手職人たちの団体「高岡伝統産業青年会(略称:伝産)」の存在があります。
「お堅そうな名前の団体だな」と思いました? ところがこの「伝産」、やっていることはとってもかっこいいんです!
伝産WEBのトップページ。どうです、小粋で洒落っ気があるでしょう? キャッチコピーも「ガラは悪いが、腕は良い。」と、エッジが効いています。
たとえば、工場見学ツアー「高岡クラフツーリズモ」。ただ高岡を訪れただけでは知ることができない職人たちの日常や伝統の技を間近で見ることができるとあって、毎回満員になるほどの人気企画です。
「小島製作所」の鋳造所。
でも、職人の中には「現場に人を入れるなんて!」と反発する人もいたのではないでしょうか。そんな疑問を投げかけたところ、企画立案者の國本耕太郎さんはこう答えてくれました。
國本さん 最初は渋られましたね。「工房は粉だらけだし汚いし、見るものなんてないよ」と。でも、来た人が「これを手でつくっているんですか」「すごい、かっこいい」と驚いている姿を見ると、満更でもなくなってくるんですよね。「じゃあこれも見せようか、こういうのもあるよ」って。盛り上がっちゃって、時間が足りなくなるくらい(笑)
職人さんがものをつくる姿って格好いいじゃないですか。でも、地元では長らくそういうイメージはなかったんです。それが、外から来た人に評価されたことで自信につながったようです。職人にとっても、良い刺激になりました。
漆器問屋の國本さん。伝産の元会長で、高岡のキーパーソンのひとりです。
伝産ではほかにも、若手職人たちが東京に出張して鋳物体験の場を開く「くらしに生きる伝統のかほり展」、職人の仕事を体験できる「仕事旅行」など、高岡のものづくりを身近に感じてもらうための機会を提供しています。
仕事旅行「原型師になる旅」。旅先は、職人による手仕事と3次元CAD・CAM、高性能3Dプリンターといた最新技術を組み合わせて精緻な製品をつくりあげる「嶋モデリング」です。
2013年には、伝産40周年を企画して映画『すず』がつくられました。鋳物職人の家に生まれた若者を主人公とした物語で、伝産メンバーも多数出演しています。
脚本・監督は菱川勢一さん。カンヌライオンズで三冠を受賞したNTTドコモCM『森の木琴』を手がけた方、と言えばそのすごさがわかるでしょうか。でも、なぜ菱川さんが高岡の映画をつくることになったのでしょう?
ニッポン・ローカルショートムービー『すず』
國本さん 雑誌の企画で菱川さんと対談したときに、「いくら面白いことをしていても、それが知られていなくちゃ意味がない」とこき下ろされたんです。「じゃあ高岡に来てくださいよ」と言ったら、一週間後にスタッフを連れて来てくれて。
僕たちは、高岡の魅力を知ってもらおうと全力でもてなしました。工房を10軒案内して、朝の5時から川に潜って穫った鮎をご馳走して、バーベキューを開いて。それが功を奏して、高岡のことをすごく気に入ってもらえたんです。「40周年を記念して3分ほどのプロモーションビデオをつくってもらえませんか」と頼んだらすぐにOKしてくれました。
それが、撮影の1ヶ月前にいきなり「映画にしようと思う」と言われて、びっくりしちゃって。「絶対に予算が足りない」と思ったんですけど、「払える額でいいから」と。僕らに払えるだけのお金をかき集めて製作してもらいましたけど、大損だったんじゃないかな、きっと。
「すず」は、写真や文章だけでは伝わらない高岡の空気感をしっかりと映し出しています。工房はほんの数秒しか映っていませんが、それがまた「行ってみたい」という気持ちをそそります。YouTubeにアップされているので、ぜひご視聴ください。
なお、伝産は40歳以下の若手職人や問屋で構成されていて、会長は1年交代制です。会長になると、他県へ行って講演することも。また、若手職人も委員会に入り、何らかの活動を担当することになります。
こうした活動を通して、職人は日本のものづくりシーンでの高岡の立ち位置を意識し、新しいことに挑戦していく気概を共有していきます。また、多くの人と接するので、自分の仕事を説明することにも慣れていくのでしょう。
「伝統工芸の職人」というと、「気難しくあまり多くを語らない」イメージを抱いている人も多いと思いますが、高岡の職人たちにそのイメージは当てはまりません。
飲み会に飛び入り参加したところ、次々と職人さんが話しかけてくれました。素人にはちょっと難しいものづくりの工程も、「どうやったらわかりやすく伝わるだろう」と考えながら説明してくれるので、どんどん話に引き込まれていきます。こういうところも、高岡をおすすめしたい理由のひとつです。
明日公開の後編では、「なぜ高岡で次々とイノベーションが起こるのか?」という考察をお届けします。
– INFORMATION –
高岡で開かれるものづくりの祭典「クラフト市場街(2016年9月22日〜26日)」
http://ichibamachi.jp