みなさんは自分の住むまちの風景が好きですか? こんな質問を投げかけてみると、「無機質になった」「どこも同じような景色になった」という声をよく聞きます。
例えば、人と人のつながりやコミュニティ意識が薄れてしまって、まちの景観づくりに関わるきっかけがなかったり、「自分の住むまちをもっと楽しく美しいものにしたい」と思っても、何から始めていいのか分からなかったり。
これからご紹介する「ひらひら日本」は、そんな方にもぜひ参加してほしいイベント型プロジェクトです。花や緑をテーマに全国のさまざまな年代・職種の人たちが一緒に楽しむきっかけを、主にウェブサイトを通して提供しています。
2015年9月〜11月に初めてのイベントを開催したときは、市民・NPO・企業など100件以上が参加。2016年は3月〜6月まで開催し、「楽しい!」「きれい!」という声につられて、じわじわと参加者の輪は広がっています。
今回は「ひらひら日本」実行委員長の井上忠佳さんに、花と緑の本質的な価値やまちづくりとの関係について、お話を伺いました。
ランドスケープ・アーキテクト(RLAフェロー)・技術士
1944年生まれ。東京農業大学造園学科を卒業後、建設省(現国土交通省)で公園や緑を大切にする都市計画に携わる。その後社団法人ランドスケープコンサルタンツ協会、㈱創建に勤務。近年は、東日本大震災復興支援プランナーとして福島県新地町にて活動。分かりやすく花緑を楽しむ工夫を、日々研究中。著書に「工夫とアイデアでのりきるがんばらないガーデニング(誠文堂新光社)」、「日本の街を美しくする(学芸出版社:共著)」など。
「あなたがまちの花になる」
「ひらひら日本」は「あなたがまちの花になる」をコンセプトに、ガーデン、花、野菜づくり、ランドスケープなどの花緑と、アートや暮らしの境界をなくしていく取り組みです。
主な活動は、「ひらひら日本」のウェブサイトやFacebookページなどに、自然や花緑を愛でる取り組みやイベントを投稿し、その楽しみを共有すること。
投稿する内容は草花1本でも、植木鉢1個でもOK。アドバイスがほしい人には、実行委員会のメンバーがサポートするので、初心者の方も安心して参加できます。
今までに約100件の取り組みが投稿され、中には日本初の磁気浮上式リニアモーターカー「リニモ」を貸し切りにして車内を緑化し、車窓の景色とともに音楽やアートを楽しむというイベントもありました。
リニモを貸し切りにして行ったイベント
トラックの荷台を緑化して街を走る
ワイヤーアートを、花緑のなかで楽しむ
みんなが守り育てる花や緑は、ひとつひとつは小さくても、全体がつながることで美しいまちの風景を作り出していく。そんな思いで展開している「ひらひら日本」の実行委員会には、ランドスケープ関係者を中心にデザイナー、記者、主婦などさまざまなバックグラウンドを持つ人たちが参加しています。
実行委員会だけでなく、参加者募集や投稿のお手伝いなどを担当する「コーディネーター」も含めて、ほとんどがボランティア。「コーディネーターの確保が当面の課題」とのことですが、同じ趣向を持つ仲間の輪は広がりつつあります。
活動歴50年!「真の市民参加」を実現したいという夢
実行委員長を務める井上さんは、1968年に大学を卒業して以来、北海道から沖縄まで全国の公園や都市計画・まちづくりの仕事に携わってきました。故郷の名古屋との直接の関わりも通算10年以上になります。
活動歴50年!という大ベテランですが、常に現場に足を運び若い人たちと一緒に考える姿は、とても70代とは思えないほどバイタリティーに溢れています。
そんな井上さんが、「ひらひら日本」を始めた背景には、「真の市民参加」を実現したいという力強い思いがありました。
大学時代、留学していたアメリカで「市民が自らまちの課題を見つけ、自分たちで解決していこう」としている姿に感銘を受けたんです。
とはいえ公園や都市計画の実務のなかでは、市民の意見を聞く動きも始まったものの、まだまだ形式的だと感じることもしばしば。何より目の前の膨大な仕事量をこなすのに必死の時代でした。
また当時は公害問題も盛んに言われており「環境」にも関心が集まっていましたが、「環境」と「花緑」は別々に考えられていました。ずっと心のなかで、「花緑」「環境」をテーマに「真の市民参加」を実現したいと考えていたんです。
転機が訪れたのは名古屋市で開催された2010年「CBD/COP10(生物多様性条約第10回締約国会議)」のとき。サイドイベント「URBIO2010(ウルビオ/都市における生物多様性国際会議)」の共同議長を務めた井上さんは、「生物多様性」というテーマが学者中心の活動になっていることに疑問を覚えます。
「生物多様性」や身近な「環境」を意識したまちづくりをより多くの一般市民の理解を得ながら広めていくにはどんな仕掛けが必要だろうか? 具体的なアクションを起こすために色々と調べるなかで出合ったことのひとつが、イギリスのイベント「チェルシーフリンジ」でした。
チェルシーフリンジの様子。バス停近くの植栽
「チェルシーフリンジ」は、王立園芸協会がロンドン市内で開催する伝統的な「チェルシーフラワーショウ」と同時期に、ロンドン市内全域を対象に展開される新しいタイプの「まちなかのフラワーフェスティバル」です。
富裕層中心ではなく、より多くの花緑好きや自然を愛する人たちが集まり、アートや音楽など市民が自由な発想で参加できるのが大きな特徴で、2012年から毎年、5月~6月の3週間開催されています。
チェルシーフリンジの様子。フリンジお別れパーティー
1988年の「全国都市緑化名古屋フェア」のように、かつては住民や商店街や学校などの協力で街中の花飾りが行われていました。
そして、ちょうど2015年秋に「第32回全国都市緑化フェア」が愛知県で開催される巡り合わせもあり、これまで想いを共有してきた仲間たちと、「チェルシーフリンジ」を日本でも開催しよう!と、井上さんは本格的に動き始めたのです。
花を愛でる心は「連鎖する」
通りから眺める団地の風景
井上さんたちが目指しているのは、花緑を通じて人と人がつながるきっかけをつくることです。
例えば、ある団地では、雑草の生えた小さな隙に住人のひとりがチューリップの球根を植えたことで、みんなが草花を植え始め、10年ほどかけて全体が華やかになったこともあったそう。
隙間に咲いたビオラの花と桜の花びら
「ひらひら日本」のようなイベントを通じて、花緑や自然の好きな人が集まることで、今まで付き合いのなかった住人同士の会話が増えることもあります。最近では、高齢の方が屋外に出て庭仕事をする姿もよく見かけるようになりました。
また、ガーデニング好きの母親が手入れした庭を娘さんが「ひらひら日本」に投稿したところ、思いがけず色んな方に注目されて「母も喜んでいました」という声も寄せられているそう。
重要なのは自然とともにあることへの意識や感謝を、多くの人たちに持ってもらうことなんです。
それが、どのようなプロセスを経て達成できるのかはやってみないと分からない。一筋縄では行かないので運営側には負担もありますが(笑)、「分からないことをやってみる」面白さもきっとあると思っています。
「つながりを生み出すには時間がかかる」と井上さんは謙遜しますが、実はとてもシンプルなことの積み重ねの先にあることなのかもしれません。
春に開催した「ひらひら日本2016」 桜の色に合わせてテーマカラーはピンク
一本の花があるだけで、うれしい気持ちになったり、疲れが和らいだり。そんな誰にでもある小さな体験を少しずつ紡ぎながら、仲間の輪を広げて、自分たちのまちを自分たちでつくっていくこと。
植物がゆっくり育つように、紆余曲折しながら時間をかけていくからこそ、ときに社会を動かす大きな力となっていくのかもしれません。
「自分のすむまちの風景が大好き」と誰もが思えたら、それはとても素晴らしいこと。まずはみなさんもぜひ、周りの花や緑に目を向けてみませんか?
(Text: 松橋佳奈子/養生キッチンふうど主宰)
大学ではまちづくりについて学び、企業やNPOなどで広く実務に携わる。自らの体調不良をきっかけに以前から関心のあった薬膳について学び、2014年「養生キッチンふうど」として、「養生ごはん」をテーマに活動を始める。料理教室・レシピ提供・風土食のリサーチ&伝える活動など、食を通して人や地域がつながるきっかけづくりに日々取り組んでいる。