日本全国どこに行っても必ずあるお寺。その数はコンビニの総数をはるかにしのぎ、約7万5000カ寺にものぼります。
日本のお寺は、ほとんどが数百年もの長い歴史を持ち、地域コミュニティの中心として機能していました。お坊さんは、何かと頼られる地域のリーダー的存在であり、寺子屋で子どもたちを教える教育者でもあったのです。
近代以降、社会制度が整えられるなかでお寺の役割は変化しました。しかし、お寺とお坊さんのネットワークは、今もなお受け継がれていますし、そのポテンシャルを現代に活かそうとするお坊さんたちも少なくありません。
奈良・安養寺のご住職、松島靖朗さんもそんなお坊さんのひとり。お寺の日常にある“お困りごと”を、ひとり親家庭の食の問題解決へと結びつける、画期的な取り組み「おてらおやつクラブ」を立ち上げました。
活動開始から約2年。またたく間に全国47都道府県のお寺を立ち上がらせた「おてらおやつクラブ」の活動とは? さあ、松島さんにお話を聞かせていただきましょう。
安養寺住職。金戒光明寺布教師。1975年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、新卒で入社した株式会社NTTデータで投資育成事業を担当。投資先でもあった株式会社アイスタイルへ転職しベンチャー経営とWEBプロデュースに従事。上京して十数年の家出生活から一念発起して実家に戻り、現在は出家(とは程遠い…)生活を送る。座右の銘は「笑いのある人生」。
仏さまの「おさがり」を、ひとり親家庭に「おすそわけ」
おてらおやつクラブの支援のかたちを現した図。お寺は、ひとり親家庭と支援団体の双方をサポートします。
お寺にお祀りされているご本尊を中心とする仏さま。仏さまには、地域の人たちやお檀家さん(特定の寺院のサポート会員)が、たくさんのお菓子や果物を「おそなえもの」としてお供えします。
「おそなえもの」は、ご住職がお勤め(読経や礼拝など。勤行のこと)したあと「おさがり」として頂戴し、住職の家族やお寺にお参りする人たちに「おすそわけ」することが一般的です。
ふだんは、お寺に関わる人たちの間でゆるやかに循環する「おそなえもの」ですが、参拝者の多いお彼岸やお盆のときは、ご本尊の前に積み上げられ、「おすそわけ」が追いつかないことも……。住職の家族で無理をして食べきることもあるそうです。
せっかく仏さまから頂戴した「おさがり」を持てあますなんて、どうしたらいいのだろう? お寺ならではの“お困りごと”に、松島さんはずっとモヤモヤした思いを抱えていました。そして、仏さまにお菓子や果物をお供えするたびに、「このお菓子や果物を、もっと必要とする人に届けることはできないだろうか」と考えるようになりました。
2014年1月、松島さんのこの思いを出発点にして「おてらおやつクラブ」はスタート。 今では、参加寺院は全国47都道府県に広がり、320カ寺以上にもなっています。
「おてらおやつクラブ」の特徴は、「ひとり親家庭を支援する枠組みをサポートする」ということ。母子家庭支援団体、こども食堂、児童養護施設、社会福祉協議会、DVシェルターなど、全国約70団体と提携し、支援を必要とする家庭の情報を共有。各寺院からひとり親家庭で育てられている、約2600人の子どもたちにおやつなどの食料品を届けています。(数字は、何れも2016年4月現在)
こども食堂も、「おてらおやつクラブ」の支援先のひとつ。なぜ「おすそわけ」のおやつが届くのかを説明すると、こどもたちは熱心に聞いてくれるそう
「お寺が直接お母さんたちを支援している」と誤解されることが多いのですが、お寺とお母さんの間には必ず専門の支援団体さんが入っています。
ひとり親家庭と支援団体のつながりがあるなかで、お寺の役割は、双方のニーズに応える「縁の下の力持ち」。我々の活動の肝は、支援が必要なお母さんを探し出すのではなく、支援団体さんとのご縁をどんどんつくっていくことなんです。
発送の量や頻度はそれぞれの寺院に委ねられています。地域性や寺院の規模などによって、「おそなえもの」の量や種類は一様ではないからです。毎月発送する寺院は全体の約30%。
「春と秋のお彼岸と夏のお盆、年末年始の年4回だけ、年1回でもOK」という敷居の低さが、参加寺院を増やすひとつの要因にもなっているようです。
でも、どうして松島さんは「おそなえもの」をひとり親家庭の支援につなげることを思いついたのでしょうか? きっかけは、毎朝松島さんが読んでいるという日本経済新聞の記事でした。
大阪で餓死する子ども。もうこれ以上は…。
「おてらおやつクラブ」発送作業のようす。食品の種類を吟味し、支援先に喜んでもらえるように考えて箱詰めを行います
松島さんが「おてらおやつクラブ」を立ち上げるきっかけになったのは、2013年7月、日本経済新聞に掲載された「大阪子どもの貧困アクショングループ(CPAO)」の活動を紹介する記事でした。
代表の徳丸ゆき子さんは、同年5月に大阪市北区のマンションで母子が餓死状態の遺体で見つかった事件を知り「都会の片隅で誰にも相談できない母子を助けたい」(日本経済新聞2013年7月27日朝刊)と行動を起こしました。
それまでにも、ひとり親家庭で子どもが亡くなる事件がある度に「何かしたいな」と思いつつ何もできていない自分に「何してるんだ?」といらだつ気持ちもあったんですね。まさにその事件をきっかけに動き始めた人がいると知って、すがるような思いで会いに行ったんです。
突然やってきたお坊さんにビックリした徳丸さんでしたが、松島さんの思いを理解して「喜ぶ子どもたちはいっぱいいます。目に浮かびます」と、お寺からの荷物を受け取ることができるお母さんたちを紹介してくれたそうです。
貧困をテーマにしたシンポジウムに登壇する松島さん。深刻さを増すテーマに関心を持つ多くの方が参加するなか、僧侶の活動に興味をもってくれる人も多いそうです
最初の3か月は、CPAOさんの会議や、街角でそれらしいお母さんに声をかけてCPAOの活動を紹介する月一回の「アウトリーチ」にも参加しました。直接お母さんたちの声を聞いてみると、本当に知らないことばかりで。
そもそも荷物を受け取れないお母さんや、夜逃げ状態でどんどん居所を変えてしまうお母さんも少なくない。なかなか一筋縄ではいかないし、ましてや安養寺からおやつを月一回送るだけでは何も解決しないと実感しました。
もっと深く知れば、今は思いついていない新しいアイデアや、解決の道筋も見えてくるはず。松島さんは「やるからにはもっとしっかり関わりたい」と、ひとり親家庭のためにお寺ができることを、真剣に考えはじめたのでした。
“新しいことが苦手”なお寺に、一歩踏み出してもらうために
全国各地で説明会も実施。実際に「おそなえもの」を発送する作業を行い、その感想をシェアするなど体験型の説明会も試みられています。
ひとり親家庭の貧困問題の現状をつぶさに見ていくなかで、松島さんが痛切に感じたのは「とにかく量が必要だ」ということ。ひとつのお寺だけではなく、多くのお寺に参加してもらわなければいけません。さっそく、松島さんは親しいお坊さんたちから順番に声をかけはじめます。
声をかけてみると、多くのお寺が「おさがりを食べきれない」という課題を抱えていたことがわかりました。支援する側に共通の課題があったことも、この活動が多くのお寺に広がった要因だったと思います。
その一方で、歴史と伝統を重んじるお寺は「新しいことが苦手」という弱点も。おてらおやつクラブ事務局の活動への参加受付窓口が「電話ではなくメール」ということすら、敷居になってしまうのです。
また、旧来の家父長制的な考え方が強い風潮もあり、ご高齢のご住職に「勝手に家を出て行って貧困に陥るのは、その女性の自己責任ではないか」と問われたこともあったそう。
「お寺にいただいたおそなえものを、自分勝手に離婚したお母さんに届けるのか?」と言われてね。「そういう話ではなく、子どもの命が失われてしまう現場があるんです」とお話しながら、思わず涙目になりました。
「おすそわけ」を発送するときにはかならずこのカバーレターを同梱。届いたら専用アドレスにメールを送ってもらうのですが、目的は「お礼」ではなく、近況報告や相談ごとを話してもらうきっかけづくりです
また、お寺側からは、「送り先のお母さんや子どもたちの声を聞きたい」という要望もありますが、困窮したひとり親にはお礼の手紙を書く時間や気持ちの余裕すらないケースも。支援団体の規模が小さくて、細やかなやりとりが難しいこともあります。
残念だったのは、「反応をいただけないならやめます」というお寺さんもあったことです。手放したものをお渡しするはずが、お届けすることによって新たな執着を生じてしまわれている。ちょっと寂しさを感じる場面もありますね。
それでも、続々と参加するお寺が増えるのはどうしてでしょうか? そこには、「新しいお寺の未来をつくりたい」と考える30代、40代の副住職世代の力がありました。
「住職たまにはええことするやん!」と言われて。
仏さまの前のおそなえもの。レトルト食品や缶詰など、おてらおやつクラブを意識した食品も並んでいます
副住職とは、次に住職を受け継ぐ人たちのこと。大学を卒業して、あるいは一度は社会に出てからお寺に戻り、住職のもとで修行をしています。
「お寺をなんとかしなくちゃ」とやる気のある副住職は、イベントを企画したり、お寺の儀式の作法を学びなおしたりする人が多い。でも、実感としてなかなか「お寺の未来が明るい」という手応えを感じられないなかで、試行錯誤を繰り返す副住職は少なくありません。
そんななかで、「おてらおやつクラブ」に参加して、「ようやくこれだと思える活動に出会えました!」と言う和尚さんもおられます。
「おてらおやつクラブ」で活動するうちに、お坊さんたちは「なぜ、お寺はお供えをいただけているのだろう?」と根本を考えるようになるそうです。
人々がお寺に「おそなえもの」を供えるのは、そこに仏さまがいて、住職が日々お勤めをしているから。「お寺の当たり前」こそが「おてらおやつクラブ」を成立させているのだと気づくのです。
お供えいただいたお菓子や果物をしっかり「おそなえもの」たるようにお勤めをして、お下げして必要な方にお分けする。この、当たり前の基本動作をしっかりやらなければいけないと、改めて思いました。
さらにお坊さんたちの心を動かしているのは、「おそなえもの」の内容が変化していること。「おてらおやつクラブ」に共感する地域の人やお檀家さんが、「育ち盛りの子たちに必要なもの」を考えて、お米やレトルト食品、文房具、タオルなどの日用品を「おそなえもの」にしてくれるようになったお寺もあるそう。
お檀家さんに、「住職、たまにはええことするやん!」って言われたりしてね(笑) 月参りのときに、レトルトのお赤飯を渡されて「これを子どもたちに届けてあげてほしい」と、目的を指定してお供えくださることも増えてきています。
仏さまがいてくださるから集まってくる「おそなえもの」。そこに託された思いをしっかりと受けとめることは、お坊さんたちが自らの足元を見直す大切な機会にもなっているのです。
地域ごとのオリジナルも!広がる「おてらおやつクラブ」
名古屋・開闡寺の小嶋朋大さん・愛歩さんご夫婦。名古屋別院にお手製の「おてらおやつボックス」を設置しました。
「おてらおやつクラブ」に参加するお寺が全国に広がるうちに、それぞれの地域にオリジナルな「おてらおやつクラブ」のかたちも生まれてきました。たとえば、名古屋・開闡寺の小嶋朋大さん・愛歩さんご夫婦は、真宗大谷派名古屋別院で「おてらおやつクラブボックス」の設置を発案しました。
宗派の本山が”本社”だとすると、別院は宗派の“地方支店”のようなお寺。その地方のお寺のお坊さんたちがたくさん訪れますので、「おてらおやつクラブ」の活動の認知を広めるとともに、「おそなえもの」を随時受け付けることができます。お坊さんたちも、自分のお寺から発送するより気軽に参加できるというメリットもあるのです。
匿名で定期的にお寺に「おそなえもの」を送付してくれる人もいるそう。心づくしの品々がていねいに梱包されています。
名古屋の久遠寺で活躍する「おやつ小町」伊藤妙さん。発送作業の場を照らす大切な存在です。
各寺院のお檀家さん以外にも、「おてらおやつクラブ」に参加する一般の人もかなりの勢いで増えています。「おてらおやつクラブ」の発送時には、食品の賞味期限を管理し、支援先ごとに「おさがり」を分類して箱詰めするなどの作業があります。この作業に率先して参加してくれる女性たちは「おやつ小町」と呼ばれ、今や「おてらおやつクラブ」を支える重要な役割を担うまでになりました。
「おそなえものの内容を考える」「作業に参加する」「事務局に参加する」など、どんな立場でも参加しやすく、活動が多層的であることも「おてらおやつクラブ」の強みのひとつだと言えそうです。
お寺のソーシャルデザインとは?
「お寺にしかできないソーシャルデザインとは?」と質問すると、松島さんはパワーポイント(!)で「仏助」という考え方を説明をしてくれました
「おてらおやつクラブ」を立ち上げた当初、松島さんはよく「フードバンクみたいな活動ですね」と言われたそうです。たしかに、「食糧を無償で必要とする人に供給する」という枠組みは似ていますが、「おてらおやつクラブ」との違いはどこにあるのでしょうか?
一番の違いはやはり、仏の存在が大前提にあることです。続けるうちに、支援する側も、支援を受け取る側もともに、「自分を見守る存在がいる」「お互いに助け合いながら、ご縁のなかでこの社会は生きやすくなることを実感できる活動だと思うようになりました。
お母さんたちは「自分を思ってくれる人がいるということが、とにかく生きる糧になります」とみなさんおっしゃってくださっていて。そのセリフは、僕ら僧侶が「仏さまは見守ってくださっていますよ、目には見えませんけどね」と話す言葉に重なります。目に見えないものの大切さ、ありがたさを逆に言っていただいて、自分のなかの信仰を深めることにもなったなあと。
松島さんが住職を務める安養寺。寛永十年(1633年)創立、本堂・地蔵堂・鐘楼などの伽藍は当時のもの。地元の檀信徒のための檀家寺として護持されている。
もうひとつ、お寺が社会課題に取り組むときの特徴に「時間軸の長さ」が挙げられます。現代社会では、多くの場合が1年、数年単位で予算をつくり、実績を求めようとします。ところがお寺の時間軸は100年単位。「おそなえものをおさがりとして、おすそわけ」という行ないは、もう数百年続いてきたことです。
ひとり親家庭の貧困をはじめ、社会課題の多くは解決に時間がかかります。数百年かけて築いてきた土台を持つお寺だからこそ、長期戦に臨むことができます。やっぱり、お寺の出番でしょ?と思いますね。
よく「6人に1人の子どもが貧困状態」と言われますが、18歳未満の人口で計算すると、約300万人の子どもたちが貧困状態にあることになるんですよ。お寺は全国に約7万5000カ寺あるわけですから、要支援者に届くご縁をどんどんつくることができるはずなんです。
食糧支援を行うフードバンクやこども食堂運営者が登壇するシンポジウムで話す松島さん。おてらおやつクラブも「おすそわけ」活動を通じて「食の問題」を考える話題提供を行っています
長期戦に臨む覚悟があるからこそ、松島さんは「世代を越えて受け継ぐことができる活動のかたち」を全国のお寺につくりたいと考えています。その思いの背景には、自分自身もまた「世代を越えて受け継がれた存在」であるという深い自覚があります。
私たち一人ひとりもまた、たとえ立派な家系図はなくても、長い時を越えて受け継がれた存在です。その自覚がしっかりとあれば、1年、数年という単位ではなく、100年という時を歩む一歩を踏み出せるのではないでしょうか。
「おてらおやつクラブ」は、あなたが暮らす都道府県のお寺でも始まっています。ひとり親家庭が困窮しない未来を次の世代に受け渡すために、「おてらおやつクラブ」のお寺を訪ねてみませんか?