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知識がないばかりに、失われる命を見過ごせなかった。全国4,000校に環境と防災の尊さを伝えた「気象キャスターネットワーク」の12年

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「気象キャスターネットワーク」によるお天気教室

夕方4時。ふと空を見上げると、幻想的な夕焼けが視界に届く。

思わずスマートフォンを取り出して、1枚。フィルターを付けずにinstagramに投稿するのは、この美しい景観をみんなで共有したいから。あなたも、そんな気持ちの良い瞬間をすごしたことはありませんか?

10年前より、自然の変化に気づくことができるようになった今、”環境”は多くの人の興味関心を集める分野になりました。そうやってみんなの日常に「キレイ」「ステキ」と感じる瞬間を増やしてくれる一方、豪雨や地震のような自然現象が身に危険を感じさせることもあるのも事実です。

今回ご紹介する「NPO法人気象キャスターネットワーク」は、そんな環境への関心が高まる12年前から、みんなの暮らし、そして豊かな人生を営んでいくことに密接に関わる環境や防災の尊さを伝えてきた団体です。

今回は副代表・岩谷忠幸さんに、12年にわたるこれまでの歩みと背景にある想いを伺いました。
 
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岩谷忠幸(いわや・ただゆき)
1969年生まれ、NPO法人 気象キャスターネットワーク副代表、事務局長。気象予報士、防災士。中学2年で初めて登った富士山をきっかけに、高校で山岳部に所属。ラジオを聞いて書き起こした天気図と登山時の天気の違いを体験し、気象への関心を持つ。地球環境のメッセンジャーとして、全国のキャスターや気象予報士が集まり、地球温暖化や防災の知識啓発活動を推進。著書に『プロが教える気象・天気図のすべてがわかる本』(ナツメ社)、気象予報士の村山貢司さんとの共著に『山岳気象入門』(山と渓谷社)がある。

全国4,000校に授業した12年

気象キャスターネットワークでは、テレビで活躍する気象キャスターをはじめとした現場のプロが、幼稚園・小学校・中学校などで、子どもたちに気象、防災、環境のことを教えています。

そうした「学校出前授業」のほか、気象キャスター体験や竜巻をつくる実験など親子で参加できる「イベント」、広く一般向けに最新知識を伝える「講座・研修会・見学会」などの学び場づくりをしてきました。

また、カメラ前で行う天気予報の実戦訓練や、天気原稿の書き方を学ぶ「気象キャスター育成」を定期開催し、気象業界全体のボトムアップにも力を入れています。

実は、NHKで活躍する井田寛子キャスターやフジテレビで人気を集める天達武史キャスターも、気象キャスターネットワークの会員。2015年末の時点で会員数は280名を超え、活動を行なった学校は4,000校以上にのぼりました。
 
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2015年5月に秋田県東成瀬村で開催した、お天気教室の様子。竜巻発生装置で実験

気象キャスターネットワークが誕生したのは2004年。岩谷さんが35歳を迎え、気象キャスターとしての仕事も充実しはじめた頃、同じく気象キャスターの平井信行さん、藤森涼子さんと一緒に、約10名の知人を集めて設立しました。

当時は割と自由に取材できる番組でキャスターをしていたので、CO2をはじめとした環境問題をよく取り上げていました。まだ温暖化が問題視される以前でしたが、今後、クローズアップされるだろうと思っていたんですね。

しかし、テレビを通じて気象情報を届けているけれど、スタジオでは反響がわかりません。もっと伝える先の反響を感じることができる状況で知らせたい。そこで授業や講演会を開くことはできないかと思ったんです。

「せっかく始めるのだから、法人にしよう」とさっそくNPO化。環境省関連の団体から補助金を得て「学校出前授業」を始めたところ、知名度や信頼感があったことが幸いし、当初から年間100校を巡ることに!

むしろ人材不足となってしまったことで、岩谷さんたちは、他のキャスターに声をかけて、授業担当者を増やしていきました。

補助金の給付が3年で終わった後も企業から声がかかるようになり、設立4年目にして年間500校、授業を担当できる講師は30名を超えたそうです。
 
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東京ビッグサイトで開催された「エコプロダクツ展」に参加。フジテレビの気象キャスター・天達武史さんと登壇

切実な想いだけでは潰れてしまうこと

一見、順風満帆にスタートを切れた気象キャスターネットワークですが、伸びる訪問校の数とは反面、「金銭的に困窮した」と岩谷さんは振り返ります。

補助金の条件は、全体予算の8割だったんです。仮に1,000万円を得てもほとんどが講師の謝礼や経費として使われますし、何より200万円は自分たちで用意する必要があります。だから最初は事務所の家賃も払えなかったんですよ。

企業からの委託はありがたいのですが、リーマンショックや震災のような時は、優先順位の関係で環境教育に予算を割けなくなる企業も増えます。だから活動を継続できるようにさまざまな事業をつくり「自立しないとダメだ」と思いました。

やりたいという気持ちだけで続けようとしても、想いだけではNPOはもたない。自分たちでビジネスをしながら、自立していくしかない。

そのことに気付かせてくれた恩人のひとりが、兵庫県西宮市にある「NPO法人こども環境活動支援協会」の理事の小川雅由さんでした。

小川さんとは私が登壇した講演会で知り合ったんですが、私たちの活動に共感していただき、いろいろとサポートいただいて。

例えば、今も事務所を構えるこのビルの、最初は地下1階を借りていたのですが、「東京に来る時があるから、机一個置いてよ」と、家賃の半分を支払ってくれたんです。他にも、「NPO法人を始めるなら、何が起こるかわからないから、2,000万円くらいは貯金しておかなきゃダメだよ」とも。

NPOだからといって、ボランティアだけでやっていくことはできませんから、ビジネスとして持続的に組織運営をすることが大事だと気づかされました。

小川さんとの出会いから、今まで取り組んでいなかった気象キャスターの派遣事業を開始したり、企業委託の講演会を展開するなど、自分たちで運営するための事業づくりに注力するようになった岩谷さんたち。

「スタッフの暮らしを考えるとまだまだこれから」と言いますが、防災への関心が高まってきたこともあり、自治体からの委託を得る機会も増え、収入源の多角化が実現しつつあるようです。
 
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国土交通省主催の防災シンポジウムでの様子

とはいえNPOの経営には、知恵や仕組みのクリエイティブな活かし方が問われます。

気象キャスターネットワークの場合、例えば、企業からの支援金のみで「学校出前授業」を行おうとすると、訪問できる学校数に限りが出てきます。また、学校から直接問い合わせを受けても、ボランティアで依頼されることが多く、断らざるを得ない場合も多くなりました。

そんななかで岩谷さんは、greenz.jpでも紹介した「どんぐりポイント」のような仕組みに注目しているといいます。

どんぐりポイントなら、お金ではなくポイントを貯めることで、私たちを呼ぶことができます。ある学校では、先生たちが自腹を切って私たちを呼んでくれることもありましたが、今後はポイントで訪問できるので、とても嬉しいです。

ベルマークのように広まれば、環境に良い活動の循環をつくることができます。私たちもその循環の一部になれることは良いことですよね。

かつて全校でベルマークを集め、ピアノや遊具を学校に揃える時代がありました。これからはハードからソフトの時代。どんぐりポイントを貯めて、気象、防災、環境の授業を学校に揃える未来を岩谷さんは思い描いています。
 
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インタビューの一室には、ブルーバックが。気象キャスターの講習では、参加者がここに立ち、画面に映る天気図を使いながら実際のテレビでの予報に似せて練習する

環境と防災を通じて伝えたい、命を守るということ

試行錯誤を繰り返しながら、13年目を迎えた気象キャスターネットワークですが、その根底にあるのは、自然災害と命に対する特別な想いでした。

避難指示が出ても、本当に逃げるかどうかは自己判断になってしまいます。さまざまな災害の現場で、それによって亡くなる方を見ていたら、もっと知識をつけてほしいと思いました。

特に子どもは可哀想です。津波がきているのに、なぜ逃げないのか。知識がなければ逃げることはできませんから…

行政から勧告される避難指示も、何も起こらなかった場合に備えて、責任を取れる範囲の閾値に低く設定している場合が考えられます。

また、仮に東京で500万人が避難対象になったとしても、それだけの人数を受け入れる避難所は残念ながらありません。

川の水位が上がっていることは目で確認できますが、堤防から溢れても、まさか壊れるとは思っていない人が多いんです。堤防から水があふれると、堤防を削って決壊してしまうんですよ。

私たちからすれば常識だと思える知識を、一般の人にも伝えたいんです。命を落としてほしくないから。

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2015年9月に起こった鬼怒川堤防決壊の様子

ゲリラ豪雨や気温40℃を超える異常気象が起きている今、防災への関心を強く持つ人は増えています。大人向けの講演会では、身近な気象情報を入り口に話すことで、関心を持って知識を得てもらえていると岩谷さんは言います。

とはいえ、気象キャスターネットワークが行う「学校出前授業」は、幼稚園から中学校までの子どもが対象です。防災や環境といった小難しい話に興味を示してもらえるのでしょうか?

私たちも、最初は天気図を出して話していました。でも、出した瞬間にダメでしたね。反応がとても悪かったんです。

だから、竜巻をつくる実験道具や天気に関するクイズを出して、楽しく、関心を持って学んでもらえるように工夫しています。幼稚園なら、カードゲーム「ぼうさいダック」(日本損害保険協会提供)というツールを活用して遊びながら学ぶんです。

例えば、津波のカードが出たらチーターのポーズというように、要するに「走る」ということを伝えます。体を動かす時間をつくることが大事なんです。

興味深い工夫の一つが、訪問先で学校の写真を撮影し、授業で使う資料にすぐ反映すること。例えば、二酸化炭素がどのくらい出るか、その二酸化炭素を吸収するために必要な面積はどれくらいかを説明するときに、自分の学校の校庭が資料に出てきたら、「ああ、見たことある!」って興味を持ってくれるそう。

こうした積み重ねの結果、今では伊豆諸島の青ヶ島や八重山諸島の波照間島など、離島に行く機会も増えてきました。

島に行くと、ぼくらがヘリコプターや船で帰る時に、校庭や港に集まって見送ってくれるんです。そんな姿を見たら、涙が出そうになります。自腹でもいいから、また来ようって思ったりもしてしまうんです。

「子どもが関心を持つと、目がキラキラしてきます」と言って、岩谷さんは笑顔を浮かべました。その笑顔の向こうに見据えるのは、子どもたちの命を守ることができる未来です。

気象に明るい未来を

気象キャスターネットワークでは、「気象キャスター育成」をはじめ、気象業界に携わる人材育成もしています。それは、気象、防災、環境に携わる仕事が今より魅力的になる道筋をつくるためです。

現在はテレビで気象キャスターをしていても、2~3年で交替するような状況にあります。女性の場合、”30歳定年説”ともいわれていました。だからこそ気象キャスターを、もっと夢を描けるような仕事にしていきたいんです。

「気象キャスターを10年やりました。その後、教育現場で防災や環境を教えてきました。だから自治体の防災担当ができます。」そんな道筋をつくることができれば、気象に関わる仕事をしたい人が、今よりたくさん集まるんじゃないかと思っています。

気象、防災、環境について知識を広める人が今よりも増えて、命を守る知識が世の中に伝わる社会をつくること。それが岩谷さんたち、気象キャスターネットワークのほしい未来です。

小学校6年間のうちに一度は私たちの授業を受けられるよう、6年間で全国にある約20,000校で「学校出前授業」をすること。それが私の目標です。

ふとした瞬間に、わたしたちの心を温かくしてくれる幻想的な夕焼けや四季の草花。そんな無償の贈り物を届けてくれる環境や防災と仲良く暮らし続ける未来に向けて、気象キャスターネットワークの活動はこれからも続きます。

わたしたちの未来は、ほんの少しの環境や防災への知識によって、安心した道のりを歩むことができます。だからこそ、大人も子どもも、ちゃんとした知識を持って、自分の人生を生きていきたいですよね。

あなたも環境や防災の知識を備えて、長く続く人生を環境と仲良く暮らしていく道に一歩踏み出してみませんか?

(インタビュー写真:フジイサワコ)