意味にとらわれすぎてしまうことで、本当に大切しなきゃいけないことを見落すことって、ありますよね。
例えば、Googleで「リノベーション」を検索すると、大規模工事をして新築以上の価値に高めることを意味し、また、リフォームとは古い建物を新品に戻すことを意味するという解説に出会います。
そのどちらの意味にも当てはまりそうにない方が、今回ご紹介する瀬川翠さん。
人が大好きなまちと生きていくためにどうすればもっとハッピーになれるのか、一緒に画策していくことがわたしの目指す建築家像です。これからの時代は建物をつくることだけが建築家の仕事ではないんですよ。
「リノベーションスクール」でユニットマスターを務める瀬川さんは、シェアハウスの大家として、一軒家で共同生活をすごすコミュニティ「武蔵境アンモナイツ」を束ねています。その「武蔵境アンモナイツ」は、建築家としての彼女が手がける新しい仕事の代表例です。
一体、彼女が手がける「まちと生きていくための画策」とは? 瀬川さんの暮らすシェアハウスを訪問しました。
1989年東京都生まれ。日本女子大学家政学部住居学科卒業、横浜国立大学大学院 都市イノベーション学府 Y-GSA修了、横浜国立大学大学院 都市イノベーション研究院 博士課程 在籍。2014年 設計事務所 Studio Tokyo West設立。木造密集市街地、次世代都市居住を研究。大学3年生のときに一軒家をセルフリノベーションし、シェアハウスの運営を開始。最近では銭湯を中心としたエリア再生をはじめ、賃貸マンション再生プロジェクト、京都町屋ゲストハウスネットワークといったまちづくりの企画を推進している。(写真:服部希代野)
まちから影響を受けて変わる家屋
JR中央線「武蔵境」駅北口から徒歩5分の場所に、二階建ての一軒家が2棟並ぶ場所があります。このふたつの一軒家をシェアして暮らすコミュニティが「武蔵境アンモナイツ」です。
軒先から中を覗いていると、瀬川さんが迎えに出てきてくれました。
(写真:服部希代野)
いらっしゃいませ。今日はよろしくお願いします。
軒先には、いつもテーブルが出ているんですか?
そうなんです。最近はこのテーブルで、ハンドメイドの鉢に植えた多肉植物や近所の方が持ってきた鉱物を売ったりしていました。
近隣に開かれた場所なんですね。意識的にそうしていますか?
ええ。建物自体をパブリックにしておきたいと、最初から意識はしていました。
でも、シェアハウスを始めて1年たった頃に気づいたんですよ。意識して仕掛けていかないとシェアハウスって何も起こらなくて、むしろ、すごく閉鎖的なコミュニティになってしまうんです。
では、最初に取り組まれたことは?
まずはとても簡単なことからはじめました。庭の門を閉めずに全開にしておいたんです。それだけで近隣の人が猫を触りにきたり、隣の幼稚園に通う子どもが入ってくるようになりました。
その場所に縁側をつくってみたんです。元々、「縁側で花火をしながらビール飲みたい!」という願望があったので。
すると、日常的にある人は恋愛相談をしたいと縁側に出たり、ある人は庭仕事を始めたりと、住人も外に向かうようになりました。だから、もっとゆっくり過ごせるようにこのテーブルを置いたんですよ。
そんな会話をしていると、住人の吉成英里子さんが通りがかりました。
(写真:服部希代野)
この子が座っていると、近所の人からよく声をかけられるんです。大量のサツマイモを差し入れしていただいたり、ささいな頼まれごとをしたり。自然と人が集まってきたので今は「カフェでもできそうだね」って話になっています。
カフェといっても、今までも気が向いたら縁側に訪れる人にコーヒーを出していたので、この際ちゃんと届出を出して料金もつけてみようかってことなんです。
住宅地に小さなオープンカフェができたら、周辺もほんの少し変わるかもしれません。それで感触をつかんだら、事業収支を組んで思い切りやってみる。わたしたちはいつも、ぬるっと、スモールスタートで始めています。
軒先によく出るようになったから、吉成さんが植えはじめたという野菜。「武蔵境アンモナイツ」では、敷居低くゆったり何かがはじまります(写真:服部希代野)
あえてはじめから「さあ、やるぞ!」と意気込んでスタートアップすることはせずに、まずはぬるっとスタートすることが信条。こうして、人の暮らし方に合わせて家屋を変えていきました。
「武蔵境アンモナイツ」の「まちと生きていく画策」からは、何を建てるのかよりも、誰がどう住むのかを大切にしている瀨川さんたちの想いが伝わってきます。
住みながらセルフリノベーション
他の部屋も案内してもらえますか?
ここはわたしの部屋です。ちょうどセルフリノベーション中で、壁は先日石膏ボードを貼ったばかりなんですよ。わたしはいつも改修前の部屋に住んで、改修が済んだらその部屋を賃貸にしています。貸したらわたしはまた未改修の部屋に移ってセルフリノベーションをして…その繰り返しです。
敷地内には、男性4名、女性4名が住んでいるそう。
ここは建築設計事務所で働いている男の子の部屋です。きれい好きな子の部屋なので、安心して公開できます(笑)
バス、トイレ、キッチン、ランドリーは二棟ともに付いていて、住民が自由に使うことができるとのこと。最後に、最初に出迎えてくれた軒先につながっているリビングに通してくれました。
(写真:服部希代野)
リビングは日中、わたしが主宰している設計事務所「Studio Tokyo West」のオフィスとしても使っています。「Studio Tokyo West」は、「武蔵境アンモナイツ」の住人5名ではじめた設計事務所なんです。
「武蔵境アンモナイツ」がコミュニティ運営に重きを置いた活動なら、「Studio Tokyo West」は建物自体に重きを置いた活動だと言います。
まちと一緒に成長する建築家の仕事
瀬川さんたちが「Studio Tokyo West」をはじめたのは、2014年です。瀨川さんが、「Studio Tokyo West」の初仕事として取り組んだのは、この塀でした。
練馬区に新築のアパートが建ったんですね。オーナーさんは漆喰や無垢の床材などの自然素材でつくった特別なアパートなんだと、すごい熱量で教えてくれました。けれど、中に入らないとそのヒューマンフレンドリーな雰囲気が伝わらない。
だから、なんとかお手伝いしたいと思って現場に行ったんです。すると塀以外は完全にでき上がっていました(笑)
わたしたちは唯一「パブリックに開かれたものをつくっていく」という目標を掲げていたので、塀は逆もいいところ。そこで最大限の解釈をして、「住宅を閉じるためではなく、外へと開き、つなげるための境界」としてこの塀をデザインしました。
完成した今では、隣人のおじいちゃんが毎日腰掛けてくれて、近所に広めてくれています。
また、ある案件では銭湯の内装デザインを手がけました。
ただ家具やサインをデザインするだけでなく、そのあと銭湯でどんなイベントを実施するか、それとインテリアをどう連動させるかを含めてデザインしました。
わたしたちの仕事は今のところ、広くパブリックに開かれていくプロジェクトであるほど、建築を提案する部分が少なくなっているんです。設計を依頼されても、現状でうまく使われていない部分を見つけて仕組みや事業経営のやり方を変えるだけでうまくいくと思えば、そう提案することもあります。
誤解を生みやすいのですが、もちろん建築がいらないなんていう意味ではありませんよ。建築家は建築や空間の力を誰よりも分かっていて、そのリスクも知っているからこそ、これからは最も効果的な場面で、適切な規模で提案していきたいと思っています。
銭湯でイベントをした際の1枚
あるバーのリノベーションを引き受けた際は、思っていたように売上のあがらない店舗を立て直すため、依頼主が立てた予算の使い分けを一緒に考えることから仕事をはじめたそう。
このように、建物をつくることだけでなく、建物をどう使うのか、どう盛り上げていくのかを組み立てていくことが、瀨川さんの取り組む新しい建築家の仕事です。その仕事は、対価の受け取り方にも変化を起こしました。
プロジェクトを適正規模に正す提案を積極的にするためには、設計料のもらい方から変える必要があります。小規模化したら多くの場合収入が減るので、躊躇する状況も多いと思います。だから色々パターンはありますが、報酬をお金ではなく現物支給で頂いたことがありました。
例えばアパート1棟をリノベーションしたら一番環境の悪い1戸をもらって、自由にデザインさせてもらうとか。その1戸の賃料を得てもいいし、販売してもいい。人気が出たら、買い戻してもらってもいいですし、別住戸の依頼にもつながるんです。
携わった建築がまちとつながって活性化するほど、自分たちの仕事も成長していける。「Studio Tokyo West」はまちと一体になって成熟していく、そんな建築家の未来像を描いています。
おじさんから託された噂の一軒家
このように、新しい建築と建築家の未来像を描く瀬川さんの最初の一歩になった取り組みが「武蔵境アンモナイツ」です。「武蔵境アンモナイツ」が生まれたきっかけは、瀬川さんが高校生の頃、あるおじさんと出会ったことにはじまります。
当時、美術部とバンド活動に没頭していた瀬川さんは、ある日、「近所に一人暮らしをしている親戚のおじさんがいるらしい」ことを聞きます。興味が湧いた瀬川さんは翌日、おじさんの家を訪問しました。
外観は当時のまま。家中のカーテンが閉め切りだったそう(写真:服部希代野)
訪れてみると、ひとり家にひきこもり絵を描くおじさんがいました。美術という共通点を持った瀬川さんは、毎日のようにその家に通いはじめます。空いていた2階はバンド仲間との溜まり場として使わせてもらうくらい親しくなっていきました。
その1年後。病気でおじさんが亡くなってしまった時、瀬川さんは自分宛の遺言を手渡されることになったのです。中には「この家を瀬川さんに託す」という財産遺贈について書かれていました。
実際、家中のカーペットに虫がわいていたり、相続するのに税金がかかったり、もらっても得するような家ではありませんでした。
おじさん宅の当時の様子。バンド仲間と集合写真
ほんと、どうして相続したんでしょうね。ただ、こんな小娘に「あとは頼んだぞ」と大事なことを託してくれたことが嬉しくって。「仕方ないな、守るか!」と思ったんですよ。
その後、週6日のバイトに明け暮れながら、家の片付けをし、当時流行っていた北欧風に模様替えしようと妄想を膨らませます。であれば、建築の勉強をしようと、日本女子大学家政学部住居学科への進学を決めました。
大学生になって税金を払い終わってからも、授業でつくる建築模型材料代を稼がなければならず、瀬川さんはバイトばかりの日々を過ごします。
「どうして好きなことをするために好きでもないバイトを必死にやらなければならないんだろう。どうにかして、効率よく稼ぐことはできないかな…」そこで瀨川さんが思いついたのが、余っている部屋で賃貸を始めることでした。
建築関係の同級生やバンド仲間と一緒にセルフリノベーションをして、賃貸に出せる状態までつくりました。学生だったとはいえ知識はゼロだったので、壁を壊しては「壊してよかったのかな?」とか床をはがしては「汚い…。閉じよう」とか。
そんなセルフリノベーションを終えた時、一緒に作業をしてくれた友達のうち二人がそのまま最初の住人になってくれたんですよ。そして、実際に住みはじめる時に「ここに暮らす住民のチーム名を考えよう!」という話が持ち上がって、「武蔵境アンモナイツ」は誕生しました。
「武蔵境アンモナイツ」というコミュニティが生まれたのは、建物のたたずまいよりも、住む人たちの暮らし方のほうが重要だということに気づいていたからです。
一度は、「外観きれいにする?」って話も出たんですよ。でも、結局は「重視していることって、そういうところじゃないよね」って話になって、やめました。
わたしたちがここで何をするかっていうことが重要だから、振る舞い=コミュニティ自体に名前をつけようって最初の住民が言ってくれて、それにわたしもすごく納得したんです。以来、わたしたちがここで何をできるかを考えて地域に密着した試行錯誤を続けています。
まちを動かす個人のハッピー
「武蔵境アンモナイツ」と「Studio Tokyo West」。ふたつの活動を続ける中、瀬川さんは2015年7月から「リノベーションスクール」のユニットマスターも担うようになりました。
「リノベーションスクール」で、瀬川さんはいつも以下の4つを教えています。
(2)誰が、どこで、何をするか。主人公を発見し、舞台をつくろう!
(3)今までの使い方に惑わされるな! まちは刻々と動いている。
(4)どこまで広がるか考えてみよう!
リノベーションスクールでのレクチャーの様子
特に(1)の重要性は、「リノベーションスクール」のユニットマスターになって、瀨川さん自身も改めて再認識するようになったことです。
「誰かのために」「みんなのために」では、良いことを言っているようですごくふわっとしています。切実さがないと誰にもクリーンヒットせずに、結局何にもならないこともしばしば。
だから、自分や特定の「この人のために」何をはじめたいという気持ちが大事。そういう個人的なハッピーがまちを動かす本当の原動力なんですよ。
「リノベーションスクール」でまちに出ると、お宝物件よりもお宝人との出会いに感動します。その人たちの舞台をつくるために考えることが大切です。
それは「武蔵境アンモナイツ」がまちに合わせて変わっていっていることと同じだと言います。
縁側をつくるにしても「みんなで憩えるコミュニティスペースをつくる」とかじゃなくて「どうしても花火をしながらビールを飲みたくて、だから座る場所が必要なんだ」みたいに、具体的に進めていくから広がっていくんです。
だから「リノベーションスクール」でも、参加者が自分ごととして考えられるパワフルな案をみんなで考えるように意識しています。
「武蔵境アンモナイツ」でも住人のための何かを考えるように意識している(写真:服部希代野)
大家となって以来、ずっと人が暮らすということを意識した建築活動を続けてきた瀬川さん。その想いは今後も変わりません。
今は「武蔵境アンモナイツ」のようなコミュニティを全国に増やすのか、それとも、この場所に根ざした活動をどんどん深めていくのか思案中ですね。ただ、どちらに向かうとしても、ハードな空間の力とソフトな仕組みや運営の力をフラットに見ながら、最後は一人ひとりの良さを地域にじんわり浸透させるお手伝い役でありたいです。
例えば瀬川さんのように、そこに住む人が外で恋バナをはじめたから机をつくってみること。それは誰でも思い描ける、特定の誰かの暮らし方に合わせて何かをしてあげたいという純粋な気持ちの表れです。
そんな個人で分かち合うハッピーから動き出すリノベーションなら、あなたもはじめられそうですよね? ひとり分の机をつくるだけでも、大切な人の日常に笑顔を増やせるかもしれませんよ。