あなたが「スーパーマーケット」という言葉から思い描くのは、どんなイメージでしょうか。
店内に目立つように山積みされた“お買い得商品”。
お一人様1点限りの“特売品”。
それらが目立つようにレイアウトされたチラシ……。
そんな一般的なスーパーの姿とは一線を画すのが、今回ご紹介する「福島屋」です。
特売はしない。チラシはつくらない。にもかかわらず、たくさんのお客さんがやってきて、ちょっぴり割高な商品が飛ぶように売れていく。そして、決して気取らない地元のスーパー。
そこには、生産者もお客さんも、もちろん福島屋自体も、みんなが幸せになる仕組みがありました。福島屋会長の福島徹さんにお話をうかがいました。
1951年東京都生まれ。東京都羽村市にある食品スーパーマーケット「福島屋」創業者。株式会社ユナイト代表取締役社長。大学卒業後、家業のよろず屋を継ぎ、酒屋、コンビニを経て、34歳のときに現在の業態へ。その後、コラボレーションによる福島屋オリジナル商品を多く開発。地方自治体などの要請によって、農業を中心とした地域おこしなどの事業にも携わる。
何時間いても飽きないスーパーマーケット「福島屋」
まずは福島屋がどんなお店なのかを紹介しましょう。
現在は六本木店や大崎店など、23区内にも展開している福島屋ですが、本店はJR羽村駅から歩いて7分ほどのところにあります。
福島屋本店
店内に入ると、全国から選りすぐりの商品が出迎えてくれます。
ポップに書かれた説明から商品への熱い想いが伝わってくる
お客さんはほとんどが地元の人たち。ご近所の方同士が「あら、こんにちは」なんてあいさつを交わしているかと思えば、全然知らない人から「サイダーどこにありましたっけ?」なんて聞かれることも。まったく気取ることのない、地元のスーパーマーケットです。
商品を手に取ってラベルを見ると、ふだんあまり目にすることのないような情報が満載。
どんな飼料で、どんな飼育方法で、何日かけて育てているかが明記されている
加えて、福島屋では安全性の基準を独自に定めていて、買い物をするときの目安になるように、商品の値段を表示したカードに「◎」や「○」がついています。「大変安全性にすぐれている商品」には「◎」、「安全性に配慮されている商品」には「○」がつけられています。
また、日本全国の生産者とのコラボレーションによって生まれたオリジナル商品も。あまり見たことのないような商品が次々に現れるので、「これ、なんだろう?」と思わず手が伸びます。
ラベルやポップを通して、その商品がどんなところで、どんなふうにつくられているのか、どんな特徴があるのかが伝わってきます。そして最後に値段を確認し、「この商品でこの値段なら買おう!」と納得して買い物かごに入れることになるのです。
箱の中にあるラベルには「夏には蛍が見られるような環境で育まれている」との説明がある
この日は、グリーンズの女性スタッフ、カメラマンの男性、そしてライターの私の3人が、それぞれバラバラに買い物をしていたのですが、別にタイミングを合わせたわけでもないのにレジでばったり合流! 買い物を始めてから、ちょうど1時間が過ぎていました。
「何時間いても飽きないね」。それが、私たちの共通の感想でした。
福島屋の方向を決定づけた6カ月
このように、男女問わず多くの人を惹き付ける福島屋ですが、創業当時からそうだったわけではありません。
福島屋のルーツは、福島さんの父親が経営するよろずやさんでした。福島さんは学生時代にお店を継ぎ、酒屋、コンビニを経てスーパーマーケットを開業します。57坪の1号店は繁盛し、37歳のときに2号店となる立川店をオープンしました。
今思えば、地元の小さな酒屋だったときは、気楽な状況だったのだと思います。事業計画なんて考えなくてもよかった。
ところが、立川店はそういうわけにはいきませんでした。150坪のスーパーマーケットで、億単位のお金が動いていたにもかかわらず、地元の酒屋を営む感覚のまま始めてしまったんです。
オープンからの6カ月は本当に苦しかった。だけど、あの6カ月があったから今があると思っています。
10時にお店を閉めて、従業員が帰ったあとに陳列を見直し、翌日はまた朝4時に起きるという生活をしていた福島さん。心身ともに限界まで追い詰められた日々の中で、福島さんはお客さんとのやりとりに状況を打開するための糸口を見つけます。
お店で品物を並べていたときのことです。「がんばってるね」と、お客様が声をかけてくれました。その言葉に、自分の仕事が役に立っているという自覚が生まれたんです。
当時の自分は気づいていませんでしたが、内面に変化が起きていました。商品を並べていると、お客様の顔が次々と目に浮かんできて「ありがたいな」という気持ちが湧いてくるようになった。すると、やっていること自体は変わらないのに、結果が変わっていったんです。
それは、ほんの少しの、微妙な差なのだといいます。
リンゴをひとつ陳列するにしても、「何で売れないんだろう……」と思いながら置くのと、「このリンゴの美味しさをお客様に伝えたい!」と思って置くのでは、扱い方が違ってくる。そういうのは、確実にお客様に伝わります。
こうして、やっている作業自体は変わらないのに、その質が変化するのに合わせて、売り上げが伸びていきました。
そして、価格競争から離れ、“自信をもってお客様におすすめできる商品を伝える”という独自の路線を進んだことで、現在の「福島屋」が形づくられていったのです。
福島屋の“編集力”
売り上げが伸びていったのは、具体的にどのように質が変わったからなのでしょう。お話をうかがっていると、思わぬキーワードが飛び出しました。
「なんでお客様が来てくれないんだろう……」と、原因を外に探していたときと比べて、“編集力”が上がったんだと思います。
たとえば、商品を置くときも、ほんの少し置く角度が違うだけで、受ける印象が変わるものです。仕事をするうえでのちょっとした違和感を解消できるようになって、“カド”がとれていきました。
その“編集力”はスタッフの間でも共有されています。
店舗内を写真に撮って眺めながら、陳列の方法について「これはもうちょっと右だね」といったことを話し合う時間をとっているのだそうです。
通路も広くとってあって、ストレスなく買い物ができる
店内が心地よく編集されていることはもちろん、お店に並ぶ商品も、抜群の編集力によって集められたものばかりです。
その原点は、30年前に山形の稲作農家7軒と直接取引を開始したことだったと福島さんはふりかえります。
かつては「食糧管理法」という法律があって、農家とは直接取り引きできませんでした。それが1995年に廃止されたのを機に、米農家との直接取引を始めたんです。
初めての試みで、乗り越えなければならない壁もたくさんあったけれど、「うまくいったらみんなでハワイに行こうな」などと言いながら、ひとつひとつの課題をクリアしていきました。
その後、現在に至るまで、福島さんは日本全国の生産者とのつながりを築いてきました。“おいしい”ものを求めて、年間120日は日本全国を飛び回っているそうです。
“おいしい”とは?
ふだんから福島屋を利用する方々の間では「福島屋さんの商品はどれもおいしくて、ハズレがない」と定評があります。
福島さんにとって“おいしい”とはどういうことなのでしょう。
“おいしい”というのは“旬である”ということです。人間はもともと、生命を維持するために食べてきました。呼吸をするのと同じようにモノを食べていて、それがおいしいかどうかを考えることはなかったと思います。それが次第に“食べ心地のよいもの”を“おいしい”と思うようになった。
食べ心地がよいというのは、自然のバイオリズムに合っているということ。つまり、“旬である”ということなんです。
また、福島さんは「食の原点は家庭にある」と考えています。
福島屋で売っているお弁当に使われている食材は、すべて店内で手に入ります。
たとえば、お弁当を買って食べてみて、「このお米がおいしい」と感じたら、今度はお米を買って、ふだんの食卓に取り入れて家族みんなで味わってほしい。福島屋では、商品のよさを知ってもらうために、このような「テイスティング・マーケット」をしているんです。
ほかと比較して値段の高いものが売れるには、お客さんとのコミュニケーションが不可欠です。福島屋では、「テイスティング・マーケット」のほかにも、食を通したコミュニケーションを積極的に展開しています。
たとえば、各店舗では「美味しい時間」と呼ばれる講座を開いていて、そこでは、福島屋で扱う食材を調理し、試食することができます。
各店で毎月、季節に合わせてさまざまな講座が開かれている
お客さんへの感謝の気持ちや、福島屋ならではの磨かれた“編集力”。そしてコミュニケーションによって、安心して食べられるおいしいものを届け、毎日の食卓を幸せにしているのです。
三位一体となってみんなが幸せになるためには?
福島さんの意識はお客さんの方だけではなく、生産者の方へも向いています。
“おいしい”商品を求めて全国を回るなかで、福島さんは「このままでは、せっかくよい製品をつくっている中小メーカーが消えてしまう」という危機感を抱くようになったといいます。
ちょうど先日、岩手県で、羊毛を手でつむいで染め、手織りでストールなどの製品をつくっている会社を見てきました。そこで実感したのは、手間をかけてつくられたものに包まれると心が落ち着くということ。情緒が安定するんです。
ところが、どんなにすばらしいものでも適正な価格で流通しなければ、いつの間にか消えてしまうことになる。
それは、必ずしも昔とまったく同じやり方を維持するべきという意味ではありません。めざましく発達したITや交通網などの現代の技術を活かしつつも、受け継がれてきた本質の部分を大切に守るということです。
生産者には生産者の生活があります。もし、小売店が価格競争に必死になって、生産者に無理を強いていたら、長続きはしません。だれかが無理をするいびつな状況を正して、生産者も消費者もお店も、三位一体でみんなにメリットがあるようにするにはどうしたらよいのでしょう。
福島さんが出した答えは明快でした。
継続して回る仕組みをつくること。
継続して回すためには循環させること。
循環させるためには“いいもの”をつくること。
たとえば、大根を5000本つくったら、そのうち市場に出るのは6割程度。残りの2000本は規格に合わないなどの理由で捨てられていました。その2000本を利用して、切り干し大根をつくったとしたらどうでしょう。廃棄していた分の大根を、太陽の力を借りて天日干しにすることで、味わい深い切り干し大根ができたとしたら、その分、農家の収入が増えることになります。
生産者は収入が増え、消費者はおいしい商品を手にすることができる。お客さんによろこんでいただけることで、福島屋は売り上げが上がる。すると、みんなが幸せになる循環が生まれます。
ただ、そのためには品質のよいものでなければなりません。
いいものをつくっている生産者やメーカーは、ものづくりには際限がないということをよく知っています。彼らは真摯にものづくりに向かう姿勢を常に持ち続けています。
「羽村、おもしろいでしょ?」
現在はスーパーマーケットだけでなく、生花店やレストランも営む福島屋。話題が羽村市のことに移ると、福島さんから地元への愛があふれ出しました。
羽村市は都心からほどよい距離で、自然もたくさん残っている。生活に必要なお店もそろっていて暮らしやすい街です。僕にとっては、なんといっても「地元」という安心感がある。
ここ数年、レストランを開業するなどしてきましたが、根底には「地元に恩返しをしたい」という気持ちがあります。
そのまなざしは、これから羽村市を起点にイノベーションを起こしていこうという若者に向いています。
僕の背後には全国の生産者がいる。地元の活性化のためなら、ぜひ協力したいと思っています。新しいことを始めるときにはハードルがたくさんあるけれど、ひとつずつクリアしていけばいい。
生産者との直接取引がまだ当たり前ではなかった時代から、道を切り拓いてきた福島さんの言葉には説得力があります。そして、福島さんが30年にわたって築いてきた全国の生産者とのネットワークは、羽村市から新たなイノベーションが生まれる素地のひとつになるのではないでしょうか。
もしピンと来るものがあったら、まずは福島屋での買い物を経験しに行ってみてはいかがでしょう。いつもとはひと味ちがった買い物が刺激となって、新たなアイデアが生まれるかもしれません。
(撮影:袴田和彦)