「リノベーション」という言葉からは、古い建物を大きくつくり変えて新しい物にするというイメージをする人が多いかと思います。しかし、リノベーションという言葉はそもそも「re-innovation」つまり、再創造するということ、建築にとらわれることなく、古いもの、あるいは今あるものに再びイノベーションを起こすこと全般を言うのです。
2011年に北九州で始まった「リノベーションスクール」は、そのようなリノベーションの意味に則り、まちをいかに再創造するかを、4日間で学び実践する場として展開してきました。そして、来年にはその発展形というべき「リノベーションスクール・プロフェッショナルコース」が開講されます。
プロフェッショナルコースでは、来年1月20日から3月30日までを前期、5月18日から7月27日までを後期として、毎週水曜日の夜2コマずつの授業を行い、加えて4月には「リノベーションスクール@東京」として、これまでのリノベスクールと同様のワークショップも行います。
授業を行う講師は、メゾン青木代表の青木純さん、ツクルバの中村真広さん、R不動産の林厚見さん、社会デザイン研究者の三浦展さん、らいおん建築事務所の嶋田洋平さん、そして、グリーンズから小野裕之など、多様な分野のトップランナーが揃います。
これまでのリノベーションスクールは、グリーンズでも取り上げたこちらの記事からもわかるように、単なるイベントを超えて、ある意味、ものすごい熱量を持ったムーブメントになっているとも言えます。それがプロフェッショナル向けになるというのはどういうことなのでしょうか。
リノベーションスクールのヘッドマスターを務める大島芳彦さんのお話からは、1つの業界の限界を突破し、社会問題を解決する「アーキテクト=構築家」の姿が見えてきました。
1970年東京都生まれ。1998年石本建築事務所入社。2000年よりブルースタジオにてリノベーションをテーマに建築設計、コンサルティングを展開。活動域はデザインに留まらず不動産流通、マーケティング、ブランディングなど多岐にわたる。大規模都市型コンバージョンや大規模団地再生プロジェクトなどを手掛ける一方で、エンドユーザー向けに物件探しからはじめる個人邸リノベーションサービスも多数展開。近年では地域再生のコンサルティング、講演活動で全国各地に足を運ぶ。リノベーションスクールでの実績により「日本建築学会教育賞」を受賞。
そもそも「リノベーション」って?
そもそも大島さんや今回のプロフェッショナルコースでプリンシパルを務める馬場正尊さんがリノベーションスクールを始めたきっかけは、「2010年に建築のあり方を考えるヘッド研究会のリノベーションタスクフォースで企画した大阪や鹿児島のシンポジウムで東京よりも地方の(建物の)リノベーション事例のほうが面白いと気づいたから」だといいます。
建築の費用というのは日本全国どこでもあまり変わらないため、東京のモデルを地方に持って行っても費用がかかりすぎて無理。そのため、地方ではお金をかけない方法で問題を解決しようとしていて、そのためにただ建物を新しくするのではなく、その建物と周囲の関係性から考えていくことをやらなければいけないのです。
地方では建築だけでは完結しないことをやってるんです。
お金では解決できないことを別の方法で解決しようとして、チームのあり方や運営の方法を見直し、社会との関わり方という根底から考えなおしている。しかも、その一つ一つの事例が手づくりというのがすごく面白くて、反対にぼくらが勉強させてもらえると感じました。
つまり、地方では建物のリノベーションが自然とまちづくりにつながっていくというわけです。そしてもう一つ、そういうことをやろうとしているのは建築の分野の人たちだけではないのです。
例えばケーキ屋さんが店でケーキを売るだけでなく広場でマルシェを開いてみようと考えたとしたら、それは広場というスペースをつかって「社会との関わり方」を考えなおすことであり、ひとつの「リノベーション」であるのです。
ただ、そのような「リノベーション」に取り組んでいる人たちは「自分がリノベーションをやっているという意識がなく、自分たちだけのことだと思ってやっている」のだと大島さんは言います。そのような活動に「リノベーション」という共通の言語を与えることで、同じ目標に向けて行動しているんだということに当事者たちが気づくのだというのです。
リノベーションは「串刺しをする」って僕らはよく言うんですけど、異なると思っていたものを何らかの考え方という「横串」で刺すとその関係性が見えてくる、まちづくりにおいてはリノベーションがその「横串」になるんです。
飲食でも福祉でも、まちをどうにかしたいと考えてやってる人たちが、リノベーションという言葉によって、実は考えていることが一緒だということに気づき、その関係性を見出すきっかけになる。
まちの活性化というと定義が曖昧ですけど、少なくともそこが生きた場所になるという目標は一緒で、手法が違うだけだと気づくんです。
そして、そのような「串刺し」による気づきを実践するのがリノベーションスクールなのです。
まち歩きで課題を見つける
「串刺し」を実践するリノベーションスクール
リノベーションスクールには3つの目的があると大島さんは言います。ひとつはまちを動かすエンジンになるということ。
リノベーションスクールで対象とする案件は実案件で、たとえば事業計画コースだと、建築家、不動産屋、公務員、主婦など、それぞれ違うプロフェッションを持つ人10人くらいが集まってエリアの再生のためのプランを立てますが、それを実際に事業化することを目標としているので、スクールをやること自体がまちを動かすことにつながるわけです。
もう1つは、人と人とが出会う場をつくること。
リノベーションという共通言語を持って知り合うという場がなかなかないので、そういう場を提供することでシナジーが生まれ、スクールが終わった後も共通の目的に向かって協力し合える関係をつくるきっかけを与えることができると考えています。
つまり、リノベーションスクールはそれぞれで「リノベーション」に取り組んでいた人たちを結びつけ、まちのリノベーションを実践する場として考えられているということです。
そしてそれは実際に機能し、さまざまな事例が生まれてきています。その事例については、リノベーションスクールを運営する株式会社リノベリングの「リリリリノベーション」というサイトに載っていて、それを見ると、リノベーションという考え方が本当にまちを動かし始めているということが感じられるのです。
そしてスクールの後も、そのようなリノベーションが継続されるために必要なのが、スクールの目的のもう一つ「リノベーション・アーキテクトを育てること」だと大島さんは言います。では、このリノベーション・アーキテクトというのはどのような人を指すのでしょうか。
リリリリノベーションの事例
リノベーションまちづくりを引っ張る「構築家」
アーキテクトというと日本語では建築家を意味しますが、ここではそうではないと大島さんは言います。
アーキテクトはそもそも、建築家ではなく「構築家」を意味します。英語の”architecture”は「構築する」という意味で、組織をつくることも組織のアーキテクチャーという言い方をします。
だから、リノベーション・アーキテクトという言葉も、リノベーションを構築する力を持ってる人という意味で使っています。
つまり、リノベーションを構築するのが、リノベーション・アーキテクト。先ほどの事業計画コースの例で言えば、それぞれのユニットにユニットマスターと呼ばれる人がいて、その人は全体を俯瞰し、状況を把握し、様々なプレイヤーからなるチームをまとめていきます。これを「まち」のレベルにまで広げたものがリノベーション・アーキテクトです。
新しいまちのビジョンを構築するという時には、さまざまな業種のプロフェッショナルのチームが必要になってきます。
リノベーション・アーキテクトはそのそれぞれの業種の視点を理解し、それらがどう不自然な状態で関係してしまっているのかを見定めて、どう組み替えればいいのかも判断しないといけない。そして、それを実践するためのチームビルディングも理解していなければいけません。
つまり、チームとしてまちづくりを行っていくために欠かせない存在であり、欠かせないからこそこれまでもスクールで育てようとしてきたわけです。そして、より強いリノベーション・アーキテクトを育てることこそがプロフェッショナルコースの目的だというのです。
より強いリノベーション・アーキテクトとはどのような存在なのか、それに必要なのは、実はリーダーシップではなく、トランスレーターとしての役割だというのです。
プロフェッショナルコースで育つマルチなアーキテクト
リノベーション・アーキテクトになるためにまず必要なのは「マルチリンガルになること」だと大島さんは言います。
専門家というのはモノリンガルなんです。
例えば、建築施工のプロは同業者と専門用語でコミュニケーションをとることはできるけれど、生活者にはぜんぜん意味がわからない言葉だったりするわけです。その場合、それを通訳するのが両方の言葉を理解している建築家です。
リノベーション・アーキテクトは、まちづくりに関わるさまざまな業種のプロの間の通訳を行うために、いろんな言葉をツーリスト外国語程度にできるようになっていたほうがいい。そうすれば、状況を俯瞰して、構築できるようになるんです。プロフェッショナルコースでは、多岐にわたる講義でそのような能力が身につくようにしたいんです。
チームを引っ張っていくために必要なのは、コミュニケーションを円滑にする能力、それを身につけることでリノベーション・アーキテクトとしてしっかりと役目を果たすことができるというわけです。そして、そのためにはやはり実践も必要、前期と後期の間にワークショップも行いますが、講義でも実践することを常に考えているそうです。
講師たちは実践者、しかもそれぞれの分野のトップランナーがほとんどなので、単なる机上の文字だけの情報を得るのではなく、いま現場で起きていることを、リアルな空気感をを伴って体験できるはずです。だから、さまざまな状況においてどう振る舞えばいいかを実践的に学ぶことができるのです。
卒業生には、リノベーション・アーキテクトとして地元に戻って、そこで自分がユニットマスターになってまちづくりを推進したり、伝える立場としてリノベーションの考え方を地域に広げていく役割を果たしてほしいです。
つまり、プロフェッショナルコースを開講することで、まちづくりのプレイヤーの中からリノベーション・アーキテクトとして活躍できる人を育て、その人たちがそれぞれの地域でさらにリノベーションを通じたまちづくりを行うプレイヤーを増やしていく。それがうまく循環していけばリノベーションによるまちづくりがどんどん広がっていくということなのでしょう。
卒業生たちが各地でリノベーションスクールを立ち上げ、どんどん事例が積み重なっていけば、それは大きな変化へとつながっていくように思えます。そんな未来に向けて本気で取り組む人たちが集まる場ができようとしているのです。
まちづくり以外でも活躍できるリノベーション・アーキテクト
ここまでずっとまちづくりの話をうかがってきましたが、マルチリンガルや、状況を俯瞰して把握する能力、チームビルドの力が役立つのは、なにもまちづくりばかりではないように思います。ここで学んだ知識は、まちづくり以外の分野でもイノベーションを起こすのに役立てることができるのではないでしょうか。
それぞれの業界にはこれまでに培われてきた高度な技術がありますが、そこからは発明みたいな大きなイノベーションは起きにくいと思います。
今は複数の業界をつないで組み合わせることで、その業界と業界の間にあったもやもやした部分をどうにかできるような発明が生まれる時代なんだと思うんです。言い換えれば、境界をまたいでいくと、その境界に発明的なビジネスモデルが見つかる、それは明らかだと思います。
リノベーションというのは、繰り返しになりますが、再創造すること。今回のスクールでは「まちづくり」をターゲットにしていますが、リノベーション・アーキテクトの能力は、それ以外にも役立つ能力なのです。
大島さんは、今回開講するプロフェッショナルコースには「社会に対する問題意識を持っていて、それを解決するための行動に出たいと思ってる人。それぞれの分野でプロフェッショナルなんだけど、限界を感じてる人」に来てほしいといいます。それは、一つの分野の中からは見えない解決方法を見つける能力を、このスクールで身につけることができるということなのです。
リノベーションスクールは、リノベーションやアーキテクトという言葉さえも、リ・イノベートすることで、私たちと社会との関係性を変えていこうとしているのだと思います。そして、プロフェッショナルコースはその最前線に立つ人たちが集まる場になるに違いないのです。
今まさに何か課題を抱えている、限界を感じているという方はぜひ参加してみてください。そうではない人も、ここからどのような未来が生まれるのか、注目していてください。