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途中で諦めたとしても、あなたの価値は何一つとして変わらない。紀里谷和明さんに聞く、自分を生きるということ

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特集「STORY OF MY DOTS」は、“レイブル期”=「仕事はしていないけれど、将来のために種まきをしている時期」にある若者を応援していくプロジェクトです。今回は、映画監督である紀里谷和明さんのインタビューをお届けします。

紀里谷さんは15歳の時に単身渡米し、20代でカメラマンとして活躍。その後PV監督を経て独学で映画監督の道へ進み、『CASSHERN』『GOEMON』などの作品を手がけてきました。

そして11/14(土)からは、ハリウッドで製作した5年ぶりの新作『ラスト・ナイツ』も公開。ある封建社会を舞台に活躍する騎士の物語には、「本当に大切なものはなにか?」という紀里谷さんからの強いメッセージが込められています。

そこで今回は、どんな葛藤を経て今に至ったのか。そして、その過程で見つけた大切なものとは何か。紀里谷さんにお話を伺いました。
 
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紀里谷和明(きりや・かずあき)
1968年、熊本県生まれ。15歳の時に単身渡米し、マサチューセッツ州にある全米有数のアートスクールでデザイン、音楽、絵画、写真などを学び、パーソンズ美術大学では建築を学んだ。ニューヨーク在住時の1990年代半ばに写真家として活動を開始。その後、数多くのミュージック・ビデオを制作し、才気あふれる映像クリエイターとして脚光を浴びる一方、CM、広告、雑誌のアートディレクションも手がける。最近では三代目 J Soul BrothersのPVが話題に。TVアニメ「新造人間キャシャーン」を斬新なヴィジュアル感覚で実写映画化したSFアクション『CASSHERN』(04)で映画監督デビュー。続いて戦国の世を舞台にしながらも、時代劇の枠に収まらない奇想天外なアドベンチャー活劇『GOEMON』(09)を発表した。監督第3作『ラスト・ナイツ』でハリウッド・デビューを果たした。

写真家から才気あふれる映像作家へ。そして映画監督としての華々しいデビュー。経歴だけを眺めると順風満帆な印象のある紀里谷さんですが、そもそも”レイブル期”はあったのでしょうか。

もちろんです。20代前半とかはそんな感じでしたよ。「一廉(ひとかど)の人間になる!」と志高くアメリカへ行きましたけど、何をしても思うように結果が出なくって。

そもそも紀里谷さんは、小学生の頃から「立派な人間にならなければ、自分の存在価値はないのでは?」という思いを、漠然と抱えていたそうです。

だから、とにかく20代前半はものすごく苦しみましたね。一時は呑んだくれてその辺で寝てる、みたいな最っ低な生活もしていました。人を羨ましいと思ったこともあるし、嫉妬したこともあります。

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photo 杉浦弘樹

転機が訪れたのは、25歳のとき。 友人のすすめでDTP(デスクトップパブリッシング)の世界を知り、写真をもとにしたグラフィックデザインにのめり込みます。一年後には、雑誌の特集ページを担当するほどに活躍。紀里谷さんにとって写真は、自分を表現できる存在となりました。

しかし、「苦しみは終わらないんです」と紀里谷さんは続けます。

常に何かを追いかけるんですよね。もちろん、何かを追いかけること自体は悪いわけではありません。でもね、30歳くらいのときに、「ああ、これはきりがないんだな」って気付いたんです。

どんなにいい車に乗ってもどんどん新しいのが出るし、どんなにいい家に住んでももっと大きい家に、とか思っちゃうし。どこまで行ったって終わりがなかった。

だからこそ向き合ったのが、「本当に必要なものはなんなのだろう?」そして「自分は何者なんだろう?」という問いでした。一線で活躍していた姿からは想像できなかった、自問自答の日々が始まったのです。

何かになりたい! という変身願望

自分は何者なのか。それを考えるときに、よくロールモデルを見つけることが大事と言われます。ロールモデルとは、自分の行動や考え方、あり方の模範となる人物のこと。

きっとみなさんにも、憧れの人がいるでしょう。例えば小学生のときに、好きな歌手の言葉使いや髪型を少し真似してみたり。しかし、「何かになりたい!という思いが、単なる変身願望になってしまうのはよくない」と紀里谷さんは言います。
 
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photo 杉浦弘樹

「自分ではないもの」に変身しようとすることには、すごく違和感を覚えるんです。確かに、20代前半は僕も何者かになろうとしていました。そしてものすごく苦しみました。しかし、それは家庭や学校や社会からの影響であって、第三者目線からくる価値観なんです。

「その価値観に悩む人が非常に多いように思う」という紀里谷さん。さらに続けて、こう言います。

テストで100点じゃないと価値がない。大企業に就職しないと価値がない。 もしくは、 何者かにならなければ価値がない。

果たしてそうなのだろうか? 無人島に居たとしても、そんなことを願うのだろうか? あなたはどうですか?

その第三者目線っていうのをなくしてしまえば、大体のものは必要なくなるんじゃないでしょうか。

そう気づいた紀里谷さんは、30歳のときに迎えたこの大きな葛藤と、どう折り合いをつけていったのでしょうか。それは、持ち物や服を大幅に減らし、住居もコンパクトにするという、モノの断捨離でした。

すると、暮らしも考え方も、どんどんシンプルになっていったのです。

そもそも、僕はものづくりが好きで、自分がイメージする一枚の画をつくり上げることに興奮してたんです。だから僕は写真が撮りたかった、というよりも単純にその画をつくりたかった。「カメラマンになりたい!」なんて自分を定義したことはないんです。

今は映画をつくりたい。映画をつくってそれを一人でも多くの人に見てもらいたい。単純に、それだけの話です。肩書きなんて関係ないし、意味がない。山があって、あの山に登りたいな、登ったら気持ちいいだろうな、と思ってる人と変わらないと思います。

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photo 杉浦弘樹

自分を生きるということ

単純に、山をみてあの山に登りたい! って思うのは、極めて純粋な衝動だと思います。そう思うんであれば登ればいいと思うし、命がけで登って、たとえそれで死んでしまったとしても、全部捧げてそれに突っ込んだならそれはそれでいいのでは、と。

ただ、「山を登ったところであなたは何も変わらないんだよ」ってことは理解してほしいと思う。それで 有名になろうが、途中で諦めようが、あなたの価値は何も変わらない。そもそもみんな、生まれたことに価値があるんです。 だから何をしようが、あなたの価値は、何も変わりはしないんです。

活躍していようと、悩んでいようと、あなたの価値は不変である。だからこそ、今まさに行き詰まっている人にも、「暗闇でいいじゃん!」と紀里谷さんは言います。

暗黒を実感してればいい! それも生きてるってことじゃん! ってね。

僕も20代前半は苦しかったけど、でもそれがあったから今があって、いろんな作品ができたわけで。でもそのときは、その中にいるってわかんないんですよね。そして本当は闇とか光とかはなくて、みんな一つのグラデーションなんですよ。

苦しいこと以外にも、「夕日を見て綺麗だな」って思ったり、「喉が乾いたときに水飲んで美味しいな~」って実感することって、いつでも・誰だって! できることですよね。

更には、「世に溢れている情報をほとんど信じないようにしている」という紀里谷さんは、よく実践することがあるそう。それは、自動販売機で飲み物を買うときに、いま何が飲みたいのか自分と対話し、更には飲んだときの味も想像してから選ぶようにすること。

自分で自分をみつめることですよね。例えば、自分は今日お昼に何を食べたいのか?そういうささいな事でも自問自答してみる。そして実行する。

自分は今なにをしたいのか? もし海見にいきたい! って思うなら全力で仕事を終わらせて行けばいいと思う。

どんな状況でも「実感する」ってことと「今なにをしたいのか?」を自分で見つめること。とにかくそこから始めてみたら良いのかな、って思います。

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photo 杉浦弘樹

このままでいいのだろうか? と悩んで自分以外の何かになろうとしたり、未来のことを考えて不安になって、今の実感を忘れてしまったり。

今の自分はどうかな? そう意識してみるだけで、見えてくることがありそうです。

今どんなことを感じますか? 何かしたいことはありますか? ぜひ、この機会に自分で見つめてみてください!

(Text: 並木香菜子)
 

lastknights

– INFORMATION –

 
映画『ラスト・ナイツ』は、11月14日(土)から全国公開!
[作品情報]
主君への揺るぎない忠誠心を胸に、難攻不落の城と不条理な権力に挑む、気高い騎士たちの姿を描き出すヒューマンドラマ「ラスト・ナイツ」。クライヴ・オーウェンやモーガン・フリーマンといった名優たちのほか、日本からは伊原剛志、韓国からアン・ソンギら17ヵ国に及ぶキャストとスタッフが参加し映画化。紀里谷監督は、ロケ地のプラハで300人に及ぶスタッフを率い撮影を敢行。構想から5年の歳月をかけ本作を完成させた。
公式サイトはこちら

[ライターからの感想]
とにかく驚きました。全てのシーンが絵のように美しいこと、今までの作品とがらりと印象が違うことに。終盤はセリフもシンプルになり、目や表情を汲んで今こんな思いなのかな? と登場人物に入り込めました。特に最後の5分間は忘れられないものとなりました。