昨年greenz.jpでご紹介した、太陽光発電と蓄電池、そして水素エネルギーをフル活用したオーストラリア・グリフィス大学の環境配慮型校舎。ビル丸ごとオフグリッドを実現した実績が話題となり、多くの反響をいただきました。
そして読者の方から寄せられたのは、「東京工業大学の“環境エネルギーイノベーション棟”を思い出しました」というコメント。国内にもあるのなら、行くしかない! ということで、早速足を運んだその校舎には、日本ならではの高度な技術と綿密な設計がぎっしりと詰まっていました。
電力をほぼ自給自足し、CO2排出を6割もカットしたという日本版エコ校舎の見学レポートをお届けします!
エネルギー分野の中核施設として誕生
国立大学法人・東京工業大学(以下、東工大)の大岡山キャンパスに、太陽電池パネルに包まれた校舎があります。「環境エネルギーイノベーション棟」、略して「EEI(イー・イー・アイ)棟」です。
これがウワサのEEI棟(東京工業大学ホームページより)
東急線の線路に面している南東側(写真では手前側)は、壁一面、太陽電池パネルがびっちり。車窓からの眺めは壮観です。
実は東工大には、約230人ものエネルギー分野の教員がいます。この先生たちが2009年に研究組織「環境エネルギー機構」を立ち上げ、同機構の中核施設として企画したのが、このEEI棟でした。
意匠と構造は、学内の建築家(建築学専攻の塚本由晴教授と竹内徹教授)がサポート。企業の協力や文部科学省の補助金も得て、建築中に発生した東日本大震災も無事に乗り切り、2012年に完成しました。
理系の研究施設でありながらCO2排出量の大幅な削減を着実に実現してきたEEI棟。その実績が国内外の熱い視線を集め、完成以来、この校舎には毎年1000人を超える見学者が訪れているそうです。
技術を集結し、CO2の60%減を達成!
グリフィス大学の校舎は文系専用でしたが、こちらはバリバリの理系施設。クリーンルームやドラフトチャンバー(排気装置)などが24時間ずっと電力を消費しています。
にもかかわらず、EEI棟で使うエネルギーは、ほぼ自給自足できているのだとか。そんなこと、本当に可能なのでしょうか。
そのカラクリを、EEI棟の環境・エネルギー設計を担当した東工大大学院教授の伊原学(いはら・まなぶ)先生に教えていただきました。
伊原先生は太陽光電池開発やスマートグリッド設計などを専門とする化学工学博士
EEI棟設計の最大の目標は、既存研究棟比60パーセント以上のCO2排出量の削減を実現することでした。そのために全ての技術を集約し、慎重に発電効率や構造の計算をしました。
太陽電池パネルが4570枚も使われているEEI棟の印象的な外観は、「CO2排出量の徹底的な削減」というコンセプトから生まれたものだったのですね。
太陽光発電は昼間のみで、しかも天気次第ですが、発電容量計650キロワットものパネルを使って、平均すると電力需要の3割を賄えていると言います。
東工大は東京都内でも指折りの電力消費の多い事業体です。中でもEEI棟は本来、電力を多く消費する研究設備が多い研究棟です。
その3割を賄えているということは、ほとんどのビルでは少なくとも5割以上の電力を太陽光発電で賄えると期待できるそうです。
EEI棟では、太陽光発電の不足を補うために、燃料電池を設置しました。火力発電で1キロワットアワーの電気をつくるときのCO2排出量と、燃料電池で同じ量の電気をつくるときの排出量を比べたら、燃料電池のほうが少なかったからです。
伊原先生によると、太陽光発電と燃料電池でエネルギーを年間平均約90%以上、自給自足できているとのこと。でも、EEI棟の最大の目標はオフグリッドではなく、CO2削減です。既存の技術を組み合わせて、最も排出量が少なくなるように設計されているのが、EEI棟の大きな特徴と言えるでしょう。
CO2削減のポイントは「熱利用」
EEI棟のエネルギー効率をさらに上げるため、2015年の春には105キロワットのガスエンジンが増設されました。なぜ、燃料電池ではなく、ガスエンジンを追加したのでしょう?
燃料電池はガスエンジンよりも効率が高いのですが、需要に合わせた素早い起動や停止ができないからです。
それに実は、燃料電池もガスエンジンも、電気だけを使っている間は、CO2削減はそれほど期待できません。
ポイントは熱です。より効率よく排出量を減らすには、発電に伴う排熱を上手に使う必要がある。いわゆるコージェネレーションですね。
熱利用に伴うCO2排出量まで減らすことを考え、増設されたガスエンジン。しかも、その選択の背景には、季節が巡る日本ならではの事情がありました。
燃料電池は付けたり消したりすると効率が落ちるので、常に稼働しています。そして、その排熱をEEI棟内に供給しています。電線を使って容易に送り出せる電気と違って、熱は運ぶとロスが多いので、その場で利用するしかないのです。
ただ、暑い夏や寒い冬は、燃料電池から出る熱だけでは足りません。
冬は理解できますが、夏にまで棟内に熱をめぐらせたら、大変なことになりそうな気がします。でも、「夏にこそ熱は必要」と伊原先生は続けます。
夏は、熱を使って冷水をつくっているんです。吸収式冷凍機(打ち水と同じように水が蒸発するときの気化熱を利用して冷温を得る仕組み)で効率良く水を冷やし、冷たい風をファンで各フロアに送って空調としています。また、湿度を下げる際にも熱が必要です。
だから年中、熱は使うのです。でも、常に稼働する燃料電池を増設したら、春や秋に熱が余り、無駄になってしまいます。
そのため、EEI棟では、燃料電池は年間を通して必要最低限の分しか持たず、付けたり消したりしやすいガスエンジンを追加するという選択をしたとのこと。
それにしても、なんと細かい計算と調整でしょう。四季のある日本で最大限にCO2を削減するためには、季節ごとに電気と熱のエネルギー需給バランスを見て、最も効率が良い組み合わせを割り出す必要があるわけです。
これを、いちいち人が計算して手動で設定を変更していたら大変。全体を自動管理できるシステム(後述)が開発されたのも納得です。
自然エネルギーの利用技術や人工光合成などの研究者が結集しているEEI棟のラボは、異分野融合型で間仕切り無しのオープンなつくり(教官には個室も)。何をやっているのかが見えたり気軽に会話できたりするのが、良い刺激になっているそうです。なお、廊下との仕切りは古い図書館の本棚のリユースでした。
太陽光パネルの角度ひとつにもひそむ周到な設計
まるでビルが太陽電池パネルのコートを羽織っているようなユニークないでたちと、これまでにないエネルギー設計が高い評価を得て、2012年にはグッドデザイン賞も受賞したEEI棟。その太陽光パネルにも、ただ張り巡らせただけではない、こだわりの設計が施されているようです。
EEI棟の太陽電池パネルは、外壁に直接付いているのではなく、太陽に向かって少し傾斜した「ソーラーエンベロープ」と呼ばれる外部構造に付いています。
パネルが貼り付けられているのが「ソーラーエンベロープ」。建物とパネルの間の空間を風が吹き抜けるため、パネルの温度上昇による発電効率の低下を防げます。キャットウォーク(細い廊下)があり、メンテナンスも容易です。
細長いクサビ形の敷地を活かし、昼の間ずっと太陽光を受け止められるような形の建物にしました。南側の広い壁面から屋上を通って西の壁面側に沈む太陽の動きを追えるような位置に、パネル付きの平面がある独特の形なのです。
パネルに壁全体が覆われた建物の中は真っ暗になりそうですが、それを防ぐ工夫については、伊原研究室の大学院1年生の高澤千明さんと村上和生さんが教えてくれました。
EEI棟の中を案内してくださった高澤さんと村上さん。昨年度から東工大に入った高澤さん(左)は、EEI棟を初めて見たとき、「こんなのあるんだ~!」と圧倒されたそうです。
面積的には垂直に並べたほうが、より少ない太陽電池パネルで同等の発電ができます。でも、壁をパネルで覆って、暗いからと照明を増やしたら、省エネではなくなってしまいます。
だから、学生が出入りする研究室のフロアと、むしろ遮光したい実験室のフロアを分けて、研究室フロアには光が入るように、パネルを敢えて斜めに固定して設置してあります。
なるほど。それで、EEI棟の南面はパネルの付き方が違うフロアが交互に重なり、しましまのデザインになっていたんですね。
その他、EEI棟(地上7階、地下2階)には、通風や換気や採光や断熱など、建物全体にCO2削減のための念入りな設計が施されていました。廊下や室内のLED照明も、人感センサーや照度センサーが作動して適度な明るさに自動調整されています。
窓は二重窓。断熱&省エネはもちろん、線路が近いため防音にも役立っています。空調には、排熱に加えて、年中ほぼ一定温度が保たれている地下の「地中熱」が使われています。なお、夏は外気温が23℃を下回ると、基本的にエアコンは付けずに窓を開けるというルールもあるそうです。
キャンパス丸ごとエネルギー管理
注目すべきはEEI棟だけではありません。東工大の大岡山キャンパスは約245平方メートルもの敷地に複数の校舎や施設棟が点在していますが、その全ての建物のエネルギーが、なんと一括管理されています。いわゆるスマートグリッド(賢い電力網)でつながっていて、キャンパス内で電力を融通し合っているのです。
そのために開発されたのが、「エネスワロー」という画期的なアプリケーション。太陽電池や燃料電池、空調機器など、さまざまな設備のデータを集約し、分散した電源を制御しています。
EEI棟の入り口にある「エネスワロー」の見える化パネル。いつでもリアルタイムで発電量や消費状況をチェックできます。
ネーミングの由来は、東工大のシンボルマークでもあるツバメ。東京ヤクルトスワローズとは関係無いそうですが、先生は、ちょうどスポーツにたとえて説明してくださいました。
サッカーなどと非常によく似ています。各エネルギー機器が選手であれば、エネスワローは監督。
ポジションによって選手の得意な部分は異なりますよね。例えばフォワードの本田選手が11人いても勝てるわけではないけれど、本田選手自身の能力が上がる必要もある。
エネスワロー開発の目的は、個々の能力向上に加えて、みんなの力で勝っていこう、効率を上げていこうということです。
太陽電池や燃料電池、蓄電池、系統連系した外部電力といった選手を、うまく使うのがエネスワローの役割。この技術は、災害時の停電のときにも活かせると、伊原先生は言います。
伊原先生たちはEEI棟のエネルギーシステム設計で、「2014年日本建築学会作品選奨」を受賞しました。エネスワローはNTTデータなど数社と共同開発されました。
いざ停電が起きれば蓄電池の出番。でも、1時間ほどで全部を使い切ってしまいます。自家発電できる太陽光発電や燃料電池、ガスエンジンが頼りですが、電力の供給と消費のバランスが崩れると、電圧が保てず使えません。
こういった電力需給のバランスを見つつ、建物を上手に自立させることができるのが、エネスワローの特徴です。
この災害にも強いシステムを日本に広め、いずれは世界のスタンダードにしていくことが、伊原先生の研究グループの願いなのだそうです。
EEI棟をオフグリッドやR水素にしなかったのは、なぜ?
グリフィス大の校舎は、自然エネルギーと水素を活用したオフグリッドのR水素ビルでした。一方、東工大のEEI棟は、再生可能な自然エネルギーと再生不可能な化石エネルギーをミックスして使っています。その理由について、伊原先生はこう語ります。
水の電気分解で得た水素を燃料電池に持って行く方法では、確かにエネルギーを蓄えることはできます。でも現在の技術では、電気分解の段階で効率がぐんと下がり、そこから燃料電池で発電するときに、また効率が少し下がってしまう。
それであれば、現時点では、一次エネルギーの天然ガスから水素を取り出して燃料電池に送ったほうがいいだろうと判断したのです。
全てはCO2排出量を最大限カットするために、綿密な計算をして決めました。ただ、将来H2による蓄エネルギーの技術開発が進めば、導入したいと考えています。
あくまで「CO2排出量」にこだわって、既存技術の組み合わせを比較した結果、たどり着いたのが現在のスタイルとのこと。そしてもうひとつ、伊原先生が重視したのは、普及を見据えた「コスト」です。
環境負荷を下げることも大切ですが、普及のためには、コストも大切です。
オフグリッドにするなら、フロア数を減らして電力需要を減らす必要がありますが、土地代は同じなので、コスト的に厳しくなります。燃料電池の台数を増やせば発電量は増えますが、高価ですし、熱が余り、かえってエネルギー効率が悪くなってしまいます。
理工系の大学として、エネルギー的にもコスト的にも見合う、近隣地域にも導入が可能なレベルの建物を検討しました。
実際、EEI棟だけで、年間約3000万円もの光熱費が浮いているそうです。建築や設備に掛かった億単位の初期投資も、メンテナンス費用を含め、おそらく20年以内に回収できるのだとか。CO2削減を最優先にした上でのコスト重視の設計が功を奏しています。
というわけで、EEI棟は今の形に落ち着いたわけですが、もしも燃料電池がとても安価になったり、太陽電池の発電効率がぐんとアップしたりすれば、話は変わってきます。
私の研究室ではプラズモニックという次世代型の太陽電池を開発研究中で、目標とする発電効率は32パーセントぐらいです。これが実現すれば、今の約2倍の効率ですから、状況は一変するでしょうね。
確かに、技術は日進月歩ですし、化石燃料の価格も流動的です。枯渇しかねない化石燃料が安価に入手できてしまう陰では、世界で年間200兆円もの補助金が動いているとも言われています(国際通貨基金の資料より)。
これからの技術革新や政策の変更によって、計算の前提となる諸条件はガラリと変わっていきそうです。
村上さんも高澤さんも、太陽電池や燃料電池の開発に打ち込む現役の研究者です。村上さんが手にしているのは、発電効率を将来ぐんと上げるかもしれない謎の赤い試薬。その正体は、なんと金だそうです。(色のワケは、金のナノ粒子が光に反応して振動し緑色を吸収して……以下略!)
今後の伊原研究室の高効率発電技術の開発成功に、おおいに期待したいところ。インタビューの最後に、自然エネルギーの可能性について、伊原先生のお考えをお聞きしました。
「自然エネルギーを最大限入れていく努力をすべき」というのが、私の考えです。
もちろん、いろいろ我慢してまで入れたくないという人もいるでしょう。だからこそ、このEEI棟のように分散した小さな電源をミックスして、できるだけ平準化する。つまり、エネスワローのような技術で、ばらつきを無くしていくことが大事です。
この「平準化」こそ、自然エネルギーの普及に不可欠なキーワードと言えるでしょうね。
2015年6月には、伊原先生たちのアドバイスを受けて、信州大学が新しい環境配慮型施設(国際科学イノベーションセンター)を誕生させました。エネスワローは導入されていませんが、太陽光発電がふんだんに取り入れられたビルです。
全国の大学にエコ校舎が増え、そこで研究する学生や先生から画期的なアイデアが飛び出し、さらに上をゆく校舎が建設される。そんな動きが加速し、キャンパス発の未来型建築が街にも広がっていったら楽しいですね。