ふだん何気なく食べている世界各国の料理、何気なく聴いている世界各国の音楽。別の国のものだけど同じ調理方法が取られていたり、同じ雰囲気のメロディが奏でられていたりすることに気づいたことはありませんか。
私たちはつい、いろいろな文化を「国」で区別して捉えがちです。けれど、文化という視点から見ると、国や地域、分野を越えて共通した何かが見えてきます。
今回ご紹介するのは、「日常的に親しまれている世界の文化から、世界のことを知ってほしい」という思いで活動をされているおふたりです。
ひとりは、以前もご紹介した神戸のレストラン「世界のごちそうパレルモ」のオーナーシェフ・本山尚義さん。もうひとりは、世界中の笛で世界中の音楽を演奏する音楽家・きしもとタローさん。実は、おふたりは長きにわたる友人同士。10月16日には、約3年ぶりの共同のイベントも開催されます。
それぞれの分野において、世界中のものを心向くままに研究・習得したふたりに、「今の時代にどんなことをしていきたいのか」を語っていただきました。
神戸市東灘区にあるレストラン「世界のごちそうパレルモ」オーナーシェフ。
フランス料理を7年間修行後、世界30ヶ国(アジア、西ヨーロッパ、北アメリカ、中近東)を味修行した経験から、様々な国のスパイスやハーブ料理を日本人テイストにアレンジし提供している。2015年には旅の記録やレシピが書かれた初の著書「世界のごちそう 旅レシピ」を出版。
京都北の農村「山國」に住み、独自の音世界を創り続けるアーティスト。12歳で南米アンデス山脈の縦笛「ケーナ」に惚れ込み、自身で笛を制作し、独学で習得。以来、様々な地域の音楽に出会い、それらを融合した独自の演奏スタイルで活動、国内外で高い評価を受けている。2015年8月に、CDとセットになった作品集「空のささやき、鳥のうた」が全国発売。
15年前、世界のごちそうと世界の音楽が出会った
本山さんとタローさんが出会ったのは、およそ15年前のこと。本山さんが神戸市北区でお店をされていた頃、「世界の料理が食べられるレストランがある」という噂を聞きつけ、タローさんがお店を訪れたことがきっかけでした。
ふたりはすぐに意気投合し、お店で1度だけタローさんのコンサートをしたのですが、お店が現在の神戸市東灘区に移転し、席数が少なくなったため、本山さんはタローさんにお店でのコンサートを依頼できずにいました。
再びタッグを組んだのは1度目のコンサートから何年も経ってからのこと。タローさんから本山さんに、「お店では難しくてもお店の外ならやれる」と提案。「パレルモ」の近くの施設で、本山さんの料理を楽しみながらタローさんの音楽を楽しむスタイルのコンサートが開かれました。
コンサートは大盛況に終わり、「第2弾をやろう」と意気込んだ矢先、なんとその施設が閉鎖してしまったのです。
今年の10月16日に神戸で開催される「世界を味わう♪コンサート」は、実は幻となってしまっていた第2弾イベント。長い時を超えて、ふたりの念願が叶ったものなのです。
惹かれているのは、音楽や料理の奥にある「人間の普遍性」
世界の料理を提供する本山さんと、世界の笛を奏でるタローさん。ふたりは、「おもしろいお店」や「笛のコレクター」を目指したのではなく、心惹かれるものに手を出していくうちに、自然と世界が広がっていったのだそう。
ふたりがお互いに共感し合っているのは、音楽や料理の奥にある「人間の普遍性」に惹かれているということです。
タローさん やっぱり、料理や音楽を通してメッセージがあるんですよね。僕たちも気づかされて感じさせられた部分は、お客さんも同じように感じるはずだから、そっちにきゅっと向くようなきっかけをつくるというか。ただの音楽・ただの料理ではなくて、その向こう側にあるものに心惹かれていますね。
それって、人間の普遍性にタッチすることなのかなと。形としてはいろいろあるけれど、ひとつひとつに触れていくと、その奥にある普遍性みたいなものが見えてきて。人間どこでも同じように感じたり考えたり、同じようなことで喜んだり悲しんだりってことがあるわけです。
地域の特色とか特異性ってものもあるけど、それすら飛び越えて普遍性があって。ひとつの普遍性がこんなにも多彩な形になって現れている、それが世界の豊かさなんですよね。だから世界の豊かさに心惹かれるっていうのは人間の普遍性に心惹かれるってことでもあるのかなと。
「コンサートではいろんなメロディーを演奏する」というタローさん。お客さんに、いろんなものに触れてもらいながら、国と国の関係だったり、その地域の日常だったり、いろんなところに気持ちを向けてもらう努力を惜しみません。
タローさんは、海外の色んな地域に出向き、現地の人たちと交流しながらその場所の音楽に触れています。
お客さんと文化の「媒介人」となり、出会いをつくる
本山さんもタローさんも、世界の料理や音楽を通して、自分自身が惹かれたところをお客さんにも「素敵だな」と感じ取ってもらい、それをきっかけに興味を抱いてもらうことを願って活動をしています。
ふたりの考える自分たちの役割は、「お客さんと文化の媒介人」。提供するメニューやコンサートのプログラムには、文化とお客さんとの「出会い」のための工夫やチャレンジがたくさん重ねられてきました。
本山さんにとって、料理を通じて思いを伝える最初のチャレンジだったのは、以前の記事でもお伝えした「世界のごちそうアースマラソン」でした。
本山さん 僕の場合は、「料理を通じて世界の平和を考えてもらいたい」という思いは最初からあったんですけど、料理店で「平和について」とか言われても引かれてしまいそうで、なかなか踏み切れなかった。でも「世界のごちそうアースマラソン」というイベントでは、背景にある思いを打ち出しやすかったんです。
賭けだったんですけど、お客さんも「あ、こういう思いがあったんや」って。各国の料理と背景を並べることによって、いろんな国があっていろんな人がいることが伝わり、「地球ってこうつながっているよね」「いろんな価値観があってそれがいい悪いじゃないよね」というのをわかってもらえましたね。
パレルモで2010年から2年間かけて行われた「世界のごちそうアースマラソン」のポスター。世界地図を一筆描きでたどりながら、全195ヶ国すべての料理を提供し続けました。
タローさんは、コンサートでなるべく多くの地域の多様な音楽を聴いてもらうように工夫しています。日本人にとって「珍しい楽器や音楽」であっても、その人々にとっては「日常的な楽器や音楽」。それぞれの地域に生きる人々の「日常に出会ってほしい」という思いが、タローさんにはあります。
さらには、異なる国の音楽と音楽の奥にある「共通項」に気づいてほしいと伝えているそうです。
タローさん お客さんには、僕が取り上げるいろんな音楽をただ聴くだけではなく「出会ったものの奥にある共通項に気ついてほしい」と思いを伝えますね。
もちろん、その共通項を感じ取りやすい選曲はしていますが、お客さんが自然に聴きながら、「あ、よう考えたら10ヶ国ぐらいの音楽を聴いてたんや。そんな風に感じなかった」と思ってくれたら僕としては成功なんですよ。
たとえば、政治的には敵対関係にある国と国、侵略した側とされた側の音楽をあえてメドレーでやってみると、ごく自然に聴けたりするんですよね。日本人はなんでも分けたがりますけど、文化ってそういうことじゃないんです。
日本人が持つ、国や文化に対する局部的なイメージをちょっとずつ解きほぐして、「知らんかった」とか「実際どうなん?知ってみたい」とか「似てる似てる」とか、そういう楽しさを提供できたらええなぁ。
本山さん 他にも、「難民」というテーマを決め、難民の人の食事や、難民になった経緯を伝えることで、「自分にできることってなんだろう」と、次のアクションを起こしてもらうきっかけづくりができました。「媒介人」というか。今は、自分の役割を見つけた感じですね。
今は、平和のために自分の感じていることを言える時代
自身の役割をはっきりと自覚し、活動に邁進しているおふたりですが、押し付けがましくメッセージや思いを伝えるのではなく、「おいしい料理」や「素敵な音楽」とのバランスをうまく取り、お客さんに自然に刺激を与える難しさを感じながら活動をしてきました。
けれど昨今では、「本当に戦争が起きるかもしれない」と感じ、平和のために行動を起こす人が増えていることも感じているそうです。
本山さん 最近は、「料理を通じて世界の平和につながる取り組みをするレストラン」という位置づけになり、その部分に興味を持って来られる方も多くなってきました。
「実際に戦争が起きるかもしれない」、「自分の子どもたちをもしかしたら戦争に行かさなあかんようになるかもしれない」っていうので、平和を自分たちのこととして考えられる時代になっている気がしますね。僕がやってきたメッセージも、今こそ伝えられるチャンスかなと。
タローさん 商売でやってるとね、受け入れてもらわないと話が進まないような側面もあるから、受け入れてもらう方法を考えるのはある意味プロとしてやっている人間の責務かも知れませんが、逆に「受け入れてもらうことを考えて引っ込めてる時代でもなくなってきている」とも言えます。
おふたりが感じているように、最近では、普通に暮らす人たちが自分たちの暮らしに直結する事柄に対して感じたこと・考えたことを述べ、行動する時代になってきています。だからこそ、タローさんや本山さんは、自分たちが感じたり考えたりしたことを素直な形で表現し、多くの人たちの共感を呼んでいるのです。
人々が平和について考え、意見を述べるようになってきている今、おふたりの活動はどのように変わっていくのでしょうか。
おふたりのトークはいつまでも続きそうなほど、熱い!
音楽や料理が共存する、本来の「文化」から世界平和が生まれる
平和があたりまえだった時代から、戦争にリアリティを感じる現在へ。ふたりが出会った15年前から大きく時代は変化しましたが、ふたりとも基本のスタイルを変えるつもりはありません。
ただ、日常の営みである料理とはちがい、誰でもが演奏するわけではない音楽には「新たなチャレンジが必要だ」と、タローさんは考えています。
タローさん 僕は今、京都の田舎に住んでるんですけど、そこで「音楽文化をゼロからつくる会」ってのをやっていて。「昔からの民謡とか盆踊りとかを受け継ぐことも大事だけど、自分たちの暮らす村のメロディを今つくってもいいやん、うまくなくてもいいんだから」っていう考え方です。
料理なら、プロの料理も家庭料理も楽しめる。そんな「料理が持っている位の可能性を、音楽が取り戻したらいいな」と。音楽だって、みんながつくり手であっていいし楽しんでいいんですよね。
音楽って本来、音楽だけであるようなものではないんです。暮らしの中の、いろんなものと一緒にあるものだった。だから本山さんとのイベントでも、そういうのを意識してみたんです。
前回の合同イベントでは、本山さんの料理を楽しみながら、30ヶ国以上の音楽を4〜5時間かけて演奏。10月16日に神戸で開かれる「世界を味わう♪コンサート」でも、ステージプログラムには本山さんが料理について語るコーナーも用意されています。
10月16日に、本山さんとタローさんのコラボレーションイベント「世界を味わう♪コンサート」が神戸市灘区で行われます。
今回は、企画者からの出演依頼を受けたコンサート。「もし、野放しで『ふたりで好きなことをやってください』と言われたら?」という質問に、おふたりはわくわくしながら構想をお話してくれました。
タローさん 一番やりたいのは、野外で本山さんが料理をしていて、そのまわりでみんなができたそばから食べるような。
そこに音楽もあって。「料理はまだかかりそうだから演奏しましょう!」って感じで。しばらくすると本山さんがカーンカーンってフライパンを鳴らして、「あ、できたみたいだからごはんの時間にしましょう」って。
それぐらい即興で、その場でいろんなことを楽しめるような。そんなのがコンサートという形でやれたら楽しいやろうな、と。
結局、一番近いところから世界平和っていうか。やっぱり別の人に対する好奇心であるとか、知るってとこからがスタートですから。
今回の取材でもっとも痛切に感じたのは、「相手を知る」ことの大切さです。
本山さんの著書の中でも「日本人は世界のことを知らない」と触れられていますが、今の日本では、「相手を知る」という行為自体がとても希薄になっている気がします。それは国際的なことだけでなく、政府と国民の関係性や、ご近所同士のコミュニティにも感じることです。
「結局は一番身近から世界平和」とおふたりが話すように、普段から、身近な相手を知る機会をもっと増やす必要があるのではないでしょうか。
地域の行事に参加したり、同僚とプライベートな時間を過ごしたり…狭い範囲での「相手を理解し、行動を起こす」という動きが広がり、世界の平和につながるのかもしれません。
そしてぜひ一度、本山さんのレストラン「パレルモ」やタローさんのコンサートへ足を運んでみてください。
本山さんの料理を食べ、タローさんの演奏を聴けば、触れた文化の向こう側への理解を深めたくなり、何か行動せずにはいられなくなるはずです。
– INFORMATION –
本山尚義さんの著書「世界のごちそう 旅×レシピ」(イカロス出版)
「いつか持つ自分のレストランではいろいろな国の料理を提供したい」という思いで、料理を学ぶために約30ヶ国を旅した本山さんの各国での体験や感じたことが綴られています。各国のレシピ付き。
きしもとタローさんの著書「空のささやき、鳥のうた」(アオラ・コーポレーション)
幅広い選曲の演奏活動と共に、音楽文化、そして自身の哲学についてのユニークな講演も人気のタローさん。この本では300ページ超のエッセイと、ほとんどが山奥の池のほとりに建つ小屋で録音されたCD2枚のセット。