日本のエネルギー事情は、大きな転換点を迎えようとしています。
これまで、一般家庭で使う電力の購入先は、地域の電力会社のほかに選択肢はありませんでしたが、法改正によって、一般家庭や小規模事業所に向けた電力小売が2016年4月から自由化され、個人が電力の購入先を自分の意思で自由に選べるようになります。
この制度が実際にスタートすれば、太陽光・風力・水力・地熱・バイオマスの「再生可能エネルギー(以下、再エネ)」の普及にも弾みがつくと期待されています。ただ、制度の具体的なルールづくりは始まったばかり。再エネの販売方法についても議論が行なわれています。
そこでの議論を踏まえ、資源エネルギー庁で再エネ推進に取り組む水越友香さんに、グリーンズ編集長・鈴木菜央が話を伺いました。
ほかのエネルギーにはない再エネの可能性や、再エネ普及のために克服しなければならない課題は何なのか。編集長が知りたかったあれやこれやについて、とことん聞いてきました。
電力小売自由化で、何がどう変わる?
経済産業省 資源エネルギー庁再生可能エネルギー推進室の水越友香さん
水越さん 最初に、菜央さんに見てもらいたい数字があります。電力小売自由化で先行するイギリスで自由化実施の前後に行なわれたアンケートの結果です。実施前は「自由化されたらどういうエネルギーを買いたいか?」を、実施後には「何を基準にエネルギーを選んだか?」を尋ねています。
菜央 それぞれどういう結果になったんでしょうか?
水越さん 実施前のアンケートでは、7割を超える人が「再エネを買いたい」と答えました。この数字が、自由化実施後にどう変わったと思いますか? 実際に再エネに移行した人がどれくらいいたか。菜央さんの想像ではどうでしょう?
菜央 えー、どうですかね。「再エネを買いたい」と答えた人の半分ぐらいは実際に再エネに移行したんじゃないですか。僕は自由化したら再エネに変えたいですけど(笑)
水越さん 菜央さんにも、再エネを推進する立場にある私にとっても非常に残念な数字ですが、実際にフタを開けてみたら、「再エネだから」という理由で電力会社を変えた人は、全体の1%にまで下がってしまいました。結局ほとんどの人は、「電力使用量が安くなるから」という理由で事業者を乗り換えています。
菜央 えー、そうなんですね…。
水越さん おそらく日本でも、自由化によって同じようなことが起こるだろうと思います。電力は味や香りがあるわけでもないですし、再エネにしたからといって電力そのものの性質は石炭・石油火力や原子力でつくられるものとは何ら変わりません。
小売が自由化されて競争が始まれば、まずは価格で電力を選ぶ人が増えるのが現実なのかなと思っています。
菜央 たしかに、電力そのものには違いがないですもんね。
水越さん 実際、日本でも同様のアンケート調査を実施してみたところ、似たような結果が得られています。再エネに関心を示す層が一定数いることは間違いありませんが、ほとんどの人が料金の安さや分かりやすさで事業者を選びたいと答えています。自由化後に再エネをどう普及させるのか、再エネ推進のミッションを担う私としても、あの手この手を考えていく必要があると痛感しています。
いまさら聞けないFIT(固定価格買取制度)のこと
菜央 水越さんが考える作戦については後ほど伺うとして、まずは自由化に向けた制度づくりの現状を教えてください。
再エネの普及にとって、FIT(固定価格買取制度)が果たしている役割は大きいですよね。それなのに、FITの制度を利用して買い取られた電力は、販売時に「再エネ」であることをうたえないという話を聞きました。そのあたりの議論がどうなっているか、個人的にとても関心があります。
水越さん そこはまさに制度づくりで議論のポイントのひとつになっているところです。自由化とFITの関係についてお話しする前に、FITそのものの仕組みを簡単におさらいしておきましょう。
菜央 ぜひお願いします。
水越さん FITは、正式名称を「再生可能エネルギーの固定価格買取制度」と言います。この制度は、石炭や石油、原子力と比べて発電コストが高いとされる再エネの普及を後押しするため、2012年7月に始まりました。
太陽光・風力・水力・地熱・バイオマスで発電された規定の要件を満たす電力は、一定期間、国が定めた固定価格で電力会社が買い取らなければならないという制度です。
菜央 再エネの発電事業者からすれば、発電した電力は電力会社が必ず買い取ってくれるから、安心して事業に投資ができるというわけですね。
水越さん そうですね。ただ、この制度を電力会社の側から捉えると、再エネを受け入れることで発電コストの上昇につながります。
それによって電力会社の経営が圧迫されることがないような仕組みも、制度の中に盛り込まれています。電力利用者全員に「再エネ発電賦課金」を支払っていただき、集まった賦課金を電力会社に分配し、コスト上昇分を補う制度設計です。
菜央さん 電力会社から毎月届けられる「電気ご使用量のお知らせ」には、「再エネ発電賦課金」が記載されていますよね。電力を使う人みんなで再エネの普及を支えているというわけですね。
自由化しても、「再エネ」の電力は買えない!?
菜央 では、自由化後の再エネの販売方法が、このFITの仕組みとの関係で議論になっているのはどういうポイントでしょうか?
水越さん FITの「賦課金」は、再エネによる発電という環境付加価値を電力利用者全員が受け取り、その分の対価を利用者全員で薄く広く分担していると考えることができます。
つまり、電力会社が「賦課金」を受け取った時点で、再エネの環境付加価値は相殺されていると捉えることができます。
菜央 なるほど、たしかに理にかなった考え方ですね。
水越さん それなのに、電力を販売する際にあらためて「再エネ」を掲げるのは、環境付加価値の二重取りというか価値の水増しというか、実態のない価値を利用者に売りつけることにならないかという指摘があります。
菜央 でも、「再エネ」を積極的に利用したい人もいますよね、僕みたいに(笑)。販売時に「再エネ」をうたえなくなってしまったら、僕みたいな人が電力を選ぶ基準が難しくなると思うのですが…。
水越さん まさにご指摘のとおりで、環境付加価値の二重取りの視点と、再エネを選びたい人のための表示という視点が、議論の大きなポイントになっています。
菜央 議論はどういう形で行なわれているのでしょうか?
水越さん 継続的に審議会を開催し、論点の整理と議論を進めています。参加するのは、電力会社の代表や消費者団体のほか、公正取引委員会や弁護士などさまざまな立場の人たちです。どうすれば公正なルールをつくることができるのか、活発に意見が交わされています。
菜央 ルールがどうなるかはまだこれからのようですが、電力小売が自由化され、自分が使う電力を自分で選ぶには、それぞれの電力の長所や短所、流通のしくみなどを知っておかなければなりませんよね。
水越さん そのとおりですね。つくられた電力の性質は、発電方法にかかわらず同じです。そういう条件のもと、コストが高いと言われる再エネを広めていくには、エネルギーそのものや再エネについてもっと知ってもらう必要があります。
エネルギーは生きることと密接に関わる重要なテーマであるはずが、どこか自分とは遠い話になってしまう人が多いですよね。その距離を縮める活動に、グリーンズさんのお力も借りながら、いままで以上に取り組んでいきたいと思います。
FIT(固定価格買取制度)が生んだ負の側面って?
菜央 FITについても、もう少し詳しくお話をお聞かせください。FITによってたしかに再エネの普及に弾みがつきましたが、一方で、FITによるひずみのようなものが生じたのも事実だと思います。それについてはどのようにお考えですか?
水越さん ひずみというか、FITの負の側面にはいくつかのポイントがあると思っています。さっきの続きで「賦課金」の話をすると、それがいくらまでなら利用者の皆さんに受け入れていただけるのかというのがまず一点です。
菜央 いまの仕組みのまま再エネ導入が増え続けると、「賦課金」が上昇して家計や企業の経済活動に大きな影響を与えるという議論ですね。
水越さん 家計の負担増も気になるところですが、所管官庁としてとくに気にかけているのは、大量の電力を使用する企業の受け止め方です。鉄鋼業や鋳物産業は事業継続に大量の電力が不可欠で、「賦課金」のわずかな上昇が大きなコスト圧迫要因になります。
菜央 その視点は、個人や家庭の利用者は見落としがちですね。僕も言われてはっとしました。
水越さん 再エネの議論で重要なのは、再エネだけで考えていては再エネの推進もうまく進まないということです。その他の電源構成も視野に入れ、何がベストなエネルギーミックスなのかを模索しながら、全体のなかで再エネの位置づけや役割を考えていく必要があります。
地域のための再エネって、何だろう?
水越さん もうひとつここで触れておきたいのは、ビジネスと気持ちの兼ね合いをどうとるか、ということです。FITで再エネのビジネス面が強調されるあまり、再エネの発電所を設置する地域との関係がうまくいっていないケースがあります。
FITで長期安定収入を得られるのは事業者にとって大きな魅力であるはずで、それが再エネの普及を後押ししているのは事実でしょうが、地域との関係をないがしろにした再エネは、一過性のもので終わってしまうことが懸念されます。
菜央 具体的にはどのような問題が報告されているのでしょうか。
水越さん 景観が町の観光資源になっている景勝地に、どこから写真を撮ってもソーラーパネルが映り込んでしまったり、別荘地に虫食いのようにソーラーパネルが設置されたり、山を削ってパネルを敷き詰めたため、地盤がゆるくなって大雨で土砂が流れ出したり…。
再エネの事業がその地に根付いていかなければ、FITの期間経過後に再エネが廃れてしまいます。そうなっては、再エネがエネルギーミックスのなかで一定の役割を果たすことも難しいでしょう。
菜央 たしかに、地方に行くと黒いソーラーパネルがずらっと並んでいる光景をよく見かけます。それが国外や東京の資本で設置され、施工に地元の企業も関わっていないとなると、地元の経済とは切り離された、土地の人からすると親しみを持てない施設になってしまいますよね。再エネと地域との関係性という観点で、どういう対策が考えられますか?
水越さん 現状では、太陽光発電や風力発電の設置場所に関する規制というのは存在しません。そこに一定の歯止めをかけることが、まず考えられることだと思います。
菜央 具体的にはどういうことでしょうか?
水越さん 再エネの発電施設も建造物である以上、農地には建てられない縛りはありますが、建物を建てていいところであれば、景勝地だろうが別荘地だろうが、基本的にはどこにでも発電施設をつくることができます。
土地の所有者からすれば、土地を寝かしておくぐらいならFITで得られる安定収入を手にしたいと考えるのも頷けますが、今のまま野放図な開発が進むと、再エネによってその地域の価値を損なうことにもなりかねません。
菜央 歯止めをかけるとすると、国が規制を設けることになるのでしょうか?
水越さん 今は自治体が中心になって立地に規制を設けたり、地元で太陽光発電施工業者の育成に力を入れたりして、地域との共存を図る方法を模索しています。
菜央 地元の資本が何割以上参加していなければいけないとか、施工の際には地元の業者を優先的に使わなければならないとか、地元の経済も潤うような仕組みも必要でしょうね。
水越さん おっしゃるとおりですね。とくに風力発電はほとんどが海外メーカーのもので、国内にメンテナンスできる事業者がいないのが大きな課題です。
海外から技術者が来るのを待っているあいだは、どんなにいい風が吹いても発電することができません。地元で健全な施工業者が育てば、再エネが地域にとってより関わりの深い存在になるはずです。
再エネは、誰もが「プレイヤー」になれる
菜央 再エネと地方との関わりで言うと、太陽光や風力、小水力など、地域のエネルギーを地域でつくろうとする「ご当地電力」の動きが各地で盛んになっていますよね。これは、再エネと地方のいい関係性のひとつのモデルになりえますよね。
水越さん 「ご当地電力」が非常にいい例ですが、再エネは、住民ひとりひとりが「プレイヤー」として関わることのできる手触り感のあるエネルギーだと思っています。
火力や原子力だと、個人や少人数のグループ・団体で発電所を持つなんて夢のまた夢ですが、自前の発電施設を自分たちの手に持てるのは再エネならではです。それが、火力や原子力にはない再エネのいちばん大きな魅力だと思っています。
菜央 そうですよね。僕はこの「ご当地電力」の動きは、サッカーでたとえると地域の草サッカーチームみたいなものだと思っています。
国内ではJリーグを頂点に地域の社会人チームのリーグがあって、そのまわりにたくさんの草サッカーチームがいて、そういう人たちを応援する家族がいて…、その厚みが日本のサッカー文化を支えています。
それと同じように、エネルギーに積極的に携わる人が増えれば、エネルギーとの関わり方がもっと豊かになるし、そこに文化が育まれてくると思います。
水越さん そのたとえ、とても分かりやすいですね。
菜央 実際ここ数年ぐらいで、ほんの10年前ならありえないほどさまざまなジャンルの人がエネルギーに関心を持つようになっています。ソーラーパネルを自作したり、自宅の電気を太陽光と蓄電池で賄ったりするような人がどんどん増えています。
こういうパワフルな人たちだけじゃなくて、彼ら彼女らを応援する人たちや、「ご当地電力」で発電された電力を使う人たちも、みんなが「プレイヤー」ですよね。再エネによってエネルギーの裾野が広がって、「エネルギーの民主化」が着実に進展しているのを感じています。
水越さん 面白いのは、「ご当地電力」の動きは少し前まで発電が中心でしたが、電力小売自由化を視野に入れ、小売の「ご当地電力」の動きが出てきていることです。
販売ルールが決まるのはこれからですが、「○○さんがつくったトマト」と同じような感覚で「○○さんの風力発電」みたいな売り方や、「ふるさと納税」の電力版で、自分の地元や好きな地方を応援する「ふるさと電気」みたいなことが形になると面白いなと思っています。
再エネ普及の鍵は、何だろう?
水越さん さっきのFITのひずみの話ともつながりますが、再エネ普及の鍵は、どれだけ地に足のついた、「生きていくためのエネルギー」と捉えられるかにあると思っています。
菜央 ホントに強くそう思います。
水越さん 東日本大震災の被災地で、公民館にソーラーパネルと蓄電池を導入する試みがあって関係者にお話しを伺ったことがあります。
現地の方がお話しされていたのは、「いざというとき、非常用の電源を確保できるだけで安心感が大きく違う」ということです。避難場所にもなる公民館で、ちょっと灯りをつけられて、携帯電話の充電ができる。そのためには発電施設も充電池も大きなものはいらないんですと、台車で動かせる大きさの蓄電池を見せていただいたのが今も印象に残っています。
菜央 再エネの導入がゴールじゃない。何のために再エネを導入するのか、再エネによってまちをどうしていきたいか。それが重要だということですよね。
水越さん まさしくそのとおりです。自治体のなかには、「わがまちは再エネ比率○%を目指します」と、再エネがゴールであるかのように掲げているところがありますが、それだとどういう町になるか想像しづらいですよね。
たとえば、「災害が起きても安全・安心を確保するために、再エネを積極的に導入します」という絵を描ければ、地域の目指す姿がイメージしやすくなります。そうすれば、再エネの普及と地域の充実がイコールになって、再エネの裾野は広がっていくと期待しています。
菜央 そのためにできることはいろいろありそうですね。
水越さん ホントにそうですね。地域でFITをうまく使って、地域でできることを増やす道筋も考えられます。FITが生む収益は、あると嬉しいけれど単体ではペイさせづらい地域の事業を回す収益源にすることもできます。
FITが生んだ負の側面は、再エネがビジネスとして捉えられすぎたことに原因がありますが、再エネをビジネスの要素として組み込むことで、これまで成り立たせづらかった事業を回していくことができるようになる。そういうことも、再エネを使えば可能になります。
菜央 再エネもFITも手段。いろいろな使い方があるということですね。
水越さん 再エネには、電気をつくって売ることに留まらない大きな可能性があります。ひとりでも多くの人が「プレイヤー」としてエネルギーに積極的に関わるようになり、その流れのなかで再エネが広まっていくことを願っています。本当は、電力を使っている人全員が「プレイヤー」であるはずなんですけどね。
菜央 そうですね。ひとりひとりが「自分ごと」としてエネルギーに関われるようになるようにグリーンズでもさまざまな事例を紹介していきたいと思います。
水越さん ぜひお願いします。私もあの手この手を考え、駆使していきたいと思います。
菜央 ということで、これからも一緒に再エネを盛り上げていきましょう!
いかがでしたか?
電力小売自由化後の再エネの販売方法をめぐる議論に始まり、FITにまつわるあれこれや、再エネの可能性がぐっと開ける話まで…。
内容は盛りだくさんでしたが、二人からのメッセージの肝は、「再エネは誰もが『プレイヤー』になれる」ということ。
ひとりひとりが「プレイヤー」としてエネルギーにどう関わっていくか―。
それを考えられるようになったこと自体が、エネルギー新時代の幕開けを象徴しているのかもしれません。
ひとりのチョイスが、エネルギーの未来を変えるかもしれない。
エネルギーは、これからますます面白くなっていきそうですね。