全国をめぐりワクワクするエネルギーの取り組みを伝えている、ノンフィクションライターの高橋真樹です。全国で始まっている自然エネルギーを活かしたユニークなまちづくりの様子は、拙著『ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)でも数多く紹介しています。
今回インタビューした千葉大学教授の倉阪秀史さんは、「永続地帯」というコンセプトで調査を行い、国や自治体に「こうしたらもっと持続可能になるのでは?」という政策提言をされてきた方です。
「永続地帯(Sustainable Zone)」というとちょっと難しそうですが、実はすごく面白くて深いんです。ざっくり言うと、「食」と「エネルギー」の自給率を調べて、その自治体の持続可能性を数値化しようという試みです。
食べ物とエネルギーがあれば、都市部に頼らなくても理論上は自立することが可能ですからね。この「永続地帯」のデータからは、日本の自治体が抱える課題やこれからの可能性も見えてくるんですよ。
倉阪さんは以前、環境省の官僚として活躍していましたが、持続可能性の提言をするために大学教授に転身されました。毎月のようにマラソンレースに出場するタフな研究者である倉阪さんに、「永続地帯」という視点から見える地方自治体の持続可能性と、これからとるべきエネルギー政策について伺いました。
「永続地帯」の調査から見えてきたこと
高橋 まず永続地帯とは何かについて、わかりやすく教えていただけますか?
倉阪さん はい、永続地帯について端的に説明するなら、地域資源を使ってそこに人が住み続けられることのできる力を「見える化」しようという試みです。
どうやって見える化するかといえば、市町村が食とエネルギーをどれだけ生み出しているかということと、どれだけ使っているかということを比較して、何パーセントくらい地域の自給率を満たしているかを数値化しています。
もちろん実際にすべての食やエネルギーを地域内で自給自足しているわけではないので、あくまで計算上としてということです。それでも、例えば食料自給率とエネルギー自給率が高ければ、それだけ持続可能なポテンシャルの高い地域だと言うことはできるので、その数字を見て、各自治体が今後の政策の参考にしてもらうことができます。
県別のエネルギー自給率のデータ(2013年版)。毎年大分県が一位になっている
高橋 この調査は2005年から続けられていますが、10年やってきてわかってきたことは何でしょうか?
倉阪さん ひとつは、多くの地方自治体がエネルギーについて無関心だったということがわかりました。エネルギー自給率が100%を越えている地域がわかり、その自治体に連絡しても、担当者がピンと来ていないケースが多いのです。
高橋 「えっ? うちの村が自然エネルギーで100%越えているんですか?」という反応になるわけですか?
倉阪さん そうなんです。そうなる理由は、例えばたまたま電力会社の大きな発電所があったために、地域のエネルギー生産量が大きくなっているものの、自治体が意識してつくったわけでもなく、地元への売電収入などの恩恵もないので、自覚につながらないというケースがあるからです。
一方で、永続地帯のデータを知ることで自分の地域のエネルギー事情に関心を持つようになった自治体もあります。県別では、地熱発電が盛んな大分県が毎年自給率1位になっているのですが、大分県としてこのランキングを気にしてくれているようです。
そもそも2005年当時は、自治体だけでなく政府も再エネにはまったく注目していませんでした。温暖化問題や原発事故が起きたこの10年間で、社会的な関心が変わってきて、自治体でも徐々に意識が変わってきていることを感じます。
大分県九重町の八丁原地熱発電所は、日本最大の地熱発電所としても知られている
高橋 調査したデータを自治体に伝えるだけでなく、具体的にどうしたらエネルギー自給率を増やせるかといった提言もされていますね。
倉阪さん 国の関係省庁に対しても提言していますが、地方自治体が率先して自分の地域でエネルギー政策を立ち上げるべきだという政策提言を行ってきました。地域資源というのは、その地方が活用するからこそ意味が出てくるものですから。
足下には、まだまだ使えるエネルギーがある
倉阪さん もうひとつ、永続地帯を調査してはっきりわかったことがあります。それは再生可能エネルギーと言えば、太陽光や風力ばかりに注目が集まってしまうのですが、地方の再エネ資源の割合はかなりの割合で水力発電があるということでした。2005年の段階では、供給量ベースで6割くらいが水力発電です(対象は1万キロワット以下の小水力発電設備)。
地方ではあまり気づいていないのですが、実は足下には使えるものがまだまだたくさんあります。再エネ政策でも、ドイツや北欧に自治体が視察に行って「うちの村でも太陽光や風力をやるべきだ」となる人は多いのですが、そういう国々のマネばかりする必要はありません。
デンマークは平地が多く水力は使えませんが、日本には水力も地熱もあるのです。日本の風土に合ったものを活用していった方が良いと思います。2012年の固定価格買取制度(FIT)が地熱や中小の水力も対象にしたことで、徐々にですが太陽光や風力以外の再エネにも注目が集まるようになってきたのは良い傾向だと思います。
山梨県都留市のらせん型小水力発電
高橋 小水力発電は、具体的にどの地域で盛んなのでしょうか?
倉阪さん 県としては高知県、長野県、富山県、山梨県などですね。今いろいろ計画されているので、数百キロワットレベルの小さな発電所は増えていくと思います。
永続地帯では、基本的には電力会社が所有している比較的大きな規模の水力発電所も、その地域の設備として数字に入れていますが、こうした設備はもともと地元の人たちがお金を出し合って設置したものが多いのです。戦時中に電力会社が統合されていく流れの中で、大手電力会社が所有することになった経緯があるのですが、私はこのような地域資源は地元に返すべきだと考えています。
「ふるさと納税」よりも、再エネにお金が集まる?
高橋 エネルギー政策の動きが活発になってきている地域もありますね。
倉阪さん 長野県や福島県のように、将来の電力における再エネ比率の目標設定をするところも出てきました(※1)。市町村ベースでも、風車を建てたり積極的にやっているところもあります。私はそういった動きを加速させるために、自治体がつくる「再エネモデル条例(※2)」を公表して、側面から支援しようとしています。
残念ながら、日本全体では人口が少ない地域はエネルギー政策について関心が薄い傾向があります。むしろそういう山村にこそ、自然エネルギーのポテンシャルは高いので、そのような地域で地元が主体になって導入しやすくなるよう提言している所です。
※1 長野県は、環境エネルギー戦略を設定し、2010年度の最大消費電力に比較して、2050年までに実質で88%を再エネでまかなう計画を立てている。福島県は、再生可能エネルギー推進ビジョンを掲げ、2040年までに100%という高い目標値を定めている。
※2 「再エネモデル条例」 自治体が再エネについてどのような方針で政策を進めるかという条例をつくる際のモデル
高橋 地方で再エネを実施する場合、課題のひとつはどのように設備を設置する際の初期投資をまかなうかということになりますが、お金の集め方についても提言されていますよね。
倉阪さん 従来の銀行や金融機関は、実績や担保がないとお金を貸してくれないのですが、地域で発電所をつくるために債務保証をしてもらえる新しい仕組みをつくりたいと考えています。地元の人が集まってエネルギー協同組合のようなものをつくり、再エネ設備を地元に設置することを支援する地域金融があればいい。
山梨県都留市の小水力発電機「元気くん1号」
倉阪さん これはすごく儲かるという話ではありませんが、地域の将来につながるし、損をするものではありません。うまく仕組みをつくることができれば、「地元のためになるのならお金を出します」という人はたくさんいるはずです。
例えば山梨県都留市で小水力発電をつくる際に集めた「つるの恩返し債(※3)」という市民出資には応募が殺到して抽選になりました。このような取り組みが広がれば、もしかしたらふるさと納税以上にお金が集まる可能性もあるかもしれません。
※3 「つるの恩返し債」 山梨県都留市が、市役所の近くに小水力発電所「元気くん」を設置する際に募った市民参加型ミニ公募債。2005年に1700万円の債券を募集したところ、5日間でその4倍の応募が集まった。
エネルギーを地方創成の柱に!
倉阪さん 現状としては、そのようなエネルギー政策を進める自治体は多くはありません。メガソーラーなどを設置した自治体はたくさんあるのですが、そうした太陽光発電設備では、従来の工場誘致と同じ発想で企業に土地を貸しているケースが多いのです。
工場誘致の場合は、工場を運営するノウハウがないと儲かりません。だからその都市部の大企業に来てもらう必然性がある。その場合はもちろん雇用も生まれます。
でも太陽光発電の場合は、誘致した企業がノウハウを持っているわけではありません。誰がパネルを置いても太陽光さえあれば発電するんです。たいていの場合その企業から専門業者に発注するわけですから、市が直接業者に発注しても同じ事になります。
現状は、単にその企業のために自治体がわざわざ儲けさせてあげているだけなのです。それであれば何とか地元でお金を工夫して集めて、地元の人のためにエネルギー事業を進めるべきでしょう。
栃木県佐野市のひどい設置のされ方をした太陽光発電。「儲かれば良い」という視点だけで進めてしまうと、地域にとって弊害も大きい
高橋 僕が取材している岐阜県郡上市の石徹白地区などでは、まさに住民が全員参加して出資金を募り、小水力発電をつくる協同組合を立ち上げました。その原動力は、地元の農業用水のもたらす利益を地元のために使おうという人々の心意気なんです。やはり地方自治体は都市部の大企業をあてにするのではなく、「収入源」としてエネルギー政策を主体を持ってやっていくべきだという事ですね。
倉阪さん その通りです。地方自治体にとって、再エネは地元が確実に利益を得られる手段です。そのことをもっと認識して欲しいと思います。自治体が労力や知恵をそこに投入するようになれば、状況は必ず良くなりますから。
私は、再エネ導入は「地方創生」の切り札だと考えているのですが、残念ながら、「地方創生」を呼びかけている総務省は、そうは考えていません。総務省は、地方自治体に地域の外の人を顧客にして稼ぐ産業を増やすようにと呼びかけています。でも、外の人を対象にモノを売る特産品開発や、観光業を活性化するといったことは、すべての地域で成功するわけではありませんから、リスクもあります。
岐阜県郡上市石徹白地区の上掛け水車
一方、太陽光発電は先ほど言ったように誰が設置しても発電しますから、よりリスクは低い。地域でエネルギーを生み出すことはどの地域にも可能なのです。しかも再エネはFITがあるので、発電したら確実に買ってもらえます。
また、地域でエネルギーを生み出せれば、外からエネルギーを買ってこなくてすみます。地域の外に流れていた富を地域の中にとどめることができる。さらにバイオマスなら雇用も生まれるのです。
特産品を試行錯誤して市場開拓するよりも、エネルギーの方が確実に計算できます。国は再エネ事業を地方創生の柱にするぐらいにしていくべきだと思います。そのビジネスは大もうけできるものではありませんが、ずっと安定的に地域経済を回せる持続可能なものになるでしょう。
人口減少社会の「豊かさ」とは?
高橋 「永続地帯」に加えて、地域の持続可能性について調査する新しい取り組みも始められたと聞きました。
倉阪さん 永続地帯は、ある意味で「先進性」とか「豊かさ」の認識を問い直す研究です。都会に比べてそうした面で劣っているとみなされていた地方が、実は生きるのに必要な「食」と「エネルギー」の自給率では高くなるからです。長い目で見るとどちらが持続可能なのかと考えるきっかけになればよいと思いました。
石徹白地区では、地域の人が集落を流れる農業用水路を大事に守って来た
倉阪さん しかし、地方では人がどんどん減っています。永続地帯は、食とエネルギーの自給率を計るものですが、それだけでは数字上では人口が減ると自給率も上がることになる。評価の基準が難しくなるのです。
そこで今は、永続地帯の拡張版として「持続可能性指標」というものを研究しています。そこでは、その地域で人とモノと自然が今後も持続可能なのかということを「ストック将来予測」というもので「見える化」しようとしています。
「ストック」というのは、「健全に維持されている人とモノと自然」の量で、具体的には「健康な人」、「健全な農地の面積」、「空き家でない建造物」、「手入れがされた森林」などのことを言います。その割合を数値化して地域の持続可能性を評価し、それを高める方向に政策を変えていこうとするものです。現在、市町村コードを入れれば、各自治体のストックのシミュレーションができるような「未来シミュレータ-」をつくっているところです。
これまでの日本の政策は、国も地方自治体も、人口が増えていた時期の総合計画を前提としています。でもこれからは、ご存知のように人口がどんどん減っていく。2040年では現在の2割減となります。そのときに、これまでと同じように経済成長一本やりでやっていたら絶対に失敗します。
でも、人口が減ってもそれぞれのストックが健全で豊かであれば、ポジティブな未来を描く事も難しくはありません。永続地帯のコンセプトは、まさにそういう点にあります。
徳島地域エネルギーが徳島県佐那河内村でつくった「佐那河内みつばちソーラー発電所」。売電収入の一部が佐那河内村に入るとともに、寄付者には地域の特産品を送る仕組みになっている
倉阪さん モノをたくさんつくって、それをたくさん持っていた方が「豊か」という価値感は変えていくべきでしょう。「豊かさ」というのは経済成長の数字が大事なのではなく、衣食住がきちんとあって、安心して暮らせるということです。そういう明るい未来を描くためには、健全なストックを持続させ、高める政策に転換する必要があります。
なかなか国の政策は変わりませんから、まずは地方自治体から取り組んでもらおうという意図もあります。そのような自治体が増えれば、必ず国は変わっていきます。
この持続可能性指標については、2015年8月19日と20日に千葉大学と市原市(千葉県)が協力して、「いちはら未来ワークショップ」を実施します(※4)。ここでは集まってもらった約50名の中高生に、2040年の市原市長になってもらいます。
その上で、現在の市長に政策提言してくださいという課題を出すのです。当日は町を見学してもらったり、市原市の「未来シミュレーター」の結果を説明したりして、2040年の市長が直面する課題を出し合い、今の市長に提言をしてもらいます。初めての試みなので、中高生が何に反応するかはわかりませんが、将来を見据えて政策提言をしてもらうことが大切なのかなと思っています。
このワークショップは、来年は八千代市で、再来年は館山市で実施する予定になっています。
greenz.jp編集長 鈴木菜央さんと
倉阪さん 将来を見据えて政策を考えるということを「バックキャスティング」と呼びますが、現在の国や多くの地方自治体にはその視点が欠けています。だから将来の地域を支える子どもたちに手伝ってもらって一緒に町づくりをしていこうと思っています。こうしたプロジェクトを通して、持続可能性への意識が変わっていけば良いですね。
高橋 倉阪さんがやっていることは、単に再エネをどうするか、食料をどうするかという話ではなくて、将来を見据えた視点から地域の問題解決のあり方を探るということなのですね。今日はそのことがよくわかりました。今後の永続地帯研究と、地方自治体のエネルギー政策の取り組みにますます注目していきたいと思います。ありがとうございました。
※4 このインタビューは2015年7月に実施されたものです。8月に行われた「いちはら未来ワークショップ」の様子も、グリーンズの記事でお伝えしていく予定です。
(Text: 高橋真樹)
ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。世界70カ国をめぐり、持続可能な社会をめざして取材を続けている。このごろは地域で取り組む自然エネルギーをテーマに全国各地を取材。雑誌やWEBサイトのほか、全国ご当地電力リポート(主催・エネ経会議)でも執筆を続けている。著書に『観光コースでないハワイ〜楽園のもうひとつの姿』(高文研)、『自然エネルギー革命をはじめよう〜地域でつくるみんなの電力』、『親子でつくる自然エネルギー工作(4巻シリーズ)』(以上、大月書店)、『ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)など多数。