© Dave’s Killer Bread
みなさんの、お気に入りのパンって何ですか? スーパーやコンビニで購入できる大手メーカーのパンが好きという方や、地元ベーカリー店の一品、あるいは最近注目されているグルテンフリーのパンを選ぶ方など、いろいろな答えが返ってきそうです。
アメリカのスーパーに行くと、壁一面にぎっしりと様々なパンが並んでいる光景を目にします。その中でも、アメリカで一番売れているオーガニックパンと言われているのが、オレゴン州ミルウォーキー発の「Dave’s Killer Bread」です。
店内に並ぶ「Dave’s Killer Bread」の商品。カラフルなパッケージが目に留まります。 © Dave’s Killer Bread
「Dave’s Killer Bread」のつくるパンは、オーガニックの原料にこだわり、遺伝子組み換え作物を一切使用していないのが魅力。一袋の定価が3.49~4.99ドル(約430~620円)前後と決して安価ではありませんが、素材と味にこだわった商品でファンを増やし続け、今年5月からはアメリカ全50州で販売されるほどの人気ブランドになっています。
野菜やフルーツ、クリームチーズなど、どんな具材にも合うパン。アメリカ人に、ヘルシーな食生活を提案しています。 © Dave’s Killer Bread
そのカラフルなパッケージの中心には、一見パンとは不釣り合いな、長髪で筋骨隆々とした男性がギターをかき鳴らすイラストが。実は、この男性が「Dave’s Killer Bread」共同創立者の1人、Dave Dahlさん(以下、デイブさん)です。このたくましい男性が営む「Dave’s Killer Bread」って、一体どんなパン屋さんなのでしょうか?
全16種類のパッケージ全てに、デイブさんのイラストが。各商品名もユニークです。 © Dave’s Killer Bread
失敗を誰かのせいにするのをやめて、自分の弱さを認めよう
パン屋を営む父親の元に生まれたデイブさんは、9歳の時に初めてパンづくりを経験しますが、当時は仕事に全く興味が持てませんでした。やがて、薬物に手を染めるようになってしまい、なんと15年間もの間、刑務所を出たり入ったりする生活が続いたといいます。それでもデイブさんは、なかなか薬物を絶つことができませんでした。
自分は人生で一度も成功したことがないという敗北感から、いつも「自殺したい」と思うほど落ち込み、人生をあきらめていました。ドラッグだけが、その憂うつな気持ちを忘れさせてくれると思っていたのです。
パッケージのモデルにもなっている、共同創業者のデイブさん。 © Portland Business Journal
デイブさんは、出所後に兄のGlenn Dahlさん(以下、グレンさん)が父から継いだ「NatureBake」を手伝うこともありましたが、それも長続きはしませんでした。一度使用してしまうと、なかなか逃れられない薬物の依存性から脱け出せず、デイブさんは再び薬物を使用しては刑務所に後戻りすることを繰り返してしまいます。
その悪循環を断ち切るきっかけになったのは、4回目に入った刑務所での出来事でした。
うつを治す瞑想療法をした際に、問題があるのは自分だ、と認めることができたのが大きかったです。自分が置かれた状況を誰かのせいにすることをやめて、自分自身に責任を持とうと思えるようになりました。それは、自分の人生にとって素晴らしい経験でした。
4回目の出所後、デイブさんは心を入れ替え、グレンさんのもとで一からパンづくりを勉強し直すことに。最初は失敗が続いて、生地を何度も無駄にしてしまうこともありましたが、「自分の残りの人生は挑戦し続けるだけだ」と自分自身を鼓舞しながら、懸命にパンづくりに取り組みました。
2005年8月に自身の名前を冠した「Dave’s Killer Bread」の第一号商品、「Blues Bread」が完成。ポートランドのファーマーズマーケットで甥と販売したところ、舌の肥えたポートランドの人々の間で瞬く間に話題になります。リピーターがどんどん増え、今まで感じたことのないような大きな喜びを噛みしめながらも、デイブさんは謙虚さを忘れずに地道に仕事を続けました。
左からデイブさん、デイブさんの甥にあたるショービさん、デイブさんの兄グレンさん。 © Eater Portland
誰にでも、“セカンドチャンス”を与えたい
妥協しない素材と味へのこだわりが評判となり、従業員が必要になるほど忙しくなると、デイブさんは犯罪歴のある知人を積極的に雇用します。自分と同じように、前科を持つ人々の社会復帰の難しさを誰よりも痛感していたからこそ、デイブさんの“人は変われる”という信念は揺らぐことはありませんでした。
ファーマーズマーケットで始まった小さなパン屋さんが、2013年にはグレンさんの経営する「NatureBake」と合併し、今では300人の従業員を抱えるほどに発展。その3分の1は犯罪歴がある人々です。アメリカでは4人に1人は逮捕歴があるといわれていることからみても、高い雇用率であることがわかります。
本社前にならぶ従業員たち。© Dave’s Killer Bread
他にも、子ども病院で音楽演奏をするボランティアや、若者の就職や高卒資格を後押しする奨学金制度、年間約300,000斤をフードシェルターやNPOに寄付するなど、社会で弱い立場にある人々の支援に積極的に参加。
元々、社会的企業を興すつもりはなかったというデイブさんですが、結果的にアメリカ業界に新たなロールモデルを提示する企業となっています。
そんな「Dave’s Killer Bread」の創立10周年を期して、今年7月に設立されたのが「Dave’s Killer Bread Foundation」です。
ミッションは、多くの企業に“セカンドチャンス”の重要性を理解してもらうことです。「自分には可能性がない」と思い込んでしまっている前科持ちの人々に活躍の場を与えて、更正するための潜在的能力を引き出したい。
“セカンドチャンス”の力を何よりも理解している我々だからこそ、始めることができるプロジェクトなのです。
「自分から進んで己の弱さを知り、その弱さを認めなければならない」と話すデイブさん。© Dave’s Killer Bread
“セカンドチャンスプロジェクト”の目的は、犯罪歴のある人々を採用する企業が少しでも増えること。そこで、ガイドブックの作成やワークショップ、ネットワークづくりを通して、企業が抱える雇用に関する不安や問題点をクリアにし、“セカンドチャンス”を実らせる場所を増やす試みをしていきます。
雇用される側を対象にした、いわゆる“就活ワークショップ”ならよく聞きますが、この取り組みが一線を画しているのは、雇用する側にスポットを当てている点です。デイブさんや他の従業員が身をもって示した、仕事が人々にもたらす人生への前向きな原動力。そのビジネスが持つ力を実証し、何よりも信じている「Dave’s Killer Bread」だからこそ、他の企業にも説得力を持って働きかけていけるプロジェクトなのです。
現在、10,000人の賛同者の署名を募っているほか、今年10月には、行政、NPO、企業等が意見交換をするサミットを開催予定。犯罪歴があっても社会復帰したいと思っている人たちの潜在能力の種を種のまま終わらせず、更正できる土壌を広げることで、仕事が見つからずに再び刑務所に戻ってしまうという負の連鎖を断ち切るための活動をするつもりだそう。
セカンドチャンスプロジェクトのPRビデオ。 © Dave’s Killer Bread
誰でも、何かしらの失敗をしてしまった経験があるはず。
そんな時どう自分を省みたか、そして再挑戦する場を差し伸べてくれる人がいたかどうかで、その先の人生が大きく変わったという方も少なくないのではないでしょうか。
デイブさんたちが取組む“セカンドチャンス・プロジェクト”は、日本でも問題になっている若者や高齢者の失業率にも、何かしらのヒントを与えてくれるかもしれません。
[via Dave’s Killer Bread, The Oregonian, Portland Business Journal, Eater Portland, USA Today]