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自然が主役、ひとは脇役。人間の都合で酒づくりをしないと決めた老舗酒蔵「福光屋」がつくる未来

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国内外でその美味しさが、ますます注目されている「日本酒」。みなさんは、このお酒がどのようにつくられるのかをご存知ですか? 必要なのは、米と水、そして発酵という自然のはたらき。日本酒づくり、それは人と自然が織りなす世界なのです。

米と水、そこに自然のはたらきが加わって生まれるこのうまい酒を、今に未来につないでいきたい、そう願いつづける人たちがいます。石川県金沢の地で390年ものあいだ、酒造りと自然のはたらきにむきあってきた「福光屋」という企業です。

自然が主役の酒づくり

彼らの足跡をたどるべく、
時計の針を50年ほど前(昭和30年代)にもどしてみましょう。

時は高度経済成長期、時代の波にのり日本酒市場も好況に沸いていました。一方で、酒造メーカーを悩ませていた問題も。それは、育成がむずかしく収穫量もごくわずか、積極的に生産をおこなう農家が限られていた酒米(正式には酒造好適米とよばれる)を安定的に手に入れるということです。
 
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明治時代から店先に掲げられている看板

加えて、米は農協を通じて国が管理しているもの、生産者と酒蔵が自由に取引を行うことなどできるはずもなく、こうした状況が壁となってたちはだかっていたのです。それは「福光屋」にとっても同じこと。この状況を打破するためには、”(特定の農家と個別に契約をする)契約栽培しかない”、彼らはそう考えていました。

そして全国を探しまわり、やっと巡り合った農家もまた、自分たちの米を適正に評価してくれる良好な取引のできる酒蔵を探していました。酒米の最高峰「山田錦」発祥の地、兵庫県多可町坂本地区の生産者でした。

米は食糧管理法により農協を通じて、国がきびしく管理しているもの。農家と酒蔵が直接取引きをすることは禁じられており、契約への道は困難をきわめます。しかし両者の熱意は、関係者の好意によりやがて実を結びます。形のうえではルールにのっとりながら、米の直接取引が可能となったのです。しかも坂本地区の米をすべてです。

かつて良い酒をつくりたいと願う蔵元と酒米農家との間に「村米制度」というものがありました。この福光屋と契約農家との関係はこれと同じ発想によるもので、当時つまり戦後になってからは画期的なことでした。
 
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「山田錦」ほか、現在では長野県木島平で「金紋錦」、兵庫県出石で「フクノハナ」、富山県福光で「五百万石」をそれぞれ契約栽培している

土づくりの研究からはじまった二人三脚での米づくり。やせていた土地はみちがえるように豊かになり、収穫量や品質、気候状況によって変化する米の性質を事前に予測することが可能になるまでに。こうして「福光屋」は、自分たちの理想の酒づくりを可能にする「米」を手にすることができたのです。

米と同じく酒づくりに欠かせない「水」はといえば、「福光屋」には金沢の地からあふれる自然の恵みが味方していました。霊峰白山の麓から届く「百年水」とよばれる天然水です。

太古は海の底だったこの土地の地中深くに眠る貝殻層を行き巡り、100年のときを経て届けられる地下水には、ミネラルが豊富にふくまれています。その成分こそが、立体的な酒のうま味を作り出すことを可能にするのです。
 
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福光屋の直下150mの地下からこんこんと湧きだしている恵みの「百年水」

米を発酵させ、自然の力でアルコール分をつくりだすという古来日本人がおこなってきた酒造法がある一方で、人工的に造られたアルコールを添加させる方法もあります。それはコストを抑え、香り高い酒をつくることができるため、今日でも多くの酒造メーカーに採用されているものです。

この酒造業界の現実をふまえ、瑞穂の国(みずみずしい稲穂の実る国の意。転じて日本の美称)の酒として、「日本酒」は未来に向けてどうあるべきか。自分たちにできることはなんだろう、「福光屋」は改めて自らに問いただしてみました。

その答えは、すべての製品を米と水だけで製造する、「純米蔵宣言」の発表でした。2001年のことです。米と水だけを使い、他には何も足さないという効率を求めない酒づくりは、とても手間とコストのかかること。生産量1万石*以上の規模の酒蔵では日本初のことでした。
*石(ごく)は日本酒の量を示す単位。1石は一升瓶100本に相当する

日本酒は、米と水に発酵という自然のはたらきが加わって醸(かも)すもの。人の役割は、そのはたらきを最大限引き出すための環境を整えること、だから“人間の都合で酒づくりをしない”。それが自ら出した問いへの答えだったのです。

日本酒をカガクする

ここで日本酒がどんなふうにつくられるのかを、ちょっとおさらいしてみましょう。その工程はいくつもあり複雑です。

1. 日本酒は、麦やぶどうなど原料を発酵させてできるビールやワインなどとおなじ醸造酒。
2. 発酵には「糖分」が必要になるのですが、米はぶどうのように糖分を含まないため、「麹菌」を使って糖をつくりだす必要があります。
3. 米に含まれるデンプン質が麹菌によって分解され、できた糖が「発酵」することによりアルコールが生成されます。このはたらきをするのが「酵母」です。
4. 酵母はとても小さな微生物。たくさんのアルコールをつくるためには1匹や2匹ではとても足りません。この酵母を増やすのに必要な工程が「酒母づくり」です。
5. 酵母が培養された「酒母」に、麹米と蒸した米、水を数回にわけて加えていくと「醪(もろみ)」ができ上がります。この醪を搾ったものが「生酒」。ここで、しぼりたてとして出荷するものはそのまま、それ以外は濾過したあと酒を安定した品質に保つために火入れをして貯蔵されます。

 
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麹室から出したばかりの麹

原料はシンプルですが、その工程はとても複雑だということがわかります。ましてや自然が相手です。発酵作用をうながす微生物(=自然)に気持ちよく働いてもらい、ベストな結果を出してもらうために、人間が環境を整える必要があるのです。

多くの経験と高度な技術が求められる酒づくり。自然のはたらきが主役という「福光屋」の姿勢は、積み上げられた経験や技術とともに、やがて人びとの健康や豊かさへ役立つ研究へと発展していきます。

きっかけは見慣れた風景のなかにありました。かつては季節雇用の職人集団で成り立っていた、杜氏(とうじ)*を頭とした蔵人(くらびと)たちによる酒造り。夏場は農業や漁業に勤しむことで、真っ黒に日焼けした彼らの手や首には深いシワが。

そんな蔵人たちの肌が、冬を越え春がきて、酒造りが終わるころには白く透明感をとりもどしている。これを目にしていた福光屋は、日本酒の成分と美肌には関係があるにちがいない、と化学的な解明に乗り出します。いまから30年ほど前のことです。
*酒造りを実際におこなう蔵人の長

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杜氏による醪<もろみ>タンク見回り

酒づくりに欠かせない「酵母」を、多くの酒蔵は、供給団体や研究所などの関連機関から購入します。一方「福光屋」は、独自で研究開発した「酵母」を使います。酵母は微生物であると先に述べましたが、それは空気中にただよっていたり、植物にくっついていたりと私たちの暮らしを取り巻く、さまざまな場所に存在しています。

「福光屋」はそれらを採取・研究しており、常時300種類ほどを冷凍保存。酒蔵のなかで、他に類を見ないほど多くの銘柄やブランドを展開しているのは、この独自の酵母研究があるからこそなのです。

こうした研究開発が実現可能となったのは、酒造メーカーには画期的ともいえる人材戦略によるものでした。かつては醸造の専門家ばかりで構成されていた研究開発部門に、化学、電気、システム、バイオテクノロジー、などさまざまなバックグランドをもつ、理系の大学・大学院卒の人材を採用したのです。
 
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酒母室における成分分析の様子

多種多様な人材を得た「福光屋」は、「発酵」という微生物のはたらきに関して多方面からアプローチすることができるようになりました。独自開発の結果生み出されたのが、体の外側から美肌にはたらきかける「コメ発酵液」、体の内側から効果をもたらす「米発酵エキス」というふたつの美容成分です。

人々の暮らしや健康に役立つなにかがあるはずと、日本酒を科学することへの取り組みが、発酵由来の天然の美容成分を豊富に含んだ「発酵コスメ」誕生をもたらしたのです。

国から認められた「ダイバーシティ経営」

研究開発はつづきます。コスメの次はなんと「お風呂」。日本酒の美容成分を入浴剤に取り入れてはどうか、と社内ベンチャープロジェクトが発足しました。その名も「SAKEBROJECT(酒風呂ジェクト)」。

メンバーは、研究開発、企画デザイン、ウェブマーケティング、広報を担当する部門横断で集められた4人の女性たち。このプロジェクトの成功により、同社の売上は前年比460%を記録、いまや酒造部門と同等の主力事業となり会社をささえる収益源となっています。
 
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女性の感性が生かされている直営店。日本酒店にはめずらしくお客さまの85%は女性

多様なバックグラウンドをもつ人材を積極採用することにより生み出された美容成分の発見、女性を活用したプロジェクトによりもたらされた新商品開発。老舗酒蔵が「日本酒づくり」の枠を越え、「発酵」に着目することによりもたらした結果は、国が推進する「ダイバーシティ経営」に値すると高く評価されました。

2015年3月、「ダイバーシティ経営企業100選」を受賞することとなったのです。経済産業省は、「ダイバーシティ経営に取り組む企業の目的は、社会貢献ではなく、イノベーションを生み出し、価値創造につなげ、企業として成果をあげること」であるとしています。

謙虚に自然を敬いながら、ときに時代や権力に挑戦し、あるべき姿で日本酒を造り続けてきた「福光屋」。その内に秘めた熱い思いが具体的な取り組みとなり結果をうみだし、国に認められて今がある。しかし未来をみつめる「福光屋」の挑戦は、これからもけっして終わることはないでしょう。

酒造りの世界における1年の区切りは、毎年7月1日から翌年6月30日。日本酒の新たな年ははじまったばかりです。