地域デザインのひとつのモデルとして注目を集める、福井県鯖江市の里山を舞台にした「河和田アートキャンプ」。前回の記事では、アートキャンプが生まれるきっかけとなった福井豪雨の物語に触れましたが、今回はその後の軌跡をお届けします。
引き続きお話を伺ったのは、河和田アートキャンプの総合プロデューサー、応用芸術研究所を主宰する片木孝治さんです。
災害支援から地域づくりへ
2004年の水害の復興が進むと、地域とのつながりはより深くなっていきました。それに合わせて、「河和田アートキャンプの役割も少しずつ変わっていった」と片木さんは言います。
2005年に地域の方から投げかけられた話は、「水害は自然のことだから仕方がないけれど、地場産業である漆器の衰退や、過疎高齢化などの課題の方が深刻」といった、地方地域が抱える本質的な内容でした。
さらに「せっかくのご縁だから、外の目線で地域を元気にしてもらえないか」といったお話もいただき、引き続きその夏に、建築学科のゼミ生を連れて長期滞在しながらアート制作を行う「アートキャンプ」がはじまりました。
アートキャンプの様子
雪国である福井県はひとつひとつの家がとても大きいのですが、学生たちはその古民家で共同生活をしながら、チームにわかれてアート制作をおこないます。
2004年から2007年まではゴミや廃材を使ったリサイクルアートを展開していましたが、転機を迎えたのは2008年のこと。地域生活にアートを結びつけ、地域再生のプロジェクトとして地域の暮らしへと密着していきます。
当初は環境問題からはじまったので、災害ゴミや廃材のリサイクルをしていたんですが、やがてゴミをなんとかするとかではなく、そもそも食事をすることや、ゴミを出さないこととはなんなのかを考えていこうと。
環境問題だけではなく、地域生活を考えるアートとして再スタートをしました。
「苔」をつかった地球にやさしいグラフィティ。健康とアートのイベント「河和田ナイトウォーキング」の告知アート(2013年)
まず片木さんが取り組んだのは、プロジェクトを7つに分けること。
「林業とアート」「農業とアート」「伝統とアート」「産業とアート」「学育とアート」「食育とアート」「健康とアート」と、地域の課題とアートを結びつけることで、地域を再生するためのプログラムをつくっていきました。
これが何かひとつの目標に向かっていくアートエキジビションであれば、アートのクオリティを考えてアウトプットしていくのですが、河和田アートキャンプはアートへの”求心力”ではなく、アートを活用した”遠心力”のプロジェクトなんです。
むしろ食のこと、地場産業のこと、高齢化のこと、農業のこと、山のこと、俯瞰すると地域を考えていかねばならない。地域とは生命体のようなもので、よいアートを展示すれば解決するというようなものではないんです。
外部と地域。外から来る学生にとって、アート作品は目的でありつつも、受容れる地域にとっては、学生とともに考える課題解決のコミュニケーションの手段となるのです。
アートのもっている力を”求心力”ではなく”遠心力”として使う。これはアートによる地域活性のひとつのキーワードかもしれません。
制作プロセスのなかで地域生活になにか貢献できるアート
河和田アートキャンプでは10年間で様々な作品がつくられました。その膨大なアーカイブのなかからユニークな作品をいくつか紹介してみましょう。
農業とアート「地飾」(2010年)
2010年制作の「地飾」という「農業とアート」の作品では、地域の草刈りをして集めた草を重ねて大きな球体を作り、それを種に見立てました。作品はやがて堆肥化するので、それを自分たちの学生農園で堆肥として鋤き込んでいく作品です。
この作品の前段として、材料として地域の草刈りをするんです。田んぼの稲藁ではなくて神社や里山の雑草を刈ってつくるんですが、「作品づくりの労働」が「地域の社会奉仕」になる。
地域では夏場だと2週間にいちどくらいあぜ道とかの草刈りが必要なんですが、高齢化でひとが集まらなくなっているところに学生たちがやってきて、作品づくりを通して地域の労働力になったんです。
すべての作品において、その制作プロセスのなかで地域生活になにか貢献できることを盛り込むのがテーマとのこと。
たしかに作家性、作品性が強すぎると田舎の風景のなかで浮いてしまうかもしれません。そのあたりを片木さんに聞いてみると、
逆に地域貢献に偏りすぎると、アウトプットとして見えづらいものになったりします。
という答えが。なるほど、アートと地域貢献のバランスが大切で、河和田アートキャンプではその工夫が至るところでされているんですね。
たとえば「林業とアート」では実際に森に入って、林業家の方に指導受けながら自分たちで間伐材をチェンソーで切り出します。それを製材所にもっていって材取りをして、最終的に一本の木でできたプロダクトを考えようというプロジェクトです。
林業家の指導のもと間伐材をチェンソーで切り出していく(2014年)写真:北川智咲季
林業とアート。一本の木からどんなプロダクトができるかのチャレンジ。これは子どもたちが遊べる小さなログハウス。間伐材のさまざまな利用法を学生たちがデザインする 写真:大田理子
たった一本の木からどんなものがつくられるか。学生たちが創意工夫を重ね、出来上がったプロダクトは、河和田で使ってもらいます。
ひとつのアート作品をつくるプロセスで地域の課題と向き合い、地域のひとと交流し、そこから作品をつくり、さらにはプロダクトアウトして地域の産業を構想する。そんなことがここでは起きています。
伝統工芸のリデザイン
世界各国のテキスタイルでその国をあらわした漆塗りの地球儀。「ザナドゥ -Xanadu-」(2011年)
続いて「伝統とアート」、さらに伝統工芸をリデザインしてプロダクトに落とし込む「産業とアート」をいくつか紹介してみましょう。
河和田は伝統工芸の里でもあり、和紙、漆器、さまざまな職人たちの技術を生かしたコラボレーションもおこなわれてきました。世界各国のテキスタイルでその国をあらわした漆塗りの地球儀や、工芸を生かした作品、ワークショップなども開催されています。
河和田町の中道にカンムリヅルを描いた。ベースに漆を塗り、その上からカシュー塗料で仕上げをしたもの(2010年)
越前和紙をより破れにくくするために、コンニャク糊を和紙に塗って揉む。越前和紙をつかった和紙ネクタイを制作中(2013年)
いま日本各地で、伝統工芸の後継者が不足し、消滅しつつあります。河和田でもかつて石田縞という伝統的な織物がありましたが、後継者がなく消えてしまっていました。この石田縞を復活させようという試みに、アートキャンプも協力しています。
テキスタイルを学んでいる学生たちは、自分たちで「草木染」もできます。色を出すための草木を採取し、地元のおばあさんたちに聴きながら、糸巻き、整径、糸結び。失われてしまった織物を染めからもういちど再生し、4反ほど自分たちで織り上げて伝統的な石田縞を再生していきました。
失われてしまった織物「石田縞」を染めからもういちど再生するプロジェクト(2012年)
最終的には布でつくったプロダクトを100タイプつくりました。
地域からうまれる新しい学びの共同体
発想力を育む教材づくり(2013年)
さらに河和田アートキャンプの特徴は、地域の「食育」や「学育」などを学ぶプログラムがつくられていることです。河和田には様々な地域の産物があります。
「学育とアート」は、「発想力を育む教材づくり」をコンセプトに、5科目(国語、算数、理科、社会、英語)にアートの要素を加えることで、子どもたちの探求心を育むことを目的に活動しています。
また、「食育とアート」では、「食で見せる河和田」 をコンセプトに活動してきました。食を通じて「栄養」「伝統・歴史」「郷土」を知るためのきっかけとなる作品やワークショップ、レシピなどを、地域のひとたちや子どもたちとつくっています。
河和田の特産品「桑茶パウダー」をつかったカップケーキ。アーモンドチップと黒蜜をかけてアレンジ。フリーペーパーのグルメページにのせるレシピのために試作(2014年)写真:ゴン。
食育とアート。こどもたちと地域の食材を生かしたコロッケづくり(2013年)
災害支援から地域プロジェクトに発展し、「芸術が社会に貢献できることとは何か」という問いを様々なカテゴリーで形にしてきた、2008年から2013年までの河和田アートキャンプ。
連載第二回となる今回は、駆け足でその様子をお届けしてきましたが、続いての第三回では、10周年を迎え、改めて「モノ」「コト」「ヒト」「マチ」という4つのテーマで展開した2014年の作品をご紹介したいと思います。
どうぞお楽しみに!
– INFORMATION –
河和田アートキャンプ2015への参加申し込みは、こちら!
http://goo.gl/forms/5V3nXjFAOA