(左)向田麻衣さん(右)大木洵人さん。写真撮影はオンラインインタビューの後日、都内で行われました。(c)服部希代野
“MANGA”や”OBENTO”など、海外に行くと、日本の意外なものが流行っていることに驚くことがあります。Adobe社による調査で世界一クリエイティブな国として日本が選定されるなど、日本人の創造性は世界から高い評価と共感を受けています。
20世紀の日本は、海外のいいものをたくさん輸入して、発展してきました。しかし21世紀の今こそ、日本の文化を輸出する時期にきているのかもしれません。
少し視点を変えて、そのことは日本発のソーシャルデザインにもいえるはず。何といっても日本は震災や水害も多く、アジアでいち早く高齢社会を経験し、過疎化した地方には問題が山積しています。言い換えれば、あらゆる分野でイノベーションが必要とされる土壌でもあるのです。
そんな思いでgreenz.jpでは、人類のより良い未来に貢献するプロジェクトをサポートする「ロレックス賞」と一緒に連載を展開しています。
ロレックス賞のご紹介、日本人受賞者の村瀬誠さんインタビューに続いて、今回ご登場いただくのは、世界を舞台に活躍する社会起業家の二人。日本人が秘めているセンスが、世界にどのような貢献ができるのか、そんなテーマで対談していただきました。
「ShuR」代表大木洵人さん。(c)服部希代野
ひとりめは、手話ビジネスをグローバルに展開する「ShuR(シュアール)」の代表大木洵人さん。インターネットとデバイスさえあれば、いつでも遠隔で手話通訳が受けられるサービスを提供しています。
また、大木さんはオンライン手話辞典「SLinto」も開発し、国連が進めるアクセシビリティの標準化に関わるなど、手話を使う人にとってイノベーター的存在です。(過去の記事はこちら)
「Lalitpur」代表の向田麻衣さん。(c)服部希代野
もうひとりの方は、ナチュラルコスメブランド「Lalitpur(ラリトプール)」代表の向田麻衣さん。
人身売買の被害にあったネパールの女性に仕事を創出したいという熱意と、ネパールの大自然の恵みを日本の女性に届けたいという思いをもとに、ヒマラヤ原産の材料を用いたナチュラルコスメブランドを2013年に発売。
日本での販売に続き今年からはアメリカでも販売が開始されるそう。ますます活躍のフィールドを広げています。(過去の記事はこちら)
大木さんは横浜から、向田さんはNYから、そしてYOSH編集長は鹿児島から。時差を越えてオンラインで実現した対談の様子を、みなさんともシェアしたいと思います。
最初から世界とは地続きだった
YOSH ニューヨークは朝早く、日本では夜分という時間にも関わらず、お集まりいただきありがとうございます。
大木さんと向田さんは元々お知り合いだったようで、この機会に再会ということで僕たちも嬉しいです。
まずは、みなさんが世界に舞台を移されたきっかけから教えて下さい。
向田さん こちらこそよろしくおねがいします。
私の場合は、もともとネパールでつくったものを、日本だけでなく欧米で売りたいと思っていました。だから最初に日本で販売をスタートさせたのは、マーケットが一番近かったからだけなんですよね。
いまは生活と活動の拠点をNYに移したんですが、やっていることは営業だけでなく、問い合わせ対応だったり、地味にラベルを貼ったり、日本にいた頃とあまり変わりません(笑)
写真左から、ジャタマンシーを使ったシャンプーバーとフェイシャルソープ。Lalitpur(ラリトプール)の商品ラインナップはこの他、3億5千年前の地殻変動でできた岩塩を使ったバスソルト、ヒマラヤに生息する神秘のハーブ、ネパールでは標高千メートルで咲くアンソボーゴン(和名:シャクナゲ)の精油を配合した肌や髪に使えるマルチバームなどがあります。(c)服部希代野
YOSH もともと“世界”との距離が近かったんですね。地続きというか。
向田さん そうですね。実家が東北の森の中にあるログハウスで、小さな頃から両親の友人が海外から遊びに来ていて、色んな国の人の言葉を聞いたり、振る舞いを見てワクワクしていました。
高校のときにアメリカに留学したのですが、壁を感じるというよりも、違いがむしろ楽しいなと。ネパールに行っても、インドに行っても、同じようにその国になじんでいった気がします。
YOSH そもそもハードルに感じるものではない、ということなんですね。大木さんはいかがですか?
大木さん 僕も、最初から世界のことが頭にありましたね。クラウド型オンライン手話辞典「SLinto」も、最初から日米同時リリースでした。ただShuRの場合、ビジネス上の理由が大きいですね。
YOSH ビジネス上の理由?
大木さん 手話ビジネスを日本だけで展開しても、ニッチすぎてペイできないんです。さらに手話は世界共通ではないので、クラウド型オンライン辞書を世界展開してほしいというニーズは多いんですよね。
例えば「iPad」ひとつにしても、日本語圏と英語圏では手話が違い、通じないんです。
「ShuR」の根幹事業のひとつ、利用者と手話通訳者をオンラインでつなぐ手話サービス。短時間の利用も可能。(写真提供/ShuR)
YOSH 言葉が急激に増えている世の中で、どれだけ手話を追いつかせていけるかと。
大木さん そうです。近ごろは企業が英語を社内公用語にしようとしていますが、手話の段階でコミュニケーションが大変になるはずです。この技術を広げることで、耳が聞こえない人たちにとってのグローバル化を、サポートしていきたいと思っています。
日本はITは進んでいますが、福祉では遅れているとも言われています。特に手話に関しては、世界的にも後進国として知られている。だからShuRが広がっていくと、「あの日本から?」とイメージを変えていけるかもしれません。
YOSH ちなみに大木さんは英語をどうやって身につけたんですか?
大木さん 僕も高校のときのアメリカ留学ですね。もともとは戦場ジャーナリストを目指していました。
向田さん 10代の頃の1年ってとても大きいのかも。何かにチャレンジするときに、世界のことを想像するのはとても自然なことで。
YOSH なるほど。僕は留学など、海外に長く住んだ経験がないので、どうしても壁があるように感じてしまうのですが、どうしたらいいでしょう。
向田さん 言葉の壁もあると思いますが、きっとそれだけだけじゃないと思うんです。そもそも日本の文化はハイコンテキスト、つまりとても成熟しているので、日本の文化を知らない人には説明しづらい。だからいろいろなことを輸出しにくいし、特殊な国なんだなあと。
だから「Lalitpur」でも、自分のバックグラウンドとかをじっくりというよりも、ひとつのメッセージにそぎ落として、シンプルに伝えるよう心がけています。
YOSH ニューヨークではどんな反応ですか?
向田さん ここでは自分のやっていることがすべてで、本質的なことに奮闘できる環境だと思います。厳しい環境だけど、その分自由が許されている。
YOSH 大木さんの拠点は日本ですが、世界をリードするソーシャル・アントレプレナーとして、2012年に「アショカ・フェロー」に選出されましたね。しかも、東アジアでは初めてという快挙でした。
大木さん 僕が選ばれたのは「SLinto」のキーボードを開発していたからなのですが、まさにそれこそ日本人でないと思いつかないアイデアだと自分でも思っています。
YOSH というと?
大木さん 手話の意味を調べようとするとき、今までの入力方法は直接入力しかなかったんです。指の一本一本を細かく規定して、ひとつの単語にいきつく感じで、アルファベットを組み合わせる考え方と同じ概念です。
一方、日本語の場合、キーボードで「dan」と入力すると、団、談、暖など変換候補が出て、最後は自分の目で単語を選択します。SLintoではその考え方で実装したんですね。
入力方法としては、ある意味“不完全”なのかもしれません。でも、そっちの方が実際に使いやすい。実際に「こんなやり方があるのか」と驚かれました。
YOSH 僕たち日本人にとって当たり前の所作や考え方が、実はとてもユニークで、それだけで価値があるかもしれない、と。
「SLinto Dictionary」は登録すれば無料で誰でも使用可能。これまで日本語から手話を調べる紙ベースの辞書はあったものの、手話(動作)を見て意味を調べる辞書はなかったそう。大木さんは手のかたちと位置から手話を検索するキーボードを独自に開発しました。(画像提供/ShuR)
調べたい「手話(動作)」を上の写真のキーボードで入力すると、その手話が動画で表示されるので、手話を学ぶ人もすぐ真似できます。さらに、ユーザーが自分の手話を動画でアップロードして、新しい言葉の手話や珍しい手話をウィキペディアのように登録することができます。(画像提供/ShuR)
世界の課題をクリエイティブに解決する日本
YOSH 先日「クールジャパンの向かう先」について取材したとき、「世界の課題をクリエイティブに解決する日本」というビジョンが掲げられていて、とてもワクワクしたんです。
さらには「資源の循環だったり、多様性を認めることだったり、日本人ならではの生活的美意識のなかに、多くの社会問題を抱える21世紀を生きるヒントがいっぱいある」と。
そこでお二人に伺いたいのですが、実際にみなさんが世界の社会起業家の方々と接してみて、そのような“日本人らしさ”を意識することはありますか?
同じ大学出身でもあり、社会起業家としても、かねてより交流のあった二人。(c)服部希代野
向田さん そうですね。ニューヨークでは、ヒマラヤのハーブをつかったプロダクトの魅力だけでなく、日本人がディレクションして、商品化していること自体に、価値を感じていただけているようです。
やはり、日本人のものづくりの姿勢や勤勉性が、長い時間をかけてしっかりと評価されているからでしょうし、すごくありがたいことです。
大木さん 僕がアショカの集まりなどで、海外で活躍している社会起業家と話してみると、確かに「日本人っぽいな」と思うことはあります。
もう少し正確にいうと、“社会起業”というカルチャーができつつあって、それが日本のカルチャーに似ているのかなとか。
YOSH それはどんなものですか?
大木さん 例えば、社会的な利益とビジネス的な利益といったように、さまざまなバランス感覚が優れているということですね。
日本人にとっては、逆説的ですが「不安定な方が安定している」みたいな感覚があるような気がするんです。
YOSH なるほど。立ち上げに関わる“ファウンダー”も重要ですが、その後に変わり続ける状況を受け入れながら、“ファシリテーター”として調整していくことに長けているのかもしれませんね。
まさにソーシャルイノベーションの最前線は、そういう現場だと思うんです。僕の好きな仏教的にいうと、いかに「いま、ここ」を感じて、その場の可能性を引き出していくのか。
向田さん まさに最近のテーマが、“瞬間を掴む”ということなんです。そのために大切なこととして、先日、知人から「リーダーたちに共通する6つのキーワード」を教えてもらいました。
(1)コーリング(誰かに呼ばれたかのような使命感)(2)いろんな人との恊働(3)落ち着く空間と時間をつくること(4)ダイバーシティを受け入れること(5)リフレクション(内省)そして最後に(6)曖昧さを愛するということ。
YOSH 曖昧さを愛するっていいですね。
向田さん それがどんな状況でも、その場でゆらゆらと、揺れている。他の人から見たら、それは忍耐に見えるかもしれない。でもそんな状態を、曖昧さを愛するっていう捉え方がいいなって。
自然を身近に感じる環境で育った向田さん。ヒマラヤというワイルドな自然環境で育つ植物の力強さに心惹かれたのかもしれません。(c)茂木大
ローカルということ、グローバルということ
YOSH ここまで、日本のソーシャルデザインを世界へ、というテーマでお話させていただきましたが、いかがでしたか?
向田さん 誤解のないように言っておくと、私はみんな、海外に出ればいいとは思っていないんです。私の場合は、たまたま海外に行くことが好きで、ネパール人の女性と出会った。だから自分にとって親しい人のためにプロジェクトをやっていただけなんですよね。
だから、日本各地のローカルな取り組みだって素晴らしいし、海外展開する必要は、必ずしもないと思う。ただ、ひとつのプロジェクトをものすごく突き詰めていって、その結果、海外でも必要とされてスケール(拡張)する可能性はあると思います。
YOSH 今の向田さんの話を聞いて、『リーダーシップとニューサイエンス』という本を書いたマーガレット・J・ウィートリーさんの、「ローカルとは、わたしの目の前の世界のこと。だから、私にとっては”グローバル・イズ・ローカル”なの」という言葉を思い出しました。
世界の現場をいろいろ見てきたからこそ、ひとつひとつ丁寧にやっていると。
向田さん そうですね。そもそも何かを続けていくためには、自分が楽しくて、ラクである方がいいと思う。もし「日本にいると辛いな」と思ったら、「世界に別の場所があるよ」と言いたいな。
YOSH 大木さんはいかがですか?
大木さん 今のローカルの話のように地域で区切ってしまうと、“都会と田舎”だったり“日本と海外”という風に対比して考えがちですが、麻衣さんは“女性”っていう区切りで、僕は“手話”という区切りで動いているんです。
例えば、日本に住んでいる視覚障害者よりも、ブラジルに住んでいる聴覚障害者のほうが、僕にとっては身近な存在です。
その区切りがあまりに小さいと、活動の幅がすごく狭くなるので、ローカルな活動に限界を感じている人がいたら、もう少し横を見てもいいのかなと思います。同じことで困っている人は、他の場所にもきっといるはずだと思います。
YOSH 確かにそうですね。
大木さん あとは若い人たちへのメッセージとして、自分から海外へどんどん出かけて行ってほしいですね。僕も学生時代から、海外のカンファレンスに参加してましたが、ほとんど日本人がいなくて驚きました。
僕をアショカ・フェローに推薦してくれた人とも、実はそのとき出会ったのですが、自分たちが思っている以上に、日本人を待っています。とにかくピンときたら、アプライしてみてほしいですね。
世界を舞台に活躍する二人の対談、いかがでしたでしょうか?
日本でしかできない活動をつきつめたら、次第にその動きは世界に開かれていく。そのきっかけは、完璧な語学力というよりも、世界中にいる問題や課題を抱えた人への共感力にあるような気がしました。
未来への貢献が期待されるプロジェクトをサポートする「ロレックス賞」とのコラボレーション連載。
次回は伝統工芸を使った子ども向けオリジナルブランド「aeru」の矢島里佳さんと気鋭のジュエリーデザイナー「SIRISIRI」の岡本菜穂さんにご登場いただく予定です。どうぞ、お楽しみに!
そして、greenz.jpの読者の中には、ロレックス賞にふさわしいプロジェクトを実践している人はたくさんいるはず。ピンときた方は、ロレックス賞についてぜひ一度調べてみてください。