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住まい手が成長すると、社会も成熟する。リノベの次を目指す「R不動産toolbox」の林厚見さんが見通す未来

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「R不動産 toolbox」のプロダクトを使い、セルフリノベーションしたユーザーの部屋

どこに住み、どんな暮らしをつくるのか。本当に必要なものは何か。「暮らしのものさし」は、株式会社SuMiKaと共同で、自分らしい住まいや好きな暮らし方を見つけるためのヒントを提供するインタビュー企画です。

誰もが気持ちのいい空間で暮らしたいもの。ちょうどいいバランスの家や部屋を探して苦労した経験は、みなさんが持っているのではないでしょうか。

今から11年前に“不動産のセレクトショップ”と銘打って、ユニークな物件を紹介してきた「東京R不動産」。全国各地にネットワークを持つ著名サイトになったいまも、彼らは“自分たちが面白いと思う物件”だけを選んで紹介しています。

そんなR不動産から生まれたのが、2010年にスタートした「R不動産 toolbox(ツールボックス)」でした。
 
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東京・表参道にある「R不動産 toolbox」のオフィス。photo by Hirokuni Kanki

既製品にない価値観を

R不動産のサービスの一環として、2010年秋ごろに実験的に始まったtoolbox。リノベーションなどに使えるこだわりの素材やパーツ、職人のサービスなどを、まるでスマートフォンにアプリをインストールするように、住まいの空間へ自由に取り入れるための「家づくりの道具箱」をコンセプトとしたウェブショップです。

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世間でリノベーションやDIYへの関心が高まったこともあり、利用者も右肩上がりに増加、2013年には分社独立。代表の林厚見さんに話を聞きました。
 
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photo by Hirokuni Kanki

林厚見(はやし・あつみ)
1971年東京都生まれ。株式会社TOOLBOX代表取締役、株式会社スピーク共同代表。大学では建築デザインを学ぶが、24歳で建築家になることを“あきらめ”、ビジネスの世界へ。28歳で米国に留学、コロンビア大学で不動産開発を学ぶ。その後、不動産ディベロッパーを経て2004年に起業。現在は「東京R不動産」や「R不動産toolbox」のマネジメントの他、不動産の開発・再生プロデュースや、宿の経営などを行う。

toolboxは、産地のわかるフローリング材や特殊な技を持つ職人を選べたりして、面白いですよね。R不動産と言えば「倉庫っぽい」「味がある」といった、不動産物件の独自のテイストを評価するサイト。共通のテイストは伝わって来るのですが、そもそも、なんでこのビジネスを立ち上げたのでしょう。商売の芽を感じたからですか?

それもありますが(笑)、建築やリフォームといった業界のあり方への疑問や危機感からです。日本では、とにかく無難な形で、品質のばらつきが出ないもの、クレームが絶対に出ないものをつくるのが第一になっていますよね。

日本らしい几帳面さで、なんだかいいことにも聞こえますが……大量生産品にはない価値観もあるはずだ、と信じているんですね。

はい。提供者がモンスターのような顧客を恐れる結果、味わいがなく退屈なモノや空間が増えるわけです。

均質で機械的な、そしてフェイクなモノたちにどんどん囲われていくうちに、徐々に人は感覚を失い、こだわりを失い、結果的に楽しみも失ってしまいます。住む空間という領域で、僕らはそれに対する反逆をしたいというのがひとつの背景です。

当たり前に持っていた感覚、こだわりを取り戻すための反逆。そんな背景があったとは。現在のスタッフは7名。さまざまな材料のサンプルが置かれたオフィスは、まるでDIYショップのよう。
 
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いろんな建材を解説する林さん。「整理整頓」の標語も。photos by Hirokuni Kanki

いま、toolboxのサイトに対するアクセスは、月間50万ページビューほどだと言います。どんなユーザーたちのでしょう。

地域は全国バラバラですね。売上では半分がエンドユーザー、半分が工務店さんですが、後者のうちの半分は施主が選んだものを工務店が買う、というパターンです。

だから大部分はエンドユーザーが選んでいると言えます。あと、小さなお店をつくっている方なんかも多いです。

toolboxでは、数年後のビジョン目標として「志と技のある200人の職人の顔が見えている」「100の工務店がtoolboxのインフラの上で、徒党を組み、武器を共有している」ということを掲げています。その狙いとは?

これからはつくる人、それも「デザインを考える人」でなく「考えながら手を動かしてつくる人」の時代ではないかと。僕らはそうした人たちに光を当てるようなこと、あるいはそういう人たちを増やすことをしたいと思っています。

今までは素材やパーツの発掘などに力を入れてきた、toolbox。ここからは「空間をつくるプロセス」においても新しいあり方を提示していこうとしているところだそうです。

本物の手仕事が評価される時代

toolboxのような新しいネットのサービスが、ユーザーである個人、施工業者へも順調に普及している背景には、工務店の仕事が減っていることがあるのでしょうか。

うーん……内装を手がける会社の仕事の総量は減ってはいませんが、求められる価値は少しずつ変わっているということはあります。その中で、toolboxのコンセプトは新しく求められる価値の一部になってくると思っています。

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toolboxの「本棚造作サービス」を利用した部屋

林さんたちの視線は、社会の大きな変化を見渡す広い時間軸を持っています。

世の中全体では、いわゆる大工や職人の数が減っていますし、長く修行をした技能者でないとできないような仕事が減っているとも言えます。でもそれは、ある意味では産業としての工夫の積み重ねの結果でもあるんですよね。

既製品をパコッとはめれば、間仕切りも扉もすぐできあがり、という世界をつくってきたことは、まさにイノベーションの歴史だったわけです。

しかし時代は変わり、ニーズが多様になるなかで、ここからまた「新しい職人技」や「新しい職人像」が求められつつあるのではないでしょうか。

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photo by Hirokuni Kanki

面白い話ですよね。工業化が進んだ結果として、本物の手仕事が脚光を浴びてくるというのは。

「便利な進化はもう充分進んじゃったね、ちょっと戻ってみようよ」といった価値観は、いろんな業界で本格的に広がっていくんじゃないでしょうか。コーヒーの世界のサードウェーブなんていうのも、そういうことでしょうしね。自然なことです。

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toolboxが「HOUSE VISION」に出展したときの様子

便利さを求めすぎない価値観が、自然に広がっているという林さん。時代が少しずつ変化していると感じますか。

ええ。別に僕らが何か仕掛けなくても、価値観の変化は当然進んでいくでしょう。

でも、僕らなりの「こうなったらいいな」というのを提示したいし、また変化の途上において、足りていないものは常にいろいろある。スイッチひとつにしてもカッコいいものが見当たらないとか、そういう小さなことも含めて。それを埋めていこうと。

住み手の選択肢を増やす

吉里さん(R不動産ディレクター)もよく、「R不動産はリノベーション万歳主義なのではなくて、新築物件や都市の再開発も否定するわけじゃない」と言いますよね。

toolboxも「手仕事万歳!」とか「やっぱりDIYだ!」とか言っているわけじゃなくて、基本的には家の選び方やつくり方の選択肢を増やそうというスタンスです。

もちろん、大企業にはできないようなオルタナティブ(既存のものに替わる存在)をやるという面はありますが。方法はいろいろだけど、結果的に愛着価値が生まれるようにしていきたいという考え方なんです。

すべてにこだわるとキリがないし、それは現実的じゃないですよね。例えば、床に古材を使う場合、新しい材料よりも高くなってしまう。

こだわりたいところは多少コストをかけて、他の場所は極力安いものを使う、という具合に「組み合わせていく」のがいいと思っています。

古いものと新しいもの共存で、かえって互いが引き立つこともありますから。なんだか、街の景観にも共通するような話だと思いました。

このあたりの話は、ユーザーの満足度とは何か? という話にもつながるんですよね。日本はコンビニエンス大国ですから、とにかく手軽にてっとり早く満足するものやサービスが発達してきました。

でも、もうちょっと長い時間軸で満足度を考えたい。時間が経ってから、強い愛着に気づくというような。。

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まだ、三段ロケットの第一段階

ユーザー側からの目線だけでなく、建築業界に対しても発信していこうとする林さんは、住まいの「編集権」というキーワードを使ってこんな風に考えていました。

家づくりがすっかりブラックボックスになってしまっています。その意味にはふたつあって、一つは値段が不透明という話、もう一つは、内装や建物がどうやって・どのようにできているのかがわかりにくくなっているという話です。

これもまた少しずつ解いていけるといいなと思っています。

素材とか、つくり方について理解があると、自分なりに楽しく空間づくりを考えていくことができるし、それを「いくらくらいで」「誰に頼む」といいのかもわかってきたりします。「編集権がユーザーに移転する」というのはそういうことでもあります。

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photo by Hirokuni Kanki

そのためにも、ネットやデジタルが重要な役割を果たすことになる、と林さんは語ります。

10年前に始まったR不動産も、ウェブというものがあったからこそできたものです。個性ある一つの物件が、それにピンと来る個人と出会うというのは、ウェブならではなわけですよね。

大げさに言うならば、アナログな価値の創造をデジタルが支えるということ。これは不動産だけでなく、空間づくりのあり方においても、同じことが言えると思っています。

なるほど。しかし、ネットでリアルな材料の風合いは伝わるものでしょうか。

モノや人との出会いや、アイデアの発見・編集といったことまでは、オンラインでもある程度のことができます。ただ、その先にはリアルな手段を別に用意するということは必要ですよね。材料の質感は、最終的にはリアルに見なきゃわかりませんから。

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photo by Hirokuni Kanki

僕らは今後、工房、ワークスペース、ギャラリーショップ、ショーケース、撮影スタジオを1カ所に集めた場所をつくっていきたいと思っています。

そうしたリアルな拠点とともに、新しいタイプの職人、クラフトマンたちと仕事していけたらと思います。

最後にチラリと拝見させてもらった秘密の資料には、林さんたちがtoolboxを通じて目指す姿が書かれていました。

「自分でつくる、個人の思いを形にする、といったことが空間づくりの一つのスタンダードな価値観として確立され、toolboxはそれを支える重要なインフラになる」

やりたいことは山ほどあり、まだ三段ロケットの一発目のブースターに点火したばかりだというtoolbox。

まずはじっくりサイトを見ると、その奥にあるコンセプトが浮かび上がってきます。ぜひ一度、アクセスしてみてください。