日本人の半分がかかり、3人に1人の死因になる、がんという病気。
家族や友人といった身の回りの誰か、あるいは自分自身が経験したという人も少なくないでしょう。当事者を襲う悲しみやどうすればいいかわからない不安に、多くの人が向き合っています。
誰にでも訪れるからこそ、ライフステージのひとつともいえる病気。そこからポジティブに自立し、”がんになっても、自分らしく生きられる社会を実現する”ために活動しているのが、一般社団法人「CAN net」です。
今回は、その中心で周囲の人々を巻き込みつづけている、代表理事・杉山絢子さんにお話を伺いました。
一般社団法人「CAN net」代表理事。医学博士、がん薬物療法専門医。2002 年北海道旭川医科大学卒業。北海道の地域医療に従事した後、大学病院で博士号、血液内科専門医を取得。その後、国立がん研究センター東病院でのシニアレジデントを経て腫瘍内科の専門医となる。現在は札幌を中心に医師として働く一方、「CAN net」の代表として、「がん・病気になっても自分らしく生きられる社会」を目指してさまざまな活動を行っている。
病気の当事者と家族が抱える恐怖・不安
設立してまだ一周年を迎えたばかりのCAN netですが、既に旭川・札幌・東京の3支部を拠点に、様々なプロジェクトを展開しています。
「”がん”のよろず相談窓口」となるべく、活動の柱となっているのが、自分や家族ががんになった時に受けられる総合的なサポートサービス「がんコンシェルジュ」です。
心理・法律・保険・美容・教育など多彩なバックグラウンドを持つメンバーが担当者となり、病気や医療に限らず、心の問題や法律のことなどの困り事について相談することができます。
がんコンシェルジュ
専門家に相談するときは、別途費用が発生する場合がありますが、毎月の月会費(1,000円以下)を払えば、基本的に電話相談などは無料。
例えば、夫が進行・転移した胃がんと診断されたある利用者は、治療法について意見を求めたり、夫を支える妻としての気持ちをサポートしてもらったそう。
その結果、約一年半の闘病の後で、夫は他界するも、「悲しいけれど、やることはできた」との思いがあったようで、落ち着いたら自身の経験を活かすために、CAN netの活動に協力したいと話しているそうです。
その他にも、定例勉強会としての「病気になる前の”防災訓練”」や「中高生がデザインする未来のいのちのサービスワークショップ」なども開催。がん・病気を持った方やそのご家族と、多彩な分野のスペシャリストたちの想いをつなぐ人の輪を広げています。
病気の当事者と家族が抱える恐怖・不安
腫瘍内科医として活躍する杉山さんがCAN netを立ち上げた背景には、ご自身の病気の経験がありました。17歳の頃から潰瘍性大腸炎にかかり、「この病気は一生治らない」と医師から告げられたのです。
そのときの衝撃は、今でも覚えています。「病院って、万能で、なんでも治してくれる場所じゃないんだな」と。
病気を持ちながら暮らしていくには、患者である自分自身が考えて生活を工夫していくしかないんです。そういう苦労に、一人の人間として向き合ってくれる医師もいれば、病気という”モノ”としてだけ見る医師もいる。
そこで「私は向き合える医師になろう」と思いました。
さらにもうひとつ、大きな原体験となったのが、大学生のときにお父さまをがんで亡くしたこと。生前中、お父さまは悲しみながらも病気を受け止め、経営していた印刷会社を畳むための準備をはじめたのだそう。
しかし、たくさんの手続きや契約が必要ということもあり、病床の父親に代わって動くことに。その経験は「とても怖かった」と杉山さんは振り返ります。
手続きのやり方や必要な知識も、目の前の人が信用できるのかどうかもわからない。社会にある色々な壁を感じて、「ひとりの人間が人生を終えるということは、こんなにも大変なんだ」と気付かされました。
病気の当事者や家族には、本当に多くの不安や困難がやってきます。これをなんとかしなければならない、そう思いました。
そうして病気を目の前にした人の不安に、一緒に向き合える医師として仕事をつづけていた杉山さんでしたが、徐々に一人ができることの限界を感じるようになります。
どれだけ患者に寄り添っていても、病院や担当医が変わればまた患者は孤独になってしまう。”一本の蜘蛛の糸”になってはだめなんです。
待っていても誰もやってくれないし、一人だけで活動していても意味がない。そこで杉山さんはリスクを負って、敢えて”医局”というシステムから飛び出し、フリーの医師として働きはじめます。
そして、その想いをソーシャルビジネスとして具体的に形にするために、「社会起業大学」のプログラムを受講することに。そこで出会ったのが、現在のCAN netの事務局長で、自身も心臓病を経験して杉山さんと近い問題意識を持っていた千葉直紀さんでした。
「社会起業大学」で出会った千葉直紀さんと
「社会起業大学ソーシャルビジネスグランプリ2013年冬」に向け、一緒にプレゼンの準備を進めるなかで、徹夜もいとわず、主体的に苦手分野を補ってくれる千葉さんの姿に杉山さんは感銘を受けます。
このとき本当の意味で、”一人ではないこと”の大切さを実感できたとともに、「すべてのことをリーダーががんばらなくても大丈夫」と仲間を信じられるようになったそう。
こうして自然と周囲に任せられるようになったことで、CAN netには多様なメンバーが参加するようになりました。今では20代から70代まで、20を超える業種(医師、美容師、SE、弁護士、カウンセラーなど)の人々によって、チームが構成されているようです。
「CAN net」のメンバー
“支援する・される”ではない、相互扶助のネットワーク
死という経験に対しては、多様な考え方価値観があります。だからこそ、チーム内で意見がぶつかることもありますが、杉山さんも千葉さんも「その相互作用こそ、社会に新たな価値を生み出す」と信じて、ひとつひとつ向き合っています。
がんのように大きな病気となると、すぐに「何かをしてあげる」という話になってしまいますが、それでは当事者はなかなか自立できません。必要なのは、「支援する/される」ではなく相互扶助なんです。
それぞれが持つ経験や専門性を活かして、それを可能にするつながりをつくることが、CAN netの根幹だと思っています。
設立から一年。CAN netの次のステップは、「いかにビジネスとしてインパクトを出していくか」、そして「いかに属人的ではないビジネスモデルとして確立するか」ということ。
今後は、入院患者向けのカタログギフトの作成や、企業向けに病気への理解をうながすセミナーの開発などに挑戦していくそうです。
CAN netについて講演する杉山さん
がん(CANCER)による「できない」を、人のつながりで「できる(CAN)」に変える。CAN netという団体名にはそんな思いがこめられています。
病気というネガティブをポジティブな方向へ変えていくために、みなさんの経験もいかしてみませんか?
(Text: 五井渕利明)