自然の中に溶け込むような手ぬぐい。描かれている葉っぱをよく見てみると、大きい葉っぱや小さい葉っぱ、虫に食べられて欠けた葉っぱ、濃い色、淡い色・・・と、一枚一枚表情が違うことに気付きます。
眺めているだけで楽しめてしまうアート作品のようなこの手ぬぐいは、長野県の山あいにある「なつごころ」のもの。オーガニックコットンを使い、ひとつずつ丁寧に手づくりされる手ぬぐいには、つくり手のこだわりはもちろん、生き方も映し出されていました。
手作業で一枚一枚、心を込めて。「なつごころ」ができ上がるまで
今回訪れたのは浅間山を望む長野県小諸市。市街地から千曲川を渡った先の御牧ヶ原という場所にある、「なつごころ」のつくり手・井出知良さんのご自宅を訪ねました。
まず目に留まったのは、ご自宅のデッキに並ぶ藍の鉢。手ぬぐいはこの藍で染められています。藍染めといえば、「ジャパンブルー」と呼ばれる藍色に染まった布が代表的ですが、ここでは「藍の叩き染め」や「藍の生葉染め」という、ちょっと変わった染め方をしています。
デッキに並ぶ藍の鉢
最初にまず、井出さんがすべて手作業で行っている藍染めの工程を見学させていただきました。こだわりのオーガニックコットンの生地に施すのは「藍の叩き染め」。これは、葉を一枚ずつ叩きつけて染めていく方法で、ここから手ぬぐいの模様が生まれます。
井出さんは、育てている藍から好みの葉を選んで布に挟み、生地に叩きつけます。一枚の手ぬぐいに100枚前後もの葉を、手作業で心を込めて染めていきます。
染め始めは緑色をしている葉も、日光に当てて一晩置くことで鮮やかな藍色に変化し、葉脈も綺麗に浮かび出てきます。
一枚一枚叩いて染めます
そして今度は、手ぬぐい全体の色を染める工程へ。「なつごころ」には、オーガニックコットン本来の色を保った生成りと、藍で染めた鮮やかな藍色の2種類がありますが、後者の藍色を出すために行うのが「藍の生葉染め」です。
この方法は至ってシンプルで、摘み取った葉をペースト状にした後、濾したものに水を加えると染料のできあがり。そこに生地を入れると、柔らかい藍色に染まります。
ちなみにこの作業は葉を摘み取って、乾燥してしまわないうちに行わないと染まらないのだとか。新鮮な藍が手に入るからこそできる染め方でもあるのです。
左が藍色、右が生成り。それぞれに個性のある風合いに仕上がりました。
一枚の手ぬぐいを染め上げるまでに要する時間は約2日(藍色の場合)。こうして手を掛けてつくられた手ぬぐいは、約1メートルのゆったりとした長さで、タオルやバンダナ代わりに使うのはもちろん、収穫した野菜に被せたり、怪我の応急処置として止血のために巻いたりと、さまざまな使い道が考えられます。
首に巻いた時に藍の葉が当たるように、また、四つ折りにしても柄になるように模様が工夫されていることも、使う人にとってうれしいポイントです。
「自然の恵みをいただくからこそ」のものづくりを
井出知良さん
隅から隅までこだわりを感じる手ぬぐいづくりは、思わぬことから始まりました。
今年1月、林業と有機農業で生計を立てて暮らしていた井出さんは、「今年は売る野菜がない!」と気づきます。というのも、有機農業で使っている畑は、土に負荷をかけないために、3〜4年に一度休ませなければいけないのです。
普通なら途方に暮れてしまいそうな状況。でも井出さんは、そこで「仕事がないなら、仕事をつくり出そう」と考えます。
畑を休ませる限られた期間に、ゼロから仕事をつくるという労力のかかることをあえて選んだのは、井出さんが日頃から抱えていたある疑問があったからです。
身の回りのものを見ると、見た目や経済活動が優先されていて、心が込められていないんじゃないかと思うことがよくありました。
例えばスーパーに並ぶ野菜って、生き生きしていないものが多いと思うんです。特に外国産のものは「食べ物」というよりは「物」という感じを受けます。
私たちは自然の恵みをいただきながら生きているからこそ、心を込めたものづくりをしたいという思いを強く持っていました。
林業では何十年と生きた木を伐採することで命の重みを、有機農業では野菜の持つ生命力を体感している井出さんは、自然の恵みにいつも感謝し、「ありがとう」という言葉をかけていると言います。
井出さんにとって「心を込めたものづくり」とは、見た目や経済活動を優先するのではなく「どういう過程を踏んで自然の恵みを届けるか」ということ。そんな時、たまたま藍の苗を知り合いからもらいます。
藍の成分である「インジカン」の持つ防虫・抗菌効果に興味を持ったことも重なり、藍染めを思いつきました。
以前、綿の種まきから糸になるまでを学び、オーガニックコットンの良さを実感していたので、裁縫の過程でハギレが少なく、多機能に使い回せる“日本手ぬぐい”を、オーガニックコットンの藍染めでつくろうと思いました。
これまでも草木染めに興味はあったものの、媒染に薬品を使うことや、たくさんの水を必要とすることを不自然だと感じていたそうです。
藍染めも草木染めと同じように、葉を発酵させる過程で、アルカリ剤として使う石灰などの薬品が必要でした。
でも、直接肌につけるものだから、できるだけ薬品は使いたくないし、たくさんの水を使うと廃液も出るので、薬品を使ってまで綺麗な色にすることはしたくないな、と。
薬品を使わない叩き染め。染めたすぐ後は緑色をしています。
そこで出会ったのが「藍の叩き染め」と「藍の生葉染め」。薬品は使わず、廃液も少なく、摘み取った葉からシンプルに染めることのできる自然な方法が井出さんの考えと一致します。
そこには生きた藍が手元にあるということが大前提。4月に藍の種を蒔き、葉が茂る7月末から染める準備を整え、8月下旬に販売、という気の長い計画を見事に成し遂げました。
「単価や利益にはこだわり過ぎない」という井出さんが、こだわりを持って丁寧につくり上げた「なつごころ」(生成り:一枚 1500円/藍色:一枚 1800円)は、地元で開催された「Bioマルシェ」で完売。
その後も、地域の店舗での取り扱いが始まり、予約待ちになるなど、出だしは順調のようです。
自然という原点に戻って生きる
井出さんは有機農業をしながら、野菜や穀物を自給しています。さらに山で伐採した木で薪をつくり、鶏を飼い、山に入って狩猟をし…まさに自給自足に近い暮らしを送っています。
できあがった薪は、暖炉やかまどに使います(写真提供:井出知良さん)
隣町の佐久市で育ち、乗馬のインストラクターをしていた井出さん。今の暮らしを送るようになったのは、ずっと頭を離れなかった言葉があったからだと言います。
17年前のことなんですが、今の自宅に住み始めた時に知り合った方が、野外教育のインストラクターを務めていて、そのときにスタッフとして参加したんです。
自然の中でさまざまな体験をしながら、「自然とは何か?」「動物にとって住みやすい環境とは何か?」「その上で、人間はどうすることが望ましいか?」といったことを参加者に投げかけていくのですが、スタッフとして側で聞きながら、その深い問いかけがずっと頭に残っていました。
それは井出さんにとって、生き方を見つめ直すターニングポイントになりました。
人間はヒューマンという名の動物です。現代がいくら便利になっても、自然という原点に戻って生きたい。その上での生活を送りたいと思っています。
灯油を買ってくるより、木を伐って薪をつくったり、卵をスーパーで手に入れることより鶏を飼ったり。人間と自然界の垣根は高くしなくていいと思うんです。
井出さんにとって仕事や生活は、自然の中で生きることの延長線上。そのひとつに狩猟も含まれています。
山に増えてしまった鹿を人間が保護する現状に対し、「一度人間が手を加えた以上、最後まで責任を持たなければいけない」と話す井出さんは、狩猟という形で関わります。
狩猟には色々な考えがありますが、私は生きるために必要だから狩猟をします。野菜と違い、お肉が手元に運ばれるまでの過程は見えない部分が多いですよね。
お肉を食べるということは、獲物にとどめを刺し、命をいただくということ。毛皮も長野の厳しい冬を過ごすために使いますが、身につけさせてもらっているという気持ちです。
そんな井出さんのものづくりは、やはり自然からインスピレーションを得たもの。藍染めの作業をする時は必ずデッキに出て太陽の光を浴び、第六感を研ぎすませて行うのだとか。手で染めるという時間と根気を必要とする作業も、井出さんにとってはそれが自然なこと。
全ては、自然とともに生きるために。「なつごころ」には、どこまでも自然に対して誠実な井出さんの生き方が映し出されているのです。
子どもの遊び道具にはおもちゃではなく、ツリーハウスを手づくり
もともとは畑を休ませる期間の仕事として始めた手ぬぐいづくりでしたが、来年以降、畑仕事を再開しても継続して製作、販売していくそうです。
手ぬぐいがきっかけで自然派志向の人たちとのつながりが広がり、取り扱ってくれるお店も出てきました。このつながりを大切に、これからもつくり続けていきたいです。
そして、「生活をするためのある程度のお金は必要」と前置きした上で、「収入を得ることにとらわれず、生きることに目を向けたい」とも。
生きるということは命をいただくということ。井出さんは日々命と向き合い、感謝しながら、自然という原点で生きることを実践しています。仕事も生活もすべてがつながった生き方を形づくるパーツとして、この手ぬぐいがあります。
来年も手ぬぐいづくりは、藍の種蒔きから始まります。その年の気候や雨で育ち方も違うように、井出さんの生き方が深まっていく中で、「なつごころ」も色々な表情を見せてくれるのかもしれません。
心を込めて、そして井出さんの生き方を映し出すように、つくられた一枚。ぜひ一度手に取ってみませんか?