欲しいものを揃えて、やりたいことを全て実現する、というのはなかなか難しいことです。思い描く通りの生活が手に入るのは確かに理想的かもしれませんが、なかなかそう上手くはいかないもの。そこで今回提案したいのは「理想を描かない」こと。
悩みはすべて理想と現実のギャップによって生まれるといいます。悩んで何もできないのであれば、既成概念を取り払って、理想像を持たないというのはどうでしょうか?
「tupera tupera」さんは亀山達矢さんと中川敦子さんによるユニットで、絵本を中心に舞台美術、アニメーションなどデザインの様々な分野で活動しています。
子育てをしながら創作活動を行っているお二人にお話を伺うため、今回はtupera tuperaさんのアトリエに伺いました。
「子どもが生まれて決まったんですよね。
わかりやすくなりましたね。1日が。」
亀山さんと中川さんのアトリエには、過去の作品や仕事道具ばかりではなく、子どものためのスペース、窓辺には大きなカウンターキッチンもあり、十分に生活のできる空間になっています。
アトリエ内のいたるところに過去の作品が並びます。
過去の作品の貴重な原画とラフ
もともとは、今の家が住居兼アトリエだったんです。子どもも大きくなって、ものも増えるし手狭になったのでこのアトリエを借りました。小さい子どもがいると、仕事道具もめちゃくちゃにされますからね(笑)。
そう応えてくれたのは中川さん。アトリエにはパソコンも置いてありません。ネットがつながっている環境だと、あれもこれもとひとつの作業に集中できないので、メリハリをつけるために置かないことにしているのだそう。
「作画の作業は全部手作業ですしね」と付け加える亀山さん。あたらしく借りたアトリエは、自宅と保育園の近くに運良く見つけた物件で、自宅とアトリエを分けたのは今回が初めてなのだとか。そうすることで暮らしに変化はあったのでしょうか?
引っ越すのは3回目なんですけど、どこでも良いものを気持ちよくつくれているので、場所が仕事に影響することはないように思います。むしろ、場所よりも環境。子どもが生まれて、生活のリズムが一気に決まったんですよ。
朝の9時から17時まではアトリエにこもり、制作や打ち合わせに専念。子どもを迎えに行くため17時にはアトリエの作業を終わらせる。家に帰ってご飯をたべさせて、お風呂に入れて、その間に洗い物と洗濯。事務作業は子どもを寝かしつけてから行うのだとか。
子どもが生まれてからはこういった規則正しいリズムで仕事と生活を送っています。
ずっと自宅兼アトリエだったので、生活と仕事の場を分ける意味もないよなと思っていたんですけど、分けてみるとよかったですね。すぐに返さなきゃいけないメールや連絡なんてあんまりないですしね。
アトリエ内のリラックススペース。作業場とははっきり分かれています。
絵本は、見て感じるもの
最初に住んでたところは東京のチベットと言われているような自然が多いところで、刈り込まれた木とか背の高い木とか大きな木がぼつぼつと目立っていた場所でした。その風景が、『木がずらり』っていう最初の作品のモチーフになったんですよ。
『木がずらり』は折りたたみ式の絵本。
亀山さんはファインアート作家として活動を始め、中川さんは雑貨づくりを中心に活動していました。絵本作家の五味太郎さんとの偶然の出会いや、ユトレヒトの江口宏志さんと知り合い、外国の絵本に触れたことから絵本の制作に興味を持ち始めたそう。
僕は子どものころ絵本は読んでこなかったんですけど、プロダクトと同じで見て感じるモノなんだなっていうことが、子どもが絵本を手にしてる姿を見てわかりました。
1000部、5店舗、半年間
自費出版で1000部つくった『木がずらり』は半年で売り切れに。全部を自分でやったあの熱量がよかったんですかね?と振り返ります。
自分の手でビニールに入れて、シールを張って、お店に持って行って。追加の発注が来たらまた送って。全部の作業時間や送料を考えると大赤字ですよ。でも、それがきっかけで自分たちの世界が広がったんです。
自分たちだけでつくり、たった5店舗から販売を始めた『木がずらり』は、今はブロンズ新社から出版され、全国の書店に流通しています。
アトリエの作業スペース。
手巻き職人になりたい
製作のかたわら全国をまわり、ものづくりワークショップを精力的に行うお二人。人の手やアイデアから思いもよらないものが生まれるという、その過程が楽しいのだそう。
ものをつくるのは好きなんですが、家具を一からつくったりはしないんです。得意なところは人に任せて、自分は自分のやれる楽しい範囲をしっかりやりたい。
自分の家の本棚をつくってみたこともありましたけど楽しくなかったですしね。DIYをやるのは凝り性の方が多いと思うんです。僕は飽きっぽいのでできません(笑)。
自分で五月人形もつくりましたけど、それを収納する箱をつくるのは楽しくないんですよ。
長男誕生を記念して制作された自作の五月人形。
自分は自分のやれる楽しい範囲を、というその姿勢は、そのまま暮らしにも反映されているように見えます。アトリエ内にあるインテリアも親戚や友人から特にこだわりはなく、なんとなく集まってきたもの。しかし自分のこだわるところ意外はそれで満足がいくのだそう。
手巻き寿司って好きなんですよ。組み合わせを考えるのって楽しいし、クリエイティブじゃないですか。僕は用意されたものからおいしい組み合わせや新しい組み合わせを考えるのが好きなので、そこにこだわる職人になりたい。具材はプロに用意してもらうのがいいんです。
理想を描くのではなく、ずっと想定外を繰り返す
得意なところは得意なひとにお願いする。この全部を自分一人で完結させないことが人とつながる方法だと亀山さんは言います。
世の中は色んな人の手で成り立ってるんだから、頼んだり、頼まれたりするのがいいんです。餅は餅屋ってやつですね。自分で全部やらなくったって人の手を借りていけば自然と色々な人とつながっていくこともできますしね。
理想を描くことはなくて、ずっと想定外を繰り返す。見通しが立たず不安定なのではないかと思いきや、仕事や生活の広がりも、この想定外を楽しむ姿勢がもたらしたもの。
家の近くにアトリエが見つからなければ今のような暮らしはできていません。思いもしないところから仕事をもらって創作の幅も広がりましたし、流れに逆らわずにやってきました。一年後にどんな絵本をつくってるかもわからない。でもそこが楽しいんです。
そもそも絵本をつくるつもりもなかったので、来年はまた別のものをつくってるかもしれませんね。今いる場所でできることをやるだけですね。
インタビューの最中もお子様が泣き出したり、走りまわったりと賑やかな雰囲気。子育ては自分の思い通りにいかないことも多く大変だけど、だからこそ楽しいと子育ての話にもおよびました。
人と生活するというのはそもそも思い通りにはいかないもの。子どもがいるとなるとなおさらハプニングはつきものです。
想像通りの暮らしを実現することよりも、毎日のハプニング楽しむ姿勢こそが、毎日を楽しく過ごす秘訣なのかもしれませんね。