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「何のために働いているのか」を問いなおす。富士通グループ全社員対象のイノベーション教育プログラム「実践知リーダー養成塾」

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特集「a Piece of Social Innovation」は、日本中の”ソーシャルイノベーションのカケラたち”をご紹介するNPO法人ミラツクとの共同企画です。

毎日の業務、毎週の報告や会議、毎月の売上目標。追われるようにして働き続け、気づけば入社して十数年。ふと我に返った時に浮かび上がるモヤモヤ。

「あれ、自分は何のために働いているんだっけ…?」

そんな経験をしたことはありませんか?

そんな歯車のような働き方ではなく、自らが主体となってイノベーションを起こしていく”社内起業家”人材を育成するには、どうしたらよいのでしょう?

今回は、総勢約16万人にも及ぶ富士通グループ全社員対象のプログラム「実践知リーダー養成塾(以下、リーダー塾)」から、そのヒントを探っていきたいと思います。

「誰のために?自分に何ができる?」から問い直す、原点回帰のリーダー塾

2011年4月に始まったリーダー塾の目的は2つ。社会やコミュニティに求められる本質的な価値を探求し、それをもとに変革を起こしていく「実践知リーダー」を育成すること、そして継続的にイノベーションを組織に起こしていくことです。

座学研修に留まらず、各分野で活躍する実践知リーダーとの対話や、訓練生自身が持ち込んだテーマを探求する自主的な活動の支援を特徴としています。

同塾の運営を担うのが、株式会社富士通総研「実践知研究センター」の大屋智浩さんです。
 
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「実践知リーダー養成塾」運営事務局の大屋智浩さん

リーダー塾の設立発起人となったのは、当時、富士通総研経済研究所の理事長をしていた経営学者の野中郁次郎氏でした。

野中先生がかつて大学を卒業して当時の「富士電機」に入った頃、国産のコンピュータをつくるベンチャー企業として「富士通」が分離独立しました。当時「富士電機」から「富士通」へ出向した人々が、「『富士通』は色々挑戦できてすごく面白い会社だ」と口々に言っていたのが印象深かったそうです。

ところが年月が流れ、野中先生が社外取締役として関わり始めた頃にはもう「富士通」は巨大企業になっていて、「とにかくやってみよう」というベンチャースピリットは維持しにくくなってしまった。

もう一度、当時のような現場起点のイノベーションを「富士通」の中で活発にしていこうと、「こういうことをやりたい」という意思を持った人たちを支援するための”場”と”関係性”を提供するために始まったのが「実践知リーダー養成塾」です。

富士通グループ全社を対象とした同塾のプログラムには、入社して数年の20代若手社員から50代の事業統括部長クラスまで、実にさまざまな世代や部門からの応募があります。

また、自分が抱いている課題や関心をテーマに、プロジェクト立ち上げに挑戦することが参加要件になっています。

例えば、東洋医学の知見の活用を促進するために北里大学・東洋医学総合研究所との共同研究を立ち上げた訓練生もいます。

人体の構造や病気の原因を部分、部分に切り分けて分析・対応する西洋医学と違って、東洋医学は身体全体のバランスを見てどう整えていくかというアプローチなのですが、その判断力をシステマチックに形式知化するのってなかなか難しいんですね。

脈の取り方ひとつとっても、西洋医学のように単に脈の速さがいくら、ではなくて、東洋医学では脈を取ったときに医師自身が何を感じ取るかが重要になる。徒弟制度的に弟子が技術を学び取っていくことが主流な世界です。

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このプロジェクトでは、そうした東洋医学の経験的な暗黙知を分析して言語化・可視化し、現代医学の観点から未病(病気になる前の状態)制御システムを解明しています。大規模臨床データに基づくICTを利用し、多くの方々にとって東洋医学の治療が身近なものになることを目指しているのです。

ほかにも、地域が抱える課題の掘り下げをもとに、自治体行政への営業方法を見直したという訓練生もいるそう。

自治体にコンピュータやソフトウェアを売ろうと思ったら、今までは役所の情報システム部門の方とお話していたのですが、そこではコンピュータの機能的な話に終始して、実際にそれが地域のためにどう活かされているかは議論されないのがほとんどでした。

それに対して、この訓練生の行政営業担当者は、他の部署の方や地域住民の方々にお話を聴きに行くところから営業活動を始めるようにしたんです。例えば地域観光活性の議論だったら、旅行代理店の方も巻き込んで、場づくりやネットワーキングを買って出る、など。

今まではパッケージを用意して売るだけだったのを、需要そのものを見つけるところから地域の方々と関わり、彼らのために本当に何が必要なのかを考え、提案する。「行政の方々との付き合い方、ひいては商品やサービスの売り方が180度変わった事例」と大屋さんは続けます。

ひとくちに新規プロジェクトといっても、医療から地域づくりまで、参加者一人ひとりのテーマに応じたさまざまな実践が生まれているようです。

富士通はITの会社なのですが、ITがそれ自体でゼロから直接的に何かを動かすというより、具体的な活動やその課題に対してITの力をかけ合わせて情報伝達や組織運営を効率化するようなケースが、社会への価値提供としてはほとんどなわけです。

だから本来は、ITに詳しくなるだけじゃだめなんです。彼ら訓練生のように現場に出て行って、社会に本当に必要なことは何なのか、そのために自分はITで何ができるのかを試行錯誤することこそが重要なはず。リーダー塾が「実践知」を掲げている背後にも、そんな思いがあります。

会社の上司を上手に説得できてこそ、立派な社内起業家です

社会の問題に自分ごととして向き合い、具体的な解決策を模索していくことは、まさに起業家に求められる実践的なリーダーシップと言えます。

こうした起業家育成的な特色を持ったプログラムを、大きな会社組織の中で行う上での面白さや難しさは、どういったところにあるのでしょうか。

大きな企業になると、部署ごとにやるべきことが細かく分けられていて、その中でさらに営業担当というふうに、個々の社員の役割が定められます。すると必然、普段訪問してお付き合いする企業なども固定化されてきますよね。

確かに、先ほどの事例のように大学や地域住民などの多様なステークホルダーを巻き込んで、同一の課題に対して横串を刺すような発想や行動には至りにくくなってしまいがちです。

しかし、実践知研究センターでは、「『そういう課題があるなら、この人と会ってみる?』と意外とすんなり動けたりする」と大屋さんは強調します。

ここでは普段の職場と違う視点を得られますし、新しいプロジェクトを立案するという名目もあるので、”通常業務”の枠にとらわれない柔軟な思考をしやすいんです。

また、富士通グループほどの大きな組織となると、社外だけでなく社内にもリソースがたくさん眠っていていることが多く、それが潜在的には大きな強みだったりします。

それぞれの部門や人が持っているつながり、そして専門性を組み合わせれば、意外と簡単に面白いことができちゃう。ところが普段は業務が細分化されているから、横で何が起こっているかをお互いに知らない。

リーダー塾に集まる人たち同士なら、目的意識を同じくするゆえの風通しの良さがあって、ここに来ることでお互いの職場のことをよく知り、社員やOB・OGを紹介し合うといった社内コミュニケーションが簡単に生まれたりします。

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普段なかなか出会うことがない、多様な社員同士のつながりも「実践知リーダー養成塾」の魅力

実践知リーダーに求められる6要件

一方で、上から定められた目標や役割を超えて、一社員が新しい試みを実現するには、大組織においてはなかなか難しいもの。普段の本業があるなかで、時間をやりくりして自分のテーマに取り組むには、職場の上司を説得して事業化できるだけの予算、人員、時間を勝ち取る必要があるからです。

しかし「その点こそ、大企業の中でのリーダー育成プログラムならでは醍醐味」だと大屋さんは言います。それはどうしてでしょうか?

ここで、野中先生が提唱する、実践知リーダーに求められる6要件から、ヒントを探っていきましょう。
 
1.「善い」目的を作る能力
2. 場をタイムリーに作る能力
3. ありのままの現実を直観する能力
4. 直観の本質を概念化する能力
5. 概念を実現する政治的能力
6. 実践知を組織化する能力

 
まず1つ目は、何が社会で求められているのか、根本の問いを立てる能力のこと。そのためには、既存の通念にとらわれずに”現実を直観する”力が必要になり、感じたことの本質を”概念化”しなければ具体的な解決策は見いだせません。

その過程では、2番目にあるように、多様な人々と出会い、議論・探求できる場を”タイムリーにつくる”ことも非常に重要になってきます。

一方、ピュアな問題意識と理想を掲げるだけではなくて、理想を形にできなければ変化は起こせません。5つ目の”政治的能力”とは、自分と異なる立場の人の心にも刺さる形で、物語や価値を伝えて人を動かす力であり、時にそれは、組織の外より内側に対しての方が困難であったりします。

リーダー塾の参加要件には、プロジェクトの立案に加えて実はもう一つ、「自分の職場の部門長を説得する」というものがあり、それこそ実践知リーダーを目指す上での最初のハードルなのです。

上司を説得するときに一番重要なのは、折に触れて上司を自分の活動の場に巻き込んだり、自分の考えを伝える機会を逃さないことですね。

なんとなく「これをやりたいんですけど…」と言うだけでは忙しい上司を説得するには足りません。心を動かすために、何度も繰り返しインプットすることです。

また、上司と一口に言っても、もちろん人によって評価ポイントは違います。新規事業の面白さ、社会的意義、あるいは収益性の見通しがあるかどうか、それとも”通常業務”を頑張っているか、はたまた外部からの評判など。

どこをクリアすれば上司にYesと言ってもらえるかを見極めて、アピールしていくことも大切ですね。

ただやみくもに自分の思いを主張するだけでなく、組織内の上司を含め、自分と関わる人々の考えをよく見極めて理解や共感を集めていくことが、実践知リーダーに不可欠な資質なのですね。

研修を受けて終わり、じゃない!
一人ひとりの取り組みが、チームを、会社を、変えていく

現在7期目を迎え、塾の”卒業生”も140名を越えたとのことですが、この活動は社内にどのような影響を与えているのでしょうか。

当塾の目的は、プロジェクトを立ち上げることだけにあるのではなく、ここでの経験を活かして富士通という会社で更に活躍してくれるリーダーを育てることにあります。

なので、6要件の6つ目にあるように、ここでの実践から得られた知見を”組織化”して社内に波及させていくことを、塾の卒業生には期待しています。

もちろん、自分の実践をそのまま他人に移植することはできないのですけれど、問いを立て、プロジェクトを立案し、実現するまでのプロセスで、自分が何を考えてどう行動したのか、どのような優先順位を立てたかを部分的に再現・共有することは可能です。

効果は既に現れつつあり、上司へのアンケートでも、「部下が研修に参加したことがきっかけで、職場の雰囲気が変わった」という声も多く届いているとか。

「何のためにこの仕事をやっているのか」という根本的な問いを大事にするようになり、結果、チーム内の指示や質問の仕方、取り組みのプロセスや評価基準が変わってくる、そんな波及効果が生まれているようです。
 
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「小さな出会いの積み重ねが自分を鍛えてくれた」と語る大屋さん

一人ひとりが起点となって、現場から会社にイノベーションを起こしていくという当初の狙いが少しずつ形になっているリーダー塾。最後に、運営に携わる大屋さんご自身の思いを聞きました。

塾にやってくる色々な訓練生の方とお話していて感じるのですが、本当はみんな、何か世の中の役に立ちたいという思いで働いているはずなんですよね。

ところが目先のことばかりに追われているとやっぱり疲れてしまい、鬱憤が溜まって愚痴がついポロポロとこぼれてしまう。

「ここがダメだよね」と”他人ごと”のように愚痴を言うのではなく、モヤモヤや愚痴を”自分ごと”の課題としてとらえたり、普段と違う人や発想と出会い、モヤモヤをポジティブな力に変えることで、自ら会社や社会に変化を起こしていけるようになるはずです。

僕自身も、シンガポール留学中の野中先生との偶然の出会いがきっかけで今ここで働いています。こうした小さな出会いの積み重ねが自分の枠を広げ、鍛えてくれたな、という思いがあります。

日々の業務で求められる水準はしっかり守りつつも、ここ「実践知リーダー養成塾」では、自由な発想で議論や実践をして自分の枠を広げていってもらえればと願っています。

「実践知リーダー養成塾」の取り組みは、大組織であっても、いやむしろ大組織”だからこそ”できるソーシャルイノベーションの秘訣がギッシリ詰まっていました。

働くことの根本の目的から問い直し、自分ごとの課題探求を起点に、職場や会社をも変えていく。ぜひみなさんも企業の中から、変革を起こしてみませんか?