写真提供/塩見直紀
みなさんは自宅で野菜を育てたことはありますか?あるいは田植えをしたことはありますか?風の音や鳥の声を聞きながらの農作業はやってみると実に愉快なものです。でも「毎日農業を」となると、ちょっと敷居が上がってしまう気もします。
「田舎じゃなくてもいい。都会でもいい。自分の好きな場所で、小さくてもいいから、暮らしに“農”を取り入れること。そこに本当に自分が好きなことや生き甲斐を掛け合わせてみては?」と唱えた人がいます。
『半農半Xという生き方』の著書、塩見直紀さんです。同著は2003年にはじめて出版されて以来、生き方を模索する人々の間で人気を博し、2006年には台湾で、2013年には中国でも翻訳出版されました。
いまや国境を越えて広まりつつある「半農半X」という生き方とは?そしてそこからどんな幸せな暮らしが得られるのでしょうか?greenz.jp代表・Co編集長の鈴木菜央さんが、京都府綾部市に住む塩見さんのもとに伺いました。
「半農半X」研究所代表。1965年京都府綾部市生まれ、同市在住。カタログ通販会社「フェリシモ」に10年間勤務の後、1999年、33歳で故郷にUターン。2000年、半農半X研究所設立。同年から2014年3月まで都市農村交流や定住促進を行うNPO法人「里山ねっと・あやべ」の企画スタッフをつとめる(情報発信や綾部里山交流大学などを担当)。先祖代々受け継いだ土地で自給農に勤しむかたわら、国内外で講演やX(=天職)発見や地域づくりのためのワークショップなどの活動を行う。『綾部発 半農半Xな人生の歩き方88~自分探しの時代を生きるためのメッセージ~』など著書、共著多数。1冊目の著書「半農半Xという生き方」(ソニー・マガジンズ刊)が2014年10月、ちくま文庫となる。
グリーンズのはじまりには「半農半X」があった
greenz.jp代表・Co編集長の鈴木菜央さん
菜央さん 2003年当時、僕はソトコトで編集をしていたんですが、塩見さんの著書『半農半Xという生き方』を読んで、「あーすっきりした!」という感じだったんです。
2003年頃って、まだ社会的な活動をすることが重たいイメージがある時代だったとけれど、この本は全然そうじゃなかった。「君の才能をつかって、楽しいことやろうよ!」みたいな(笑)。
社会をつくっていこうよ、という開いていく部分と、地に足がついた「自分の暮らしを立てていく」という「半農」の部分をあわせ持っていて。すごく軽やかだし、楽しそうだし、でも本質的。ちょっと大げさかもしれないですけど「そうそう、本当にそうだよね!」「これは新しい時代の幕開けがきた!」みたいな感じでした。
塩見さん それは嬉しいです。ありがとうございます。
菜央さん グリーンズは2006年からスタートしたんですが、そのはじまりって、実は「半農半X」にとっても影響を受けていたんです。農のある暮らしをベースにしながら社会に関わっていくという考え方を、最初からやりたいことの中心的テーマに据えていたんですね。そんなこともあって、greenz.jp最初期の記事には、パーマカルチャーや、農的暮らしをテーマにしたものが多いんです。
いろんな人を取材していくうちに、僕自身もそういう暮らしがしたい!と思い、4年前に千葉県のいすみ市という、わりと田舎に移住しました。ただ、現実はなかなか難しくて、農を暮らしの一部にすることはなかなかできませんでしたね。
でも太陽が登るとか、風が吹くとか、雨が降って作物が実るとか。自然がもたらしてくれる色んなものを暮らしの中で集めて、あらゆるものをつなげていく暮らしを、やっと、少しずつですができるようになってきて、じんわりと、「グリーンズのお兄さん的存在の塩見さんに会いたいなぁ」と思って、今回取材に伺ったというわけです。
さっぱりと草刈りされ、手入れの行き届いた京都府綾部市の里山風景。写真提供/塩見直紀
菜央さん まずは、「半農半X」というコンセプトについて知らない読者もいると思うので、基本的なところから教えて下さい。
塩見さん 「半農半X」とは、持続可能な農ある小さなくらしをベースに、天から与えられた才能を、独占するんじゃなくてシェアして、みんなに活かすことです。
この”X”は、誰もがみんな持っていると考えています。人間以外にも、ゴマにはゴマのXがあり、ビワにはビワのXがある、というふうに。
菜央さん なるほど。ゴマにも”X”があるんですね!
塩見さん 京都市内に住んでるころ、僕のなかに「使命多様性」という言葉が生まれたんです。90年代、「生命多様性/生物多様性」という言葉を知ったんですが、「生命多様性」では表現できない世界があるんじゃないかと思って、一文字もじったんですね。
そこで「使命多様性」という言葉をつくったら世界がもっとよく見えるようになった。今では「生命多様性」×「使命多様性」×「地域多様性」の組み合わせで良い時代がつくれたらなと思ってるんです。
「半農半X」が誕生したきっかけ
菜央さん 半農半Xは、“X”の部分を自分で自由にあてはめる、というのが新しかったですね。
塩見さん そうですね。完成形じゃなかった。未完成のコンセプトだからこそ永遠性を持つのかもしれません。そのきっかけは僕に“X”がなかったからなんです。
もし僕にIT技術や法律、英語力とかあったら、最初から「半農半IT」とか、「半農半法律」とかあったんですけど、それがなかったので。
「半農半X」の始まりは屋久島に住む翻訳家の星川淳さんの「半農半著」という言葉に出会って、それから「半農半X」という言葉が誕生したのが94年ぐらいですかね。
菜央さん 出版が2003年ですから、思いついてから9年もの時を経て本になったんですね……。
塩見さん初の著書『半農半Xという生き方』(ソニー・マガジンズ刊、2003)
塩見さん 最初は本にしなきゃという発想が全然なかったんですよね。1999年にUターンで綾部に帰ってきたんですが、それまではサラリーマンをしていたんです。
その会社にはユニークな同僚がいっぱいいて、僕だけ凡人。そこで、僕が始めたのはアイデアがどうしたら出せるかを考えることだったんです。それが今となっては良かったのかもしれません。
”農”も大事だけど、アイデアを永遠に出せるというのも大事ですね。新しいアイデアやコンセプトが出せたら仕事をつくることにもつながりますから。
菜央さん 塩見さんのウェブサイトやFacebookを見ていてもコンセプトをとても大事にしていますよね。本質を捉えて、それをみんながわかりやすい言葉に落としこむ。「ああ、僕がやっているのは、これだったんだ」という具合に、みんながそのコンセプトで納得する、動き出す。それが塩見さんのすごいところです。しかし、本当にコンセプトオタクだなぁ、と思っていた(笑)けど、この話を聞いて納得しました。
塩見さん 最近は“X”探しのワークショップをするとき、3つのキーワードを出してもらい、自分のオリジナルコンセプトをつくってもらうこともしています。
講演先などでワークショップを行う際に使うワークシート。タイトルは「自分とまちの”エックス”をデザインする」。
菜央さん 「日本人全員が自分の研究所をつくるとしたら」という文が入っているのが、気になりますね。
塩見さん いま、「1人1研究所」というコンセプトも提唱しているんです。
人はきっと自分のテーマを探究するために生まれてきたと思います。自分の研究テーマを定めてみてほしいです。ブレずに生きていくために、研究所名を考えるのはおすすめワークです。どんなことでもいいので、研究所の代表として、小さなアクションを重ねてほしいです。
菜央さん 「研究所★研究所」という、塩見さんがコレクションしている「小さな研究」を紹介しているブログがおもしろくて、好きです。
塩見さん この間、テレビで「キノコのことなら何でも知ってる」という小学生が出ていましたが、彼の場合なら「キノコ研究所」ですね。研究所は小学生でもできるし、幼稚園児でもできると思っていて。
21世紀は「1人1研究所」の時代。国家がリーダーシップをとれば、ひとりひとりが自分の研究所をつくり、それをもうひとつの成長戦略にできる時代にきているなという気がしています。市民側から日本のビジョンを言葉にしていく必要がありますね。
菜央さん キノコのことを突き詰めて学んでいくと、きっと国家のありかたまで見えてくるんじゃないかと思うんですよね。
塩見さん そうなんですよ。どんなテーマでも結局は人間とは、日本とは、生きるとは、宇宙とは?となっていく。何を研究していても、そこにいきつきますよね。
ここは、もともとは塩見さんも通った小学校(現在は綾部市里山交流研修センター)。99年に閉校になり、現在は宿泊設備も備え、都市と農村交流のための場として活用されています。塩見さんが綾部にUターンしてから今年3月まで勤務したNPO法人「里山ねっと・あやべ」が指定管理者となっています。
Xは見つからなければ、人の応援でもいい
菜央さん 塩見さんの活動を拝見していると「みんなで成長していくこと。あるいは深めていく場づくりをやりたいのかな?」と見えるのですが。
塩見さん 父が教員だったので、教育と言うと固いけど、教育的なDNAとしてあるのかもしれませんね。好きな言葉に「啐啄同時(そったくどうじ)」というのがあるんです。卵の中のひなと、外にいる親鳥の気持ちがひとつのときに卵が割れる、という意味です。
これは禅語でもあって、師匠と弟子の心がひとつの時に悟りが生まれる、という意味にもなります。こういうちょっとした“気づき(孵化)”があちこちで見られる世の中になればいいなと。
ワークショップでは「自分の”X”がわからない」という人もいるんですよ。そういう人には「自分のXにこだわらなくていいんです。周囲の”X”を応援するという”X”もあるよ」と伝えています。
菜央さん 「半農半X」を取り入れると、どんな良いことがあるんでしょうか。
塩見さん 人間中心的な世において、”農”は謙虚になれるのが良いなと思いますね。
実は「半農半X」ということば、コンセプトは他者のためじゃなく、自分を救うためのことばだったんです。サラリーマンをしながら、現在の社会を取り巻く環境問題と出会ったときは自分がイライラして「世の中をもっとかえなきゃ」と、焦っていました。
でも暮らしに“農”が入ると、良心の呵責が減って楽になったんです。マイナスに使うことにつかうエネルギーってもったいないことで、それがプラスのほうに、創造性のほうにうまく回せるようになりました。
菜央さん 人と人、人と自然、あるいは自然同士。すべてにおいて”つながりの回復”なんじゃないかと言っていましたね。暮らしのパーツとパーツをつなげていく、その結果として永続的な暮らしに近づいていく。
例えば、自分が自然とつながっていく暮らしをする人はいっぱいいるし。自分の才能は何かと考えてそれを活かしていこうという人も結構いる。でもそれがひとつになることで、さらに意味が広まったり深まったりする、というのが僕にとっては目からうろこの部分だったんですよね。
塩見さんは「メディアも自給すべきじゃないか」と話していましたね。
塩見さん たまたま佐賀県にいったときに農家の方が「メディアの自給」という言葉を言われていたんです。ローカル新聞が倒産してしまったけど、あれが大事だったんだ」と。ローカル紙には大新聞ではひろえない情報がたくさんあった。
そういう観点からぼくのまちにある「あやべ市民新聞」を見ると、綾部がいい街になれる可能性を育んでいるのがあやべ市民新聞、つまりローカルメディアだなと。良い街には良いメディアがあるんじゃないかとそんな仮説を実証してみたいです。
菜央さん 塩見さんの著書には、綾部に住む「半農半X」な生き方をする88人を紹介した本もありますね。食べ物だけじゃなくて、情報も才能も自給する。そんな地域になっているのは、沢山の人の活動の結果ですね。
塩見さん 自給には、お米、みそ、野菜などの「食の自給」と、「夢の自給」の2つがいるなと思ったんですね。お米や野菜だけじゃだめで、夢も永遠につくれる若さって大事だなって思います。
菜央さん うーん、なるほど。大事な視点ですね。
『半農半Xという生き方』が台湾で出版されて以来、5度も講演で招聘されました。現地の若者らと共に農作業を体験。2011年秋、台湾の花蓮県にて。写真提供/塩見直紀
「農」ある暮らしとは?
菜央さん 塩見さんがどんな暮らしをしているのかも聞きたいです。
塩見さん 子どもが幼稚園の頃から朝は3時起きをしてるんですよ。もう10年以上続いています。「人生の成功者はふたつの共通点がある。早起きと深い呼吸ができること」と、ある講演で聞いたことがあって。朝起きて読書をしたり、考えをまとめたりします。
僕は朝ご飯担当なので、お味噌汁をつくっていると、6時頃に奥さんと高校生の娘が起きてくるんです。基本は午前中に“農”をして、昼間はPCに向かったり。昼寝もしますよ。田植えとか稲刈りの時間になると、1日8時間、“農”ばっかりになりますけれど。
菜央さん 田んぼと畑はどのくらいの広さなんですか?
塩見さん 田んぼは3反(50×60m)です。その1/3は自給用。残りは12区画(1区画20m×8.5m)に杭で区切って、12組の方に田植えをしてもらっています。
1区画1万円で貸し出しして、とれたお米は全部持って帰ってもらう。それとは別に3反あるんですが、それは新規就農の方に使ってもらっています。あと畑はいくつか、それに山も2区画ぐらいあります。食べ物はだいたい自給しています。
塩見さんの田んぼ。稲刈りが終わり、稲架干ししてます。田植えと草取り、稲刈りはすべて手作業なのだそう。写真提供/塩見直紀
菜央さん 自分の暮らしをつくることと稼ぐこと、そして社会をつくっていくこと。この3つの「つくる」を重ねていく。これからの時代のコミュニティのあり方の、ひとつの実験なんですね。これからのコミュニティのあり方に、示唆がいっぱいあって、とても興味深いです。今日は、本当にありがとうございました!
塩見さん ありがとうございました。
ギンモクセイにコスモス、朽ちかけたダリア。ひとつひとつの草花はくっきりと匂い立ち、混じり合いながらひとつの景色をつくっていました。
塩見さんの唱える「半農半X」のように、あらゆる人の使命がそれぞれに花咲き、活きてくれば、この里山の空気のように、やわらかな社会になるような気がしました。
グリーンズ編集部のある「リトルトーキョー」では2014年10月29日(水)夜、塩見さんをお招きして「しごとバー 半農半Xナイト」を行います。「半農半X」をもっと知りたい方、自分のXを見つけたい方。「とにかく塩見さんに会ってみたい!」という方も、ぜひいらして下さい。