三重県津市美里町。山に囲まれたこの集落の片隅に、とある“秘密基地”があります。昼には近所のおじいちゃんやおばあちゃんが出入りし、夜には大宴会が開かれるこの基地。実はここ、NPO法人「サルシカ」の活動拠点です。
この基地から生まれる企画は、ツリーハウスづくりから銭湯めぐりまで、ワクワクするものばかり!それもそのはず、サルシカは遊んで地域を盛り上げる、“真剣遊び集団”なのです。
なんとも楽しそうなこの集団のこと、もっと詳しく知りたい!ということで、サルシカの基地に潜入。そこにあったのは、手づくりのピザ釜、緑の木々を見渡せるテラス、キャンピングカーを改造したリビング…。憧れの詰まったこの基地で、今回は代表理事の奥田裕久さんにお話を伺いました!
真剣な遊びに人は集まる
F1の聖地「鈴鹿サーキット」での自転車レースから里山ノルディックウォーキングまで、まさに三重を遊び倒すサルシカ。その様子は同名のサイト「サルシカ」で詳しくレポートされています。
一見、観光情報サイトのようにも見えますが、「三重への移住者促進が目的のサイト」と奥田さんは言います。
僕自身も移住者なんですが、三重って元々は移住先の候補にも上がっていませんでした。そしていざ引っ越してみると、集落には年寄りばかりで子どもはろくにいない。せっかく移住した先を子どもも気に入っているのに、このままでは確実になくなってしまうだろうと思いました。
しかし、子どもを産み育てる世代は既に集落にはほとんどいない状況。奥田さんが移住者促進の必要性に思い至るのに、時間はかかりませんでした。
「まずは、三重が移住希望者の選択肢にあがるようにしなければ」。そう考えた奥田さんは、“移住者のための情報サイト”をつくるため、当時のメンバーで三重の魅力や、それをどう伝えるか話し合うことにしました。
サルシカ代表の奥田裕久さん
伊勢神宮に松坂牛、伊賀忍者。三重には全国的に有名なものがたくさんあります。それに、サルシカの基地のある津市もそうですけど、自然が豊かなのにちょっと車で走ればお店の集まるエリアに行ける「ちょうどいい田舎」というのも魅力です。
でも、そういう”ちょうどよさ”ってなかなか伝えづらいですし、「三重ってこんなの」っていうのを一口に言うのも難しい。散々頭を悩ませた結果、「俺たちはここでこんなに楽しく暮らしてるんだ、っていうのを伝えればいいじゃないか」という結論になったんです。
つまりそれは、奥田さんをはじめとするサルシカのメンバー自身が“被写体”となり、三重での生活を見せていくということでした。
田舎への移住を考えている人にとって重要な情報っていろいろありますけど、一番大事なのは「そこにどんな人が暮らしていて、どんな生活をしているのか」ってことだと思うんです。
田舎に引っ越すといっても、やっぱり文化的な部分も残したいし、周りに刺激的な人もいてほしいですよね。僕らは「三重でもそういう生活ができる」「自然を謳歌しつつもいわゆる“田舎”のイメージとは違う生活を送る人がいる」ということを伝えたかったんです。
地域への想いが生んだメディアミックス
彼らと一緒に遊ぶ仲間たち“サルシカ隊隊員”は現在約470人、そしてサイトへのアクセス数は一日3万PV前後あると言います。しかもこの莫大なアクセス数は、戦略的なSEO対策の賜物だと言うから驚きです。
田舎暮らしに関連するアクティビティをセグメントにわけて、それぞれで受けそうなキーワードに対してSEO対策を打ったんですよ。たとえば「ツリーハウス」「薪ストーブ」といったワードで。これが大当たりで、一日のアクセスが4万PVを超える時もありましたね。
ツリーハウスづくりの様子を公開したコンテンツが大ヒット
こういったノウハウを持つサルシカが放っておかれるはずもなく、その情報発信力を活かして他にも何か地域に役立つことができないか、という要望が多く寄せられるようになりました。そうしてできたのが、サルシカが持つもうひとつのメディア「ゲンキ3.net」です。
ゲンキ3.netは、県内のお店やレジャー施設を広く紹介するサイトですが、テレビ・ラジオとの連携が大きな特徴。ここには、テレビ番組の構成作家という奥田さんのもうひとつの顔が大きく影響しています。
僕が当時担当していた番組の中に、地域のために活動している人を紹介するものがあったんですが、せっかく番組の終わりに問い合わせ先を案内しようとしても、田舎のおじいちゃんおばあちゃんだと、ホームページやブログのように後から追える情報発信手段を持ってない人が結構いたんです。
「携帯番号でもええか?」なんて言われるんですけどさすがにそれはできないんで、何も伝えられず終わりっていうことになっていて。でも今って、テレビで面白かったらネットで調べるっていうのが自然な流れじゃないですか。そこをフォローできてないのが残念で。
その経験をきっかけに、地元テレビ局・ラジオ局の協力を得て、それぞれの番組で流した地域情報をデジタルコンテンツ化してまとめるネットメディア、ゲンキ3.netが生まれたというわけなのです。
月に約300ページを追加・更新するゲンキ3.net。最近では、地域のキーパーソンにゲンキ3.net用の記事を書いてもらう特派員制度も始まり、ネットで発信した情報の中からテレビやラジオの番組のコンテンツに流用するという、逆の流れも起こっていると言います。
「一昔前に広告業界で流行った“メディアミックス”が、このタイミングでうまくいったような感じですね」と奥田さん。 ばらばらのメディアをつなぐ奥田さんというキーパーソン、そして「地域を盛り上げたい」という共通の想いが、各メディアの間にある壁を取り去ったと言えるかもしれません。
秘密じゃない秘密基地
ゲンキ3.netの経験によってサルシカが得たもの。それは、地域活性に関するノウハウでした。
取材で地域活性に取り組む人に話を聞くたびに溜まるノウハウ。サルシカの会議では、「メディアもノウハウもあるのだから、何かしないともったいない」という声が上がるようになったと言います。それなら自分たちでもやってみようということで始まったのが、奥田さんも住む美里町の活性化プロジェクトでした。
サルシカの秘密基地。建設のワークショップには約150人が参加した
その第一歩である秘密基地づくり。奥田さんは「途中から全然“秘密”じゃなくなっちゃったけど」と楽しげに当時のことを話してくれました。
「この美里町の活気が失われたと同時になくなったものがある。それは村の寄り合いだ」って地域の人たちが言うんです。一升瓶を持ち寄っては湯のみ茶碗でさんざん飲んで、喧々諤々やってたころが一番活気があったと。
僕たちが基地をつくることを知った集落の人たちから「じゃあそういうのができる場所にしてよ」なんて言われて、僕はふたつ返事で引き受けちゃったんです。
失われた集落のコミュニケーションが生き返る場所。 基地の完成イベントには集落のお年寄りが集まり、外部からの参加者も含めると総勢300名を超える人が駆けつけたというのですから、基地に寄せられる期待の大きさが伺えます。
基地には普段から集落の人がふらっと立ち寄ってくれますよ。野菜を置いてってくれたり。ピザ釜でパンを焼いたりすると、匂いでみんな来ちゃうから僕らの分がなくなるくらい。
基地の完成イベントに集まった集落のお年寄りたち
たくさんの笑顔が基地の完成を祝福した
基地は今後、カフェにもなると奥田さんは言います。朝は集落の人向けにモーニングを提供するコミュニティカフェ。お代はお金ではなく、クーポンで受け取ります。そのクーポンは、集落の人から野菜をもらう代わりにサルシカから渡すもの。
集まった野菜はモーニング終了後の一般向けカフェで販売し、収益をコミュニティカフェに還元します。コミュニティカフェによって、集落で余りがちな野菜を使って、地域の人に新しい楽しみを届けることができるのです。
いずれは集落でつくられる野菜自体を変えていきたいと奥田さんは話します。
大根とかきゅうりとか、集落でつくられるのは季節ごとにみんな一緒。それじゃ捌ききれないし、僕らはズッキーニやクレソンなどもっと幅広い野菜がほしい。だから、そういうのものの育て方を知ってる人に先生として来てもらって、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に習いたいんです。
それで新しい野菜をつくってもらって、カフェのメニューに使ったり、加工品にしていろんなところに移動販売車で売りに行ったりしたいですね。
“バカなことができる”サルシカであるために
ふたつのネットメディアの運営に地域活性化プロジェクト。これがサルシカの主な事業ですが、実は他にも重要な事業があります。それは、「SalT」をはじめとする、活動資金を得るための事業です。
SalTとは、三重の有名企業や老舗店とコラボレーションして、オリジナルTシャツをつくるプロジェクト。一風変わったご当地Tシャツはローカルの若者の人気を集め、45種類つくったモデルも完売が相次いだと言います。
肉まんやあずきバーで有名な井村屋とのコラボレーションTシャツ
他にも、地元リゾートとコラボレーションした地ビールの販売や、軽トラックをキャンピングカーに変えるピックアップキャビンの開発など、収益のための事業と言ってもサルシカらしい楽しさにあふれています。
こういった事業のアイディアは飲み会なんかしてると雨後のタケノコのように出てくるんですけど、本業で経営者をやっているメンバーが中心になって厳選してます。たとえば「ビールとTシャツは並べて売れる」といったシナジーだったり、在庫管理でリスクを減らせるかという視点ですね。
遊んでばっかりって言われるけど、裏側ではめちゃくちゃ真剣に考えてますよ。
しかし、各事業は今はまだ成長の途中。その収益は全部合わせても全体の15%程で、収益の多くを占めるのは企業からの協賛金、次いで行政からの補助金というのが現状です。奥田さんは、いずれ補助金はゼロにしたいと奥田さんは考えています。
補助金をもらっていると、バカなことができないじゃないですか。それだと僕らも魅力的なものを生み出せなくなっていくと思うんです。
それに、「地域のためになることをしたい」と思っている以上、補助金をもらう側じゃなくて税金をたくさん収める側になりたい。だから実は、NPOとして三重県で最高の経常利益が出せるようになるのが、裏の目標です。
7年目の方向転換と世代交代
サルシカは今年で7年目。まだまだ尽きない楽しい企みごとをたくさん抱えながらも、組織としては変化の時期にあると言います。
サルシカはもっと、”女性化“していかなきゃいけないと思っています。
夢の見方って、男の人と女の人で違うと思いませんか?男の人は足下を見ず上を見る。女の人は夢を見ながらも結構ちゃんと足下も見てる。サルシカは、もともとつくったのが僕を含めたおじさん連中っていうこともあって、出てくるものも“上だけを見たもの” になりがちでした。
地に足の着かない夢を煽るのではなく、現実をきちんと見据えたものを。サルシカは今、その方向に向けてまさに舵を切っている最中です。それは、女性発のコンテンツ増から始まり、サイト内の“男性的な”表現の再考、女性理事の登用数増加にまで及びます。
サルシカで活躍する女性たち
この“女性化”への方向転換の先に、奥田さんは世代交代を見ています。
やっぱり地域が来て欲しい移住者って、次を担える世代の人たちなんですよね。であれば、同じ世代の人たちに情報発信してもらうのが一番いいはず。だからバトンタッチできる人たちを育てるのがこれから重要なんですけど、僕らおじさん世代があんまり頑張り続けちゃうと、それも難しくなる。
僕たちがもともとつくった場所であっても、僕たちだけでやってちゃいけないんです。だから、女性にメインを譲るという今の流れは、その先の若者達の活躍に向けて大きな意味を持つと思います。
奥田さんは現在48歳。奥田さんもサルシカを引っ張る同年代の男性達も、まだまだ元気そのものです。そういった交代劇に、反対の声はなかったのでしょうか。
皆、それが必要だってわかってくれてますよ。ただ、やっぱりちょっと淋しいみたいですね。でもまあ僕らも始めた頃は40代前半で元気よく暴れてましたけど、さすがに最近では腰痛だ老眼だって声があちこちから漏れてますし、ほどほどにしなきゃ。
「なんならサルシカのシニア版でも新しくつくりますか」と言って豪快に笑う奥田さん。そこには、手塩にかけたものを手放す悲壮感や未練は微塵もなく、新しいものに挑む高揚感が響きます。
地域を遊ぶ姿を外の人に見せることからスタートしたサルシカの活動。「バカなことも真面目なことも真剣に、そして楽しく」というサルシカ精神は、外の人の目を集めるだけではなく、地域の人に「楽しいことは自分たちつくれる」ということを強く示しました。
この記事を読んだあなたが、自分が住む街や故郷、大好きな土地の魅力をもっといろんな人に知って欲しいともし今思っているなら、まずはその土地を真剣に遊んでみることから始めてみるのはどうでしょう。その姿が外の人を誘い、土地の人と思わぬ化学反応を生むかもしれません。