2020年の東京オリンピックを数年後に控え、日本では「お・も・て・な・し」が大流行しました。日本人のおもてなし精神をアピールしたプレゼンに、誇りをくすぐられた人も少なくなかったのでは?
しかし、そんなサービス精神旺盛な日本人も、車いすの方や白杖を持った方など障害者を前にすると、とたんにオドオド、キョロキョロしてしまいます。心の中では「普通に接しよう」思いながらも、「普通ってなんだ?何て声をかければいいの?」と自問自答を繰り返していませんか?
心当たりがある貴方、「ユニバーサルマナー」を学ぶ準備ができているようですね。
障害者との接し方は、もはやマナー!
ユニバーサルマナーとは、株式会社「ミライロ」が提案する、自分とは違う誰かを思いやり、理解するためのマナーのことです。例えば、もし貴方が働くレストランに車いすの人が来たときに、どう対応するのが正解でしょうか?
テーブルから椅子を取り払って「どうぞ!」と迎える方もいらっしゃるでしょう。しかしずっと車いすに座っていると、お尻に圧がかかって疲れてしまう方もいて、車いすのまま着席するか、椅子に移るかは、その方によって違うのだそう。本当は一言、「椅子に移られますか?それとも車椅子のままお食事されますか?」と聞くだけでよいのだとか。
株式会社ミライロの洞田さん(左)と岸田さん(右)
また、聴覚障害の方に対しては、メモと鉛筆を渡して「筆談をお願いできますか?」と聞けばOK。これらのマナーは、決して障がい者や高齢者だけの為のものではありません。サービス業の原点、ホスピタリティーの根底にある「目の前の人を幸せにする」という考えと通じています。つまり、わたしたち日本人が最も得意とする、例の「お・も・て・な・し」なのです。
このユニバーサルマナーを始めとする様々なユニバーサルデザインをつくり出しているのが大阪のベンチャー企業、株式会社ミライロなのです。
“できない”が“できる”を生みだす
代表取締役社長の垣内さん
ミライロが発信している考え方のひとつに「バリアバリュー」というものがあります。これは、バリア(障害)があるからこそ見いだせるバリュー(価値)があるというもので、ミライロの代表取締役社長である垣内さん自身の経験から生まれた言葉です。
垣内さんは先天性の病気のため、中学生の頃から車いすを常用しています。そんな彼は、大学生のときに始めたホームページ制作会社のバイトで、なんと営業部に配属されました。自分は制作を担当するのだと思っていた垣内さんは、驚きながらも営業の仕事を始めます。すると、たった2〜3ヶ月で成果が出始め、あっという間に社長に次ぐ営業成績をあげるようになったのです。
トークが上手いわけでも、経験があるわけでもない彼がなぜ、それだけの成績を叩きだせたのでしょう。それは、車いすだったというその一点で、お客さんから顔を覚えてもらえたことが原因でした。その時、当時の社長は垣内さんにこう言いました。
お前は歩けないことを悩んでいるけど、もっと胸を張れ。歩けないからお客さんに覚えて貰えるんだ。営業マンにとっては、それが一番の強みなんだぞ。
それまでの垣内さんはずっと、「歩けなくてもできること」を探してきました。しかし、その瞬間から「歩けないからこそできること」を考え始めたのです。
バリアフリーが使いやすいとは限らない!?
「ユニバーサルデザイン」と混同されがちな言葉として「バリアフリー」があります。バリアフリーは、1970年代から日本で広く使われてきた言葉ですが、実は日本でのみ通用する和製英語です。またこれまでのバリアフリーは、障害者や高齢者にとって障害となるものを取り除くことだけが最優先されてきました。
しかし、ミライロが目指すユニバーサルデザインは、それとは一線を画しています。
ユニバーサルデザインとは、年齢も国籍も障害の有無も関係なく、すべての人が「あれ、ちょっと使いやすいな」と感じるデザインをつくること。障害者や高齢者など、特定の人だけがとても使いやすいデザインは、多くの方には受け入れられませんから。
その例として、ホテルの客室が挙げられます。現在日本の法律では、客室の50室に1室はバリアフリーの部屋をつくらなくてはいけません。しかし、障害者・高齢者のためのバリアフリーの部屋をつくると、その部屋の稼働率は下がってしまいます。
なぜなら、バリアフリーという観点だけで部屋をつくると、部屋中に手すりが張り巡らされていたり、極端に空間が広くとられていたり、まるで病室のような部屋になってしまうこともあるから。 そんな部屋に一般の人は勿論、障害者・高齢者やご家族も、泊まりたいと思うでしょうか。
つまり一般に私たちが想像するバリアフリーは、障害者・高齢者にとって必ずしも最善の方法ではないということ。誰しもに共通した使いやすさを追求するユニバーサルデザインを追いつづけることで、ミライロは企業や社会に受け入れられてきたのです。
社会を変えるためにお金を稼ぐ
2010年に会社を設立したミライロは、たった数年の間に驚くほどの発展を遂げた、まさにベンチャー企業です。結婚式場やテーマパークはもちろん、大学やパチンコ店から霊園にいたるまで、あらゆる業種の企業と組み、ユニバーサルデザインを広めてきました。
ユニバーサルデザインという福祉に関わる事業でありながら、株式会社として急速に成長しつづけてきたミライロで、創業当時からブレることなく貫いてきたことがあります。それは、”社会性”だけでなく”経済性”を伴った活動をつづけることです。
バリアフリーというとボランティアとか社会貢献っていう意識が強く、だから広がりにくかったのだと思います。でも、本当に必要なことはちゃんと続けていかなくてはいけないですよね。続けていくからにはお金がいる。だからビジネスにしていかなくてはいけないんです。
私たちは福祉の仕事をしているとは思っていません。 あくまで、製品の在り方、サービスの在り方をデザインしているのだと思っています。稼ぐっていうことに執着して数字をつくり続けてきたからこそ、今日まで続けて来られたのだと思います。
そして事実、障害者の雇用を生み出し、確実に福祉としての役割も果たしてきています。
障害者と働くことで身につく、気づきの感度
現在もミライロでは、車いすや視覚障害のスタッフが働いています。ミライロにとって彼らは「守ってあげなくてはいけない弱い存在」ではありません。人とは違う見方をできる、れっきとした戦力です。
一般的には、障害者と働くと優しくなれる、と言われていますが、弊社のスタッフは皆が特別優しいというわけではないんですよ(笑)。急いでいたら「早く、もっと急いでください!」って言われるし、 「この荷物、膝に乗せて運んでください」って荷物を持たされるし。
でも、僕にはそれが嬉しいんです。可哀想な人っていう視点はなくなるし、人としてちゃんと見られる、触れ合える人になれるのがこの仕事のいいところです。全ての仕事の原点である、気づきの感度をめちゃめちゃ高められるんですよ。
「日本の社会は、まだまだ障害者や高齢者に対して壁がある」と垣内さんは言います。その壁は、段差や通路の狭さのような目に見えるものではなく、心の中にある壁です。障害者をひとりの人としてではなく、障害者というくくりで統計的な見方をしている面があるのです。
その一面が、「障害」という言葉そのものにも表れています。というのも、現在多くの一般企業が「障害」を「障がい」と記しています。これは、「害」という言葉の持つ意味がマイナスのイメージを発想させるから、という健常者のはたらきかけで、「障がい」という表記になったのだそうです。
しかし、実は「障がい」と一部だけひらがな表記をすることで、目の見えない方に対するパソコンの画面読み上げソフトを使うと「さわりがい」と間違った読み方をされてしまうのです。
一般社会が障害者に対して行った配慮が、結果として障害のある方を困らせているというのだから皮肉だとは思いませんか?
世界を引っ張る日本のユニバーサルデザイン
株式会社ミライロには、これまでに獲ったトロフィーや表彰状が沢山飾られています
たしかに今の日本人は、障害者にとって「おもてなし」ができるほど成長ができていないかもしれません。しかし、”高齢化先進国”である日本はユニバーサルデザインにおいても、先進国として一歩踏み出す転機にきていると垣内さんは考えています。
かつて、ものづくりの技術が日本の誇りでした。しかしこれからは、建物・サービス・者の在り方、ユニバーサルデザインが日本の誇りになります。そのPRの機会は、2020年のオリンピック・パラリンピックでしょう。
高齢化が進んでいる日本の強みがそこにあります。高齢化をネガティブに捉えるんじゃなく、実は高齢化をきっかけに日本の建物が、サービスが、モノが変わるんです。
ユニバーサルデザインがこれからの世界の標準であり、その標準をつくっていくのは日本なのだと思っています。
株式会社ミライロを立ち上げて4年が経とうとしています。この間にユニバーサルな社会に向け、日本が変わり始めていることを彼らは既に実感していると言います。
10年前なら、私たちの考えは受け入れられなかったと思います。経済的にも成長して更にオリンピックやパラリンピックも控えた、今この時代だからこそ、福祉やユニバーサルデザインに関する業界がホットなのだと感じます。
これから高齢化が進むのは海外です。今後福祉に関する知識やノウハウが確実に求められてくる中で、今この業界に身を置くことは、グローバルな人材になるためのまず第一歩になるのではないか、と私たちは考えています。
世界中の人に、日本の「おもてなし」を披露する日はもうすぐそこまできています。 2020年のオリンピックを手始めに、世界を仰天させるようなニッポンの心意気を、さあ、見せてあげようじゃありませんか!