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東北の福祉施設で作られた製品の魅力を“そのまま”伝えたい。授産品への素朴な疑問から生まれた冊子「実寸-jissun」

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宮城県仙台市の「NPO法人ソキウスせんだい仙台市障害者小規模地域活動センター アトリエ・ソキウス(以下、アトリエ・ソキウス)」で製作されている陶器の小物。(写真:関口秀和) ©2014 実寸編集委員会

福祉施設で生産された製品を、手にしたことはありますか? 障がいのある人たちが福祉施設で作る商品は”授産品”とも言われ、ストラップや置物などの小物から、クッキーや豆腐といった食品まで、実にさまざま。一度はどこかで購入したことがある、という方も多いのではないでしょうか。

その授産品に焦点を当てた冊子が、仙台市在住の有志により発行された「実寸-jissun」です。ユニークなのは、製品がすべて実物大で紹介されていること。思わず笑顔がこぼれる可愛らしいアクセサリー、温かみのある木工品、上質なカバンなど、東北の授産品35点がピックアップされています。
 
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青森県青森市「社会福祉法人積善会 森の工房ふれ・あい」が製作している金魚ねぶた。全工程が手作業で仕上げられています。(写真:関口秀和) ©2014 実寸編集委員会

他にも、仙台市内の福祉施設長へのインタビューや、アーティストと福祉業界者の対談といった読み物ページも掲載。読者に、アートと福祉の接点や可能性について考えるきっかけを提供しています。「実寸-jissun」発起人の藤村和成さんに、発行の経緯や、実物大にこだわった理由について伺いました。

“ダンボールの師匠”との14年ぶりの再会

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「実寸-jissun」発起人の藤村和成さん。 ©2014 実寸編集委員会

藤村さんは、1985年宮城県気仙沼市生まれ。東北大学建築学科卒業後、同大学大学院に進学。福祉とは特に関わりのない生活を送っていました。

2011年1月に1年間の上海留学から帰国。次の目的地となるイスラエルへの渡航準備中、東日本大震災が発生します。

仙台市の病院で、渡航に必要な健康診断書の作成依頼をしていたんですが、病院側の記入ミスがありまして。訂正のため早朝仙台市に向かい、気仙沼市の実家に戻ったのが、2011年3月11日14時30分。震災の16分前のことでした。

結局、渡航もできなくなり、余震が続く中、実家の庭先でキャンプ生活のような暮らしをしながら、悶々とした日々を過ごしていました。夜空を眺めては、こんな経験を以前にもしたような感覚にとらわれ、不思議な気持ちがしていたのです。その理由がわかるまでには時間を要しました。

震災から20日ほど経って、ようやくネットが繋がるようになったその日、大学の先生から「ある方に会ってみては」というメールをいただいたことが、一歩踏み出す支えになりました。その方とは、気仙沼市にある「リアス・アーク美術館」の学芸員、山内宏泰さんです。

実は、僕が小学校6年生だった1997年に、山内さんが開催したワークショップに参加したことがあったんです。阪神・淡路大震災の翌々年で、ダンボールで作ったシェルターに子どもたちだけで一泊するという企画でした。その時から、山内さんは僕にとって“ダンボールの師匠”になったのです。

“不思議な気持ち”の理由は、このワークショップの記憶が蘇っていたからだったんですね。

山内さんのアドバイスのもと、藤村さんはダンボールシェルターの製作を開始。2011年4月初旬から、避難所や被災した施設などに間仕切りやロッカー、たんす、本棚などを設置する「house publishing」の活動を本格化させます。
 
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避難所となっていた気仙沼市立松岩小学校に、ダンボールの間仕切りを設置。(2011年6月) ©2014 house publishing

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気仙沼市の仮設幼稚園キッズルームおひさまに設置した、ダンボール製のロッカー。(2011年7月) ©2014 house publishing

活動の中、藤村さんは避難所で、ある光景を目にします。

障がい者の方が、居場所を失って所在なさげにしているように見えたのです。いや、彼らの方は、いたって普通にたたずんでいるだけだったのかもしれません。しかし、私たちの方が、彼らの存在をどう受け止めれば良いか戸惑っているところがありました。

“授産品って何だろう?”という素朴な疑問

避難所での障がい者の姿が強く印象に残っていた藤村さんは、2012年7月、福祉施設をデザイン面から支援しようと、「ハウス・パブリッシング福祉デザイン研究所」を仙台市に開設。授産品をメインに、宮城県内の福祉施設に飛び込み営業し、積極的にデザイン提供やアイデア提案を行います。

あらゆる人にとって生きがいとなるような、作る楽しさに重きを置いたものづくりを考えること。ものづくりのプロセスを見直し、魅力的な授産品を提案したいと思ったのがきっかけでした。

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宮城県黒川郡大和町「NPO法人黒川こころの応援団」からの依頼で、利用者と一緒にクリスマスツリーを制作。(2012年12月) ©2014 ハウス・パブリッシング福祉デザイン研究所

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「アトリエ・ソキウス」からの依頼でデザインした、電気糸鋸で切り出しやすい形のクリスマスツリー。利用者がつくった陶器のオーナメントが飾られ、一緒に販売されました。(2012年9月) ©2014 ハウス・パブリッシング福祉デザイン研究所

デザインを通して福祉施設に貢献する一方、経営面は容易ではありませんでした。提案が取り入れられず契約を破棄されるなど、苦い経験も味わいます。

次第に湧いてくる、“障がいとは?” “福祉施設ってどんなところ?” “授産品って何?” という疑問。その答えを見つけようと調べていくうちに、東北各地の授産品をもっと多くの人に見てもらいたい、という想いが強まり、冊子発行のアイデアへとつながってゆきます。

“そのまま”伝えることの、大切さと困難

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事務所での打ち合わせ。冊子の方針について、何度も議論を交わします。 ©2014 実寸編集委員会

2013年1月、出版関係、ウエブデザイン、美術館勤務など有志7名による編集委員会が正式に発足。メンバーに福祉関係者はおらず、手探りでの出発でした。

何も手がかりがなかったので、まずは東北6県の福祉施設をウェブで検索することから始めました。県毎に情報の露出度が違ったり、担当職員の異動や震災の影響などで、ウェブの内容と状況が変わっている施設も多く、最初は情報を集めるのに苦労しました。

一方、こちらからの突然の申し出にもかかわらず、掲載製品の貸与や無償提供など、親身に対応してくださる施設があったのは、とてもありがたかったですね。

施設に訪問して作業風景を見学したり、施設から取り寄せた製品を実際に手にしていくメンバーたち。障がいの種類や福祉施設の形態、授産品の多様さについて、少しずつ理解を深めていきます。同時に、授産品の魅力を“そのまま”伝えることがいかに大切で、かつ困難かも痛感します。
 
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仙台市「社会福祉法人一寿会就労継続支援B型事業 一寿園」の作業場。動物や乗り物の形の木工玩具や、緻密なデザインの置物など、種類豊富な授産品が作られています。 ©2014 実寸編集委員会

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「アトリエ・ソキウス」での取材。施設長による授産品の説明に、メンバーが熱心に耳を傾けます。 ©2014 実寸編集委員会

ある日、藤村さんが授産品を撮影した画像をPhotoshopで編集していると、偶然、画像の縮尺が製品と同じサイズになったことがありました。

思わずはっと息をのみました。テレビやパソコン、スマホではあらゆるものを映すことができますが、その多くは実寸ではなく、そのことをあまり気にとめることもありません。

しかし、デジタルカメラで対象物を撮影しコンピュータに表示させる過程で、実寸が抜け落ちるように加工が施されている、と考えるとどうでしょうか。私たちは毎日、加工が施された膨大な量の情報を眺めていることになり、そこから何の偏見もない現実を推察するのは至難の業です。

存在していたものが失われても、脳がそのことに気づけずに、なお在り続けるかのように錯覚してしまう“幻肢痛(げんしつう)”に似た現象が、現代の社会でも広く起こっているのではないか。つまり、私たちの頭は、情報のみを扱っているようで、実は存在するものに多くを頼っていたのではないか、という気付きがありました。

“実寸を取り戻そう”という想いを込め、授産品を原寸大で掲載すること、タイトルを「実寸-jissun」にすることが決定。冊子の方針について話し合いを始めてから、既に半年以上が経過していました。
 
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作業は深夜まで及ぶことも。メンバーで各自おかずを持ち寄り、一緒に夕食を囲むことで、まとまりが強くなったといいます。 ©2014 実寸編集委員会

2013年8月、ついに「実寸-jissun」が完成し、仙台市内の書店やカフェなどで販売がスタート。全国紙や一般誌にも書評が取り上げられるなど注目を集め、現在では東京や大阪の書店などでも購入ができるようになっています。

実寸画像の魅力を活かして

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「実寸-jissun」表紙。シンプルな紙面が、製品本来の良さを際立たせています。 ©2014 実寸編集委員会

今後は、紙媒体での活動継続に加え、画像データをウェブ上で原寸大表示できるサイト構築にも関心があるという藤村さん。実寸画像の魅力や有用性を、ビジネスや教育現場などで活用できる方法を模索中です。

障がいのあるお子さんを持つ方から、「『実寸-jissun』で紹介されているような施設に入って、自分の子どもが本当に手に職を持って社会の役に立てたなら素敵だと思います」という感想をいただいたんです。

現時点では、福祉作業所が工芸品の作り手としての役目を担っている面がある一方、その多くは正当な評価を得ているとは言い難い部分もあります。作り手にとっての環境も恵まれたものとは言い切れず、福祉制度の限界など難しい点も少なくありません。

こうした問題を解決できる仕組みを作るため、今は奈良県のある施設で、新たな場所作りに携わっているところです。

ゆっくりとページをめくるうちに、製品のぬくもりや感触が伝わってくる冊子、「実寸-jissun」。少しの間テレビを消して、まるで実際の商品を手にとっている気分で、静かに作り手に想いを馳せる時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。

冊子取扱い店舗や、編集部への直接注文方法については、下記の「実寸-jissun」ホームページからご確認ください。