©Wonderbag
このカラフルな物体、何だと思いますか?クッション?オットマン?ペット用ベッド?帽子?それとも巨大お手玉?いえいえ、南アフリカ生まれの保温調理バッグ、その名も「Wonderbag(ワンダーバッグ)」です。
ただの布製のバッグと侮るなかれ。断熱素材を使ったWonderbagは、材料を鍋に入れて一度沸騰させ、鍋ごとバッグに入れておけば、後は勝手にコトコト保温調理してくれるという優れもの。電気のいらないスロークッカーとしても注目を集めています。火にかける時間が短縮できるので、電気やガス、調理に必要な水も大幅に節約でき、また最長12時間温かい状態で保てるというから驚きです。
“沸騰させ、バッグに入れ、スロークック、シェア!”の簡単4ステップ
©Wonderbag
Wonderbagの使い方はシンプルそのもの。
1. BOIL IT(材料を沸騰させ)
2. BAG IT(鍋ごとWonderbagに入れたら)
3. SLOW COOK IT(後はコトコト保温調理)
4. SHARE IT(できあがったらみんなで食べよう!)
キッチンや食卓を明るく楽しい場所してくれること間違いなし!のWoderbagですが、調理用燃料や水が不足し、インフラの整っていない地域に住む人々の生活を劇的に向上させ、さらには環境保全にも大きく貢献しているというのです。
停電の夜に思い出した “おばあちゃんの料理法”
社会起業家であるサラさんは、2013年、米国フォーチューン誌の”世界で最も影響力のある女性起業家”の1人に選ばれました。©Wonderbag
Wonderbagの発案者で、NGOである「Wonderbag Foundation(ワンダーバッグ財団)」と、販売会社「Natural Balance(ナチュラルバランス)」社を立ち上げ、アフリカを中心に世界各地の貧しい人々にWonderbagを配るプロジェクトを展開しているSarah Collins(サラ・コリンズ)さんにお話をお伺いしました。
今日の朝食はWonderbagで挽き割りオートミール、昨日のランチにはポロネギとマッシュルームの玄米&ワイルドライスリゾットを作りました。毎日の料理にWonderbagは欠かせません。
かつてアパルトヘイト(人種隔離政策)がとられていた南アフリカで生れ育ったサラさんは、子どもの頃から政治に興味を持つ一方で環境保全に情熱を傾けます。ボツワナでエコツーリズム関連活動に10年間携わった後、2000年に南アフリカに戻り、若者の環境意識を高めるNGOと女性のための農村開発を行う政党を立ち上げました。そして2008年、南アフリカで4ヶ月にも渡る大停電が発生します。
来る日も来る日も外食、しかも冷たい食事が続く状況に疲れきっていました。ボツワナでも、調理用燃料に乏しいコミュニティをサポートしていたので、アフリカで火を使って料理をすることの難しさを痛感していました。そんなある晩、祖母が昔、鍋をいくつものクッションで覆って料理していたことを思い出したのです。
夜中に飛び起きて試してみたところ、久しぶりに温かい料理を食べることができ、サラさんは、これだ!と直感。さっそく自分が関わるコミュニティに持ち込み、実際に使ってもらったところ、さらに手応えを感じます。
アフリカで火を使って料理をするということ
燃料代が家族の収入の1/3を占め、火を使う料理に危険とリスクを伴うアフリカの現状。©Wonderbag
アフリカの多くの地域では、調理用燃料や水が貴重であるにもかかわらず、長時間の調理が必要な料理も多く、調理中に木炭や薪から出る煙を吸い込むことによる健康被害も報告されています。また燃料が購入できない場合は木を伐採するしかなく、過伐採が砂漠化の原因の一つにもなっています。さらに、薪や水の確保のために女性たちが遠くまで出かけざるを得ない状況の中で暴行を受けるなどの被害が少なくありません。
Wonderbagの一番の目的は、そうした社会、経済、環境問題を緩和し、人々の行動と取り巻く状況を変えていくことなのです。
まさにWonderbag革命と呼びたくなる未来図。Wonderbagによって生活の質が向上し、環境が守られます。©Wonderbag
動画『WonderBag We Need Change』
これまでの実績から算出したところ、Wonderbagを使うことで、木炭と薪の使用を60%、電気の使用を30%削減でき、1個につき年間に、二酸化炭素の排出を1トン削減(木炭や薪が主燃料の地域の場合)、156リットルの水を節約、1.7本の木を守ることができるそうです。燃料代がかからない分、家族の可処分所得も増えます。
燃料と水の使用を大幅にカットできるので、薪集めや水汲みの回数も少なくなり、少女たちは学校に、女性たちは家族と一緒に過ごせる時間が増え、働きにでたり内職する時間も持てます。調理中、火にかける時間が短縮されるので、有毒な煙の吸い込みなども減り、人々がより健康で安心して暮らせるようになります。さらに、木の伐採が減れば、それだけ森林の再生も容易になるというわけです。
つまり、Wonderbagが各家庭に普及することにより、家族の生活の質が向上するだけでなく、村、地域、国全体に波及し、環境保全にもつながるということなのです。また、南アフリカではWonderbagに関わる多くの雇用も生み出しています。
偶然の出会いが世界を変えるカタチに
キッチンから世界を変える画期的な取り組みに驚くばかりですが、保温調理自体は決して新しいものではありませんし、日本でも保温調理鍋が市販されていますよね。
保温調理は、大昔から存在する調理法です。南アフリカでは1970年代、農村地域にクッションタイプの保温調理器が導入され、盛んに実験が行われました。祖母もクッションを使ってスープやライス、コーンミールなどを保温調理していました。この記憶があったせいか、南アフリカで人々の行動を変えることはそう難しくありませんでした。
モシー・マテさん(写真右)©Wonderbag
クッション型保温調理器を自分なりに改良しては実験を続けていたある日、サラさんに運命的な出会いが訪れます。
飛行機で、個性的なドレスを身にまとった女性と偶然隣り合わせになりました。あなたがこのフライトのベストドレッサーね!と話しかけると、彼女はにっこり笑って、1着作ってあげるわよと言いました。私は、ドレスはいらないけどと、クッションの写真を見せ、こんな保温調理バッグがほしいと絵に描いてみせたら、翌日、さっそく試作品を作って持ってきてくれたのです。
それが、サラさんと、社会活動家のMoshy Mathe(モシー・マテ) さんとの出会いでした。モシーさんは現在、Wonderbagの製造パートナーとして、生産に関わる村の女性たちをまとめています。Wonderbagに使われているのは南アフリカの伝統生地シュエシュエ。サラさんの情熱とモシーさんのセンス、そして南アフリカの伝統が世界を変えるカタチとなったのです。
慈善事業でなく、未来をつくるビジネスモデルとして
試作品第1号で調理したのは熱々のチキンカレー。その後、2人は5年に渡って改良を重ねました。その際に最も大変だったのは、「Money and Right team(資金と最適なチームの確保)」。つまり、お金と人材が要だったということ。
全く新しい商品を市場に出すのは大きなチャレンジです。それは今も変わりませんが、私たちはゆっくりだけど確実に前に進んでいます。常に長期的なビジョンを持ち、パイロット(試験的)プロジェクトを成功させることによって、素晴らしい配布パートナーシップを築いてきました。
2013年には米国に進出し、Amazonで取り扱い開始。ビジネスパートナーであるクノールのレシピブック付で販売されています。©Wonderbag
ナチュラルバランス社は慈善事業としてWonderbagを貧しい人々に配っているわけではありません。
ユニリーバなど世界的企業とタイアップして、One for Oneプロジェクトを米国Amazonと欧州で展開し、Wonderbagが1つ購入されるごとに開発途上国に1個寄付されています。またカーボンオフセットも展開しており、2012年にはマイクロソフト社がWonderbagのカーボンクレジットを大量に買い取りました。いずれもWonderbagが実際に人々の生活を大きく変えている点が提携関係の決め手となったそうです。
2013年12月現在で、アフリカを中心に世界で合計65万個のWonderbagが配られていますが、その中には、難民キャンプなど、特に厳しい状況に置かれている場所も含まれています。限られた水、食料や調理用燃料、衛生状態の不安、共同キッチンの使用など、さまざまな問題を一挙に解決できる頼もしい存在として期待されているとのこと。
多くのシリア難民が生活するヨルダンの難民キャンプでのWonderbagの導入は、人々の生活と意識を大きく変えました。また、国際連合世界食糧計画などと連携してWonderbagを世界各地の避難キャンプで展開する大きなきっかけにもなりました。ベイルートから1万個の注文が入ったばかりです。
アフリカ以外での活動としては、メキシコで現在、実験プロジェクトが進行中だということです。
あなたならどんな風にWonderbagを使いますか?
©Wonderbag
Wonderbag公式ウェブサイトのレシピページを見てみると、スープからメイン、デザートまで、さまざまな料理が並んでいます。ブログやFacebookページでも続々とレシピがアップされています。世界各地に進出している今、どのようにレシピ開発を行っているのでしょうか?
栄養士、シェフ、調理人、各地域の食品技術者がレシピ制作に関わっており、それぞれの国の調理法に合わせて開発しています。
サラさん特製Durban Lamb Curry。ヨーグルトやバナナと合わせて食べるトロピカルスタイル。©Wonderbag
サラさん自身の一番お気に入りレシピは?との質問に返ってきたのは、サラさん自身がレシピを開発したDurban Lamb Curry(ダーバン・ラムカレー)。ブログにも登場しました。のんびり過ごしたい週末のランチなんかにぴったりな感じですね。Durban(ダーバン)とは南アフリカの都市で、Wonderbagの本拠地でもあります。
料理のバリエーションが豊富なだけでなく、さまざまな生活シーンで活用できそうなのもWonderbagの魅力です。英国ではなんと、タクシー運転手の間で評判になったとのこと。Wonderbagを助手席に乗せれば、好きな時にいつでも熱々の食事が食べられるというわけですね。持ち運びが簡単なので、パーティやキャンプでも人気者になりそうだし、断熱性に優れているので、クーラーとしても使える点も見逃せません。
Wonderbagという”生き方”を広めたい
©Wonderbag
©Wonderbag
Wonderbagとは、単に料理することでも、料理を家族やコミュニティ内でシェアすることでもありません。Wonderbagとは “生き方” であり、世界中の女性、男性を支援し、能力を高め、自立を促すエンパワーメントが目的です。
いまだに薪や質の悪い燃料で料理している世界各地の20億人がWonderbagを使うことによって自立し、また室内大気汚染が大幅に削減される様子を見届けたいです。
世界中で、このカラフルな巨大お手玉、いやWonderbagが活躍する未来、想像するだけでなんだか楽しいですね。
サラさんは、その大きな夢の第一歩として、2015年中にWonderbagを1億個を配ることを目標にしています。また、2015年の半ばまでに日本に進出したいという、うれしい計画も。サラさんが描く未来を応援したい!という方はビジネスパートナーとして名乗りを上げてみてはいかがでしょうか?また、サラさんのように、身近な問題をワクワクする未来に発展させてみませんか?