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食の安全と農業に鋭く切り込んだ『黙示』で伝えたいメッセージとは? 気鋭の社会派小説作家、真山仁さんインタビュー

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『ハゲタカ』『プライド』『ベイジン』など、数々の社会派小説を世に送り出してきた作家、真山仁さん。どの作品でも現代社会の光と影を見つめ、固定概念や既存システムの虚構に鋭く切り込む真山さんが、今年に入って発表した小説が『黙示』です。

これまで金融やエネルギーなどをテーマにしてきた真山さんが今作『黙示』で扱ったテーマは「食の安全」と「農業」でした。

『黙示』のストーリーのなかで、農薬メーカーや養蜂家、農水省の官僚など様々な立場から、ネオニコチノイド系農薬や遺伝子組み換え食品など、社会にうずまく食と農の問題を鋭く描写した真山さん。”20年、30年先によりよい社会をつないでいきたい”、そんな想いを込めて小説を書き続ける真山さんに、彼の考える小説の社会における役割や、食の安全と農業における理想の社会について伺いました。

金融、エネルギー、そしてテーマは食の安全へ

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山岡 今回『黙示』ではなぜ食の安全と農業をテーマにされたんでしょうか?これまでの小説とは少し毛色が違うテーマですよね。

真山さん(以下敬称略) このテーマを選んだことを意外に思われている人が多いようですが、私にとっては自然な流れです。これまで発表した作品でも、私たちが生きていくために必要なことでありながら、多くの人が無関心ではないかと感じるものをテーマに取り上げてきました。

例えば『ハゲタカ』はお金の話ですが、多くの人がバブル崩壊という言葉を知りながらも、その現象がどうして起こって、どうやって乗り越えなくてはならないか、ということに関しては外資への批判しか出てこない。そういう社会情勢のときにあの作品を発表しました。
 
山岡 その後の『マグマ』『ベイジン』のテーマはエネルギーでしたよね。

真山 私にとって、エネルギーと食は、生きていくために必ず必要なものという意味で、あまり違いはないのです。エネルギーも食も、自国だけで完結できるものではありません。それにも関わらず、私たちは消費することには熱心ですが、そもそもエネルギーや食べ物がどうやって作られ供給されているのかにはほとんど無関心です。

でも実は食もエネルギーも途絶えると命に関わる非常に大事なことですから、ひとたび事故や何か大きなトラブルが起こると生活がいきなり脅かされます。それは東日本大震災や原発事故の例でよくわかると思いますが、原発事故のリスクは突然出現したものではなく、昔からありました。

それが突然、事故が起きたことで大騒ぎになった。ですが、騒いでいる人の大半はそれまで無関心だったことへの反省もなく、原発や私たちを取り巻くエネルギー問題の仕組みを理解しないでただ”怖い” “無責任だ” “騙された” と言っているだけですよね。

実は『マグマ』にしても『ベイジン』にしても、3・11が起きる少し前に発表しています。無関心でいると大変なことになるんじゃないかと私自身が考えているテーマを、小説にしたいと考えています。

山岡 大切なことだけれどもみんなが無関心でいることが多い社会的事象を扱う、というのが共通のテーマなんですね。

真山 食というテーマに関しても、原発事故が起きる前から書きたいと思っていました。お金、メディア、エネルギー、政治などを順番に取り上げてきた流れのなかで、まだ取り上げていなかった「食」に自然に辿り着いたという感じです。

問題が複雑だからこそ小説にする意義がある

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山岡 では以前から食というテーマは真山さんの中にあったんですね。

真山 新聞記者時代から「食」には興味をもっていました。『黙示』を書くきっかけとなったのは短編小説集『プライド』のなかでミツバチをテーマに書いた『ミツバチがいなくなった夏』です。この作品では、当初は農業ではなくハチの生態をテーマにしたくて取材していたのですが、その取材のなかで養蜂家にある相談を受けたことから、テーマを変更しました。

山岡 どんな相談だったんですか?『ミツバチがいなくなった夏』はネオニコチノイド系農薬とミツバチの問題が描かれた作品ですよね。

真山 2005年頃から殺虫剤は従来の有機リン系農薬からネオニコチノイド系農薬に移り変わりました。ネオニコチノイド系農薬は、急性の毒性が高く問題視されていた有機リン系農薬と比較すると安全性が高いということで多くの農家に広まりました。

ですが、その特性や被害を十分に考える事なく使ってしまったことで、結果的に養蜂農家に大きな被害をもたらしました。今となってはその原因や回避方法がある程度はっきり分かってきていますが、当時はまだ農薬が原因だとはっきりしていなかったので、その対策について相談を受けました。

山岡 世界各地で起きているミツバチの集団失踪は、ネオニコチノイド系農薬がミツバチの神経系を狂わせて、帰巣できなくしてしまうことで起きていると言われていますよね。そのせいで野菜や果物の受粉ができず農作物の収穫量も落ちているとか。
そこから、「黙示」を書くことにはどうつながっていったんですか?

真山 「ミツバチがいなくなった夏」を書き、調べていくうちに農薬の問題は一筋縄ではいかないと考えるようになりました。レイチェル・カーソン氏の「沈黙の春」や有吉佐和子さんの「複合汚染」の時代(70年代・高度成長時代)に、日本で使用されていた農薬は非常に危なかったと思います。

しかし現代では、カーソンのおかげで明確に毒といえるような農薬はほとんど消えていて、農薬について考える際のポイントは、その使い方や農薬の影響を受ける側の体質になってきています。

現実には、外食や加工食品もありますから、いくら意識しても農薬不使用の食べ物だけを選ぶことが可能な人はほとんどいないですし、農薬によるはっきりとした大きな被害も出ていないという状況があります。

問題は農薬に対する単純な是非だけでは語り尽くせなくて、もう少し複雑で深いんじゃないかと気付きました。さらに農薬のことを調べていくと、農薬を怖いと大きな声で言っている消費者のほうに農薬を使わせる理由があるんじゃないかというところに辿り着きました。このような逆説的な状況があるのなら、小説の領域で取り上げる意義が大いにあるテーマだと確信し、小説の方向性が決まっていきました。

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真山さんの作品一覧(単行本)

善悪の答えは出さない、議論できる小説にする

山岡 『黙示』もそうですが、真山さんの小説に善悪の答えは提示されないですよね。

真山 善悪をつけてしまうのは簡単なことなので、あまりしたくありません。善悪をつけたほうが物語としてはわかりやすいし、スカっとするか、腹が立つかのどちらかですが、善悪の区別をしてしまった時点で、考えは止まってしまいます。そこで終わってしまうのは勿体無いなと思うのです。

小説をきっかけに、いろんな議論ができるといいなと思っています。ですから「農薬って本当に怖いだけのものなのか」という問題提起を立場の違う考え方を提示しながらやりたかったのです。

山岡 真山さんの小説は問題に対して色々な視点を提供してくれる気がします。

真山 小説ではいろんな立場の登場人物が出てきて、それぞれの立場を説明します。例えば登場人物の農家の描写を読んで、なるほど農産物ってこうやってできているんだとわかる。一方で、別の人物の視点で見ると違うように感じることがある。農薬開発者の立場になれば、その意見にもうなづける。

これが社会の現実です。でも多くの人は自分の視点しかないままで、飛び込んでくるニュースを追ってしまいがちです。そうではなく、小説の中で異なる立場の人々の生き方を見ていくなかで、「そうか、いろんな考えの人がいるんだな」と感じていただければと思っています。

食のこだわりや多様な価値観を認め合える社会へ

山岡 真山さんの考える食と農業の問題の本質はどこにあると思われますか?

真山 難しい質問ですね(笑)。誤解を恐れずに言えば、生き方の問題だと思います。『黙示』を書く過程で、農薬を使っている農家にも有機農家にも、農薬メーカーにも様々な立場の人に会い、取材しましたが、それぞれの意見に対して私は納得できました。

徹底して自然のものがよいと思うのであれば、そこにこだわるのもよいと思いますし、もちろん食材が安全なものであることは大切です。でも、ある程度安全が確保されているのであれば、そこから先は個人が何を選択するかですし、それは言い換えれば生き方の問題。そこに、あなたの生き方はダメだとか、目くじらを立て過ぎだとか、他人が口を出し合うのは非常に不毛なことだと思います。

そもそも、極論を言うと農業自体が不自然なものなのです。本来野生にあるものを人の口に合うように改良して、特定の土地に無理やりその作物だけを作っているわけですから。となると、結局のところ問題は程度の差であり、各人の生き方が反映されてくる気がします。

山岡 最後に、真山さんにとって食の安全や農業における理想の社会はどんなものでしょう?

真山 本当の意味で日本がもっと多様な社会であるべきだと思っています。真に多様性をもった社会になれば、それぞれのこだわりによって食生活も変わってくるはず。それを認め合える社会が望ましいと思います。

自分にとっての正しさを考えて、ぜひ実践してほしいですが、今は自分のやり方を相手に押し付け過ぎている気がします。そうすると多様性がなくなり、権力になってしまう。それは社会として不幸だと思います。食の安全を考えていくと、行き着くところは、お互いを認め合うことなのだろうと、最近強く思います。

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食の安全や農業の問題に限らず、さまざまな社会問題を読み解く基準値を自分の中にもつことが大事なのだと、真山さんは小説というツールを通して伝えてくれています。いろんな立場で問題を見つめられることこそが、小説がもっている大きな役割かもしれません。

気になる真山さんの次回作は「ハゲタカ」シリーズの最新作が秋に発刊予定で、リーマンショックとは何だったのかに迫る内容だそうです。社会の情勢や問題の捉え方を提示してくれる真山さんの小説から、今後も目が離せそうにありませんね。