The Disposable Film Festivalサイトより コンペにノミネートされた作品集
先日、友人のレコード店でおしゃべりしていると、サンフランシスコから来たという背の高い旅行者がふらりと現れました。
「映画祭が終わった後の休日なんだよ」「へえー、どんな映画祭をしているの?」。何気なくはじまった会話から、私は彼、Carlton Evans(以下、エヴァンスさん)が主催する映画祭「The Disposal Film Festival(以下、DFF)」のことを知り、思わず取材を申し込んでしまいました。
「DFF」は、デジカメ、スマートフォンや携帯電話のカメラ、ウェブカメラなどで作ったショートムービー“disposable film”の国際映画祭。映画作りを応援するとともに、映画館に人を呼び戻して映画カルチャーを盛り上げていくことを目的に、2007年からスタートしました。
アメリカ、ヨーロッパを中心に知名度を上げているこの映画祭は「アメリカで一番クールな映画祭」と呼ばれています。なんと、日本からの取材は今回が初めてとのこと。これを機会に、ぜひ日本でも「DFF」のことをもっと知ってもらいたいと思います。
「20ドルのカメラでもOK!」みんなで映画を作って映画祭を開こう
Carlton Evansさん(DFF Executive Director/Co-Founder)京都・HiFi Cafeにて
エヴァンスさんが初めて映画を作ったのは高校生のとき。友だちと一緒にSUPER8で8ミリフィルムを撮影していたそうです。大学では近代美術史を専攻。卒業後は教職に就いていましたが、10年前にテレビ番組制作会社に転職し、2005年には映画製作会社でプロデューサーとして仕事しはじめました。エヴァンスさんが「DFF」の構想を練りはじめたのはこの頃でした。
ショートフィルム1本の制作費が5万ドル(約500万円)もかかるから、映画はごく限られた人にしか制作できない。でも、同時にアメリカでは20ドルでデジタルビデオカメラが買えるようになり、しかも性能はどんどん良くなっていたんだ。そこで、「20ドルのカメラなら誰でも買える。みんなで映画を作ればいいじゃないか」と思いついて。
高校生の頃にエヴァンスさんが使っていたSUPER8は、当時としては安価とはいえ「誰でも買える」というほどではありませんでした。「もし、僕が今14、15歳でこんなに簡単にカメラを手に入れられるなら、人生はまったく違っていただろう」。そんな気持ちも手伝って、エヴァンスさんは友人と一緒に映画祭を企画しました。
2008年1月、第1回「DFF」にはエヴァンスさんたちの予想を超えて5カ国から60作品もの応募がありました。サンフランシスコの小さな映画館での上映には300人もの人が集まる成功を収めることができたのです。エヴァンスさんは「僕らはラッキーだった」と話します。
サンフランシスコは新しいアイデアをどんどん受け入れるオープンな街。みんなが口コミで広めてくれて、「DFF」はいろんな場所に招聘されるようになった。2年目には、スウェーデンで記者会見や全米と世界中の街での上映会も実現。スポンサーも観客もどんどん増えて、あっという間に成長していったんだ。
必要なのはアイデアと5ドルだけ! コンペで映画製作のチャンスも
The Disposable Film Festival 2013 Opening Night
「DFF」への応募に必要なのは、10分間の映像作品と5ドルの登録料だけ。今年3月の「DFF」には約2,000の作品が集まり、25作品がコンペにノミネートされました。
コンペの審査員を務めるのは、映画プロデューサーなど映画製作の現場で活躍する人たち。彼らが、ノミネート作品からグランプリ、2等賞、特別賞(Music Video, Experimental)各1作品、選外佳作に2作品を選び、観客が観客賞として1作品を選びます。グランプリ、2等賞に入賞した作品には、賞金とともに映像・音楽制作の技術的なサポートも与えられ、本格的な映画製作への道が開かれます。
DFF2013のグランプリ作品「MALARIA」by Edson Oda
また「DFF」は他の国際映画祭とも連携しており、ノミネート作品はインディペンデント映画を対象とするサンダンス映画祭などでも上映されるチャンスもあります。さらには、「DFF」は全米と世界の各都市で上映会を実施。作品の露出を増やすことで、応募者たちにチャンスを作り、また「自分も作ってみよう」と新たな応募者を呼び起こすことが目的です。
「DFF」は、上映会に合わせてワークショップやトークイベントなど、映画製作に関する教育的なイベントも開いています。たとえば、今年は「ウィークエンドワークショップ」をvimeoと共催。7グループが参加し、週末の40時間で6グループが1本の作品を作りあげてvimeoに投稿するという体験をしました。
「とにかく一本作りあげてvimeoに投稿すれば、いろんな人からリアクションをもらえる。そうすると、また作りたくなるからね」とエヴァンスさんは言います。
「映画をみんなで観る体験」も映画カルチャーを底上げする
Castro Theater, San Francisco (Some rights reserved by Allie Caulfield)
コンペに選ばれた作品は、1922年に建てられたサンフランシスコの歴史ある映画館「Castro Theater」の大きなスクリーンで上映されます。手のひらに収まるような小さなデジタル機器で作られた映像は、スクリーンで観ると「まったく違ったもの」に見えるに違いありません。
映画カルチャーが力を失っているというけれど、配給業者はお金を儲けている。大きなスタジオフィルムは人々を惹きつけるためにIMAXや3Dに莫大なお金を費やしていて、それをカバーするためにまたお金が動く。
一方で、インディペンデント映画には予算がつかなくなっていて、チャンスがなくなってきている。みんなにチャンスが与えられず、映画製作を経験できる人が減ってしまうとイノベーションがなくなってしまう。disposable filmの良さは監督もプロデューサーも予算もいらないこと。誰かのアイデアさえあればいいんだよ。
また、「DFF」は映画祭をきっかけに「映画体験の良さ」を伝えることも重要視しています。
私が住む京都は「映画の街」「日本映画発祥の地」と言われながらも、この20年ほどの間に10館以上の映画館が街から消えました。新しくできたのは、シネコン2館とミニシアター1館のみ。映画館へ足を運ぶ人の数はどんどん減っています。これは、京都に限ったことではありません。映画館は世界中でひっそりと消え続けているのです。
大きなスクリーンとフルサウンドシステムを完備した映画館で、他の人たちと一緒に映画を観るのはまったく違った体験だよ。「DFF」では、お金をかけずにシンプルな機材で映画を作ることだけではなくて、かつてと同じように映画館で映画を観ることで、映画体験を“共有体験”へと回帰させることも大切に考えているんだよ。他の人と一緒に映画を観るのは、ものすごく感動的な体験だから。
デジタル機器の普及は、手もとのモニターで映像を観る人を増やし、もしかすると映画館から足を遠のかせる一因にもなっていたかもしれません。しかし、「DFF」はデジタル機器を「映画を作る」機材として見いだしました。そして、作品を小さなモニターから映画館へと連れ出すことで、映画カルチャーにもう一度息を吹き込もうとしているのです。
今や「disposal filmはメインストリーム」 日本からの作品にも期待!
Disposal Film Festival 2013 Opening Night サンフランシスコ・カストロ劇場にて
昨年、映像の一部を2ドルのiPhoneアプリで制作したドキュメンタリー「シュガーマン」がアカデミー賞を受賞して話題になりました。「DFF」が伝えてきた「シンプルな機材で映画を撮る」という手法は、もはや映画製作の一般的な手法として取り入れられつつあるのです。
僕らが7年前に「DFF」を始めたときと、映像機器をめぐる状況は激的に変化している。かつては「携帯カメラで映画を撮る」なんて考えられないことだったけれど、今ではiPhoneで映画を撮ることがメインストリームになってきているんだ。それは、僕たちにとってすごく興味深いことだよ。
このような状況の変化は、「disposable film」を撮る面白さに気づく人を増やしていくに違いありません。来年度以降の「DFF」はさらなる盛り上がりを見せることが予想されます。
今までのところ、日本からの作品応募はまだまだ少ないそうです。日本人は、「小さな作品をキッチリ作りあげる」ことが得意だと思いますし、「DFF」を知れば応募したい人も少なくないと思います。
日本人は何でもカンペキに作りあげるよね。たとえば、昨日のレコードショップ「100000t」は品ぞろえも盤質もすごく良かった。この「HiFi Cafe」のコーヒーの味だってビックリするほどパーフェクトだよ。ドキュメンタリー映画「二郎は鮨の夢を見る」を観たけれど、あの鮨職人のような人はアメリカにはめったにいないと思う。みんな、自分の仕事に高いプライドを持っているんだ。もっと、日本からの作品が増えてほしいし、日本での上映会もできたらいいな。
「映画を作る」というと「ものすごく大変そう」に思いますが、iPhoneでも映画が作れるなら「自分にも作れるかも?」とワクワクしてきませんか。しかも「DFF」に応募すれば、世界中の人と一緒に自分の作品を映画館で観られるかもしれません。
もし、映画にしてみたい人や風景を見つけたら、思いきって映画の世界へ続く扉を開けてみませんか? 来年3月の「DFF」に向けてすでに作品募集は始まっています!