今年6月にリオで行われた地球サミットへ日本からの「声」である「JAPAN VOICES」を電子書籍という形で届けた中村祐介さん。本業はコンサルティングやマーケティングで、電子書籍の制作は個人としてはプロボノで、会社としてはCSVとして取り組んだといいます。プロボノとは、各分野の専門家が、職業上持っている知識・スキルや経験を活かして社会貢献するボランティア活動全般を指します。
前編では、地球を「自分ごと」にすることなどについて聞きましたが、後編では、社長として忙しい日々の中でどうやってプロボノの時間を捻出するのか、そしてCSVとは?プロボノ、CSVの意味、それを通じて成し遂げようとしていること、そしてこれからの計画まで聞いて来ました。
「やりたいこと」と「できること」
石村 次はプロボノというテーマでお話を伺いたいと思います。中村さんは今回プロボノ的な関わり方をしたと思いますが、その上でこだわったことは何かありますか?
中村さん(以下、敬称略) 今回こだわったのは、関わる人は商業界にいる人にするということです。いまプロボノで僕が感じるのはできない人が時間を持て余してプロボノになるっていうのが多すぎること。人の心を動かすには、ある程度、質の高いものを提供しないと駄目だと思っていて。ボランティアだから格好悪くてもいいっていう発想はいい構造じゃないと思うんです。
そういう意味で、僕が考えているのはプロボノよりはCSVに近いかもしれません。CSVは米ハーバード大学教授のマイケル・ポーター氏が提唱した「Creating Shared Value」の略で、企業と社会の新しい関係のあり方を示すものです。これは社会課題の解決と企業の利益、競争力向上を両立させ、社会と企業の両方に価値を生み出す取り組みをコンセプト化したものです。社会課題を解決する製品・サービスの提供をしたり、バリューチェーンの競争力強化と社会への貢献の両立をしたり、事業展開地域での競争基盤強化と地域への貢献の両立を目指したりするものです。
特にアジアはギフト的な発想に弱いのでいかに格好良くしていくかっていうのも大事なことだと思っていて、そのためにはプロ意識のある人たちがプロボノとしてやるっていうことをちゃんとやる必要がある。だから僕は無理やり「この人とやりたい」っていう人をプロボノやCSV的な世界に引きずり込んで自分の思うものを作ろうと思ったんです。結果的に彼らにとってもメリットがあるように仕組みを作ることは言うまでもありません。
デジタルガレージで発表したりすると「なにかやらしてください」っていう人が来るんですけど、そういう人はビジョンがないので、「何かやらしてください」っていうのを割り振るのがどれだけ負担になるかを理解してなくて、自分が労働力を提供することはいいことだと単純に思ってるんです。だからそういう人には「何をしたいかを言って欲しい」って連絡をするんですね。そうすると返事が帰ってこない人も多い。多分思いつかないんでしょうね。だったら思いつかないけどやりたい!って素直に言ってくれたら、僕もがんばるのですが……つながりは大切ですからね。
あと、プロボノって言っても急に寄せ集めた人達だと上手くやるのは難しくて、つながりのある人をどう巻き込むかってことだと思うんですよ。僕もテトラさんに3年前に「本作って」って言われてたら躊躇したかもしれません。でも3年間の関係性の中で信頼関係も生まれたし、それ以外にも「この人は無茶ぶりをする人だけど、間違ったことは言わない」っていうのをわかってきたから受けたんです。
石村 やりたいようにできるからやってみようと思ったということですか?
中村 やりたいようにと言うよりはやりたいことをでしょうか。僕は「やりたいこと」と「できること」というのを常に考えることが大事だと思っていて、できることの外にあるやりたいことをやることで、個人の力というのは高まっていくと思っています。
仕事でもいつも「僕はこれがやりたいですが、やるにあたってできるのはこれだけなんですけどやらせてください」と言います。そうやって仕事を受けてそれを成し遂げると、自分ができることがひとつ増える。そレを繰り返すことでスキルを身につけていくわけですが、そのためにはまずは「やりたいこと」と「できること」を分けて考えることが大事なんだと思うんです。
価値観を変える橋渡しをしたい
石村 では、中村さんの「やりたいこと」ってなんなんですか?
中村 最近一番思うのは、社会のためにいいことと、自分が楽しいこと以外はしないようにしようということです。
編集者だったので日常の中でも色々と気になることがあって、例えば「このメニューなんでこんなに見づらいんだ」とか「この店なんでこんな動線が悪いんだ」とか、「なんでこんな選挙プランなんだ」とか小さなお店から企業経営、政治まで気になることがたくさんある。それを解決するというのをビジネスの世界に持ってきたのがエヌプラスでやってきたことなんですが、それを社会的なことでも出来るってことがここ3年ぐらいでわかってきたんです。
社会的な活動をやっている人達の場合、一番困ってるのはお金を生み出すことで、できない理由がみんなお金になっちゃうんですね。それを解決すること、つまりお金の問題をなんとかするにはどうしたら良いか一緒に考えることが、いま自分にとって楽しいことなんです。
「READYFOR?」でもわかる通り、社会起業で立ち上げの時の出資というのは意外と集まるんですが、そこから次のステップでもっと大きな額が必要になった時に出してくれる人がいないというケースが多いんです。でも、やりたいという気持ちがあって、価値もあって、市場にもインパクトがあることなら、それを理解する投資家がいればそのお金は出てくるはずなんですよ。
でも、両者の間にコミュニケーションの溝というか、関係性の溝というかがあって、つながりが希薄なことが多い。社会起業家は社会起業家で俺たちは頑張ってるんだからいつかは見てもらえるみたいに考えてるんですけど、そんな考えでは投資家は見てなんてくれません。この両者のコミュニケーションを円滑化することができれば僕はすごく楽しいし、それで世の中が編集しなおせたら面白いじゃないですか。
僕は価値を変えることとか生むことが楽しいんですね。見えないものに価値を置いてあげる事でワッと何かが変わるみたいな。これは仕事の話ですが、最近、野村不動産が元住吉に大きなマンションを作って、それをFacebookを利用して売るっていうプロジェクトを提案したんです。元住吉のFacebookページを商店街の人達も一緒に作ったんです。マンション買ってくださいとかはほとんど書いていない商店街の情報を書いたようなページを。そうしたら、Facebookを見て買ったという人が14人いたんですけど、それはもう不動産業界では尋常じゃない事件なんですよ。雑誌なんかの取材が来るくらいに。それからそういう相談がたくさん来るようになって、それでやりたいことがなんとなく見えてきたんです。自分が橋渡しをすることで価値観を変えるようなことですね。
やりたいことを生業にするには
中村 そういうつながりを作るときには、隠せば隠すほど損するんだっていうことも感じていて、全方位型に裸でやるほうがつながっていくんだろうと思ってます。これからの時代お金だけが物を言わなくなってくるので、信頼関係とか共感といったものを持つことが大事だし、それを意識すると裸にならざるをえない。優秀な人にはそういう人が増えてきているので、そんな人たちをつなぐ媒介役になることに意味を感じています。
石村 そういう人材は今必要とされていると思います。特に社会起業家はお金を出してくれる会社とつないでくれる人がいないとだめになってしまいますよね。
中村 確かに相談を受ける内容は、自分たちの活動には自信はあるんだけど、どうやって広げていくかとかマネタイズしていくのかとか事業化していくかっていうものが多いですね。最低限食べていくためには志にあった「事業」を作る必要がありますよね。それがなければ、志は途絶えてしまう。
石村 でも、それって完全にケース・バイ・ケースじゃないですか。「こうすればいい」って一般論が通用しない。だからそういうことが出来る人を育てないとダメじゃないかと思うんですが。
中村 そうですね、確かに。いいことをしているから認めてもらえる時代ではもうないと思うんです。いいことって多かれ少なかれみんなしていて、そういう世の中でいいことをしてるってだけでメディアとかに取り上げられるかっていうとそうはいかない。これは僕も記者職をしていたのでよくわかるのです。
でも、例えば僕と交流の多い日本の若手スタートアップ(起業家)の人たちっていうのは社会起業家的なノリを持っていて「こんな面白いこと思いついた。これってみんなに役に立ってみんな楽しいんじゃないの」という発想でサービスや製品を作っている。そもそも起業は社会でも一般でも、結局は「世の中のために役に立つ」ところからスタートします。そういう意味では若手スタートアップの人たちは「事業化」目線が強く、社会起業家の人たちは「世の中」目線が強いだけで双方の思いはあまり変わらない気もします。そう考えると若手スタートアップの人たちが事業化を考え、社会起業家がコンセプトを考えるという融合事業も生まれてくるかもしれません。
石村 そういった可能性はあるのでしょうか?
中村 100に1つくらいかな。難しいとは思いますが、その面白いことをみんなが楽しめることにすれば成り立つと思います。自分だけが楽しいだけだと悪い意味でのアートになっちゃうので、そのフィルターは重要です。自分が楽しいことでビジネスをするには、楽しいことをどうしたら事業化できるかというフィルターを常に考えてなきゃいけない。社会起業家向けのセミナーなどをすると、参加者はそこが一番聞きたかったところだと言われますね。問題意識はある。やりたいことを生業にすることの大変さというか。そこはみんな悩むんでしょうね。
石村 それをスムーズにやるためにはどうしたらいいんでしょう?
中村 仕組みを変えることでしょうね。仕組みをちゃんと変えなかったら何をやっても難しい。でも、仕組みを考えることは実は面倒だし大変で、やりたいこととか役に立つことを思いついてそれをやるのは楽です。でもそれだけやっても世の中は決してよくはならないと思うんです。
だから仕組みを変えることが必要だし、できたら面白いと思んです。そういう事をやっている人は結構いると思うんですが、その人達が「自分たちはこうである」といえる言葉がないので何をやっているのかを表現するのが難しいんですね。
他方でビル・ゲイツみたいに企業経営者出身の人たちの中で社会貢献とか社会起業をし始めている人もいるので、そういう人達の動きがモデルになってもっと他の人達が動くと、全体も変わっていくと思うんですが。
石村 プロボノはその変化のきっかけになると思うんですがどうでしょう。みんな不平不満を言いながら仕事をしていてもお金を儲けることが出来るだけの技術は身についているんだからそれを使えばいいと。
中村 この「JAPAN VOICES」も普通の会社の方にお見せすると、なかには「で、これいくら貰えるの」みたいに言う人もいらっしゃいますが、そういう人達が変わってくる仕組があるといいなとは思います。プロボノはたしかにそのきっかけになると思いますが、そういう転換の考え方がそんなに普及してないと思うんですよ。
それはなぜかというと、まず「プロボノ」や「CSV」ってわかりにくいんだと思うんですよね名前が。日本にはもともとおばあちゃんが荷物持てないから持ってあげるみたいな助け合いの精神があって、もしくは米をあげて魚をもらうような助け合いもあったり。それが要するにプロボノやCSV的な要素を含んでいるわけなのに。
イギリスなどは階級社会なので、そういう言葉を使わないと階級の枠を超えられなかったけれど、日本では逆にプロボノやCSVっていう言葉が腹に落ちないから、能動的に動くことを難しくしちゃっているところがあると思います。僕なんかは「JAPAN VOICES」もプロボノというより、自分たちが楽しいことをしているという感覚でやっています。
中村さんにとっての「プロボノ」
石村 仕事をしながら「プロボノ」をやろうと思うと負担になりますか?
中村 「プロボノ」をやりたい、と思うのではなく、仕事以外でやりたいことがあれば、それをプロボノとしてやればいいと思います。実際にやってみるといったん職業という箱から出ることで自分の仕事も見え方が変わってくるので、旅と同じで経験値として仕事に戻ってくると思います。だから、むしろ最初から自分を成長させるためにプロボノやるっていうのでいいと思うんです。誰かの為にやるっていう大義名分を自分に思い込ませてやるほうが負担になるし、それならプロボノなんかやらないほうがいいです。
石村 でも大変ですよね、忙しいのに。
中村 大変なんですけど、辛くはないんですよ。普通じゃないかもしれないですけど、僕は仕事が楽しくてしようがないんです。仕事を嫌だと思ったことは会社をやめてからありません。自分で仕事をしてる中でもこういう新しいことを出来る機会があったらプラスに成ることを自分で見つけるようにしていて、見つければ意味があるじゃないですか。意味があれば僕には楽しいことなので、プロボノについてもそうやって自分の中で調整してるんだと思います。
それにめちゃくちゃ大変で不可能だと思うことをやると人間って壁を超えられるので、それまで10でやってたことが8で出来るようになって、余剰が2できてそれで新しいことが出来るようになる。アテネオリンピックの時の体験でそれを知ってるからかもしれません。
石村 じゃあ今後もいろいろと新しいことに挑戦していくわけですね。具体的にはどんなことをやろうと考えてますか?
中村 日本で社会起業家と上場を目指して投資する会社って多分ないので、そういう会社を作ろうと思っています。で、マネーの虎みたいに提案をさせてそれにいくら出すみたいなイベントをやろうという話もしています。
僕はカッコいい会社が「いいことしてるのに金儲けしてる」っていうふうにしたいんですよ。そうすると若い人達が憧れて、どんどんいい循環になるんじゃかなって。今僕の力でできるのは各個撃破しかないですが、それをやっていくうちに気づいてくれる人が増えるんじゃないかと。それで同じ事をやってくれる人が増えることでこれも良い循環が生まれると思うんです。そのためにやりたいこと、自分が楽しいことをやっていくだけですね。
「プロボノは自分のためにやるものだ」という確固たる意見を持ち、壁を超えることで成長し続けることを志向する中村さん。プロボノからはお金以上に貴重なさまざまなものを得られるんだということを実感としてわかっているんだと感じさせられました。そして「プロボノ」という言葉に替わるもっといい呼び方はないかという課題もいただきました。それは、今後プロボノをするいろいろな人と話をする中で考えていくことにして、まずは自分の「やりたいこと」と「できること」をじっくり考えたいと思います。
greenz.jpとしてもみなさんの「やりたいこと」を応援していきますので、中村さんと構想している企画が実現した暁には「こんなことをやりたいんです!」という熱い思いを寄せてくださいね。
Yusuke Nakamura
出版社の編集記者を経て独立、2005年にデジタルマーケティングの株式会社エヌプラスを設立。事業開発やマーケティングのコンサルティングやプランニング、実施に携わる。現在は自然資本と企業経営についても講演活動する。リオ+20では、NGO「地球サミット2012ジャパン」の一員として電子書籍「Japan Voices」を発表した。著書に『コミュニケーションHACKS!』や『ユーマネー-Free<タダ>でお金と自分を成長させる方法』など。
Twitter: @nkmr
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中村さんの地球サミットに関する記事は以下で読むことができます。