10年に一度、世界のリーダーが集まり、地球の未来について話し合う「地球サミット」。今年の6月、「地球サミット2012(通称リオ+20)」がブラジルのリオ・デ・ジャネイロで行われました。国連は市民の声を届けるよう各国に要請しており、日本でも「JAPAN VOICES」という形でみなさんの「声」を募集していたことはgreenz.jpでもお伝えしました。
今回は、その「JAPAN VOICES」の電子書籍版(iPadアプリ)を作り、それをリオへ届けに行ったという中村祐介さんに、地球サミットのこと、プロボノのことをたっぷりと聞いて来ました。前半は電子書籍を作る上での苦労話や、そこで得たもの、そしてそこから見えてくるこれからの社会の形まで中村さんの「自分ごと」としての地球サミットについての話をお届けします。
石村 まずはどうして、JAPAN VOICESの電子書籍を作ることになったのか、そのあたりから教えて下さい。
中村さん(以下、敬称略) まず、現在に至るまでを簡単に紹介すると、僕は大手出版社で記者や編集の仕事をしてその後、独立しました。独立後はウェブ制作やコンサルティング、マーケティングを中心に事業を展開してきました。
3年くらい前にある方から放送作家の谷崎テトラさんとワールドシフトの活動を紹介されたのがきっかけで、ワールドシフトネットワークジャパンの仕事に携わるようになりました。特にマネタイズなど実務レベルの部分が弱いので手伝って欲しいということで、ウェブを作ったり、広報窓口を担当するようになりました。元々は自分とは距離感のあるような人達だったのですが、自分のスキルが活かせるところもあるし、関わることでいただけるものもあると感じていたので関わり続けてきました。
それで、今年の1月くらいに谷崎テトラさんから電話があって突然「地球サミットの本を作って欲しい」と。要は巻き込まれたわけですけど、巻き込まれたからには自分でやりたいことをやりたいと思ったんですね。そこで、どうせ作るなら電子書籍のほうが面白いからと電子書籍を作ることにして、さらにリオに行く前にThink The Earthの地球リポートとナショナル ジオグラフィック日本版でも原稿を書く約束を取り付けて、現地でも常にみんなと一緒というよりは個人で動いていました。電子書籍についても編集を任せてもらいました。
石村 具体的にはどのように進めていったんですか?
中村 本をつくるにはお金がいるわけですが、予算がたくさんあるわけではなかったので、まずは協力者を探すことにしました。最初にやったのはEPUBという電子書籍のフォーマットを使ってプロトタイプ版を作成し、デジタルガレージのイベントで発表させてもらうことでした。
まず名の知れたところで発表することで、知名度と信用を得たいなと。しかし、それをやったからといってお金をいただけるわけではないので、今度はこちらに協力することにメリットがある人たちに声をかけていきました。アドビシステムズの「デジタル・パブリッシング・スイート」という電子書籍の発行システムを開発している担当者に会いに行ったんです。
僕は仕事をするときには必ず相手のメリットを考えて話を持っていきます。近江商人の三方良し(売り手よし、買い手よし、世間よし)じゃないですけど、みんなにメリットがないと人は動かない、これはビジネスの世界でもボランタリーの世界でも同じだと思っているので、アドビシステムズの方にも何が足りないかを聞きました。
そうしたら、まずは「当社が電子書籍のプラットフォームを作っているということを日本ではまだまだ知られてない」という知名度の問題、そしてもう一つ「宣伝や営業で使える素材がない」という問題が出てきました。素材の問題というのは例えば、アドビのイラストレーターを使って素晴らしい絵が出来たとしても、すごいのはアドビじゃなくてそれを描いた人です。
でもアドビシステムズはその人がイラストレーターを使っているということを宣伝に使えます。その「誰か」がデジタル・パブリッシング・スイートにはまだ少ないのが問題だったわけです。であれば営利目的ではない私たちならそこに貢献できるんじゃないかという話をしました。そこからどのようにすれば両者にとってメリットがあるか詳細をつめていきました。
石村 すごいですね。非営利の活動をやってる人にはかなり参考になるんじゃないでしょうか。
中村 非営利のほとんどの活動は、補助金とか助成金だけじゃ成り立たないですよね。そうすると多くの人がポケットマネーでやろうとしちゃうんですよ。最近では、「READYFOR?」などでお金を集める人が日本でも増えてきて、それはとても喜ばしいことだと思っています。でも、まだ自分たちの活動を他者に伝えるのが苦手な人も多い。そういう人たちは、自分のお金でなんとかしようとする。自分が身銭を削っているんだと思った瞬間に、その人は不幸になってしまいます。
そんな自分たちが幸せになれない人たちが人を幸せにするのはとても難しいことだと僕は思うんです。もしそれですごくいいものが出来たとしても、「自分がお金を出してるのに」という負のオーラががブワッと出てしまった時に、人が寄りつかなくなってしまうんですよ。
だから、そうならない方法を考えなきゃいけないと思いました。本を作るのに一番お金がかかるのはコンテンツの部分ですが、それを削ることはできないので、今回は配布する部分を誰かに協力してもらえないかとアドビシステムズに声をかけたわけです。お金がないとみんなそれをどこかから取ってくることをまず考えてしまうと思うんですけど、お金をくれなくても必要な物を提供してくれる人や会社を探せば今あるお金を必要なところに使えるわけです。
石村 どうやってそんなスキルというか発想を得たんですか?
中村 最初にそれを経験したのは、記者を辞めてしばらくフリーでやっていた時期に、ビジネス系の出版社からアテネオリンピックの本を作るって話がその年の5月にあったんです。でも予算は10万くらいしかないと言われました。自分で動いて何とかアテネに行かなきゃいけない事態になったんです。
それでまず、ギリシャ政府観光協会に取材許可証を取りに行きましたが、申請書は英語で出せと言われてしまって。僕は英語が得意じゃないんで、会社のイントラネットで「英語が堪能な方募集、お礼はランチで」って募集したら出来る人には簡単なことなので、何人か来てくれて、ランチ代だけで英語の申請書を作れたんです。
申請の時期についても、観光協会からは「なんでこんな直前に」みたいに言われたんですけど、当時40代とか50代の人にギリシャのイメージが悪かったことを交渉材料にしたんです。それは彼らが20代くらいの頃、日本人の女性旅行者が誘拐されたりした事件があったせいなんですが、それで想定読者層であるそういう世代の人達の誤解を払拭する機会にもなるんじゃないですかって話したのが向こうにも刺さったみたいで許可証も間に合ったんです。観光協会はイメージをよくしたいですからね。
「JAPAN VOICES」の表紙
中村 次は飛行機です。なんとかタダで行けないかなとまた考えました。その頃はちょうどエコノミークラス症候群が話題になっていたんですけど、有楽町にブリティッシュエアウェイズ(BA)のフルフラットシートのショールームっていうのがあったんです。それでここはプロモーションに力を入れていると感じ、周囲の人脈をたどって関係者にお会いし、その方に「オリンピックという事柄をスポーツ雑誌じゃなくてビジネス誌がやろうとしている」っていう志を伝えたらオッケーが出たんですよ。BAにも、ビジネス誌の読者層にフルフラットシートの良さをPRする良いチャンスだと思っていただいたことも勝因ですね。
最後はカメラマンです。カメラマンの予算もないので、安くやってくれる人を探してたら、ネコを撮りたいっていうカメラマンがいたんですね。なんでもネコを撮るカメラマンにとってはギリシャのミコノス島はすばらしい場所だそうで、だからそのカメラマンに「お金はあげられないけど、撮った写真を売り込むし、猫の写真を撮るのに協力する」と言って、話をまとめることができました。
この経験で、誰かにメリットがあるものさえ見つけられれば協力してくれる人はいるということを知りました。そのためにはお願いしたいと思う人が何をしたら喜んでくれるかっていうことを考えなきゃいけません。それを考えた上で「一緒に何かやろう」っていうとみんな動いてくれる。それを今回のJAPAN VOICESでもやってみたんです。大事なのは腹の探り合いじゃなくてメリットを言い合えるような場を作ることで、僕は率直にアドビさんのブランドと技術が欲しいって言うので、相手からも「じゃあこういうことをしてもらえないか」という風になるわけです。
石村 お金を儲けようと言うよりは、お金を使わずに何とかしようっていう発想ですよねそれって。
中村 お金を儲けようと思って動く時ってお金はもうからないんですよ。お金がほしいと思って動く人にお金は来ない。時間をお金で買うっていうのもすごくお金を稼げない人の言い方で、なんにもないものからお金を作ろうという人のほうがお金を稼げると思うんです。
例えば「JAPAN VOICES」ってお金になるとは思えないじゃないですか、まあ実際それ自体でお金にはならないんですけど、それをこういうふうにしたら面白いとか評価されるとか、そういう成功のための絵を描くことを楽しめれば、これをやることによって得られる人のつながりだとか経験が先々の収益化につながると思うんですよね。
それにお金を稼げないってことは「いいこと」でもあると思うので、お願いしづらい人にもお願いできたり、なんか物くださいっていったら簡単にもらえるんですよ。企業にとって「もの」っていうのは在庫なわけでいずれ棚卸しないと負債になってしまう。だからタイミングさえあえば出してくれるんです。
交換経済みたいな次の経済の生き方を考えてたとしても、いきなりジャンプするんじゃなくて、こういう旧来の経済の構造を理解しておいたほうが得だと思います。
石村 今回のJAPAN VOICEもいろいろな人にスキルを提供してできたものという意味では、そのまだ出来上がっていない新し社会のプロトタイプみたいなことが言えるってことでしょうか?
中村 そうかもしれないですね。
Japan Voicesをリオに届けた際の様子と反応
石村 それで実際に地球サミットに行ってなにか見えましたか?
中村 見えました!もう日本はまずいと思いました。それが痛いくらいに感じられるんです。まず能動的なアクションもしてないし、英語でのネゴシエーションに参加できない人も多い。相手の意見を上手く取り込みながら、主張を自然と受け止めさせる努力っていうのを他の国はみんなしてるんですよ。あと、成果文書を作るのでも、これを入れてもらう代わりに難色を示している相手の提案を飲むみたいな交渉もやってるんですよ。でも日本の場合言えないんです。日本にはそのバランス感覚や即興力がないんですね。
日本ってあまりにもルールがしっかりできているせいでルールがなくなると動けなくなってしまうところがあるし、そういう教育を受けてきてないから、議論もできないし交渉力も弱いです。それに問題意識を持ってくる人があまりに少ない。チベットのお坊さんなんかは英語でペラペラ喋りながらノートパソコンで交渉しているわけですよ。日本にはそういう人がいないんです。
あと、原発の話をすると、「津波は大変だったけど原発はあなた達が選んだことでしょ」って言われちゃうんですよ。日本にいると「僕は反対してるから」って言えるけど、外では通用しない。それが世界の受け止め方なんです。それがすごく印象的で、それまで僕はドメスティックな人間だったんですけど、このままじゃ日本がすごい格好悪い国になってしまうと思って、それは僕としては面白く無いので自分でできることの中でやれることってなんだろうって海外にも目を向けるようになった。そういう意識をもらえたのはお金以上の体験でしたね。それが要するに日本とか地球というものが自分ごとになった体験です。
ビジネスの経験を生かして「JAPAN VOICES」の電子書籍を作り、それを持っていったリオで日本や地球を「自分ごと」として発見したという中村さん。そのやろうとすることに対する心構えや取り組み方には本当に学ぶべきものがたくさんあります。後半では「ヤバイ!」という日本を変えるために何が必要なのか、プロボノという切り口から聞いていきます。
Yusuke Nakamura
出版社の編集記者を経て独立、2005年にデジタルマーケティングの株式会社エヌプラスを設立。事業開発やマーケティングのコンサルティングやプランニング、実施に携わる。現在は自然資本と企業経営についても講演活動する。リオ+20では、NGO「地球サミット2012ジャパン」の一員として電子書籍「Japan Voices」を発表した。著書に『コミュニケーションHACKS!』や『ユーマネー-Free<タダ>でお金と自分を成長させる方法』など。
Twitter: @nkmr
Facebook: yusuke.nakamura.nplus
Blog: 中村祐介のユーマネーダイアリー
Company: 株式会社エヌプラス
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