今、日本の各地で地域再生の動きが盛んです。観光誘致のイベントやインターンの受け入れなどさまざまですが、熱海に、観光客よりも地元の住人が一番楽しめる町づくりをしようと取り組んできたNPOがあります。
「世界を旅したなかで印象に残っているのは、地元の人たちが楽しそうで、その暮らしぶりが見える町だったんです。」
そう語るのは、NPO「atamista」代表の市来広一郎さん。町づくりでもっとも難しいとされるのは、どれだけ地元の人たちの気持ちを動かして巻き込んでいけるか。今ほど地域活性が広まる5年前からこの課題に挑戦し、少しずつ住人の理解と協力を得てきました。
そんな市来さんの話には、町づくりのヒントになるエッセンスがたくさん込められています。その軌跡を一緒にたどってみませんか。
知られざる熱海の魅力
熱海といえば、東京からも近く、海と温泉のあるリゾート地。かつては大型ホテルが並ぶ近代的な歓楽街でした。今はその名残からか、ひと昔前に栄えた寂れた街、といった古びたイメージが漂います。
ところが市来さんの案内で駅から離れた旧市街の方まで足を踏み入れると、想像していた熱海とはまた違った顔が見えてきました。レトロでモダンなカフェ、和洋館のような雰囲気のある和菓子屋さん、趣のある日本屋敷など、かつて一流の文化人の集う場だったことを思わせるスポットが町のあちこちに残っています。
熱海は今も日本で一番芸者さんの多い街なんです。一歩奥に入ると今も古い家が軒を連ねる場所があったり、今80~90歳になるオーナーがかつて作った店は、今僕たちが見ても本当にカッコいい場所が多いんですよね。今ではそんな風景が日常になっています。
熱海をどんな町にしたいか
生まれ育った熱海が活気を失ってゆく様子を見てきた市来さんは、高校生の頃から、熱海を何とかしたいと周りに語っていたのだとか。
学生時代に30ヵ国近くをバックパックで周った時に、熱海もこんな町になったら、というイメージがわきました。
印象的だったのは、クロアチアのドブロブニクという町です。世界遺産の観光地ですが、海岸沿いに町が広がっていて人口が4万人と熱海に近い。負けているところも沢山あるのだけど、目指すイメージがそこにある気がしました。
旧市街は狭い路地や階段だらけで、地元のおばさんたちが階段に座って楽しそうに話しているんです。観光客の僕なんかにも話しかけてきたりして。暮らしている人たちの生活が見えたんです。こんな風に、地元の人たちが楽しそうで、自分にとっても居心地のいい場所をつくりたいと思いました。
atamistaの辿ってきた地域再生のステップ
東京で3年半コンサルタントの仕事をした後に、熱海に戻ったのは28歳の時。何も持っていなかったけれど「覚悟だけはあった」と言う市来さん。町の何が課題で、どんな人が居るのか、など現場のリアルな状況を何ひとつ知らないゼロからのスタートでした。
そこから、踏んだのは次のようなステップ。結果的なこともありますが、一つ一つ、踏むべき道を進んできた印象です。
NPO atamista(任意団体)設立
ウェブマガジンの取材を通して街の人たちを知る。
勉強会を実施
【まずは小さく実践】
取材で知り合った農家と「チーム里庭」を開始(移住者、別荘住人向けの体験農業)
【市や町を巻き込んで大きな実践】
市の観光協会や商店、住人を巻き込んだ市のイベント「オンたま」を開始
【事業化】
NPO法人格の取得
町の問題を調査・分析(空き不動産の問題などが明確に)
空き不動産の斡旋事業
モデルケースとして、一軒を改築してカフェをオープン(予定)
不動産オーナー向けのエリアイノベーション事業を開始
まずとにかく現場を知らなければと行ったのは、町の人たちへの「取材」でした。知人が立ち上げようとしていた「アタミナビ」というウェブマガジンの場を借りて、面白い人がいると聞けば取材に行き、お店の人や農家、市議会議員や子育てママなど熱海のあらゆる人々を取材して周りました。
そうこうするうちに見えてきたのが、地元農家の耕作放棄地の問題です。これをきっかけに熱海の移住者や別荘住人向けの農業体験の活動を始めます。これは今も「チーム里庭」として続いている活動。この時に、市来さんは地元の人と行動を起こすことを学びます。
僕ら若手3人と地元の農家3名に協力していただき6人で始めました。やってみると、参加した方々が本当に喜んでくれるんですよね。何にもないと思っていた南熱海にもこんなにいいところがあったんだって。
それに、何より農家の人たちが元気になったりやる気が出て、人が来るならと荒れていた農地が突然綺麗に手入れされたりして。やっぱりそんな風に地元の人たちに活気が出るようなことをしていくことが大事だなと確信しました。
商店街を巻き込んで広がったイベント「オンたま」
その後、さらに多くの人たちを巻き込むことになっていくのが、イベント「オンたま」です。「オンたま」とは「熱海温泉玉手箱」の愛称で、毎年秋に行われる市が主催のイベント。大分県別府市の「オンパク」をモデルに市来さんたちの提案で始まった取り組みで、地元の人たちがホスト役となって、熱海の魅力を伝えるあらゆるジャンルのツアーを行うというもの。
初年度はわずか14だったプログラムが、昨年の2011年に行われた5回目には、64団体と個人の協力で73プログラムが行われる大イベントに成長しました。ところが、初めての年は協力店を募るところから、とても苦労したのだとか。
お店の人たちにとっては直接大きな売上につながる話ではないので、それが一体何になるの?というリアクションでした。僕自身も初めてのことでしたし、今より信頼や提案力がなかったのだと思います。でもどれくらい商店街の人たちを巻き込めるかが肝心だったんです。
この時学んだのは、ただ判断を仰いでいてはコトが前に進まないということ。形にして見せて、うん、あとは任せたと言ってもらう。そんな流れで進められる形をつくってしまうんです。実際に一度やってみたら、それまで一度も笑顔を見せてくれなかった店のおやじさんが、とても楽しかったと、僕に手を振って挨拶してくれるようになったんです。
初めは協力的でない店も、ツアーの過程でちょっと立ち寄るような小さな関わりをつくっておくと、「来年は私たちが珈琲の入れ方教えましょう」という話になり、少しずつ参加者、協力者が増えていきました。
面白いのは、この参加者の約5割が観光客ではなく地元の住人だということ。
熱海にはもともと別荘の住人や移住者が多いんです。そういう人たちは、地元に居る人たちと接する機会が少ないんですよね。それが、ああこんな面白い場所もあるんだとか、面白い人がいるってことがわかると、熱海に住んでいることが楽しくなります。住んでいる人たちが楽しそうじゃないと、旅で訪れた人たちにも魅力的に見えないですよね。
エリアの価値を高めるために、不動産の事業へ
「オンたま」の成功で、少しずつ地元の信頼を得ていったatamistaが次に力を入れたのは本格的な事業化です。2010年にNPOを法人化し、不動産に関連した事業に取り組みます。
そのひとつは、空き不動産の貸し出し斡旋事業。熱海は空き家率が23%と全国の13%と比較しても高く、その割に家賃が高いという課題があります。こうした物件を借り上げて、リノベーションしてシェアハウスのような形で貸し出し、その利益を得るもの。
まずは手始めとして、自らが空き店舗をリノベーションしてカフェをつくる試みを行っています。海外の町には、パブやバルなど、家と職場以外に地元の人たちが気軽につどえる第三の場所が充実していることを考えた市来さん。
この7月上旬にオープン予定の「CAFE RoCA」がそんな、息抜きのできる場になったらと考えています。「CAFE RoCA」は、空き家再利用のモデルとしても、町づくりの拠点としても重要なプロジェクト。きちんと事業化できるよう人の集まる店を目指しています。
カフェ「RoCA」にて、リノベーションの様子。自分たちでペンキ塗り。
もうひとつの柱は、“エリアファシリティマネジメント”という他の地域のノウハウを参考にしたビジネスモデル。ビルのメンテナンスフィーを複数件まとめて管理することで低く抑え、カットできた分をビルのオーナーとまちづくり会社とで分け合うモデルです。
こうして得た費用は月々入る活動資金としても貴重です。クライアントは順調に増えていますが、営利目的だけでない、市来さんたちの活動に共感するオーナーが多いのが特徴です。
ビルのオーナーさんたちも、僕らのような熱海の将来のことを考えて活動している相手だからこそ、協力したいと言ってくださる方が多いです。長期的にみるとやっぱり熱海が元気になったらいいし、エリア価値が上がることはオーナーにとっても望ましいことなので。
カフェの運営にしても、不動産業にしても初めてのことですよね?
そうですね。さすがにカフェはプロにアドバイザーとして入っていただいて、店のコンセプトなど厳しくアドバイスしていただいています。その店一軒がそこにあることで、周りの店にも人が入るような鮮やかな成功をしろって言われています(笑)。店一軒やれないで、町づくりなんかできないと。まずはとにかく一度自分たちでやってみることが大事だろうと思っています。かなりプレッシャーですが(笑)
こうしてきちんと資金を得ながら、町づくりの展開をさらに広げていきたいと考えている「atamista」。まだまだやりたいことの100分の1もできていないという市来さんですが、既に町づくりに関わっている方や、これから稼働しようという方には、参考になることも多いのではないでしょうか。
これからも続く、熱海の再生活動、そしてその将来が楽しみです。