音楽は、今ここにいる人の気持をどこか遠いところへ導くもの。言葉もまた、そうであることを、谷川俊太郎の詩は思い出させてくれました。
7月12日、ブルーノート東京で行われた、谷川俊太郎の詩をピアノ、チェロの奏でる音楽にのせて聞く朗読公演。谷川氏の描く世界は、海から星へ、星から宇宙へと視点を大きく広げてくれたかと思うと、日常の小さな一コマにフォーカスし、日々の暮らしを愛おしく感じさせてくれる力があります。その場に居た全員が吸い込まれるように、詩の世界に魅了された時間でした。
言葉と共に宇宙を旅する
レイチェル・チャンの朗読で「この静けさから・・・」と幕を開けた詩の世界。演出は絶妙でした。作品「音楽の前の…」から「音楽の中へ」と続き、朗読の合間に詩に寄り添うように奏でられるピアノとチェロの演奏で、観客は詩の世界へと誘われます。
谷川氏自身の朗読を伴って、詩はさらに、深い海へ、そして星空へとその舞台を移します。
星の旅
遥かな遥かなみちのりを光は旅してきた
この私のもとまで
あんなに遠くにあるのに
星はいま私の心の中でまたたいているそうして私は覚えた
かなえられぬと知りながら願うこと限りないものにむかって祈ること
誰にも教えられずに ひとりで(谷川俊太郎詩集「星の組曲」より)
“音楽、そして日本の言霊を通して、日本が少しでも元気になれたら。”そんな思いで企画されたこの公演。レイチェル・チャンと歌手の石井聖子を発起人として、ブルーノートが取り組む災害復興支援活動「Love for Japan」の一環で行われました。
プログラムは谷川俊太郎とレイチェル・チャンのポエトリー・リーディング、溝口肇(チェロ)、谷口賢作(ピアノ)、石井聖子(歌)ら音楽家との共演で実現。詩と音楽がどのように融合し、どのようなアンサンブルを奏でるのか。未知の世界へのチャレンジでもあり、観客もいつもの音楽公演の際の高揚した雰囲気とは少し違って、静かな緊張と期待感に満ちていました。
言葉の力
今回の公演が行われた背景である震災のことを考えると、初めはどうしてもメランコリーな雰囲気に陥ることが想像されたのですが、谷川さんの詩は、そんな想像ややわな感情を包み込んでしまう力強いものでした。「何もかも失って/言葉まで失ったが/言葉は壊れなかった/流されなかった/ひとりひとりの心の底で…」(詩「言葉」より)と、言葉の力を読み上げ、地震に対しては“地べたっこ、揺れるなよ”という愛嬌たっぷりの詩に、中国四川大地震の際に書いたという「蟻と蝶」が続きます。
「蟻と蝶」
蟻たちはその小ささによって生き残った
蝶たちはその軽さによって傷つかなかったしなやかな言葉もまた大地震に耐えるだろう
だが今は言葉を慎んで私たちのうちなる沈黙の金を
四大に伏した者たちに捧げよう
これをかわきりに、詩はふるさとや日本、東京の日常を描き続け、会場は日々繰り返される暮らしへの愛おしさから温かい気持に包まれます。
途中、賢作さんのピアノにのせて、谷川俊太郎さんが「鉄腕アトム」を熱唱する一面も。
最後は、「ありがとう」の後、アンコールに応えて読まれた「朝のリレー」で締めくくられました。
余談ですが、このウェブマガジン「greenz.jp」も、谷川さんの詩「朝のリレー」からコンセプトのヒントを得たということを、追って編集長のYOSHが教えてくれました。世界中のいろんな国で、新しい朝が次々と始まるように、新しいことが次々に起こったらいいなという思いから、greenz.jpも生まれたのだとか。
「朝のリレー」
カムチャッカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っているニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクするこの地球では
いつもどこかで朝がはじまっているぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますとどこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴ってる
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ詩集「祈らなくていいのか」所収
(谷川俊太郎詩集「これが私の優しさです」集英社文庫より)
“人はいいことも悪いことも抱えて生きていかなければならないけれど、自分はとにかくこの地に生きているんだ”という実感を、強く感じさせてくれる時間だったような気がします。
Photo by: Takuo Sato