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海という宇宙に浮かぶ島「小笠原」【番外編】クレイジー。だけどハッピーな「日本式外来種除去」

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母島でアカガシラカラスバトのえさ場の近くに仕掛けられた捕獲器で捕獲された黒猫兄弟。この2匹は現在、父島・母島の人の手で室内飼いされており、ネコとハトを遠ざけることに成功した。撮影・有川美紀子

外来種除去に取り組んでいるニュージーランドやオーストラリアの人々に「なんてクレイジー!」と驚かれながらも、あえて、難しい道を選んだ結果、ハッピーが訪れた!というのは小笠原の話。

人間が持ち込んだ猫が、逃げたりあるいは人為的に捨てられたりしてやがて野生化し、ノネコとして生きるために、鳥を襲う。その鳥は、小笠原でゆいいつ有人島で繁殖するウミドリだった。これが、2004年ごろ、小笠原の母島で起こった話。通常なら、ノネコの駆除だけに取り組んで終わっただろうこの事例は、多くの人の関りと動きと思いが、今までに例がない感動的な展開を作っていったのである。

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獣医師の問診に答える島の飼い主(右)。納得いくまで十分な説明が行われた(父島にて)撮影・有川美紀子

島に突然登場、動物診療所!

2009年7月3日、母島のクラブハウスが一夜にして近代的な動物診療所に変身し、島の飼い猫や飼い犬の診療を行っていた。担当するのは(社)東京都獣医師会の公募に応じた会員獣医師の中で、ボランティアを買って出た獣医師7人と動物看護師1名。このチームの名前は「どうぶつ派遣診療団」。

そんじょそこらの動物病院よりも最新型の機材のそろった中、血液検査や寄生虫検査など健康診断的な内容と合わせ、「去勢・避妊手術」と「マイクロチップの挿入」が行われていた。

ちなみに、一部の治療・手術を除き、今回は無料。母島では2日間で28頭、地域のセンターを利用して診療所にした父島では4日間で90頭のイヌネコがこの派遣診療を利用した。

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父島では交流センターという村の施設を利用。クーラーがないため、氷柱を購入し、送風機で冷風を起こして診療室内の冷気を保った。撮影・有川美紀子

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母島では村のテニスコートのクラブハウスを利用。この試みに賛同する薬品や機材メーカーからの提供による最新鋭設備が整った診療所が誕生。撮影・有川美紀子

なぜ?こんなことが可能なのか?

2年にわたり「どうぶつ派遣診療団」団長を務めた新宿動物病院・院長の高橋恒彦さんはいう。「私たちは、“野生動物とペットの共存のために来ている”ということを伝えるメッセンジャーとして、ここにいる」。実はこの言葉に、今年で2回目になる「どうぶつ派遣診療」の根幹がある。

「最強の外来生物:ネコ」しかし人間に近い動物

何度かお伝えしているように、小笠原では野生化したノネコが希少生物(おもに鳥)を襲い、数を激減させている問題が起こっていた。ここで野生動物の保護に取り組むNPO法人・小笠原自然文化研究所(IBO)では、2005年から父島ではアカガシラカラスバト、母島ではカツオドリやオナガミズナギドリの繁殖地にノネコが侵入し、鳥を襲っている事態を把握、この問題に取り組んできた。

簡単なのは、ニュージーランドやオーストラリアの外来種除去事業のように、被害を与える「侵略的外来種」を駆除することだ。しかし、ネコは人にとても近く、感情移入されやすい動物。希少な鳥を守るためでも、ネコが犠牲になる(殺される)と知ったら、鳥を守る動き自体に反発が出かねない。なんとか殺す以外の方法を考えたい。

「行政や島の住民、いろんな人たちと話し合いをしながら、出口が見えない状況に迷い込みかけたとき、(社)東京都獣医師会の方からこんな言葉をいただいて、光明を見た気がしました。『小笠原の海鳥を守るため、そしてネコのために動物を専門とする職業人として 出来る協力をしよう』。この言葉が、立ち止まったり迷っていた人々や組織を動かし、わずか2週間で行政も巻き込んだネコ捕獲へとつながったのです」(IBO鈴木創さん)。

これで、捕獲した猫を(社)東京都獣医師会の獣医師の病院で引き取り、人になれる訓練をしたのち、里親へ引き渡すという流れができたのである。

「蛇口を閉めてください」

その後、小笠原では関係省庁、村、教育委員会、東京都、NPOによる横断的な「小笠原ネコに関する連絡会議」も発足し、父島母島ともに「人間が引き合わせてしまった野生動物とノネコを、人間の手で遠ざける試み」を行ってきたが、一方で、ノネコの供給源を絶つ必要があった。

歴代山で生まれ山で生きるネコはそうは多くない。小笠原村では、13年ほど前に日本初のネコ条例を作り、何度かノネコの捕獲を行い避妊手術を行ってきたが、それでもまだノネコがいるということは、飼われていながら脱走するネコも含め、人間の手で捨てられ続けるネコが絶えないということでもあるのだ。

やはり、飼い主の意識を変えなければならない。そのための場の一つとして「どうぶつ派遣診療」が誕生したのである。診療には、捕獲されたネコを引き受けてくれた(社)東京都獣医師会があたることになった。想像するだけでお金がかかりそうな取り組みだが、世界自然遺産を目指す小笠原を応援する意味で、(財)自然保護助成基金が小笠原の自然関係のNPOが作る連合的な組織、小笠原諸島自然環境保全機構に対して行った助成金が使用された。

ネコ条例の制定直後から小笠原のノネコ問題にかかわってきた高島平手塚動物病院・院長の手塚泰文さん(今回診療団の一員でもある)はその経緯を踏まえたうえで、「私たちもできることはする。小笠原のみなさんは、(ノネコが増えないよう)その蛇口を閉めて下さい」と訴えた。

診療時に提供される避妊・去勢手術は無用な繁殖をなくすため、マイクロチップの挿入は飼い主の元を脱走した猫が捕獲された場合、飼い猫かそうでないかを判別するために行われていたのである。これが、獣医師側の「できること」。では、飼い主側は?

本州のように何かあったらすぐ動物病院に行くことができない小笠原の飼い主にとって、派遣診療は願ってもない機会。多くの飼い主が集まる。そこで高橋団長がいうところの「メッセージ」をも飼い主は受け取るのだ。世界でここにしかいない生物がいるこの島の山の中で、今、何が起こっているかを。

こうした動きを受けて、なんと父島・母島ともに、ペットの適正な飼い方を考える「飼い主の会」が自主的に発足することにもなった。もしネコが闇に葬られていく除去だったら、これだけの動きには発展しなかっただろう。

来年は同じ規模での派遣診療ができるか、現段階では白紙だが、村の反応を見る限り、飼い主からの働き掛けがあれば、事態が動く可能性はじゅうぶんにありそうだ。

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父島で行われた「獣医師の先生方とのこんだんかい」の様子。母島でも同様に開催され、獣医師や地元NPO、村からの情報を得たうえでの話し合いの中、飼い主の会がこの場から誕生した

世界中の例を見るまでもなく、一度入ってしまった外来種を排除するのはとてつもなく大変である。そこに「感情」がくっついた場合、ことはさらに複雑になる。海外では割り切って駆除を行っているが、日本のメンタリティで「それぞれができることやる」ことで、鳥も、ネコも、人間も笑顔になれた、そんな取組みが南の島にあることを知ってほしい。

小笠原ネコに関する連絡会議について調べてみよう。