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海という宇宙に浮かぶ島「小笠原」vol.2~世界が認める小笠原になるか?

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父島のすぐ北にある兄島。急峻な地形が多い小笠原で唯一平坦な場所を持つために空港建設予定地となったこともあったが、実は世界的にも貴重な”乾性低木林”という固有生態系の残る場所。現在は国立公園特別保護地域に格上げされた。撮影:有川美紀子

世界自然遺産登録の第一段階「暫定リスト」に、2007年、その名を掲載された小笠原諸島。自然遺産といえば、日本ではすでに屋久島、白神山地(1993年)、知床(2005年)の3か所が登録されており、みなさんもテレビや新聞でその自然度の高さや美しさに触れたことがあるだろう。

それでは、今、日本で一番世界自然遺産に近い小笠原の自然は、どんな貴重さを持っているのだろうか。

「世界でここだけ」の絡み合いが人を魅了する

私は小笠原のことを雑誌や本で書くことも多いが、編集者などによく言われるのが「で、小笠原の自然の魅力を一言で言うと何なんですか?」という言葉だ。要するにこうだ。「屋久島は縄文杉、白神はブナ林、知床は流氷、みんな分かりやすいシンボルがあるけど、小笠原は?」。

こう言われると、私はいつも詰まってしまう。小笠原の自然の魅力は、一言でいえるタイプのものではないからだ。

前回記事で書いた通り、小笠原には固有種が多い。陸産貝類(カタツムリ)は93%が固有種。しかしその多くはミリ単位の小ささだ。また哺乳類唯一の固有種・オガサワラオオコウモリは、一部に熱狂的な(?)ファンがいるものの、一般受けするとは言い難い姿。鳥類もすでに固有種の陸鳥4種のうち3種は絶滅し、残る1種メグロは、メジロとよく似た大きさ・姿。見た目だけでいうなら、小笠原の固有生物は動植物すべてが「地味」である。

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哺乳類唯一の固有種・オガサワラオオコウモリ。超音波を使わず、目視で飛行し、果実などを食べる“フルーツバット”。タヌキのような顔にファンも多い。写真提供:小笠原自然文化研究所

だが、小笠原の特殊性はそうした地味でありながら独自に進化を遂げ、この大洋の片隅の島で生き続けてきた生物が絡み合い、作り出した生態系そのものなのだ。

20年前、初めて小笠原を訪れたとき、山に入ってみて、今まで訪れた沖縄や奄美と「何かが違う」と感じたことを思い出す。その時は理由がわからなかったが、同じぐらいの緯度でありながら、山を形成している木々が異なっていたから=固有種が多いからということが後から分かった。たとえば、奄美の初夏の山を彩るイタジイ(シイの仲間)は小笠原にはない。それは、シイの仲間の種子は、海に沈んでしまい、島までたどり着けないから(ちなみにスダジイはあるが、これは人間が移入したもの)。

空の色は同じなのに、木々が違う、生き物が違う。そして空気が違う。その背後にあるのが、地味で小さい生物たちの絡み合い=独自の生態系なのだ。

ただいま、固有種誕生中?!進化の実験室・小笠原

さらに、物理的に閉じた空間である島に、どうやって生物がやってきて、どんな風に進化して今、ここにいるか?そのストーリーを知ると、目からうろこが落ちるように島の自然が魅力的に見えてくる。そして、小笠原はその進化が今も進んでいる。

たとえば、海洋島の自然のキーワードの1つは「適応放散」。これは、1つの種が環境に適応するうちにいくつもの種に進化すること。海を越えてやっと辿り着いたものだけで構成されている生態系には隙間が多いので、環境に適応できれば、もともとの性質から進化して、生きる範囲を広げていける。結果、進化が進んで別の種になるというわけだ。

だから、おおもとの祖先は海岸にしか生息していないのに、隙間が多い小笠原ではどんどん山に登り、日当たりのいい一等地に根を下ろした、なんて植物もいる。

ただしこれらのストーリーの全容は現代の科学では分かり切っていないものが多い。だからこそ、研究者も小笠原にひきつけられる。最先端の科学を用いて、謎の解明に取り組んでいる。それは地球上の生物の進化の謎ときにもつながっている。こうした壮大な物語を知ったら、小笠原の自然が「地味」だなんていえなくなるだろう。

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小笠原の適応放散の例:トベラの仲間。本州には2種しかないトベラは、小笠原諸島では4種に分化した。写真はハハジマトベラ。他にオオミトベラ、クサトベラ、コバノトベラがある。撮影:中井達郎

世界遺産バブルってなに?

世界自然遺産は、この自然が世界的に見てどれほどの価値があるのか?という問いに対しての答えにもなるだろう。小笠原の何が認められて暫定リストに載ったのかは、前回記事またはこちらのサイトを参照していただきたい。

日本では観光地としての魅力や地域活性化の手段という捉えられかたをされることが多い世界遺産だが、本来はあくまでも貴重な自然や遺跡を人類全体の財産として保護、保全することが目的である。

国内法では国立公園・海中公園の指定はじめ、森林生態系保護地域や鳥獣保護区の指定、いくつかの生物を対象とした種の保存法や天然記念物の指定、村条例によるノネコの適正飼養指導など、いくつもの網がかけられている小笠原だが、外来種がもたらす固有自然の破壊には追い付いていなかったのが現状だ。

今、世界遺産登録のため、暫定リストに課題とされた「外来種対策」事業が猛スピードで進んでいる。今まででは考えられないスピードと規模で、地元では「世界遺産バブル」と呼ばれるほど巨大な予算が動いている。

今まで取り組めなかったことに取り組める意義は大きい。だが、主体は誰なのかが見えにくくなっているのもまた確かだ。暫定リストの作成も、今、取り組んでいる推薦書の作成も、国が主導となり進められていて、地域連絡会議はあるが、傍聴に来る一般人の数は決して多くない。何よりも、地元の人々の普段の会話で「世界遺産」という単語が出ることはめったにないのだ。

なぜその熱の差が生じているのか。次回以降、島の人々の今までの取り組みを見ながら考えていきたい。

外来種について調べてみよう。