新宿の街の中にある緑のオアシス、新宿御苑。2006年は100周年を記念した様々なイベントが開催されている。ライフスタイルフォーラム初日、ナマケモノ倶楽部が主催したステージのゲストは『半農半Xという生き方』の著者、塩見直紀さん、「いのちを大切にする仕事」を「スロービジネス」と名付け、持続可能でフェアな社会への移行をすすめるビジネスを提案しているスロービジネススクール校長の中村隆市さん、エクアドルとのフェアトレードコーヒーや雑貨などを扱うスローウォーターカフェの藤岡亜美さん。
「好きなことをして生きていきたい」……日常の中では「仕事だから仕方がない」とつぶやきつつも、心の中ではみんなそう思っているのではないだろうか?
そんな生き方へと進んでいくひとつの方法として提案されたのが『半農半Xという生き方』。そのタイトルが示す通り、半分を農業、そして残りの半分を自分の得意な仕事で生計を立て、時間やお金に縛られない半自給的な生活をしようというものだ。2003年にソニーマガジンズから出版されたこの本は、安心して過ごせる食や住環境、自給的な生活を指向する若い世代にちょっとしたブームを起こした。
この本の中には、「自ら米や野菜などのおもだった農作物を育て、安全な食材を手に入れる一方で、個性を活かした自営的な仕事にも携わり、一定の生活費を得るバランスのとれた生き方である。お金や時間に追われない、人間らしさを回復するライフスタイルの追及でもある」と書かれている。11月には台湾で訳本が発売されるなど、その概念には日本以外の地域にも共通する部分があるようだ。
- 塩見直樹さん
著者である塩見直紀さんは京都府の山間部、綾部市在住。大阪で会社員をしていた頃に内村鑑三の著書に出会い、新しい生き方を始めることを決意したという。自分らしい生き方の模索を続ける中で見つけたのが、自分たちの食べる食料を自給しながら、自分の好きなことを仕事にする「半農半Xという生き方」だった。塩見さんはこのライフスタイルが社会にプラスインパクトを与えると確信している。
そして「半農半X」というコンセプトの誕生で塩見さんの「自分探し」は終了。33歳で会社を退社し、綾部で現在の暮らしのスタートを切った。いよいよ自ら提案した「半農半X」的ライフスタイルの実践が始まったのだ。
講演の中で塩見さんは「21世紀は天職の時代だと思う」と語り、環境に敏感な若い世代が自分の能力を活かした天職を展開することで、現在の消費に重点をおいた社会構造も変わっていく可能性を持つと話している。そして、環境や人のつながりに重点を置いたビジネス展開を掲げるスロービジネスは、持続可能な社会への変革の種を持つ大きな可能性を開いていくだろうと話し、次のゲストへと話をつないでいった。
次にステージに登場したのは藤岡亜美さん。自分たちの会社を「GNHにおいては、世界で一、二を争う企業」と呼ぶ彼女は、エクアドルの生産者とのフェアトレードを続けるうち、その生活と仕事との関係性に魅力を感じたそうだ。
「私と打ち合わせをしていてもお鍋がふいてきたらお鍋の火を見に行くし、赤ちゃんが泣いていたら見に行くんですよ。それがすごくいいなと思いました」
- 藤岡亜美さん
この言葉にはハッとされられる。これは私たちが普段している仕事の中では、なかなかできない考え方ではないだろうか? 日本で働く女性に求められるのはこれとは逆の「子どもに振り回されないで仕事をすること」であることが多い。そして子どもを持つ前と同じように働けるようサポートすることが、働きやすい職場のひとつの要素にあげられている。
しかし、家族のために時間を使うことや子どもの世話をすることで得られる幸福感や喜びを、私たちは「仕事」という言葉であまりにも簡単になくしてはいないだろうか? そして私たちがあまりにも当たり前に考えている「働きやすいよい職場」の基準が、実は私たち自身を心の安らぎから切り離している原因になっているのかもしれない。
- 中村隆市さん
そして、スロービジネススクール校長の中村隆市さんが姿を表し、消費促進で動く社会に対してお金や時間に振り回されない生活と、誰かひとりが豊かになる「ひとりじめの経済」ではない、みんなが豊かになる社会を実現したいと話を切り出した。
中村さんは多くのゴミが流れてくる遠賀川の写真を面に映し出し、水の中に環境ホルモンが混じって地域に住む人の健康に影響を与えていることを紹介。またウラン採掘地の写真も映し出され、ウランの採掘地では病気になる子ども達が多く、病院に行くこともできないでいるケースも多いことなどを報告した。日本でのたくさんのものにあふれた豊かな生活が、知らないうちに地球のどこかに影響を与えていることを思い起こさせる。
そして3人によるディスカッション。テーマは「豊かさのモノサシ」について。
塩見さんの生活リズムは子どもの生活に即したもの。夜8時半に子どもと一緒に布団に入る。そして以前は子どもと一緒に絵本を読み、子どもが眠った後布団から外へ抜け出していたが、今は絵本を読み終わったらそのまま一緒に眠り、朝の3時に起きて仕事を始めるようにしているそうだ。途中で布団を抜け出していた頃は子どもが目を覚ましてしまうこともあったが、現在は朝までぐっすり眠っているのだとか。親と一緒にいる安心感がそうさせるのだろう。そして塩見さんはそういう親子の時間が持てる「今」を、心から楽しんでいるようだ。
中村隆市さんは、
「支出の少ない田舎での暮らしは、収入が少なくても暮らしていけます。他者に負担をかけないでわずかに稼ぐスロービジネスにも大きな可能性がある」
と語り、そのスロービジネスの種として、塩見さんからいくつかの素材があげられた。
それは地域資源の活用、各人の個性や長所の利用、お互いに補い合うコラボレーションや協力などで、実際に綾部市で取り組んでいる「農家民泊」の例も紹介された。そして、よいアイデアをひとりじめしないで、周りの人と分けあっていく考え方が大切と語る。それが新たなつながりを生み、差し出した自分にも新しい力が入ってくると……。
現在おなかに新しい命を宿している藤岡さんは、自宅での出産を予定している。NPOを主宰するパートナーとの「半農半NPO」的な暮らしの中で、自分達で耕した畑の野菜を食べること、家族と過ごす時間、これから生まれてくる子どものために準備する時間がとても大切なものになったと話し、
- 雨に負けない熱気に包まれた会場
- 真剣な表情で聞き入る客席
「投資は増えなくても(事業の規模は資本の大きな会社に及ばなくても)、ハピネスは無限に増やしていけるもの。あの家族は幸せそうだなあとか、あの会社はやたら楽しそうとか、そういう暮らしを目指します」
とさわやかな笑顔を会場に向けた。
ゆったりとした時間を感じながら生活と仕事を楽しむ。それぞれが提案し、実際に経験してきたライフスタイルが紹介されたこのフォーラムの最後は「これはダジャレなんだけど」という中村さんの名言で締めくくられた。
それは「ハッピースローカルチャー」。
このひとつの言葉の中には「半農半スロービジネス」を実現する5つのキーワードが含まれている。すなわち「ハッピー+ピース+スロー+ローカル+カルチャー」。これからを活かし、リンクさせていくことで、地域独自の特性を生かし、人とのつながりを大切にした競争のない幸せな文化が生まれるかもしれない。
冷え込む雨の中であったが、会場に集まった観客はそれぞれ心温める素材を持ち帰ったのではないだろうか?
最後に会場で出会ったひとりの女性を紹介させて欲しい。写真右側の女性、伊是名夏子さん。ナチュラルフードなどに興味を持つ彼女は、友人と一緒に持続可能なライフスタイルへの転換を始めた人を訪ねたり、『東京平和映画祭』などのイベントに参加したりと、アクティブに活動している。
このフォーラムの数日後に故郷の沖縄へ居を移すことに決めた彼女。沖縄に帰ったら、自分でもこういったイベントを開きたいと思っているそうだ。アイデアや情報をお持ちの方はぜひ彼女へ連絡してみて欲しい。連絡は次のメールアドレスまで。natirou@yahoo.co.jp
そして取材は終了。日常の生活に戻ってみると、「忙しい」という言葉を口にし続けているワタシ……。いつの間にかまた、時間に捕まってしまっていた。
あなたは身近な人達との時間、大切にしていますか?
●「半農半X」、ナマケモノ倶楽部、スロービジネススクール、いろいろなイベントが開催されています。greenzでも”What’s coming up”に掲載中。HPもチェックしてみてください!
関連Webサイト
ライフスタイルフォーラム
http://www.lifestyle-forum.org/
ナマケモノ倶楽部
http://www.sloth.gr.jp/
塩見直紀ホームページ
http://mavi-ch.com/xseed/
スロービジネススクール
http://www.slowbusiness.org/
スローウォーターカフェ
http://www.slowwatercafe.com/
伊是名夏子ブログ
http://blog.livedoor.jp/natirou/