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「幸せな廃人」の先にみつけた、幸せより優先されるモノって?世界幸福度ランキング1位のフィジーに移住した永崎裕麻さんが、いま伝えたい「目的のない世界」

「あなたは幸せですか?」
そう聞かれたら、なんと答えますか。

おなじ質問を南太平洋の島国・フィジー共和国で聞くと、かなりの確率で「幸せだよ!」という答えが返ってくるはず。というのも、フィジーは、先の質問に主観的に答える世界幸福度調査(WIN/Gallup Internationalの共同調査)で、過去何度も1位を獲得している国なのです。

幸福度調査は一般的に「主観系」と「客観系」の2種類があります。主観系は「あなたは幸せですか?」と質問するタイプ。客観系は、平均余命や成人の識字率などの様々な指標データを元に測るタイプで、フィンランドやデンマークなど北欧諸国が上位を占めます。

フィジーは客観系の幸福度調査の順位は高くなく、幸福を感じるために必要とされる環境が整っているわけでもなければ、国策で幸福度を高めるためのアプローチをしているわけでもありません。それでも、フィジーの国民の大半は「幸せ」を感じているのです。

(画像提供:永崎裕麻さん)

2007年、20代最後の年にフィジーに移住した永崎裕麻(ながさき・ゆうま)さんは、「フィジーの人たちは、幸せであることが標準装備されている」と話します。国際交流事業や講演などに積極的な永崎さんですが、実は「幸せな廃人」のような暮らしを経て、いまの活動に至ったそうです。

日本とフィジー、2つの国の文化を体感している永崎さんの目に映る「幸せ」って、一体どんなモノなのでしょう。辿ってきた歴史も、環境も、文化も違いますが、そこには、私たちが今ここで、いつだって幸せを感じられるヒントがあるかもしれません。

永崎裕麻(ながさき・ゆうま)
1977年大阪府生まれ。新卒で入社した会社を退職後、世界一周の旅へ。2年間で100カ国を旅した後、世界幸福度調査で何度も1位になっているフィジー共和国に2007年に移住。フィジーにある日本人向け英語学校「COLORS(カラーズ)」校長を務める他、南の島の空気感を日本社会に届ける「余白の学校」「サンタの学校」などのオンラインコミュニティの運営、執筆活動をしている。内閣府国際交流事業「世界青年の船2017」日本ナショナル・リーダー。神戸大学経営学部卒業。2児の父。著書に『世界でいちばん幸せな国フィジーの 世界でいちばん非常識な幸福論』『世界でいちばん非常識な幸福論』『南の島フィジーの脱力幸福論』。
https://www.facebook.com/yuma.nagasaki/

幸せの近道を探るための移住

「ぼくは大阪府出身なんですが、大阪人は世界一歩くのが速くて、秒速1.60メートル。その中でもめちゃくちゃ速足と言われていました。」

そう話す永崎さんが、のんびりとした空気が漂う南国の島国・フィジーに移住したのは17年前のこと。「もしかしたら日本以外にもっと自分に合う国があるかもしれない」「今しかできない経験を増やしたい」という思いから会社を退職し、移住先を探す世界一周の旅に出発。いろいろな国を巡るも日本より住みたい国は見つからず、旅の集大成として参加した「世界青年の船」(※)での出会いが転機になりました。

(※)日本青年が毎年異なる世界10か国から集まった外国青年と船内等で共同生活をしながら、ディスカッションや文化交流を行う、内閣府が実施する青年国際交流事業。

永崎さん 国際交流が目的の旅なので、専門家の講演やディスカッションがあるんです。みんな真面目にやっているんですが、フィジー人は床に寝そべって雑談していて。でも、そんな彼らは参加者の中で一番幸せそうで、幸せの本質を違う角度で見ているように感じました。

僕らの年代は子どものころから、将来やりたいことが決まっている人が多かったような気がします。でも、ぼくはやりたい職業が何もなかった。だけど人生のゴールとして「幸せになる」という抽象的なイメージだけは持っていたんです。そのためには、勉強していい会社に入りお金を稼ぐ、という一本道しか想像がつかなかったし、幸せはめちゃくちゃ努力して勝ち取るものだと思っていたから、圧倒的に近道しているフィジー人と一緒に暮らせば、自分も同じようになれるんじゃないかと思いました。

やりたいことがないからこそ、芽生えた思いを大切にできる。旅の間フィジー人とできるだけ一緒に時間を過ごした永崎さんは、さらに「幸せへの近道」を探るため、日本から7000キロメートル離れたフィジーへ移住することを決めました。

(画像提供:永崎裕麻さん)

助け合い、支え合うフィジーの文化

オーストラリアの東、300以上の島々からなる南太平洋の島国・フィジー共和国。日本の四国くらいの面積に、約90万人(日本の人口の1/100以下)の人が暮らします。メイン産業は、透き通った海や自然を生かした観光業。国民の平均月給は7万円ほどです。平均寿命や1人当たりのGDPは、世界順位で見ると高くはありませんが、「ケレケレ」という、モノもお金もなんでも共有する文化があり、困っている人にはまず与える精神が根付いています。

フィジーで人気のスポーツはラグビー。リオ五輪の7人制ラグビーでは、金メダルを獲得しています(画像提供:永崎裕麻さん)

永崎さんは著書『世界でいちばん幸せな国フィジーの 世界でいちばん非常識な幸福論』で、フィジー人が持つ4つの幸せの習慣を「共有」「テキトー」「現在フォーカス」「つながり」にあると紹介しています。ケレケレにあたる「共有」の範囲は広く、生活に困って借りたお金を物乞いに寄付したり、親しくない人であっても困っていれば里親として子どもを育てる、ということも。

日本では、生活支援や里親支援など「制度」として行政や専門機関が取り組むことも、フィジーでは自分たちで助け合い、支え合う文化が根付いているのです。

フィジーの文化「ケレケレ」は、日本でいうと「共有・お願い・貸して」を融合したような感覚。モノもお金も、ときには子どもでさえも。なんでも「共有」することがフィジー人の常識だそう(画像提供:永崎裕麻さん)

永崎さん フィジー人は、幸せをたいしたものと思っていないんです。不幸には理由があるけれど、幸せは標準装備されている。だから、不幸な人がいたら「どうしたの? 元(=幸せな状態)に戻そうよ!」となる。それくらい幸せは当然の感覚なんです。

開発途上国であり経済的には不安定ですが、永崎さんはフィジーではお金が一円もなくても生きていけると感じられたし、「不安定だけど、不安がない社会はある」ということを体感したと言います。

(画像提供:永崎裕麻さん)

喜怒哀楽を素直に表現し、フレンドリーで、困っている人がいれば損得勘定なしに助け合う姿は、永崎さんの目に「子どもがそのまま大人になった」ように映ったそう。ただ、大らかな国民性ゆえに、ともに仕事をするなかではいろいろな苦労がありました。スタッフが突然2カ月間無断欠勤したり、待ち合わせても連絡なく来ないこともよくあると聞くと、日本人的な感覚では驚いてしまいます。

永崎さん 最初は文化の違いにイライラしていたんです。でも、損しているのは自分だけだと気がつきました。日本の常識をそのまま持ち込むと、寿命が縮みます(笑)。日本は自分にも他人にも厳しい、フィジーは自分にも他人にもゆるい。どっちの社会が良いとかではなく、そういう社会もあると感じました。

続けて、「ただ、救われることもあって……」と、あるエピソードを教えてくれました。

それは東日本大震災が起きたときのこと。英語学校に通う学生の中には被災地出身の生徒もいて、不安な思いで過ごしていると、入国管理官の担当者が「もし帰国するのが不安なら、一生分のビザを発行する!」と言ってくれたそう。決して正式な手順を踏んで出た言葉ではありません。でも勝手なことを言っているようにも見えますが、外国で不安な日々を過ごしていた学生にとって大きな安心をくれる言葉でした。

英語学校の学生たちによる、朝のまちでのゴミ拾い活動。永崎さんは「学生たちも留学中はイライラすることもあるけれど、自らいいことをして帰ったほうが気持ちのいい思い出になる」という思いから、社会貢献活動を大切にしています(画像提供:永崎裕麻さん)

幸せは手段。ガソリンのようなもの

移住して数年が経ち、フィジー人たちの幸せ感が腑に落ちた頃、永崎さんの中で変化が生まれます。それまでゴールに置いていた「幸せになること」が簡単だと分かったことで、「廃人のような暮らし」になったというのです。

永崎さん 幸せなんだから、何もしなくていいというか、欲求が消えていったんです。モチベーションがなくなったというか、わくわくがなくなった。幸せとエキサイトって違うんですよね。

言い方を変えると、僧侶や仙人のように悟りをひらいた感覚に近い日々を過ごすなかで、「幸せよりも、もっと優先されるものがあるんじゃないだろうか」という感覚が芽生えていったと言います。

永崎さん まだまだ自分は動けるのだから、この世に生を受けて、何かできることがあるのなら、やりたい。その結果幸せを感じれられなくても、動いている方がマシだ、という感じになりました。それは「納得」という言葉に近いです。自分の人生を納得するために、培ってきた能力を使いたくなったんです

いまは幸せ=目的ではなく、手段だという位置付けで考えています。アメリカの心理学者・ショーン・エイカーが「成功するから幸せなのではなく、幸せだから成功する」と言っていますが、自分が幸せならば成功につながるということです。幸せは手段で、ガソリンのようなもの。だとすると、とっとと手に入れた方がいいですよね。ハードルを高めて手に入れにくくする必要はない。たかがガソリン、たかが幸せなんだから。いかに考え方を工夫して、幸せと思える状態を続けるかという考え方になりました。

(画像提供:永崎裕麻さん)

簡単に手に入る幸せという手段を使って、自分の人生を納得いくように動かす。そうした体験から得た気づきを伝えるため、国際交流事業への参画、講演、書籍やメディアでの執筆をはじめます。現在は、日本に向けてオンラインコミュニティの運営もしており「サンタの学校」「ウェルビーイングの学校」「余白と変化の学校」などのテーマに対して、参加者自身が価値観や考えを再定義する機会を提案しています。参加者自身で考え、学び直し、整理していく過程は、主催者にもかなりのエネルギーが必要な気がしますが、永崎さんは「楽しいです!」と、とっても軽やかです。​​

永崎さん ぼくは何も教えないし、結果にコミットもしません。例えば、幸せになるためにお金持ちになるってものすごく大変ですし、ぼくには教えることなんてできない。でも、時間はかかるかもしれないけれど、「思考を変える」という体験を伝えることはできるし、そのやり方でうまくいく人は実は多くいるんです。

ぼくは具体的な方法論を伝えるわけではなくて、いろいろな手法で参加者の思考を揺さぶります。人の変化は0―100ではないから、劇的な変化が得られなくても、まったく変化しないということもない。一石を投じた波紋は、誰かの何かを変えたり、その人自身は変わらなくても隣の人を変えているかもしれません。

結果を求めず、ゴールに向けて方向づけしない姿勢は、参加者から「裕麻さんは、押し付けないですよね」と言われるくらい中立的です。過去に引きずられず、未来の結果に気を取られず、ただプロセスを見ていくやり方は、「現在にフォーカス」するというフィジー人から学んだ幸せの習慣にも重なっているようです。

目的なき世界を楽しめたら、人生はきっともっと面白い

  

コロナ禍に帰国してから、今は日本とフィジーの二拠点生活をしている永崎さん。出身地の大阪の住みやすさや、約20年ぶりに見た桜が美しくて感動したことなど、日本でのエピソードを話す表情は柔らかです。今秋11月からは、日本の子どもたちに向けて、積極的に人助けする意識を育む「探究ランド」というオンライン塾をはじめるそう。

永崎さん 僕はいろいろな世界ランキングを調べるのが大好きなんですが、いちばんショッキングだったのは「人助けランキング」(※)。2023年、日本は139位(/142カ国中)でした。でも、こんなに優しい日本人が人助け下手だとは考えにくいですよね。

調査方法は、1ヶ月の間に「見知らぬ人、あるいは助けを必要としている見知らぬ人を助けたか」、「寄付をしたか」、「ボランティアをしたか」という3項目についてのインタビューを実施しています。つまり、自ら進んで行う人助けです。

このランキングと調査手法を分析して気づいたのは、日本人は自分から進んで声をかけることは苦手でも、人に迷惑をかけない人助けは得意だということです。例えばお土産を渡すときも相手が気を遣わないか想像したりしますよね。それは、とても美徳です。

でも困っていても、助けてと言えない傾向もある。それは「積極的な人助け」が苦手ということと表裏一体です。だから、お節介と思われるリスクをとってでも踏み込む「積極的な人助け」のやり方を学ぶことで、自らも「助けて」と言える社会になるのではないかと思っています。「探究ランド」で共有したいのはそうした学びです。

(※)イギリスに本部をもつチャリティー機関「Charities Aid Foundation(CAF)」が、世界各国の「人助け」指数を毎年ランク付けしている。

永崎さんはフィジーで以前、道を歩いているだけで「How can I help you?」と声をかけられたことがあるそう。日本ではあまりない状況ですが、それくらいフィジー人は積極的に人助けをするということ。

自己責任の色が濃い日本では「自分でなんとかしなくては」と思う傾向が強く、困っていても助けを求められない人も多くいます。一方、フィジーでは「困っている人がいたら見返りなく与える・与えてもらう」ことが当たり前です。

子どもたちが諸外国のことを学び、意識的に「give」を実践するあたらしいコミュニティ。「ゆくゆくは、親子でフラットに考え、家族の会話をつくるようなプラットフォームにしていきたい」と話す様子に、永崎さん自身がアプローチしたい社会課題に向けて楽しみながら準備していることを感じます。

留学生とのディスカッションではじめた日本の伝統的遊びを伝える取り組みの一貫で、日本将棋連盟フィジー支部をつくりました(画像提供:永崎裕麻さん)

永崎さん 人生には、目的のためにやっていることと、目的なくやっていることがあると思うんです。僕は子どものころから将棋が好きでしたが、「将来、棋士になるわけでもないのに、続けていても意味がない」と思って、中学生のときにパタっとやめました。でも5年前、英語学校の社会貢献活動の一環で、日本の伝統的な遊びとして将棋を伝えようという話になった。それで自分も久しぶりにやってみたら、めちゃくちゃ面白かったんです。

将棋を指すことに目的はないし、むしろたくさんの時間を費やしている分、損していると言えるかもしれない。でも、そんな目的がない世界があることが豊かさだと思っています。目的がある世界とない世界を、バランスを取りながら行き来できればいいんじゃないかと思います。目的なき世界を楽しめることができたら、人生は、きっともっと豊かで面白い。

(画像提供:永崎裕麻さん)

取材のおわりに、永崎さんが持ってきてくれていたフィジーで人気のルームスプレーの香りを嗅がせてもらいました。ふわっと漂う南国の香りに、フィジーに行ったことのない筆者の中にアンテナがひとつ増えた気がしました。

フィジーの人たちに標準装備されているように、私たち一人ひとりの中にも「幸せ」はすでにあって、あとはそれに気がつくだけ。旅をしたときや、人と話したとき。もっと言えば、楽しいな、美味しいな、いい匂いだな、と感じるとき。そんな些細なことの中にだって、私たちが今ここで、いつだって幸せを感じられるきっかけがたくさんあるような気がします。

(撮影・編集:廣畑七絵)

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