『生きる、を耕す本』が完成!greenz peopleになるとプレゼント→

greenz people ロゴ

自分らしい人生は、美しい。主体的に暮らす「個」と出会う、新潟・佐渡への旅

[sponsored by トキと酒実行委員会・佐渡市]

「目的のある人が船に乗る」
 
国内最大の離島、佐渡島(さどがしま)。新潟市から高速船で1時間弱と聞けば、「案外近い」と感じる距離です。

遺跡の出土品によると1万年前にはすでに人間が住んでいたというこの島に通い出して、早くも20年以上が経ちました。敬意を込めて、地元の皆さんと同じように「佐渡」と呼んでいます。

コロナ禍を経て久しぶりの今回の滞在では、人口が5万人を切ったとか、農地を継ぐ人がいないとか、気持ちが暗くなりそうな話題も欠かさない一方、そんなことなんぞでは揺るがない、と言わんばかりの底力を感じました。

特筆したいのは、佐渡に暮らす人々の明るさです。ほとばしる情熱と、いい感じのゆるさを身につけた方々とたくさん知り合い、大いに刺激を受けました。やはり自らの意志で海を渡った人たちはおもしろい! 「また会いたい」と思う出会いがある旅は、人生における喜びの一つだと思います。

佐渡で感じたことを多くの人にシェアしたい。特に、人生の「次の一手」を探している人に伝えたい。そう思ってこの記事を書いています。

佐渡の主要な産業は農業。訪問時期はちょうど稲刈りシーズンのため、金色に輝く田んぼをあちこちで見掛けました。農地の風景もおだやかに感じるのは、熊や鹿や猪がいない離島で、獣害対策などもないからかもしれません(撮影:筆者)

今回記事で紹介する方々が集まる、佐渡のグルメが集うイベント「トキと酒」が東京で開催されます。詳細は以下から!

イベントの詳細

並外れた多文化共生の島

現存する日本最古の書物『古事記』にも出てくるほど歴史があり、離島として独特な文化を育んできた佐渡。奈良時代にはすでに金が採れることがわかり、江戸時代から本格的な金銀山の開発も始まります。皇室批判をした文化人や、将軍の怒りを買った貴族などの流罪地にもなりました。

さらに当時の物流の要である北前船の中継地点となり、町人文化、武家文化、船乗り、商人など、各地の人と文化が融合します。当時の佐渡はあらゆる方言が飛び交い、さぞかしダイバーシティゆたかな島だったことでしょう。

離島と聞くと閉鎖的なイメージを持つ人もいるかもしれませんが、佐渡はそもそも並外れた多文化共生をしていたのです。わたしは今回の旅で出会った方々を通じて、その片鱗は今に続いていると感じることができました。

目的や滞在期間こそ多様化したものの、今も昔も、わざわざ船に乗って人が来る島。今回の旅でお会いした、「佐渡に来た人たち」をご紹介しましょう。

来るなと言われて、住むことにした。
小川温子さん(画家・イラストレーター)

(撮影:金子一仁)

小川さん 佐渡には描きたいと思うものがたくさんあるんです。自然からインスピレーションを受けることも多く、あれも描きたい!これも描いたら面白そう!っていうことばかり考えていて、毎日楽しいです。

トキ、田んぼ、たらい舟。島内のお土産コーナーなどでよく見かけるかわいいイラストを描いているのは、画家でイラストレーターの小川温子(おがわ・あつこ)さんです。昨年からは、太鼓芸能集団「鼓童」と佐渡市が主催する3万人超えの大イベント「アースセレブレーション」の公式ロゴも担当しています。

2020年に佐渡市民となった小川さんですが、移住する前の約7年間は、東京から通うリピーターでした。

小川さん 美大に通っていた学生時代、先輩から紹介されて来てみたら、すごく居心地が良くて。他の大学生との交流も楽しくて、東京に戻っても佐渡の話ばっかりするくらい好きになったんです。

最初は時々遊びに行くだけでよかったんですが、だんだん、すぐにまた佐渡に行きたい、と思うようになり、頻度が増えていきました。イラストなどの作品にも佐渡ならではのモチーフを描くようになって、移住する直前は一年の半分くらい佐渡にいましたね。

トートバッグ、ポストカード、マグネット、手ぬぐいなど、小川さんが描いたイラストのお土産品は取扱店多数(撮影:金子一仁)

佐渡の中でも小川さんとご縁があったのは、美しい棚田で知られる岩首(いわくび)地区でした。都内などから集まった大学生たちと地域の方々との協働が生まれていたことや、プロジェクトの制作にも取り組める住居施設があったことも、小川さんが気軽に通えた理由でした。

最も大きな存在は、学生たちと地域の架け橋になってくれていた、棚田協議会・会長の大石惣一郎(おおいし・そういちろう)さんです。小川さんたちからは親しみを込めて「じい」と呼ばれています。

40年ほど前にUターンし、岩首の棚田を守る活動をされている大石さん。この日のTシャツは、世界農業遺産・ジアス認定を示す小川さんのイラスト入り(撮影:金子一仁)

2019年の終わり頃、新型コロナウイルスの登場により、なかなか佐渡に行けない日々が始まりました。大石さんに電話して「もう佐渡に住む」と相談した小川さん。しかし意外にも「来るんじゃねえ」と言われます。なぜだったのでしょうか?

大石さん アーティストだったら東京の方が活動しやすいだろうと思ったんです。住むって言っても、何して食っていく気だ? って。自分もかつて、ここには何もない、と出て行ったひとりですから。

「その結果、来んな!と行く!で大ゲンカになったんですよ」と笑う小川さん。結局、2020年早々に移住した小川さんは、大石さんをはじめとするそれまでのつながりをいかし、イラストレーターとして暮らしを構築しています。今回の旅の間も、どこかでお土産物コーナーを通るたび、これも小川さんのイラストかな? と手に取ることがたくさんありました。

小川さん 学生時代に初めて来た日から、13年が経ちました。佐渡には自然がいっぱいあることと、まだあまり知られていない魅力もたくさんあって、そのことにもパワーをもらいます。少し休みたくなった人は、佐渡に遊びに来てみてほしいです。

竜が登っていくかのように黄金の稲が山肌を飾る、岩首の昇竜棚田にて。かわいいおふたり(撮影:金子一仁)

感性をソリッドに、個性をそのままに。
齋藤佳子さん、和郎さん(蕎麦 茂左衛門)

佐渡の入り口、両津港から車で約10分。昭和30年代に建てられた伝統的な一軒家をモダンにいかすお蕎麦屋さんが「蕎麦 茂左衛門(そば もぜむ)」です。十割蕎麦を打つ料理人の齋藤和郎(さいとう・かずお)さんと、店内のスタイリングや接客を担当する佳子(よしこ)さんによる、佐渡の名店のひとつです。

佐渡で生まれ育った和郎さんは大学進学で上京。地域コンサルタントや飲食業など、東京で25年間を過ごした後、Uターンしました。東京で出会った佳子さんは出版社での仕事に区切りをつけて、一緒に佐渡へIターン。佐渡に来てライフスタイルの面で変わったことは何か尋ねると、感性の変化があったと教えてくれました。

佳子さん 佐渡に暮らして10年。山や海にすぐ行ける環境のおかげで、自分で食材を採りに行ったり、伝統文化に触れたりする機会が日常的にあります。そのおかげか、もともと好きだった食や文化に対する感覚が、よりソリッド(鋭敏)になってきました。

また、つい先日、元同僚たちが初めて遊びに来たんですけど、東京時代とはあまりに違うライフスタイルに驚きながらも、「あなたらしさは変わってなくて安心した」と言ってくれました。離島とはいえ佐渡はとても大きいので、個性をそのまま受け止めてくれる大きな器があるんでしょうね。

周囲は静かな地域。来たばかりの頃は犬の散歩をしている佳子さんに「どこのもんや?」とストレートに質問する地元の方もいたとか。「そのうち聞かれなくなって、代わりに『マムシ獲ったけどいるか?』なんていうコミュニケーションに変わり、自分が集落になじめたことを感じました」と佳子さん(撮影:伊藤和哉

蕎麦とお料理のおいしさが評判を呼び、島外から通う熱心な固定客も少なくない茂左衛門。コロナ禍を経て変化はあったのか、そして、佐渡内の変化について感じることはあるか伺いました。

和郎さん 観光客が一時的に減少したことは、佐渡にとって大きなダメージだったと思います。ただ、リモートワークなどで都会にいる必要がなくなったり、前から検討していた移住に一歩踏み出す後押しになったなど、結果的にコロナ禍がきっかけとなって佐渡に来た人の話を聞くことも増えました。

あと、ここ数年、小規模なイベントやマルシェみたいなスタイルが増えたんです。新しく移住してお店を始めた人同士が数店舗でつくるイベントとか、佐渡に来て農業を始めた方々が空きスペースを借りて始めるマルシェとか。

既存のイベントや行政の用意した場に出るだけじゃなく、同じ世代や同じ移住者同士、自分たちでつくろうとしてる動きがいいなぁと思いますね。地元の方々も近くでそういった市(いち)があったら嬉しいでしょう。

初めて来た人にぜったい食べてもらいたいものを聞くと「あご出汁ぶっかけ蕎麦ですね」と即答だった和郎さん。あご出汁は乾燥させたトビウオの出汁。あごは雑味がなく、他の産地では「あごが落ちるほどおいしい」とも言われる食材です。茂左衛門の上品なあご出汁蕎麦、佐渡に行った際にはどうぞお見逃しなく(撮影:伊藤和哉

茂左衛門のお二人も、佐渡島内の食に関する「UMAMI labo(うまみラボ)」という活動に参加している、とのこと。UMAMI laboとは「飲食店や生産者が垣根を超えて、佐渡の旨みを一緒に追求する活動」だと聞き、俄然惹かれる自分が否めません。

「毎回一緒に仕事するのが楽しくて、最高のメンバー!」と言う佳子さんの言葉を受け、次はUMAMI labo代表の尾崎シェフを訪ねます。

全てはここにある、と気がついた。
尾﨑淳子さん、邦彰さん(清助 Next Door)

邦彰さん いろんなことに疲れ果てて、もう人にも会いたくない気持ちで佐渡に来たのが20年前です。

古い空き家を直しながら暮らす中で気づいたんですよ。もうね、全ての食材がすごいんです、佐渡は。釣った魚、山で採ったキノコ、いただいた野菜も果物も、いろんなおいしさに感動して、少しずつまた人に料理を食べてもらうようになりました。

(撮影:伊藤和哉

15歳から料理人の道を歩み始めた尾﨑邦彰(おさき・くにあき)さんは、フランスと東京を経て、オーストラリア・シドニーで4店舗のレストランを成功させた実業家でした。

ある時、疲労困憊の末にビジネスを売却して帰国。ご親戚の縁から佐渡の空き家を借り、家の修繕をしながら暮らしている間に、豊かな食を見出します。

邦彰さん それでも最初はしばらく、いつか島を出てまたどこか良いところに住もうかと考えたりもしたんです。でも次第に、ここ以上に良いところってあるのかな? と思うようになりました。

車で15分も走れば山のてっぺんまで行って自然の恵みをいただいて、また15分も行けば海で釣り糸を垂らすこともできる。しかも食材のクオリティといったら、僕ら料理人にとってはこの海が大きな冷蔵庫みたいな感覚になるほどです。

こんなに魅力があるところ、他に世界のどこにある? って考えたら、「全てはここにあるから、どこにも行かなくていい」と思いましたね。

帰国から3年が経過した2006年、佐渡の古民家でフレンチレストラン「清助(せいすけ)」をオープン。地域コミュニティや生産者とのご縁を深める中で、系列店として「清助 Next door」もスタートさせます。

「清助 Next door」は現在、食・宿泊・リラクゼーションの複合施設「On the 美一(ビーチ)」の一階。海岸に面し、リゾート気分が高まるお店です。予約が絶えない多忙なお店を切り盛りしながらも始めた活動が、UMAMI laboでした。

ソムリエの尾﨑淳子(おさき・じゅんこ)さんとシェフの邦彰さん。1階にレストラン「清助 next door」、2階にゲストヴィラ「On the 美一」、レンタル可能なスペース「QUILOMBO(キロンボ)」を揃えた建物は、海岸が見渡せる開放的でリッチな空間でした。次はぜひ泊まりたい(撮影:伊藤和哉

UMAMI laboは、蕎麦 茂左衛門など佐渡の飲食店、宿泊施設、生産者、フォトグラファーなど15名前後のメンバーで構成されています。マルシェ「UMAMI Marché」の開催や、依頼を受けてのケータリング提供など、佐渡の食文化を発展させ、広げるために、食の関係者たちが手を携えた活動です。

始めた理由は、一種の危機感だったようです。

邦彰さん UMAMI laboは、佐渡の食に関することを全てレベルアップさせたいと考えて、2012年に始めました。生産者の冷蔵庫から消費者の冷蔵庫まで、全てを底上げしたい、と思ったんです。

自然の恵みを採ってきて食材に使うスキル、一次産業における食品や味覚の知識、飲食店の味の組み合わせやメニュー開発、食材管理、調理場の設計、金額の設定方法、営業の仕方や接客、集客も。食のこと全部です。

飲食のアドバイザーをするということですか? と問うと、「そんな立派な名前もいらなくて、自分の知識をただ渡すだけ」と言う邦彰さん。

邦彰さん これだけ豊かな土壌や生産技術があるのだから、定番以外の野菜もおいしく育てられるんです。でも買い求める人がいなければ市場に出しても売れないので、農家さんもつくる気になりません。ならば使う側の教育も必要になります。

初めて知る食材のいかし方やクオリティを僕が教えることで、使う人が生まれて、使う人がいるならつくる人も出てくるはず。そういうハブの役割を果たしながら、佐渡全体の食に関する目線を上げたいんです。

そのために自分が知ってることはタダであげても構いません。Googleで検索するみたいに、質問してくれたら何でも答えたいと思っています。

ある日のUMAMI laboのケータリング先にて。この日、尾崎さんたち「清助Next door」は4種類のメニューを用意していました。こちらは自家栽培のルッコラを詰めた、鶏肉のファルス(撮影:金子一仁)

願いは、佐渡全体の食のリテラシーを上げること。「佐渡にはそれほど可能性があるから」と言う邦彰さんは現在、島内の県立高校の先生たちと一緒に、起業までを想定した授業も受け持っているそうです。

世代を超えた喜びを、これからも。
山崎智子さん、マーカス・ソトさん(T&M Bread Delivery)

佐渡の内外ともにファンが多いベーカリー「T&M Bread Delivery」も、UMAMI laboに参加している食の作り手です。島根出身の山崎智子(やまざき・ともこ)さんとアメリカ出身のマーカス・ソトさんが、自然素材で起こした酵母を使って焼くパンは、子どもからおとなにまで大人気。

智子さん 佐渡に来たのは35年前。来たばかりの頃は、ニューヨークに住んでいた時によくつくっていたマフィンを焼いたりカフェをしたりしていました。

その頃の佐渡ではまだ、天然酵母のハード系ブレッドを売ってるお店がどこにもなかったんです。それなら自分たちでつくるしかない、とパン屋を始めました。

UMAMI laboのメンバーと一緒のケータリング先にて。フォカッチャ、ガーリックトースト、チーズのパンを紹介する智子さんとマーカスさん(撮影:金子一仁)

佐渡の羽茂(はもち)にあるおふたりのパン屋さんは現在、営業日は金曜日と土曜日の週2日です。その他、連休の時期にお店を開けたり、イベントに出店することも少なくありません。UMAMI laboのメンバーとしてマルシェの出店やケータリングを担当することも。

さらに、ポップアップで島外や県外からの呼びかけに応えて出張販売に行くことも多く、T&MのSNSを見ていると、日本各地でファンが待っていることがわかります。

マーカスさん お店を開けるのは週2日でも、パンを焼く時間も別に2日必要です。東京や京都などの出店がある時は、生地づくりから包装まで、1週間くらい掛けて準備することもあります。

パンを焼くために夜中に起きることも多いし、自分たちの畑とか薪の用意とか、いろいろすることがあって忙しいです。だけどそれは、良い忙しさですね。

智子さん いろんな種類のパンをつくっていますが、いつも焼きながらお客さんたちの顔が浮かぶんですよ。あの方はきっとこれも好きだろうな、とか、このパンはあの方がすごく喜んでくれたなあ、とか。そうした喜びを繰り返しながら、自分たちのモチベーションを上げています。

ご家庭の食卓でパンを分け合ったり、うちのパンと一緒に日常の会話が生まれていると思うと、やりがいを感じられて本当に嬉しいです。

(提供:T&M Bread Delivery)

T&Mの代名詞ともいえる人気メニューは、佐渡のりんごがぎっしり詰まったアップルパイです。30年以上変わらないという不動のレシピ。最近は「三世代の味」になっていました。

智子さん ご両親が買いに来てくれていた世代が、大学や就職で島外に住んで、そのうちお子さんを連れて帰省するようになってきたんです。

「小学生の時から食べてました」とか「家族三代で食べます」と言ってもらえると、それはそれは、もう本当に嬉しい。時が経つ早さにも驚きますね。

移住者という観点でいえば、佐渡で暮らす先駆者でもあるお二人。この島で事業を続けながら生活を築くためには、どんな視点があると良いのでしょうか?

マーカスさん Consistency(一貫性)でしょうね。おいしさも、安全性も、いつも同じように努めることでお客様が決まる。宣伝などに頼るよりも信頼を得られて、口コミにつながります。

僕らはこれまで何か特別なコマーシャルをしたこともなく、「良かったからまた来たよ」と言ってもらえるように続けてきました。

島のコミュニティでは、良くなかった噂はあっという間に伝わるけど、良い評価はゆっくり時間を掛けて伝わるもの。でも確実に伝わるから、consistency(一貫性)をもって、policy(方針)をブレさせないことがとても大事だと思います。

もちっとした食感が最高。一口ごとに幸せになるパン、たくさんいただいちゃいました(撮影:金子一仁)

情報量が多く、何かと流動的な都心とは違うということを理解する。そして誠実に続けること。着実に積み重ねてきた言行一致のT&Mだからこその説得力があり、離島の飲食店に限らずとも、大切な視点を教えていただきました。

地元になかったビジネスが、地域に貢献するまでに。
伊藤渉さん(HOSTEL Perch)

佐渡に行こうと思った時、まず考えるのは「どこに泊まるか」です。2018年、新しい選択肢として登場したのが、HOSTEL Perch(ホステル パーチ)。オーナーの伊藤渉(いとう・わたる)さんを訪ねました。

伊藤さん 僕は生まれも育ちも佐渡です。東京で寿司職人として仕事をした後、佐渡に戻って実家の飲食店を手伝っていたのですが、10年ほどして自分でも事業をしたくなりました。

でも、飲食店とは違うことをしたい、と考えた時に、一階がカフェで上階に泊まれるゲストハウスをやろう!と思いついたんです。

パーチ1階のバーカウンターでお話を聞かせてくれたオーナーの伊藤渉さん(中央)。スタッフの池田依里花(いけだ・えりか)さん(右)は2022年に大阪から移住後、パーチで勤務。クラフトビールに情熱を注ぎ、この日のイベントではビールを注ぐコツも伝えに来ていた”パッション”さんこと土屋雅樹(つちや・まさき)さん(左)は佐渡出身(撮影:伊藤和哉

伊藤さん これまで佐渡の宿といえば、大きな宴会場があって、観光のオフシーズンは宴会の場として営業するのが一般的でした。そのため、宴会場がなく食事も出さない、泊まるだけというゲストハウス自体、地元の人たちから「そんなの誰が来るの?」と言われたりしたんです。

併設のサウナも、最初は「お風呂がなくてサウナだけ入る人なんているの?」と言われたりしましたが、実際たくさんの人が来てくれるようになり、今は地元の人もサウナに来てくれています。

開業から1年ほど経った頃、伊藤さんは「点と点がきれいにつながった」と振り返る出来事に遭遇します。翌年、佐渡でクラフトビール「t0ki brewery(トキブルワリー)」をつくった藤原敬弘(ふじわら・たかひろ)さんとの出会いでした。

伊藤さん 藤原さんが「クラフトビールをつくりたい」と佐渡に来始めて、僕の世界観も一気に広がりました。

それまでは「ゲストハウスにサウナがあるとネットに書けば、お客さんが来てくれるだろう」という漠然とした感覚しか持っていなかったんですが、佐渡での体験を増やしてもらうために、お客さんたちがどんな行動をできるといいのだろうか、と具体的にイメージできるようになったんです。

サウナとビールがあることで滞在時間が伸び、近所のお店を利用する人も増える。あと、IT系出身の藤原さんにアドバイスをもらいながら2階でコワーキングスペースを始めたら、宿泊者に限らず、宿泊していない地元の人もリモートワークやビジネスミーティングでの利用が増えました。

トキブルワリー代表・藤原さん。伊藤さんはブルワリー設立前、島外に出るたびにいろんなクラフトビールを買って戻り、関係者向けに自ら試飲の機会をつくる藤原さんの行動力を見て、「クラフトビールへの深い愛情を感じたし、本当にやりたいんだな、とわかって信頼できた」そう(撮影:金子一仁)

高温なところが人気だというパーチのサウナと相性の良い、爽やかなエール系であるトキブルワリーのビール。取材でお邪魔した日もたくさんの方がサウナに出入りし、最高の笑顔を見せながらビールをオーダーしていました。

伊藤さん 佐渡の人口が減っていることは事実です。地域の価値は、人が来たくなる魅力をつくり、伝えることで、自分たちで上げていくしかありません。

今、料飲店組合の副組合長もしているんですけど、食事の提供をしていない僕らとしては、地元のお店にも元気に継続してほしいと思っていて。だからこそ、自分でも島外に出て、佐渡のことを伝えるようにしています。

ホステルパーチは佐渡に来た人たちが立ち寄り、元気になって旅立つ。そしてまたいつか出会う場所。鳥たちが羽を休める止まり木(perch)の名の通りのお宿です(撮影:伊藤和哉

少しずつでも佐渡を好きになってくれたら嬉しい。
藤原敬弘さん(t0ki brewery)

パーチのカウンターにタップルームがあるほか、小川温子さんのイラストを施したビール缶や、UMAMI laboの食と合わせたビールの提供など、この旅でお話を伺ってきた方々による佐渡のさまざまな魅力をつなぎ、より強固なものにしているのもトキブルワリー藤原敬弘さんでした。

藤原さん 新潟でITの会社を経営している時に、会社の規模が大きくなってきて、何か自分でまた新しくスタートアップを始めたくなったんです。

その頃、前職のみんなでパーチに泊まりに来て、クラフトビールの構想を話したら受け入れてくれました。渉さんのおかげで佐渡の中での関係性も広がって、場所も見つかったので、2020年に移住してきました。

UMAMI laboさんたちの食事も、こんなにレベルが高い食事は都心でもそうそう食べられません。自分が食べたいと思うからこそ、ケータリングなどをお願いするようになったんです。

信頼しているのでメニューは毎回お任せですが、地元の食材を多く使ってくれたりして、特に島外から来るお客さんたちは毎回、本当に喜んでくれますね。

この日のケータリングにはUMAMI laboのメンバーでもあるビストロ「La Barque de Dionysos(ラ・バルク・ドゥ・ディオニゾス)」の信田聡美(しだ・さとみ)さんによるスイーツも2種類。佐渡のフルーツや乳製品を惜しみなく使い、輝く表情を見せていました(撮影:金子一仁)

藤原さんはさらに「トキと酒」と題した、佐渡のお酒や食を楽しむイベントを主催。これまでに佐渡島内の他、北海道や関西など、日本各地で開催しています。

自らビールを仕込み、さらに佐渡の魅力として「おいしい」と「楽しい」を各地へ運ぶ。そこまでするほど伝えたい佐渡の魅力とは、何でしょうか?

藤原さん 佐渡のイベントを島外でやると、そこで会った人のうち多くの割合の方が佐渡に遊びに来てくれます。(筆者註:まじで確実に来てくれる!と力強く補足してくれたのは、パーチの伊藤さん)

そうするとUMAMI laboの皆さんのお店に行く人たちもいるし、初めて佐渡に来る人たちにとっては、それまで知らなかった所を訪れる機会にもなっている。飲食店、地域、遊びに来る人たち、それぞれに良い「三方よし」なんですよね。

もちろんすぐには来られない人もいるし、お店が大事にしていることを蔑ろにしたくはないので、イベントも少しずつの動きにはなります。でも、確実に届けたい。ちょっとずつでも佐渡のことを気に入ってくれたら良いなって思っています。

佐渡の好きなところはどんなところですか? と聞くと、「自由なところ」と即答でした。

藤原さん 佐渡には、自由であるからこそのやりがいがあるんです。地元の人と仲良くしたいとか、地元のためになるような新しいことをしたいと考える人にとっては、可能性しかありません。

パーチができた当初は否定的なことを言ってくる人もいたようだけど、本気で続けていけばわかってもらえる。良いところです。

佐渡の内と外をバランスよく繋ぐ藤原さんの活動、これからも楽しみです(撮影:金子一仁)

「個」を受け入れ、思いをつなげる土壌。
関係性は微生物のごとし

今回は改めて、佐渡の「大きさ」を痛感する旅となりました。海を渡ったあらゆる個性を受け入れてきた佐渡だからこそ、それぞれを横につなげて拡げる土壌があるのです。
 
肥沃な大地には、ほんの1グラムの土に何億種類もの微生物がいるとされています。人間が把握できているのはその一部に過ぎず、微生物たちは自分の役割と他者の役割を理解して、お互いをいかし合いながらその場を整えて生きている。

わたしたちの肉眼では見えない、人智の及ばない微生物が生きているおかげで、健やかな世界が保たれていると想像すると、どうでしょう? 佐渡のプレイヤーたちも微生物のように、個性でお互いをいかし合い、周囲を楽しませ、快適にしている。そんなイメージが重なります。

そういえば清助Next doorの尾崎シェフが「目的のある人だけが船に乗るんです。だから佐渡は面白い人が多い」と言っていたことを思い出しました。佐渡を豊かに保っているのは、自らの人生を乗りこなす人々の個性だったのです。

20年以上通っているものの、今回ほど佐渡についてもっと知りたい、具体的な動きや誰かの思いを知りたい、と感じたのは初めてです。それほど刺激と元気をもらって帰ってきました。

いつかお会いすることが叶えば、あなたが佐渡で感じたことも聞かせてくれたら嬉しいです。

(編集:山中散歩)

[sponsored by トキと酒実行委員会・佐渡市]

– INFORMATION –

佐渡のグルメが集うイベント「トキと酒」が東京で開催されます!

この旅で出会った人たちとおいしい食が楽しめる貴重な機会です。佐渡と聞いて懐かしいと思う人も、行ったことないという人も、どうぞお見逃しなく。(ちなみに筆者のわたくしもパネリストのひとりとしてお邪魔します。)

▽イベント名:トキと酒 in TOKYO
▽日時:2023年 10月 21日(土)午前 11時 00分〜 午後 9時 00分
▽場所:CITAN(東京都中央区日本橋大伝馬町15-2)

イベントの詳細はこちら