仲間のりょうちゃんが、僕が話した言葉を(本当に)そのまま文字におこしてくれましたので、シェアします。
サンクスりょー!
ブログ「旅の途中」より
今年初めて被災地に行ってきました。
ゼミで制作しているラジオ番組の収録のために宮城県の気仙沼市にある鹿折小学校と大島の小学生に取材をしてきたんだけど、以前から付き合いのあるNPO底上げの矢部寛明(以下ひろくん)にコーディネートをお願いした。
1日目に大島での収録を無事に終え夕飯を一緒に食べている時に、被災地の現状やボランティアの話をした。僕は普段からひろくんに会う時には聞いていた話だが、同行した大学の教授は興味深そうに聞いていた。
そして、ひょんなことから、なぜ、ひろくんは長期のボランティアとして気仙沼に居続けるのかという話題になった。被災地のど真ん中に内定を蹴ってまで居続ける、その本当の理由はどこにあるのか。
―なんでこんなに長く居ようと思ったの?
「実は、長くいようと思ったのは10月位で実は最近なんですよね。最初から長くいようと思っていたわけじゃないです。内定も貰ってたし、内定先の社長にお願いして入社を遅らせて被災地に入っていたんで。
原発とかいろんな問題があるけど、こんな世の中のはずはないこんな世の中のはずはないってずっと思っていたんですよね。心のどっかでここは本当の世界じゃない、と思ってた。そのくらい毎日毎日がむしゃらに動いていて、だから長くいようと思うのに時間がかかったんだと思うんですけど。
最初の頃は被災地を出て実家の埼玉や東京に戻る時は、たぶん震災後すぐに来た人はわかると思うんですけど、2つの別の世界を行き来しているような感覚になっていましたね。それから月に1回くらい、被災地やボランティアのことについて話をさせてもらう機会を頂いたことや、時間が経つにつれてなれましたけど。
長く居ようと思った理由は、
10月頃に、実は名取(宮城県名取市)に入って活動していたあるNPOの代表の方と話す機会が偶然あったんです。
僕も結構何回もあったんですけど、避難所の人とかに『いつまで居るんですか?』って聞かれるんですよね。僕はいつも2カ月くらい先に帰る、例えば4月だったら5月とか6月には帰ります、みたいに話をしていたんですけど、なんかその自分の言葉に違和感があって、なんか、そこまでなんだなって思ったりもして、帰るとは思ってたんですが、なんか自分の発言にしっくりきてなくて。
一方でその名取で会ったNPOの代表の方はそうやって聞かれたときに、『みんなが元気になるまで居ますよ』って答えていたんですよ。もともと海外で医療支援の活動をしていた人なんですけど、たまたま震災の時に日本にいたからって理由で被災地で活動してた方で、その人の話を聞いた時に、もう、なんだろ、そこでいろんなことを思ったんですよね。
それで、10月くらいからいろんなところで被災地の話をさせてもらっているんですけど、やっぱり被災地に入りたくても入れない人もいっぱいいて、被災地に入れることって当たり前じゃないって思ったし、やっぱり入れる人間が被災地に入るってことは、なんかみんなの気持ちをカバーしてるじゃないですけど、そんな風に感じて、あ、これはもう少ししっかり居なきゃ失礼だなって、色んな人に対して思ったんですよね。
今までも、自分に矢印が向いていて、自分がやっているからっていうのはあったんですけど、今ももちろんこの気持ちは今もありますけど、もう少しなんか違うステージで活動してもいいのかなって思って今やっているんですよね。
だからやるのならしっかり体制も整えるっていう意味で、できるかわかんないですけど、NPOを立ち上げて、今やっていますね。
僕は組織を大きくするっていうことが目的ではなくて、すこし大きなことを言うと僕は世の中をもう少し良い方向に進めたいんですよ。良い方向に進めたいから今NPOという形で活動しているんです。けどそれはいわゆる起業家であったり、教育者であったり、政治家だったりすると思うんですが、今たまたまNPOという形を取っているだけなんですよね。」
ひろくんの言葉の1つ1つにはぶれない魂のようなものが宿っていて、力強さと優しさが見えた半面、やはり長期でいるということの苦悩も垣間見えました。
被災地のこと、被災地に居る人のことだけを考えて動いた結果ではない。このことは僕たちにとって何を意味するのか。
少なくとも、被災地に長く入ることができない僕たちができることはなんなのか、ということを考えずにはいられませんでした。
それと、ラジオの取材で話をした小学6年生の男の子が言っていた言葉があります。
「観光でもなんでもいいからとにかく来て被災地に来て見て欲しい。」
別の女の子は
「ボランティアに1度来てくれた人にまた会いたい。また一緒に遊びたい。」
子どもたちは純粋でまっすぐだ。だから大人の都合でよく使う“あいまいな言葉”も子どもたちは真に受けてしまう。
子どもは大人が思う以上に良く見て、良く考えてると思います。
少し読みづらいかもしれないけど、ひろくんが語った言葉をそのまま伝えたくて、ほぼ書き出したまま上の文は書きました。だからもしかしたら、誤解してしまう表現があるかもしれません。
それはそれでいいのかなって思ったりします。けど、自分の視点からだけじゃなくて色んな視点からこの想いを読み取って欲しいと思います。最後まで読んでくれてありがとうございます。