僕にできる小さなこと

2012 年 2 月 1 日

ここ数日の出来事まとめ

カテゴリー: 未分類 — hiro @ 7:05 PM

最近のことをちらっと。


久しぶりにがれき撤去の依頼があったので作業。
僕は最終日だけの参加だったけど、やっぱり大変~!


現地スタッフ成宮が男らしい~!


気仙沼の原宿!(僕が勝手に言っている)いこま青果にてクレープを食す。
ここのクレープはほんとにウマイ!ソフトクリームも美味しいんだけど、なんせ寒いので断念!


そりゃ寒いですよ。池の水が凍って近所の子どもが氷の上を歩いてますから!


運動不足はまずいだろ!ということで気仙沼で今まで出会った方々と「運動部」を結成。
メンバーは、災害FM、新聞記者、NPOスタッフ、高校生、ママ!いやーいい汗かきました。
こういう活動続けていきたい!


今日は雪。
買い物に行くついでに写真撮りました。

2月から、底上げ3人は気仙沼教育委員会より依頼を受けて学習支援員として気仙沼市内の中学校へ。2月11日には加藤登紀子コンサートも控えていて、相変わらず忙しくやらせてもらってます。インフルエンザがここ気仙沼でも流行ってるみたいだけど、注意してまだまだ活動を続けていきたい今日このごろ。あ、また雪降ってきた・・・

2012 年 1 月 28 日

NPO法人底上げ(現在申請中)代表矢部寛明が語る長期ボランティアとして被災地に居続ける本当の理由

カテゴリー: 未分類 — hiro @ 11:26 PM

仲間のりょうちゃんが、僕が話した言葉を(本当に)そのまま文字におこしてくれましたので、シェアします。
サンクスりょー!

ブログ「旅の途中」より

今年初めて被災地に行ってきました。
ゼミで制作しているラジオ番組の収録のために宮城県の気仙沼市にある鹿折小学校と大島の小学生に取材をしてきたんだけど、以前から付き合いのあるNPO底上げの矢部寛明(以下ひろくん)にコーディネートをお願いした。

1日目に大島での収録を無事に終え夕飯を一緒に食べている時に、被災地の現状やボランティアの話をした。僕は普段からひろくんに会う時には聞いていた話だが、同行した大学の教授は興味深そうに聞いていた。
そして、ひょんなことから、なぜ、ひろくんは長期のボランティアとして気仙沼に居続けるのかという話題になった。被災地のど真ん中に内定を蹴ってまで居続ける、その本当の理由はどこにあるのか。

―なんでこんなに長く居ようと思ったの?

「実は、長くいようと思ったのは10月位で実は最近なんですよね。最初から長くいようと思っていたわけじゃないです。内定も貰ってたし、内定先の社長にお願いして入社を遅らせて被災地に入っていたんで。
原発とかいろんな問題があるけど、こんな世の中のはずはないこんな世の中のはずはないってずっと思っていたんですよね。心のどっかでここは本当の世界じゃない、と思ってた。そのくらい毎日毎日がむしゃらに動いていて、だから長くいようと思うのに時間がかかったんだと思うんですけど。
最初の頃は被災地を出て実家の埼玉や東京に戻る時は、たぶん震災後すぐに来た人はわかると思うんですけど、2つの別の世界を行き来しているような感覚になっていましたね。それから月に1回くらい、被災地やボランティアのことについて話をさせてもらう機会を頂いたことや、時間が経つにつれてなれましたけど。

長く居ようと思った理由は、

10月頃に、実は名取(宮城県名取市)に入って活動していたあるNPOの代表の方と話す機会が偶然あったんです。
僕も結構何回もあったんですけど、避難所の人とかに『いつまで居るんですか?』って聞かれるんですよね。僕はいつも2カ月くらい先に帰る、例えば4月だったら5月とか6月には帰ります、みたいに話をしていたんですけど、なんかその自分の言葉に違和感があって、なんか、そこまでなんだなって思ったりもして、帰るとは思ってたんですが、なんか自分の発言にしっくりきてなくて。

一方でその名取で会ったNPOの代表の方はそうやって聞かれたときに、『みんなが元気になるまで居ますよ』って答えていたんですよ。もともと海外で医療支援の活動をしていた人なんですけど、たまたま震災の時に日本にいたからって理由で被災地で活動してた方で、その人の話を聞いた時に、もう、なんだろ、そこでいろんなことを思ったんですよね。

それで、10月くらいからいろんなところで被災地の話をさせてもらっているんですけど、やっぱり被災地に入りたくても入れない人もいっぱいいて、被災地に入れることって当たり前じゃないって思ったし、やっぱり入れる人間が被災地に入るってことは、なんかみんなの気持ちをカバーしてるじゃないですけど、そんな風に感じて、あ、これはもう少ししっかり居なきゃ失礼だなって、色んな人に対して思ったんですよね。

今までも、自分に矢印が向いていて、自分がやっているからっていうのはあったんですけど、今ももちろんこの気持ちは今もありますけど、もう少しなんか違うステージで活動してもいいのかなって思って今やっているんですよね。

だからやるのならしっかり体制も整えるっていう意味で、できるかわかんないですけど、NPOを立ち上げて、今やっていますね。

僕は組織を大きくするっていうことが目的ではなくて、すこし大きなことを言うと僕は世の中をもう少し良い方向に進めたいんですよ。良い方向に進めたいから今NPOという形で活動しているんです。けどそれはいわゆる起業家であったり、教育者であったり、政治家だったりすると思うんですが、今たまたまNPOという形を取っているだけなんですよね。」

ひろくんの言葉の1つ1つにはぶれない魂のようなものが宿っていて、力強さと優しさが見えた半面、やはり長期でいるということの苦悩も垣間見えました。

被災地のこと、被災地に居る人のことだけを考えて動いた結果ではない。このことは僕たちにとって何を意味するのか。
少なくとも、被災地に長く入ることができない僕たちができることはなんなのか、ということを考えずにはいられませんでした。

それと、ラジオの取材で話をした小学6年生の男の子が言っていた言葉があります。
「観光でもなんでもいいからとにかく来て被災地に来て見て欲しい。」

別の女の子は
「ボランティアに1度来てくれた人にまた会いたい。また一緒に遊びたい。」

子どもたちは純粋でまっすぐだ。だから大人の都合でよく使う“あいまいな言葉”も子どもたちは真に受けてしまう。
子どもは大人が思う以上に良く見て、良く考えてると思います。

少し読みづらいかもしれないけど、ひろくんが語った言葉をそのまま伝えたくて、ほぼ書き出したまま上の文は書きました。だからもしかしたら、誤解してしまう表現があるかもしれません。
それはそれでいいのかなって思ったりします。けど、自分の視点からだけじゃなくて色んな視点からこの想いを読み取って欲しいと思います。最後まで読んでくれてありがとうございます。

2012 年 1 月 23 日

愛知最終日

カテゴリー: 未分類 — hiro @ 1:11 PM

全然時間がなくてブログ書けずで最終日。
(イベント→反省会→ごはん→夜行バスコースでした)

昨日はイベントがお昼過ぎからスタート。
子供からおじいちゃんおばあちゃんまで本当に多種多様な方が参加してくれた。

そして会場を駆け回るレディー集団、autibeautistの皆様。
物販や展示物の設営、司会進行に誘導まで。
やっぱり女性の力はスゴイ!

今回のイベントは僕話をさせていただいたけど、
もう一つは映画「地球交響曲」の上映。

まあ、この映画がいいのなんので。
多くの方に観てもらいたいし、ぜひ被災地でも上映会をやりたいと思っている。

一週間本当に走りっぱなしで正直疲れた。
でも、僕の講演会をサポートしてくれたactibeautistたちはもっと大変だったと思う。
みんなの頑張りを見るたびにまだまだ、自分自身できることがあるし、やる必要がある。
そんな気がしている。

よく「被災地にいけないんだけど、何か出来ることありますか?」
って聞かれて自分でもうまく答えられなくてモヤモヤしてたけど、
ひとつの例として、愛知県のactibeautistのことをいいたい。

「被災地にいなくてもできることはいっぱいあるよ」って。

あー、今回もいっぱいパワーもらった。
毎度の話だけど、被災地の話して一番元気になっるのは間違いなく僕で、
いかにこれを僕の周りに還元できるかが今後の課題。

さて、今日は立教大学で講義。
今日も被災地を想いいってきます!


actibeautist swt48(S・底上げ W・ウーマン T・チーム)の方々と

2012 年 1 月 21 日

愛知6日目

カテゴリー: 未分類 — hiro @ 11:50 PM

今日は、準備DAY。
明日のイベントの用意、来週の立教大学のイベントの用意をじゃんじゃんやって、完璧!

・・・

にいくはずもなく・・・汗。

おばあちゃんとデートをし、親戚の子どもと遊び、明日の打ち合わせをしたりしてたらこの時間(現在23時29分!)

さあて、これから頑張るか・・。

明日のイベントの用意を連日連夜してくれてる愛知のメンバー。
その脇でぬくぬく寝てられません!

すやすや寝ます!

違うか。

明日で愛知ツアーもおしまい!被災地を想い・・・いくぞっ!

(ブログのデザインかえてみました)

2012 年 1 月 20 日

愛知5日目

カテゴリー: 未分類 — hiro @ 5:44 PM

本日は午後から豊田市立猿投中学校での講演会。

テーマは
「東日本大震災の復興ボランティアを通して~働くこと・仕事について伝えたいこと~」

学校のキャリア教育の一環で僕の経歴が面白い(異色?)ために、被災地を通して働くことについて話をさせてもらった。
中学一年生の生徒たちが、自ら企画し運営。今後もキャリア教育を行う予定でその第一回目。

被災地の話を中心に、僕が考える仕事について話をした。
「支援って直接的に被災地に行って泥かきや、がれき撤去の作業を行うだけでなく、間接的にやることは山ほどある」
「どうしても直接支援している僕らにスポットが当たりがちだけど全然そうじゃない」
「僕らが活動できているのは被災地ではない日本全国にボクらをサポートしてくれる人がいるからこそ」

「それって仕事にだって同じこと」

「目の前の事務作業だって、結局はつながっていて、誰かの役に立っている」
「そんなことを考えて仕事というもを考えて欲しい」
そんな話をした。
最後に僕が好きな「彩り」を聞いてもらい講演会終了。

今日で学校での愛知県での講演活動は一旦終了。
本当にたくさんの支えの中で多くの学校で話をさせてもらうことができた。
5月中旬にも愛知に来る予定なのでまたこういった活動ができるといいな。

僕のした単純作業が この世界を回り回って
まだ出会ったこともない人の笑い声を作ってゆく

彩り Mr. Children

ただ目の前に並べられた仕事を手際よくこなしてく
コーヒーを相棒にして
いいさ 誰が褒めるでもないけど
小さなプライドをこの胸に 勲章みたいに付けて

僕のした単純作業が この世界を回り回って
まだ出会ったこともない人の笑い声を作ってゆく
そんな些細な生き甲斐が 日常に彩りを加える
モノクロの僕の毎日に 少ないけど 赤 黄色 緑

今 社会とか世界のどこかで起きる大きな出来事を
取り上げて議論して
少し自分が高尚な人種になれた気がして
夜が明けて また小さな庶民

憧れにはほど遠くって 手を伸ばしても届かなくて
カタログは付箋したまんま ゴミ箱へと捨てるのがオチ
そして些細な生き甲斐は 時に馬鹿馬鹿しく思える
あわてて僕は彩(いろ)を探す
にじんでいても 金 銀 紫

ただいま
おかえり

なんてことのない作業が この世界を回り回って
何処の誰かも知らない人の笑い声を作ってゆく
そんな些細な生き甲斐が 日常に彩りを加える
モノクロの僕の毎日に 増やしていく 水色 オレンジ

なんてことのない作業が 回り回り回り回って
今 僕の目の前の人の笑い顔を作ってゆく
そんな確かな生き甲斐が 日常に彩りを加える
モノクロの僕の毎日に 頬が染まる 温かなピンク
増やしていく きれいな彩り

愛知4日目

カテゴリー: 未分類 — hiro @ 12:19 AM

今日は緑丘小学校!
一時間目は3年生、二時間目は五年生の前で話をさせていただいた。
一時間目は3年生の前での話ということで、「途中で飽きちゃうだろなー」と思い、いかに飽きさせず、惹きつけさせられるか、そして被災地について考えてもらえるかを重点におき話をした。
しかも本日!授業参観日!(先生が授業しなくても平気なのかな?ww)

体育館で(寒かった)体育座りして、しかも保護者の方まで話を聞いてくださった。
一方的に話をするのではなく、子どもたちに質問を投げかけて、話をした。要所要所で考えるきっかけを与えられたかなーと思う。
最後に何人かの子どもたちが「握手してください~」と寄ってきてくれて、「いったい小学生の子どもたちの目には僕がどう映ったのか?」と考えざるを得ない場面があった。

場所を移して5年生を対象に二回目の講演。
5年生ということで、話を聞いてくれる雰囲気ではあったのでやりやすかったけど、「別に3年生を前にやるときに極端に意識する必要はなかった」と5年生に対して講演している最中に思った。
「ああ、僕の精神レベルは(やっぱり)小学生レベルなんだ。トホホ」

今回も保護者の方が多く参加してくださり、うなずいたり、終わったあとに話かけてくれたりと関心を持ってくださる方が多くいらした。また、先生方も興味をもってくださった様子で質問攻めにあった。(うれしい)

午後は名古屋まで移動してベトナムでお世話になった方と合流。
JICAの職員でこれまたいろんな話ができた。
味噌カツご馳走になった。(うまい)

ビッグカメラでウィルコムを購入(現地調整用)

夜は気仙沼で出会ったボランティアの方と合流し、情報交換。
「お前みたいなやつがいるから、俺らみたいに被災地に入れなでモヤモヤしてる奴らが救われた気持ちでいられるんだ」
「被災地の方を助けてるだけじゃなくてお前は、同時に俺らみたいなやつも助けてるんだ」
ってなことを話してくれてた。

・・・

そうかも。

明日は猿投中学校。雨やむかなー。

2012 年 1 月 18 日

愛知3日目

カテゴリー: 未分類 — hiro @ 10:53 PM

今日は豊田市立挙母小学校5年生を対象に、FMとよたRADIO LOVEATのBEAT STREAMに出てきました。

挙母小学校は震災以来、津波や被災地のことについて学習を重ね、消防士や保健師を呼んで被災地の話を聞いたりしている、とても震災に意識が向いている学校でした。

こんな張り紙や、


こんな張り紙が教室に貼ってありました。

愛知でも被災地への強い想いがありました。

そんな中で今回の講演。


子どもたちは、僕が発した言葉をメモるメモる!メモる・・・

すごい気合。

消防署の方や保育士の方の話を聞いているからか自ら学ぼうという意識がとても高かった。やっぱり「石巻で家になだれ込んだイカを処理したんだよ」という話をすると、一斉に「えええ!」「うそおおお」とか声があがった。

子供たちの反応もよく、質問もたくさん出てとても有意義な時間を過ごせました。

その足でFMとよたのスタジオへ。
本来は音楽の番組だけど、番組の一部を変更して、僕が被災地の話をする時間を作っていただいた。
初日に伺った山の手小学校の校長先生や、今日の挙母小学校の子どもたちからメッセージが来て。本当にうれしくて、(毎度のことですが・・・)気持ちがいっぱいになって本番中に泣きそうになった。

本当に大勢の方がボクらを支援してくださってるし、被災地の方々のことを考えている。

僕はこのことを被災地の方に伝える必要がある。

まだまだやることはあるなー。

明日は緑が丘小学校。
一時間目は3年生、二時間目は5年生!
僕にとっても低学年に話すってある意味挑戦!

飽きさせず、被災地を想い明日もいくぞー。

2012 年 1 月 17 日

愛知2日目

カテゴリー: 未分類 — hiro @ 9:19 PM

本日は・・・
特になし!
いや、明日の資料づくりに追われています。

何かに追われています笑

そんな中、気分転換に散歩

そして親戚の子どもが遊びに来ていたので、階段の昇り降りの練習!

はいっ!
矢部寛明は講演活動もしますが、子どもの階段昇り降りの練習まで幅広く活動しています。階段の昇り降りができないお子さんがいる方!ぜひ、わたくしまで!笑

こうやって活動できるのは、現地でバリバリ活動してくれてる底上げメンバーのおかげ。気仙沼では代官山の美容師集団をコーディネーションをしました。

明日は豊田市立挙母小学校、そしてFM豊田!

2012 年 1 月 16 日

名古屋だら~

カテゴリー: 未分類 — hiro @ 9:30 PM

今日から愛を知る県、愛知県での公園ツアー

いや、講演ツアー始まりました。(公園ツアーって笑)

今回は愛知のSWT48-actibeautistの皆さんがツアーを企画、運営してくれています。(ありがたい)

今日からおつきの方が3名笑

いやはや、女性陣のパワーは半端じゃないです。
すぐに校長先生と意気投合。

校長先生はじめ山の手小学校の意識の高いこと!
僕が講演するということで学校の保護者にただ義援金を募るのではなく、
ゆず茶を買ってもらって僕らの団体に義援金を集めてくれていたのだ。

もちろん子どもたちも寒い体育館のなか真剣に話を聞いてくれました。

ちゃんと気持ちは伝わったかなー

一、二時間目を終えてすぐ移動して前山小学校へ

入口には底上げJAPAN矢部寛明さん、いらっしゃいの張り紙。

僕なんかに本当にありがたいです。

ここの子どもたちの勢いにはビックリ!
質問コーナーで時間いっぱいまで質問攻めにあった。
「どんな気持ちでボランティアしてますか?」
「最初に被災地にはいったときの印象はどうでしたか?」
「いま一番困ってることはなんですか?」
「ボランティアで感じたこと、うれしかったことはありますか?」
なかには
「ボランティアを何年続けていきますか?」
なんていう質問まであった。

被災地から遠く離れた愛知の地でも確実に子どもたちは深く考えていたし、多くのことを吸収しようとしていた。

僕は最後に子どもたちに宿題をだした。

「今後みんなは何ができるかなぁ?」

こんな質問を投げかけて教室をでた。これからどんな人生を描くのかなぁ。子どもたち。
(今回の名古屋ツアーでは毎日ブログを更新します。がんばります!じぶん!)

2012 年 1 月 15 日

僕よりまさかな皆さまへ

カテゴリー: 未分類 — hiro @ 10:21 PM

まさかなみんなへ

いつも、感謝を行動で伝えようとしているつもりだけど、なんだか文字にしたいと思いブログを書きます。

「まさか」

2年前、アメーバ集団まさかをつくった。
それ以来、パーティーしたり、サッカーしたり、旅行したり、イベントひらいたりいろんなことをやてきた。
ただ遊ぶんじゃない。僕らが楽しいだけじゃない。僕らが楽しむことが誰かのためにと。

そしてなにより「まさか」にこだわった。

このご時世、毎日なにが起きるかわからない。
だからこそ、まさかな状況に柔軟に対応する人材を集め意識を高め合う。
そんな集団を目指した。

去年は震災に始まり、震災に終わるそんな一年だった。
放射能に怯え、依然見つからないご遺体。
まさに、「まさか」の連続だった。

いち早く先人をきって被災地にはいった僕の肩を押してくれたのは
まさかのメンバーだった。

なんどもくじけそうになった。
でも、まさかのメンバーは一緒になって活動を続けてくれた。
「まさか」に柔軟に対応した。

ほんとに言いたい。

ありがとうと。

ありがとうという言葉以上のものがあるんだけど、僕にはその表現力がなさすぎる。

これから社会人になるやつも、世界一周から帰ってくるやつも、大学6年目に突入するやつも、新たな土地で頑張るやつも、
夢にむかって進むやつも、脱原発訴えて進んでいくやつも、被災地で活動してるやつも、就職活動するやつも、政治の世界にすすむやつも、海外に留学するやつも、全部ひっくるめて。

いつまでも「まさか」であることに誇りに思いながら今後も活動する。
まさかはいつも僕の心の支えだ。

もういっかい

ありがとう。

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