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小杉湯の物語から見えてきた「銭湯的コミュニティ論」。いかしあうつながりの秘訣は、日々の風呂みがきにあった?

小杉湯を、コミュニティづくりの成功事例として取りあげられることにちょっと違和感があるんですよね。

取材で小杉湯を訪ねた僕たちに、小杉湯の三代目・平松佑介さんはそう打ち明けました。

小杉湯は、銭湯つきアパート(2018年に取り壊し)に集まった個性あふれる人たちの生活や、その住人たちがつくった「株式会社銭湯ぐらし」の活動、銭湯のある暮らしを体感できる「小杉湯となり」のオープンなど、ユニークなコミュニティとして知る人ぞ知る存在。

私たちグリーンズは、2020年6月から「コミュニティの教室 第5期」を始めるにあたって、そのゲスト講師の一人である平松さんにコミュニティの成功の秘訣を伺おうと取材を申し込んだのでした。

「小杉湯は成功事例じゃない…?」。思わぬ言葉に動揺する僕らに、平松さんは続けます。

平松さん 「銭湯ぐらし」のこととか「小杉湯となり」のオープンとか、「おもしろい取り組みをやって人を集めている銭湯」として注目されがちなんですけど、なんかそうじゃないなと。「こういうコミュニティをつくろう」と思って始めたわけじゃなくて、全部結果論なんですよね。

僕が言いたいのは、「小杉湯は環境です」ということ。その環境が「銭湯のある暮らし」というテーマを生み、そのテーマのもとに人が集まり、人がコトを起こして、それがまたいい環境につながって……という循環が起きているんだ、ということなんです。

小杉湯は環境? 循環? 一体どういうことなのでしょう。何やらそこに、「いかしあうつながりがあるコミュニティ」のヒントが隠されている予感を感じます。

そこで今回は、「小杉湯となり」が生まれるまでに起きた循環を、そのフェーズごとに紐解いていくことにしました。

その循環はちょっと複雑なので、各エピソードの冒頭に「環境(コミュニティの舞台となる場や状況)」「テーマ(コミュニティが持つ主題)」「人(コミュニィにいる人物)」「コト(コミュニティでおきた出来事)」に分けた要約を載せました。また、各エピソードの最後にはグラフィックレコーディングでその時期のことをまとめたので、そちらもご覧ください。

さて、コミュニティとしての小杉湯の本質を探る物語は、銭湯つきアパートでの生活から始まります。

※対面での取材は、新型コロナウイルス感染拡大にともなう緊急事態宣言の発令以前の2020年3月26日に、換気の良い場所で適切な距離を保ちながら行いました。また、「小杉湯となり」の運営状況は、オンラインにて追加取材を行った4月29日現在のものです。最新の情報は、「小杉湯となり」のホームページをご覧ください。記事中で掲載されている、室内で人物が集まっている写真は、すべて2020年3月以前に撮影されたものです。

「小杉湯となり」ができるまでのプロセス。(株式会社銭湯ぐらし提供)

エピソードI: 銭湯つきアパートでの生活

この時期をざっくりまとめると……

環境: 高円寺で昭和8年から人々に愛されてきた銭湯「小杉湯」。そして、その隣に取壊し予定の風呂無しアパートがあった。
テーマ: 銭湯のある暮らしを通して、自分の物語をつくる。
人: 小杉湯三代目平松さんと、小杉湯ファンの加藤さんが出会い、加藤さんが「銭湯つきアパート」を企画。アパートに、ミュージシャン、建築家、編集者、イラストレーターなど、小杉湯にゆかりのあるおもしろい若者が集まった。
コト: 銭湯つきアパートでの暮らしが始まり、宿泊、フェス、アート等々、「日常に銭湯がある暮らし」を通したプロジェクトが動き出した。また、住人が銭湯のある暮らしの価値を実感していった。

高円寺の商店街を少しそれた細い脇道に入ると、歴史を感じさせる破風屋根の建物が目に飛び込んできます。

小杉湯は、昭和8年(1933年)から87年にもわたって人々から愛されてきた銭湯。地下90メートルからくみ上げた井戸水を自然回帰水に浄化して湯水に使用しており、名物であるミルク風呂をはじめ、週替り・日替り風呂、水風呂など様々な種類のお湯を楽しめることから、銭湯好きから「交互浴の聖地」とも呼ばれるほど人気を集めています。

その経営をするのは、平松佑介さん。1980年生まれの平松さんは、輸入住宅メーカーでの営業や起業を経て、2016年10月から家業であった小杉湯で、三代目として働き始めました。

平松さん 歌舞伎の家に生まれた人もそうかもしれないですけど、長い間「継がなきゃいけない」というネガティブな気持ちがあったんですよ。でも、社会人になっていろんな経験をしてから、「小杉湯を活かして、自分の人生の物語をつくっていけるんじゃないか?」と発想を転換できるようになって。

実際に小杉湯を継いでから、自分の可能性が広がっていったんですよね。だから小杉湯を、僕以外の人にとっても“自分の物語をかたちにできるような場”にできないかな、と思っていたんです。

2017年当時、小杉湯の隣には風呂なしアパートがありました。そのアパートは2018年2月に取壊しが予定されており、平松さんが住人に立ち退きをお願いしたところ、予定よりも1年も早く立ち退きが済んでしまいます。

「取り壊しまでの1年、アパートを何か活用できないか…」。平松さんがそう考えていた時に出会ったのが、のちに「株式会社銭湯ぐらし」の代表取締役になる加藤優一さんです。

加藤さんは建築家として、空き家の活用やまちづくりの仕事に取り組んでいました。

加藤さん 銭湯つきアパートでの生活が始まる半年ほど前に、Open A代表であり公共R不動産ディレクターでもある馬場正尊さんたちと一緒に書いていた『CREATIVE LOCAL エリアリノベーション海外編』という本の取材で、イタリアのアルベルゴ・ディフーゾとかドイツのハウスプロジェクトとか、海外のまちづくりの事例を見に行っていました。

そこで見たのが、自分の暮らしを自分の手でつくって、めちゃくちゃ楽しんでいる人たちの姿だったんです。しかも、ただ暮らしをつくるだけじゃなくて、そこに仕事や仲間が生まれていた。そんなコミュニティがあることに衝撃を受けて、「自分でもつくれないかな」と思っていたんですよね。

高円寺に住んでおり、もともと小杉湯のヘビーユーザーだった加藤さんは、共通の知人の紹介で平松さんと出会います。

加藤さん 小杉湯のファンだったこともあって、「銭湯の横にある風呂なしアパートが空くから、そこで何かしないか」と声をかけてもらった次の日には内見に行って、すぐ住むことを決めました(笑) 風呂なしアパートを「銭湯つきアパート」としてリ・ブランディングしたら面白いんじゃないかと思ったんですよね。

加藤さんは、「みんなでアパートに暮らしながら、銭湯が隣にあるからこそできる活動をそれぞれが行う」という企画をまとめ、平松さんにプレゼン。そのアイデアに共感した平松さんと加藤さんとで、小杉湯に集まってくる面白い活動をしている人に声をかけていきました。

加藤さん 「こういうことを目指そうぜ!」というビジョンを語って……っていうわけじゃなくて、割と軽いノリで声をかけてました(笑) 「1年後にアパートは壊すので、何をやってもいいから住まない?」みたいな感じ。ある程度価値観が近そうな人に声をかけたので、断わられる人はいなかったですね。

時には平松さんが番台から面白そうな人をスカウトする「番台キャスティング」を行い、結果的に建築家やイラストレーター、ミュージシャンなど、10人の多彩な住人が集まりました。

「自分のやりたいことを、アパートがなくなるまでの1年でかたちにしてほしい」。そんな加藤さんや平松さんの呼びかけに応えて、住人たちは「日常に銭湯がある暮らし」を通したプロジェクトを始めていきます。

アートディレクターの住人は「創る銭湯」として月替わりのアーティストインレジデンスを、ミュージシャンの住人は銭湯で作曲やコンサートを、イラストレーターの住人は銭湯のイラストを……。

それぞれの住人が銭湯と自らのスキルを掛け合わせて、ユニークな取り組みを行っていきました。平松さんの言葉を借りるなら「銭湯という場で、自分の物語をかたちに」していったのです。

小杉湯で開催したコンサートの様子

そうした目に見えやすい出来事のほかに、この時期に起こった重要なこととして、住人たちが「銭湯のある暮らし」の良さを実感していったということがあると、加藤さんと平松さんは言います。

平松さん 銭湯つきアパートに集まってくる人って、働きすぎて身体も心もボロボロになっている方が多かったんですよ。そういう人たちが、1日1回力を抜いてホッとする、っていうライフスタイルで救われていったんだと思います。

加藤さん そうですね。コミュニティっていう観点からも、趣味じゃなくて「暮らし」を価値観として共有できたのは大きいです。「大きなお風呂に入りたい」とか、「1日に1回はゆとりのある時間が欲しい」とかって、趣味よりももっと生き方の土台となることじゃないですか。そんな土台を共有できたのは、安心感につながったと思います。

風呂なしアパートは、「銭湯のある暮らし展」という解体イベントで幕を閉じましたが、「銭湯のある暮らし」という価値を共有したコミュニティの芽は、着実に育っていきました。

エピソードⅡ: 「銭湯ぐらし」法人化

この時期をざっくりまとめると……

環境: 「銭湯のある暮らし」の価値を共有できており、お互いを尊重し合う仲間が生まれていた。ただ、アパートはなくなってしまったため、どのようにコミュニティを持続可能にするかという課題もあった。
テーマ: 「銭湯のある暮らし」をしながら、仕事もつくる。
人: 「銭湯のある暮らし」の価値に共感する仲間が増え、共に仕事に取り組むチームが生まれた。
コト: 「株式会社銭湯ぐらし」設立。ブランドデザインや企業コラボレーション、お風呂と旅のプロデュースなどの事業が始まった。

コミュニティの芽が育ってきたといっても、この時はまだ「銭湯のある暮らし」を共有していただけ。そして、その暮らしの土台となっていたアパートは取り壊しになってしまう。そうしたなかで、加藤さんは、さらにその先のコミュニティを思い描いていました。

加藤さん アパートで「暮らし」を共有していた実感はあったんですけど、持続可能なコミュニティにしていくにはそれだけじゃ足りないと。スキルを持ち寄って「仕事」をつくってお金を得ることで、「暮らし」と「仕事」がどちらも成り立つようなコミュニティをつくっていく必要があると思ったんです。

会社として事業を行うことによって、持続可能なコミュニティが生まれると考えた加藤さんたち住人は、「株式会社銭湯ぐらし」をつくることを選択します。取り組んだのは、銭湯がもたらす「余白」の価値を多くの人に広げていくことです。

週1で行われた定例ミーティングの様子

会社を設立する時期には、「銭湯のある暮らし」の価値や育まれてきた関係性に惹かれて、新たな仲間も集まってきました。青木優莉さんもその一人。青木さんは博報堂に入社後、 特定非営利活動法人シブヤ大学のメンバーとして活動していました。

青木さん Facebookで「銭湯ぐらし」のことを見つけて、すごく惹かれたんですよ。その頃はシブヤ大学で、渋谷のまちを舞台に誰もが無料で受けられる授業をつくる仕事をしていたんですが、「わたしは誰のためにこの仕事をすればいいんだろう?」という悩みに直面していて。

その点、小杉湯は、子どもからおじいちゃんおばあちゃんまでが気持ちよく過ごせているのがすごいなあと思ったんです。平松さんに連絡をとって小杉湯のことを色々と聞くなかで、「自分もこういうところに通ったらモヤモヤが晴れるかもしれない」と思って、高円寺に引っ越したんですよ。

引っ越した後は、家に向かう帰り道に小杉湯があるのでほぼ毎日小杉湯に通っていたんですけど、ある日かとちゃん(加藤さん)から、「青木ちゃん、会社化したけど、銭湯ぐらしに入る?」って誘われて。

この頃も加藤さんは、「銭湯のある暮らし」の価値を共有できそうな小杉湯の利用者に声をかけていました。

加藤さん ……と言っても、「絶対入ってください!」というよりは「いったん定例に来てみてよ」っていうくらいのノリで声をかけて。それで雰囲気が合ったり、「ここで何かやりたい」って思える人が仲間になってくれればいいな、と思っていました。

そんな誘いに、青木さんも応えます。仲間になることに決めたのは、何が決め手だったのでしょうか。

青木さん 私は「銭湯ぐらし」の“人”に惹かれていたんですよね。自分と同年代の人たちが、スキルと銭湯を掛け合わせて面白いプロジェクトをしているのを見て、「自分もその一員になれたらな」っていう思いを持ったのは強烈に覚えていて。

でも、アパートがなくなったので「これからどうしていくんだろうな?」と思っていた時に、株式会社として活動が続くことを知りました。それで、私も関われる可能性を感じて、「仲間になりたい」って素直に思いました。「じゃあ定例ミーティングに行くね」と答えて、水曜夜8時からの定例に参加することになったんです。

実際に「銭湯ぐらし」のメンバーになった青木さんは、そのチーム内の関係性にも「銭湯らしさ」を見出していきます。

青木さん 顔の見える関係性っていうのかな。お互いをリスペクトし合った関係性がちゃんと築けているのがすごくいいなと思います。その関係性って、実はすごく小杉湯らしいことなんですよね。

例えば、洗い場の桶とか椅子が足りなかったら、「どうぞ」みたいに声をかけてくれる人がいたり、水風呂が混んでたら知らない人が「順番だよー!」って言ってくれたり(笑) そういうちょっとした気遣いが小杉湯にはある。「銭湯ぐらし」もそういう環境のもとに育まれたからこそ、お互いリスペクトしあえる関係性が生まれたのだと思います。

大企業にいると、肩書きとかスキルとか、代替可能な要素で人を評価することがあるじゃないですか。でも、かとちゃんは私がイベント企画をできる人だから仲間に誘ったわけではなくて。お互いが代替不可能な、「加藤優一」と「青木優莉」という存在として尊敬しあう関係性がまずある。役割はそこから派生するものでしかないんです。家でも職場でもない、このチームの中にある一対一の関係性に私は救われているな、って思いますね。

こうして、小杉湯の利用者のなかから、青木さんを始めデザイナーやプロデューサーなど、メンバーが増えていきます。アパートで「銭湯のある暮らし」を共有したコミュニティは、新しい仲間を得て共に「仕事」に取り組むチームとして動き始め、ブランドデザインや企業コラボレーション、お風呂と旅のプロデュースなどの事業が始まっていったのです。

「株式会社銭湯ぐらし」で取り組んでいる事業のひとつが「企業コラボレーション」。銭湯を生活のタッチポイントと捉え、暮らしに優しい商品の紹介や、価値観を共有できる地方の事業者とのコラボレーションを、小杉湯と共に行っています。(写真はURBAN RESEARCHとのコラボ商品)

エピソードⅢ: 「小杉湯となり」準備

この時期をざっくりまとめると……

環境: 「銭湯ぐらし」のメンバーに閉じるのではなく、様々な年齢やバックグラウンドの人が関われるようにコミュニティを開いた。
テーマ: 小杉湯のお客さんも「銭湯ぐらし」のメンバーも、“それぞれの暮らしを持ち寄れる場”をつくる。
人: これまでのメンバーに加えて、「小杉湯となり」を運営していく20代から80代の多様なメンバーが集まった。また、小杉湯を利用する地域の方のニーズも集めた。
コト: 「小杉湯となり」がプレオープンした。

アパートの跡地を活用した、銭湯の利用者が滞在することができる複合施設のアイデアは、会社化する前から上がっていました。そのアイデアは、会社設立後の1年半の間に、約200回に及ぶ毎週の定例ミーティングやさまざまな場所への視察を経て、「それぞれの暮らしを持ち寄れる、まちに開かれたもうひとつの『家』のような場所」という構想へと落とし込まれていきます。

加藤さん 「銭湯のある暮らし」の豊かさは、暮らしを持ち寄れることだと気づいたんです。銭湯って、本来は個人で完結するお風呂に入る時間を、だれかと共有することで、いつもより幸せな時間を過ごすことができる。「銭湯ぐらし」も、メンバーが仕事と生活の一部を持ち寄って活動すれば、新しい価値を生むことができました。

銭湯がまちに開かれたお風呂であるように、食事やくつろぐ時間などの暮らしを持ち寄れる、“まちに開かれたもうひとつの家”のような場所をつくることで、日常の選択肢を広げたい。そんなふうに思って、複合施設の計画を進めていきました。

“それぞれの暮らしを持ち寄れる場をつくる”という想いは、「小杉湯となり」の設計にも反映されました。窓からやさしい光が上から差し込む設計は、昼間の小杉湯で目にすることができる、天井や湯気抜きの窓から入る光をイメージしているそう。

銭湯のなかで一人ひとりが思い思いのすごし方ができるように、「小杉湯となり」でも一人ひとりが居心地のいい過ごし方を見つけてほしい、という願いが込められています。

また、早い段階で決まった設計とは対照的に、フロアで何を行うかはあえて決めず、1年半かけてメンバーでじっくり対話を重ねていきました。

「小杉湯となり」のイメージ

だんだんと「小杉湯となり」の構想が固まっていくなかで、実際に運営するためのメンバーも、一人二人と仲間に加わっていきました。そのなかには、それまでの「銭湯ぐらし」のメンバーのように20代や30代の若者だけではなく、子育て中のお母さんや、70歳代、80歳代の方の姿も。

3月初旬に行った、「小杉湯となり」オープン直前の研修の様子。年代もバックグラウンドも違う方が集まって、和気藹々とした雰囲気です

また、「小杉湯となり」をつくるにあたって、小杉湯を訪れる方や地域の方の意見も積極的に取り入れていきました。例えば、飲食のメニューを決める時に、小杉湯の受付にシールで投票できるシートを置いたり、待合室でアンケート取らせてもらったり。

こうした取り組みの背景には、「コミュニティが閉じてしまうこと」へのジレンマがあったようです。

加藤さん 「銭湯ぐらし」のメンバーが同世代で固まっていたので、そのメンバーだけで企画をしても、多世代の人が“それぞれの暮らしを持ち寄れる場”にはならないだろう、という懸念があったんですよ。

新しいコミュニティをつくるときって、既存の別のコミュニティとどう向き合うかっていう課題にぶつかると思うんです。「小杉湯となり」も、小杉湯の常連さんと向き合うことは大切にしたいと考えていました。だから「銭湯ぐらし」のメンバーで閉じてしまうんじゃなくて、コミュニティを開いて、お客さんのニーズを聞いたり、20代から80代までいろんな方にスタッフになってもらったりして。

大事なのは、「僕たち『銭湯ぐらし』が、『小杉湯となり』をつくりました!」って言わないこと。そうじゃなくて、「『銭湯ぐらし』はみんな小杉湯のお客さんだったことから始まったチームなんです。だからみなさんと同じ、僕らもお客さんなんです」って伝えて、訪れる方に「なんだ、私たちと同じ目線なんだね」ってわかってもらいたいなと。

吉本淳さんも、そんなタイミングで仲間になったメンバーの一人。高円寺の隣駅である阿佐ヶ谷に住む吉本さんは、青木さんのFacebookでの投稿で「銭湯ぐらし」のことを知り、「小杉湯となり」のコミュニティマネージャー募集の説明会に娘さんと参加しました。

吉本さん その年のはじめに転職をして、1年間ゆっくりしようという時期だったんです。でも、子どもが生まれて、日常が苦しくなってきて。ワンオペ育児になりがちで、ご飯つくるのも苦しい、お風呂も苦しい、寝かしつけも苦しいと。

だから、頼れる先がもっとまちの中にあったらいいのになと思っていました。そのひとつとして銭湯はあり得るな、って思ったんですよね。お風呂に入ると、知らないおばちゃんが子どもに「まぁかわいいわね! 何歳?」みたいに話しかけてきたりして。親子だけが向き合うんじゃなくて、そうやって第三者が一緒に座ってくれると、自分だけで子どもの面倒をみなくていいので本当に助かるし、コミュニケーションとしても豊かだと思ったんです。

そういう、“子育て世代包括支援“みたいなことを、楽しくできる可能性がある場が「小杉湯となり」なんじゃないかと思って、関わりたいなと思いました。

吉本さんはじめ、多くの人が自分なりの「銭湯のある暮らし」を思い描いて、「小杉湯となり」の運営に関わるようになりました。それは加藤さんたちが意図したように、「小杉湯となり」づくりをそれまでの「銭湯ぐらし」メンバーだけのものに閉じなかったこと、そして関わりしろを残したからこそでしょう。

「小杉湯となり」の現在

こうして、「小杉湯となり」は2020年3月16日にプレオープンの日を迎えました。そのなかを、ちょっと覗いてみましょう。

銭湯の番台のようなカウンターが目を引く1階は、湯上がりの⼀杯や⼿づくり料理を味わえるスペースになりました。

1階では、小杉湯を訪れた方へのアンケートをもとに考えられた、「湯上がりに食べたい」体にやさしいメニューを楽しむことができます。(後述するように、新型コロナウィルス感染症の拡がりによる影響を受けて運営はお休みすることに。現在はテイクアウトとデリバリー、オンラインごはん会などを行っています。)

アンケートをもとに考案された、風呂上がりにぴったりなメニュー

2階は畳の⼩上がりでくつろいだり、作業したりできる休憩スペースに。

銭湯を眺められるカウンター席とちゃぶ台の席があり、思い思いの場所ですごすことができます。(現在は、店内の利用は会員限定として、家で作業ができない近隣の方を対象に、体調確認と衛生管理を徹底した上で運営しています。)

3階は、居間のような空間に。

バルコニー、シャワー、トイレを備えており、自分の部屋のようにすごせるこの空間は、「銭湯ぐらし」を実際に体験できる場所として、一定期間以上の貸出しを行っているそう。ここに滞在しながら湯治宿のように毎日銭湯に入ることで、心も体も安らげるプランが用意されています。

このように施設も整い、プレオープンを迎えた「小杉湯となり」ですが、新型コロナウイルス感染症の影響もあって、4月7日から通常営業をお休みすることが決まりました。

当面の間は、小杉湯の近隣に住む方を対象にしたサブスクリプションサービス「銭湯のあるくらし会員」のメンバーを対象に、人数制限と衛生管理を徹底した上で場を提供することにしています。

加藤さん 新型コロナウィルスは一過性の危機ではなく、中長期的に人のくらしや価値観に大きく変化をもたらすと思います。そんな未来を考えたとき、私たちが運営すべき場とは何なのかを考えました。その結果、精神的な安心と、環境的な安全を担保できれば、“まちに開かれたもうひとつの家”として存在する意味があるんじゃないか、という結論になったんです。

家が安心・安全であるのは、家族に信頼できる関係性があるから。だから、“ まちに開かれたもうひとつの家”である「小杉湯となり」も、不特定多数に開くのではなく顔の見える会員の方が利用できるようにし、健康・衛生管理を徹底することで、信頼関係を築いていきます。

安心・安全な場にするために、こんな案内も設置されています

さらに、自宅でも少しでもほっとできるような時間を提供したいと、お弁当とお惣菜のテイクアウト、デリバリーも開始。また、5月11日にはオンラインショップ「銭湯のあるくらし便」の立ち上げを予定しています。このショップでは、自宅で銭湯気分を味わえるお風呂セットなどの販売を予定しているそうです。(2020年4月29日現在)

テイクアウトとデリバリーで提供される食事も、湯上りに合うように考案された身体にやさしいメニュー

思わぬかたちでスタートした「小杉湯となり」ですが、平松さんたちは決して後ろ向きではないようです。

平松さん 緊急事態宣言以前と比べて、訪れる方は小杉湯が4割、「小杉湯となり」は7割減りました。でも、裏を返せば今も来てくれている方がいるんですよ。それはみなさん高円寺の方で、テイクアウトを買ってくださるのも小杉湯のお客さんと近隣住民の方ですし、運営しているメンバーも高円寺に住んでいる。ローカルな経済圏で循環が生まれていることを実感しています。

あとは、今回取材してもらったような経緯で育まれた「共助のつながり」があることは、今回のコロナのような予期せぬ出来事があったときに強いな、と感じました。困難があってもすぐに協力して、必死に、でも柔軟に課題を解決していける。その結果オンラインショップなど、もともと何年も先にやろうとしていたことを、一気に今取り組むことができている感覚なんです。

まとめ: コミュニティを育む「環境」とは?

ここまで、「小杉湯となり」ができるまでのストーリーを、「環境」「テーマ」「人」「コト」という視点でみてきました。

コミュニティを育むためには「環境」「テーマ」「人」「コト」の循環が大事であるという平松さんの言葉を裏付ける考え方に、「実践コミュニティ(community of practice)」があります。

「実践コミュニティ」とは、「あるテーマについて関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」のこと。ジーン・レイヴとエティエンヌ・ウェンガーによって提唱されました。(参考: ジーン・レイヴ , エティエンヌ・ウェンガー著/佐伯胖訳『状況に埋め込まれた学習 正統的周辺 参加』産業図書,1993)

この考え方に照らし合わせてみれば、小杉湯は「銭湯のある暮らし」というテーマへの関心を共有し、深めている「実践コミュニティ」であるといえそうです。

さらに、「実践コミュニティ」は「領域」「コミュニティ」「実践」という3つの基本要素の組み合わせになっているとされています。

領域: 関心をもって取り組む分野
コミュニティ: 人と人との関係性
実践: 関わり合いの中でなされた活動やその結果

この要素に小杉湯を当てはめるみると、次のようなものになりそうです。

領域: 銭湯を通じて、人生の物語をつくる
コミュニティ: 「銭湯ぐらし」のメンバーや、「小杉湯となり」の運営に関わるスタッフ
実践: 「銭湯ぐらし」での活動や、「小杉湯となり」の準備・運営

そして、平松さんが強調する「小杉湯は環境」という言葉は、こうした「領域」「コミュニティ」「実践」の良い循環を生むには、その土台となる「環境」を整えることが重要だというヒントを与えてくれます。

それでは、「いい環境」とは何なのでしょう?

加藤さん 自分で選択できる場であることが重要だと思います。例えば、最近では遊具が危ないなどの理由で、禁止事項がたくさん書いてある公園ってあるじゃないですか。そんなふうに選択の余地がないと、何をしていいかわからないし、居心地が悪い。逆に銭湯は、自由に選択できるんですよね。椅子でボーッとしていてもいいし、交互浴していてもいいし、ダラダラしゃべっていもいい。

銭湯がそうであるように、「銭湯ぐらし」も「小杉湯となり」も、そこで何をするかが選べる文化ができている気がします。だからこそ人が集まって、面白い活動が生まれるんじゃないかな。

平松さん そうだね。そして、一人ひとりが自由に選択できる環境が生まれるには、やっぱり「変わらないこと」が重要だと思うんです。

小杉湯は87年前からこの場所にあって、今と同じようにみんなお風呂に入ってた。その光景は50年後も変わらずあってほしいと思うし、なんとなく、50年後もあると思えるじゃないですか。

吉本さんが、「娘が大きくなった時に、小杉湯に来てお風呂に入っている姿を思い浮かべることができるから、この取り組みに関わっている」と言っていました。たぶん、変わらないと信じれる土台があるから、自由に変われるんですよ。銭湯という変わらない環境に、その時々に応じていろんな「人」が集まり、「コト」が起きていくんだと思います。

「変わらないこと」を大切にする平松さんの姿勢は、青木さんが教えてくれたこんなエピソードにも現れています。

青木さん 私が前職で、学ぶ場を誰にどうやって届けたらいいのか悩んでいたころ、老若男女が各々の好きな過ごし方をしている小杉湯の秘訣を知りたくて、平松さんに「何を大切にしながら日々の活動をしているんですか?」って聞いてみたんですよ。

そしたら平松さんは、「家訓として、『きれいで、清潔で、気持ちがよい』ということを大切にしてます。」と。「誰かターゲットを決めてその人のために何かをするんじゃなくて、小杉湯を徹底的にきれいにし続ける。その毎日を繰り返すことが、結果的に子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで気持ちよく過ごせる場所につながなるはず。そう信じて、日々お風呂を磨き続けています」という言葉が、すごく刺さったんです。

コミュニティづくりと聞くと、「どんなイベントをするのか」「どんな人の関係性をつくるのか」ということに意識がいきがちです。しかし平松さんの言葉は、その土台となる「環境」を整えることの重要性に気づかせてくれます。

あらためて、小杉湯のコミュニティを構成する要素を整理すると、次のようなものになるでしょう。

環境: 87年間変わらずにいる小杉湯。その土台の上に生まれた、誰もが自由に選択できる文化
領域: 銭湯を通じて、人生の物語をつくる
コミュニティ: 「株式会社銭湯ぐらし」のメンバーや、「小杉湯となり」の運営に関わるスタッフ
実践: 「株式会社銭湯ぐらし」での活動や、「小杉湯となり」の準備・運営

近年、各地でコミュニティが生まれています。そのなかにはなかなかうまくいかずに頓挫してしまうものもあるはず。その要因のひとつは、いかに面白いイベントを開催するかという「コト」、あるいはどんな仲間を集めるかという「人」というところに焦点を当てるあまり、「環境」をつくるということをおざなりにしてしまうから、ということもあるのではないでしょうか。

テーマのもとに人が集まり、人がコトを起こす……小杉湯のそんな連鎖の裏に、今日も87年前と変わらずにお風呂を磨くような、環境を整える地道な営みがあるのです。

(グラフィックレコーディング: 畑中みどり)
(写真提供:銭湯ぐらし )

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