何か一つのテーマに興味を持って、いろいろな講演やセミナーに足を運んでみると、ふと思うことはありませんか。
「なんだか毎回、似たような顔ぶれで同じようなことを議論しているけど、このままでいいのかな?」と。
この閉塞感、どうやったら打開できるのでしょうか。
「イノベーション・ファシリテーターの本音」連載3回目にご登場いただく芝池玲奈(しばいけ・れな)さんの次の言葉を聞いた時、思わず、これだ! と膝を打ちたくなりました。
ある程度の同質性がある集団には、話が進みやすかったり、物事をぐっと動かせたりする良さがあります。でも、たぶん、思いや志を共有できる人は同質のコミュニティの外にもいて、その人同士がつながったら、それまでとは違う変化を起こせると思うんですよね。
芝池さんは、2013年に野村恭彦さん率いる「株式会社フューチャーセッションズ」に入り、「まちづくり」のための場(セッション)の構築などを担当しています。
「イノベーション・ファシリテーター」は、多様なステークホルダーをつなぎ社会変革を導くソーシャル分野のプロフェッショナル。ちょっと耳慣れない肩書きですが、冒頭の疑念を抱いたことがある人なら、この職業の存在意義を、すぐに飲み込めることでしょう。
今回は、芝池さんのキャリアの根っこから始まり、現在いくつかの自治体と進めている市民主導のまちづくりの内側に迫ります。
留学を機にソーシャル方面へ
芝池さんがソーシャルな課題に目を見開かされたのは、カナダに1年間留学した高校時代。フランス語圏の現地の学校に通ったり、欧州や南米など、さまざまな国の子と知り合ったりしたのがキッカケです。
貧困や紛争など、世界で起きているニュースが気になるようになりました。いろいろな課題を知って、どうやったら社会は良くなっていくんだろう、と考えるようになったんです。
折しも社会起業家がクローズアップされつつあった時代。大学2年生の2007年頃にソーシャルイノベーションを学んだ芝池さんは、自身の問題意識に取り組む実践の場として、開発教育に関する学生団体を見つけ、早速、約10人のメンバーに加わります。
公立中学の熱心な先生と組んで、生徒たちを相手に初めてのファシリテーションをしました。世界の諸問題を知ってもらって、どう行動してもらうか。当時はそういう開発教育に興味があって、仲間とフェアトレードのワークショップを開いたりもしました。
教育を軸に就職活動をして、卒業後は、IT系の企業研修の会社へ。4年ほど講師業を経験してから、より直接的な社会変革に携わろうと、創業2年目のフューチャーセッションズに入社しました。
区民の未来づくりをサポート
京都府出身で、カナダ留学と神奈川県での大学生活を経て、今は東京都在住の芝池さん。フューチャーセッションズに入ってから日本の課題に目が向くようになり、イノベーション・ファシリテーターとして、現在は年間10~20件のプロジェクトを推進しています。
2016年度からは、渋谷区の「”かも”づくり」や、墨田区の「すみだ未来会議」といった、まちづくり案件などを担当。いずれも自治体が設置した会議ですが、主体は区民。普段は決して会わないような多様なステークホルダーが一堂に会し、地域の未来を模索します。イノベーション・ファシリテーターは、参加者同士の前向きな化学反応を促進する「触媒」役です。
渋谷区では、2015年のシンポジウムに続き、翌年に4回の「”かも”づくりフューチャーセッション」を開催。意欲的な60〜80人の区民が「こんなことが渋谷でできるといいかも」と、いろいろな「かも」を持ち寄り、実現に向けて動き出しました。
1回のセッションは2〜3時間で、それを何度か日を改めて積み重ねていきます。各セッションの最初の15分ほどは対話のルールやテーマを共有する時間。芝池さんたちが多様性を生かし合うような空気感をつくる「マインドセット」を行い、参加者にバトンを渡します。
とはいえ、ほとんどの人は不慣れで、未来への希望より、できない理由を並べがち。そこで本題に入る前に、イノベーション・ファシリテーターがリードして、傾聴や自由な発想の練習をします。
フューチャーセッションは未来志向です。受け身ではなく、自分事として未来を広げて、望む未来を実現する方法をバックキャスティングで考えていくのです。まずは、今後4年間の出来事を想像し、2021年にいる気分で、過去形で話してもらう。そういう練習から入っています。
イノベーション・ファシリテーターは設問設定が巧み。たとえば、商店街を活性化するアイデアがほしいとき、ストレートに聞くと商店主からしか声が挙がらなかったり、ありきたりなアイデアしか出てこなかったりします。でも、そこをあえて「商店街をみんなの実験場にするには?」と問いかけるから、学生も起業家もアーティストも身を乗り出して対話に参加するのです。
認知症の人が住みやすいまちづくりの場合も、「誰もが主人公でいられるような町って、どんな町?」と聞き、対象を医療介護業界からまち全体に広げ、より多くの人を巻き込みます。
墨田区では、まちづくりのリーダー候補にファシリテーションのワザを伝授しています。彼らの自発的なアクションが継続し、まちづくりの車輪がぐるぐる回転し始めるまで、ちゃんと伴走するそうです。
分断を越えて人をつなげたい
芝池さんの関心は、貧困や環境といった個々のテーマではなく、私たちが「他人ごと」にしてしまっているモノゴト全般に向いています。
政治や行政に文句ばかり言ってしまいがちな状況を、もっとみんなが主体的に関わることで変えられないかな、という問題意識があって。思いのある人が関われる機会が広がって、結果として「いいまち」が増えたら、とても楽しいですよね。
ここで浮かび上がってきたキーワードが「分断」です。ライフスタイルが多様化する中で、新住民と旧住民、介護福祉関係者、教育関係者、小さな子を抱えるお母さん、お年寄り……、それぞれが近しい属性や職種の人たちと固まることで、コミュニティの分断が起きているといいます。
いろいろなプロジェクトで感じた課題ですが、分断があると結局、本当にやりたいことができません。同じ属性の人たちだけで集まっても今までの話の繰り返しになったり、話して満足してその後のアクションに火がつかなかったりします。どう新しいつながりをつくれるか、新しいアイデアを出せるか、そこが大事なんです。
墨田区のプロジェクトでは、住んでいる人や働いている人から、墨田が好きな人まで、まちづくりの旗の下に、多様な人々が40人近く集まりました。もともと地域対象のセッションは、企業対象よりも断然、参加者の幅が広く、時には社会の縮図とも言える多種多様な人々が参集して、ファシリテーターが戸惑うほどだとか。
年齢も職業も属性もさまざま。80代の方もいるから、カタカナ用語を多用し過ぎないようにします。70年後を想定した対話で「もういないよ」なんて声が聞こえたら、「私もいないかもしれないので、みんな一緒です。次世代のために考えましょう!」とお伝えして(笑) まちの中は本当に多様で、だからこそ面白いですね。
異質の人同士が理解し合おうとすることで、発見や気付きや学びが生まれる。そんな「市民主体のまちづくり」の現場は、ファシリテーションの醍醐味に満ちています。
ただ、地域全体を見れば、地域活動に熱心な人は一握り。芝池さんによると、商店街や介護福祉や教育関係者など地域の中に仕事のある人ほど、つながりを求めている。その一方で、地域に根差す生活をしていない若い人などは地域活動の必要を感じていません。交流を前面に出すと気後れする人もいるので、スポーツやアートを媒介にして、さりげなく集まれる場づくりを模索中だそうです。
ファシリテーターの仕事は特に新しくなくて、昔から、こういう働き方や役割はあったと思うんです。でも今という時代だからこそ、分断されたコミュニティを越えて、共鳴する思いのある人同士をつなげていく仕事が、いろいろな局面で求められていると感じます。
より良い未来を信じて「縁(えん)」をつなぐ
とあるセッションで、参加者に、やってみたいことや得意なこと、助けてほしいことを書き出してもらい、「それを見て、化学反応が起きそうなチームをつくってください」と呼び掛けたところ、意外な組み合わせのチームができたそうです。
20歳前後の女性2人と、60-70代のシニア男性2人が自主的にチームを組んだのです。でも、その男性の一人が後ろ向きな発言をしがちで。
しばらく様子を見ていたら、19歳の女の子が「いけると思います」と説得し始めて、男性も「ああそうか」と聞いている。さらに、もう一人の女性が上手にフォローして。私が入っていくよりも断然、双方に納得がいく形でまとまったんです。とても驚きましたし、感動しましたね。
この男性の変化は、行政の報告書には載らない小さな出来事かもしれません。次年度の予算に関係するような「成果」ではないでしょう。
でも、その一人の参加者にとっては、50歳近くも年下の言うことを傾聴して納得して自らの言動を改めるという経験自体、初めてだったかもしれません。その後に参加する地域活動すべてに影響を与えた可能性もあります。芝池さんは、その数分間の小さな出来事の持つ価値を見逃しませんでした。
フューチャーセッションをやっていると、何が起きたんですか? 社会がどう変わったんですか? と矢継ぎ早に聞かれますが、そもそも認知症や子育てといった大きなテーマに終わりはなく、今後もいろいろなやり方で続いていくわけです。分かりやすくもないし見えやすくもないけど、資産として次につながっていく小さな成果は確かに現れているんですよね。
ファシリテーションの方法に感銘を受けて職場に持ち帰り、自分の業務に取り入れて実践するようになった人もいれば、セッションで親しくなり共通の目的意識を持って相互のイベント協力など交流を始めた人たちも。そういう明るい未来への兆しを、いくつも目撃している芝池さん。
可視化できない小さな成果も把握して、ちゃんとつないで次に生かしていく。そういうスタンスが大事だと思っています。
未来の大きな変化の一部かもしれない小さな変化を慈しむ心。プロジェクトが終わったら「はい、サヨウナラ」ではない先々まで続く温かい眼差し。これこそ、ファシリテーターとしての芝池さんの、かけがえのない個性なのでしょう。
地域住民による「みらいづくり」は今が正念場
でも、インタビューするうちに「瀬戸際」という、ちょっとドキリとする言葉が出てきました。「それほど時間は残されていない」という危機感。一見ゆったりとしたスタンスが魅力のイノベーション・ファシリテーター芝池さんの本音です。
市民主導の取り組みが実際に社会に良い影響を与え得るのかどうかを、世間は見ています。だから実は、今は瀬戸際なんじゃないかなって思います。
変わったね! とみんなが実感できるようなことが本当に起きれば、たぶん、そちらに舵が切られるけれど、変わらないじゃん! となると、たとえば市民主体のまちづくりから行政は手を引くでしょう。
せっかく住民自治のムーブメントがきたのに、成果なしと評価され、再び「まちづくり」を手放すことになるのは惜しい話です。それどころか、お上(かみ)に物は申せぬという旧時代の体制に退化するようで、あまりに不本意です。
試されている今、「やっぱり自主性に任せて良かったね」と思われる状況をしっかりとつくっていかなくてはいけない。今こそが「正念場」というのが、現場の感触のようです。
世の中を変えるパワフルな人材が、ますます求められている「イノベーション・ファシリテーター」業界。ペンと紙と熱いハートがあれば誰にでもできるけれど、果たす役割は重大です。挑戦してみたい人は、きっとgreenz.jp読者の中にもいるでしょう。
そこで最後に、イノベーション・ファシリテーター志望者に向けて、芝池さんからメッセージをいただきました。
フューチャーセッションのような場は、実は探すといろいろあると思います。まずは参加して、ファシリテーティブに人と関わる経験をしてみては。リーダーシップを発揮すれば人や地域とのつながりが生まれ、次は自分でプロジェクトをリードできるかもしれません。
それから、greenz.jpのまちづくり事例などの記事を読んで、ピンと来た人に連絡をしてみては。きっと皆さん、フレンドリーでしょうから。参加すべき、良い場を教えてくれるかもしれません。
イノベーション・ファシリテーターの本を読んで、職場の会議で、ちょっと活用してみるのもいいですね。自分の持っているコミュニティの話し合いの場を、一方通行方式から対話型へ変えてみるのも一案です。
いかがだったでしょうか。早速、今日から、小さな一歩を踏み出してみませんか。
(撮影: hidaemi)
– INFORMATION –
墨田区で展開されている「すみだ未来会議」プロジェクト
ファシリテーション技術を学んだ、まちづくりのリーダー候補たちが、様々なテーマですみだ未来会議(フューチャーセッション)を開催しています。