この写真に写る子どもたちも今はもう、中学生や高校生!(写真:三宅岳)
初めて、その舞台公演を見たのは5年前のこと。
上演されたのは、宮沢賢治原作の『銀河をこえて〜銀河鉄道の夜〜』でした。
子どもたちばかりが出演するその舞台を見て、私は最初の歌が始まった瞬間、ポロポロ泣きました。ただ泣いたのではありません。…号泣です(笑)。
はっきりした理由なんか、いまだにわかりません。ものすごく演技がうまいとか、ものすごく歌がうまいとか、そういうのとはちょっと違います。
ただ、子どもたちの心がとてもきれいでした。見守る大人たちは、愛に溢れていました。結局、最初から最後まで、ひたすらに感動して涙が止まらなかったことを、覚えています。
それが、私と「ふじのキッズシアター」との出会いです。子どもたちの表現に、こんなに感動するなんて! こんなに心が洗われた気もちがするなんて! と、とても衝撃的な体験でした。
ふじのキッズシアターは、神奈川県の旧藤野町(現相模原市緑区)で、子どもたちの心と身体を解放したいというお母さんたちの思いから誕生した、表現活動団体です。2016年には創立15周年を迎えます。
地域のあり方、教育のあり方、表現のあり方…。ふじのキッズシアターの活動には、大切なそれらのことを考えるためのヒントが詰まっています。そこで、キッズシアターの芸術監督で発起人のひとり、女優の柳田ありすさんに、活動の歩みとそこに込められた思いを伺いました。
演劇を通じて子どもたちの心の居場所をつくる
ふじのキッズシアター芸術監督・柳田ありすさん。女優・演出家としても活躍中です!
ふじのキッズシアターが誕生したのは2001年。きっかけは、ありすさんがあるお母さんから、子どもについての相談を受けたことでした。
学校に居場所がないという子どもがいて、そのお母さんから演劇をやることで心が開けるんじゃないか、文化的な活動をとおして心の居場所がつくれないだろうかっていう相談を受けたんです。
ありすさんはアップスアカデミーというアクティングスクールで、長年、演技講師を務めています。そこで教えているアメリカのメソッド演技法は、いわゆる外側の形の演技ではなく、内面的なリアリティを追究し、五感を目覚めさせるということを大切にしたメソッドなのだそう。
私は18歳でそのメソッドを学びました。もう、解放の毎日でしたね。スポーツでいったら、最初の筋力トレーニングみたいなものかな。心と身体を解放していくと自由になるんです。演劇を通して、日本の教育ではやっていないことを、全部学べました。
自分の背景にその体験があったので、私自身、子どもたちにも、学校や家庭で解放できないものを、表現を通して解放してあげたいっていう思いがありました。
お母さんたちってすごいよね
当日のヘアメイクはお母さんたちの仕事です(写真:三宅岳)
そこで、お母さんからの提案を快く引き受けたありすさん。しかし、やるにあたって、ひとつだけお願いをしたのだそうです。
私ね、やってみようと思ったんだけど、覚悟いるなと思ったの。習い事なら「やーめた!」で済むけど、表現の活動で、ましてや子どもを預かるんだから、責任がある。
私ひとりではとてもできない。だから、お母さんたちでつくりあげていく活動にしたいってお願いしたの。運営はみんなにお任せして、私は中身だけをやらせてもらう、と。
じつはふじのキッズシアターは、お母さんやお父さんたちのパワーによって成り立っているところが大きいのです。食事づくりはもちろん、舞台美術や衣装づくり、メイクや振り付け、当日の裏方に至るまで、ありとあらゆるところにお母さん、お父さんたちの活躍があります。
正直、端から見ているとものすごく大変そう。でも、お母さんたちがともに活動をつくりあげるという意識で望んでいるからこそ、これだけ深く関わることができていたんですね。
そういうのが好きな人が集まったのだとは思うけれど、子どもを預けっぱなしにするんじゃなくてみんなが一緒に動いてくれています。なんというか、ひとことで言うと、お母さんたちってすごいよね(笑)。
舞台を支える黒子もお母さんやお父さん、OBたちが担います(写真:三宅岳)
お母さんたちからの協力をとりつけたありすさんは、ふじのキッズシアターを立ち上げました。最初に集まったのは10人ほど。でもすぐにうまくいったわけではありませんでした。
大人を教えるのは簡単です。学びたいと思ってきているから言うことも聞いてくれます。でも子どもは面白くないとすぐダラダラするし、話も聞いてくれない。毎回真剣に、あの手この手でいろいろやってみました。
そのうち、あ、1回体験させちゃおう、と思ったんです。演技を教えてから公演をやるんじゃなくて、とりあえず1回、本物のお芝居の世界を体験させちゃえばいいんだって。それで第1回公演「オズの魔法使い」を上演しました。
体験に勝るものはなし。ありすさんは、演劇の面白さを感じてもらうために、プロの手による本格的な舞台をつくり上げることにしたのです。
在住芸術家がスタッフとして協力!
第6回公演『時間どろぼうをやっつけろ!〜モモとすてきな仲間たち〜』(写真:三宅岳)
旧藤野町は、藤野電力やトランジションタウン運動などで知られ、グリーンズでもたびたび登場しているまちですが、そもそもこうした地域活動が話題になるより以前は、芸術家の移住者が多いことで知られていました。
在住芸術家がさまざまなイベントや活動を仕掛けてきたことで、外からくる人たちを惹き付け、さらに多くの移住者を生むことになったのです。ありすさん自身も、そうして移住してきた初期の芸術家のひとりでした。
ありすさんは在住芸術家の仲間たちに声をかけました。照明、舞台美術、演出、音響、そして音楽。舞台をつくるありとあらゆる要素が、趣旨に賛同したその分野のプロの方々に支えられました。ほぼボランティアですが、当然、用意された舞台のクオリティは、一介の子ども劇団のクオリティではありません。
最初はみんな、どうなることかという感じでした。お母さんたちもやったことがないし、子どもたちだってわけがわからない。でも1回体験したら、楽しくなっちゃうんだよね。
ライトを浴びて、夢みたいな世界を体感して、なおかつたくさんの人が見にきてくれて、演じ終わったあとには拍手がもらえる。あんなに幸せな時間って、たぶんないんです。
それが醍醐味というか、いちばん大事なことなんですね。2年目からは子どもたちのほうから“やりたい!”って言われるようになりました。
“あるがままでいいんだよ”
子どもたちの演技は、いわゆるプロの子役の演技ではありません。だから、とても自然。自然すぎて、素が出てしまうような場面も多々ありますし、なんだか恥ずかしそうにしている瞬間もあります。
しかし、多くのプロが関わっているという外的要因を省いても、毎年とてつもなく胸を打たれてしまいます。その理由を、ありすさんは“あるがままだから”だと言います。
ふじのキッズシアターの根底にあるコンセプトは“あるがままでいいんだよ”ということです。そして、イマジネーションの“想像”とクリエイティブの“創造”、このふたつの力が未来を変えると思っています。その大元だけは、ずっと揺るぎない。
あるがままを勘違いしてはいけないのは、自分ではあるがままと思ってる枠にハマっている場合があること。たとえば大きな声を出すのが恥ずかしいと思っている子は、思わせているものが何かある。その邪魔しているものをとって、そのままでいいんだよとやっていくと、心が解放されるんです。
実際、最初は声が小さかったり、控えめな子もたくさんいます。でもやっていくうちに、だんだん声が出るようになっていくのだそうです。それがつまり、心の解放です。
男の子がいっぱいいた年は、もう本当に大変だった(笑)。歩き回るし話は聞いてないし遊び始めちゃうし、とにかくまとまらない。たまたま取材にきた人が、あまりにまとまってないのをみて驚いていたぐらい(笑)。
きっと学校ではこんなふうにできていないのだろうと思ったので、もっとハメを外させてあげようと、悪役をやってもらいました。
「あれだけ素直で感性豊かに育っているキッズの子どもたちでも手を焼くことがあるんですね」と言うと「もう常に! パーティ状態!」とありすさんは笑います。
ずっと稽古していると、小さい子たちは飽きて遊び始めちゃう。それでもどうしても聞いてほしいときは聞いてって言うし、メリハリはつけます。でもダラダラ長時間やらないといけないときもあって、そういうときはそのままにしておきます。
大人たちが何か真剣にやっている時間に子どもたちだけで遊んでるのって、じつは大人に干渉されない、最高の時間なの。だから、一見まとまってないように見えるかもしれないけれど、じつはその時間によって感性が育てられている。
そのうち自然とこっちにきたくなって「何やってるの?」って子どもたちから聞いてきたら、もうこっちのものです(笑)
15周年特別公演の大人チームの稽古を見学させてもらったら、まさにそんな光景が。手前から大人、きっずOB、子どもです。大人が真面目に練習している間、子どもたちは遊んで待っています。そしてこのあと、いつの間にか練習に混じっていました
そうした自由さや多様性を担保する中でも、舞台を創り上げるためには、ときには厳しくしなければならないこともあるのではないでしょうか。
でも子どもだって、ちゃんと話したらわかってくれるんですよ。なんで今静かにしないといけないのかを理解すれば、強制なんかしなくてもやるのね、自分たちで。
だから私は試されてるなぁと思う。適当に言ってるときは、子どもは絶対に言うことを聞かないですから(笑) 言うことを聞かないのなら、それはこっちの伝え方に問題があるわけで、私はそういうことをいっぱい子どもたちから学んでいます。いろいろなことを教えられ続けている15年間です。
目指すのは“結果じゃない”
第11回公演『オズの魔法使い』(写真:三宅岳)
ありすさんが取材中、何度も言っていたのは、キッズシアターはいわゆる子ども劇団ではない、ということでした。
キッズシアターは劇団ではありません、活動ですと言いたくなるぐらい、目指しているものが“結果じゃない”んです。
公演を見た人の中にはいろいろな批評があるだろうなと思います。でも、子どもにとってはつくっていくプロセスが大切なので、最後の結果の日は楽しめばいいんです。その時間をみんなと共有したくて公演しているだけなので、無料公演にしています。
もちろん見にきてもらうからにはそれなりのプレッシャーはあるけれど、どちらかといえば、みんながどのくらい楽しめたかっていうほうがすごく気になります。
第5回公演『銀河をこえて〜銀河鉄道の夜〜』(写真:三宅岳)
15年かけて築き上げた子どもたちとお父さんやお母さん、芸術家たち、そして私のようにキッズシアターの舞台に感動した地域の人たちとの繋がりには、何かとても強い絆のようなものを感じます。
人ってそれぞれ目的があって集まってくるから、基本まとまらないと思うのね。だけど使命、ミッションっていうのかな。使命のところでひとつになるの。子どものためにとか、未来に種を蒔くためにとか。
犠牲っていう意味じゃなくて、自分の本質みたいなところ。たとえば“なんで生まれてきたの?”とか“なんでこれをやってるの?”っていうところでひとつになるとみんなが“ぴゅー!”とまとまりだす。なんかこう、遊んでいるうちにね、まとまってくの。
ふじのキッズシアターは藤野っていう場所の縮小版
(写真:三宅岳)
ふじのキッズシアターには、うまくやりたい、かっこつけたい、上手にやりたいといういわゆる自意識の強い子どももいないように思います。
そうね。そういわれれば優等生タイプの子どもは、いないね!
それがなぜかはありすさんも明快な答えをもっていませんでしたが、お話の中から、この藤野という地に、ヒントがあるように感じました。
15年も経つと、当初いた子どもたちはもうすっかり大人になっています。美容師や教師、サラリーマン、進路はさまざまだけれど、音楽や演劇、ダンスやお笑いなど表現の世界へ進んだ子どもたちもいます。
毎年の公演では、OBお助け隊として手伝いをしたり、バンド演奏に参加したりもしています。OB劇団を結成してオリジナルの脚本をつくり、公演した年もありました。
たくさんのOBが、毎年気もちよく舞台公演に駆けつけます。何かの集まりで歌が始まれば、誰でも抵抗なく、一緒に歌って踊り始めるのです。
彼らにとっては、ここが本当に“らしく”いられる場所なんだと思う。外ではいろいろ突っ張って背伸びしていても、ここに戻ってくるともう全部知られちゃってるから背伸びをしなくていい。
そもそも藤野じゅうがそうやってあるがままを受け止める土地だと思います。子どもたちがあるがままにいられて、表現することが当たり前の環境でしょう。だからキッズシアターは、藤野っていう場所の縮小版、子ども版なんじゃないかな。
私は、子育てや教育は、環境がすべてといってもいいと思います。環境さえあれば、子どもたちは心と身体を解放していく。ふじのキッズシアターの活動を続けて、そのことを実感しています。
子どもたちの稽古のようす。ゲームをして遊んだあと「罰ゲームは…ありすがみんなにチューをするぞぉ〜」とお化けに変身したありすさんが子どもたちを追いかけ回します。子どもたちは全速力で逃げる逃げる! この日が初参加で緊張していた子どもたちもすっかり笑顔になりました
2016年3月には15周年特別公演が上演決定!
最近の活動は演劇公演だけではありません。2015年3月には、きっずOBが中心になって、子どもたちがつくりあげるイベント「キッズフェス」が開催されました(写真:三宅岳)
じつはありすさんは、2016年3月19・20日に相模湖交流センターで行われるふじのキッズシアター15周年特別公演をもって、キッズシアターの一線からは退くことを宣言しました。
藤野の中では充分に活動が育って、私の役割は終わったと思いました。それで、去年で辞めるつもりで宣言したんです。でも、そうだ、もうすぐ15周年だと思って。
私が辞めると言ったら、お母さんたちのチーム「マザーアース」が自然な形で立ち上がりました。お母さんたちも何か表現したい! という話になって、実際に昨年、子どもたちの手で開催したキッズフェスには大人も出演したんです。OBたちが何かやりたいっていう話もありました。
で、子どもたちの人数が減ってきていたのもあったので、合同で、世代を超えたものをつくるのはすごく意味があると思いました。
15周年特別公演では、その“縦の多様性”に挑戦したいと思います。それならば、私も役割を担える。今、この時代にしかできない、テーマ性の深いものをやろうと思っています。
地域で一般公募した結果、下は6歳から上は60代まで、50名近い参加者が15周年公演に参加することになりました。すでに毎週集まって練習中だそう。
大人から子どもまで混ざり合う、キッズフェスでの集合写真(写真:三宅岳)
さらに、2013年夏に撮影したオール藤野ロケ、ふじのキッズシアターPresentsの長編映画「藍色少年少女」が、いよいよ2016年1月3日〜7日の渋谷ユーロライブにて劇場初公開となります。
藤野の中での役割は終わったけれど、今後私のやるべきことはこの未来への種蒔きをもっと外に発信することだと思っています。せっかくいいことをやっているのに藤野以外で知られていないのはもったいない。これからは、このビジョンをもっと発信していく活動をしていきたいです。
かといって子どもたちを連れて全国を旅するわけにはいかないので、どこにでももっていける映画をつくりたいと思いました。そして2年前、さまざまなご縁があって、実際につくることができたんです。
かかわった人々すべてが、強い思い入れをもつことになった、このすてきな映画の話はまた、別の記事にて。
教育とは何か、表現とは何かを体験しよう
キッズシアターに所属する子どもたちやOBたちと触れ合うたびに、いきいきと自分らしく育っているその姿に、表現が子どもたちにもたらすものを考えます。それは、結果的には教育ということになるのかもしれません。すると、教育とは何かということに、思い至ります。
公演のたびに、子どもたちの心のあるがままに、私は感動してしまうのです。だとしたら、教育とはいったいなんでしょうか。表現とはいったいなんなのでしょうか。
ありすさんのお話を聞いて、少しはわかった気がします。でも、やっぱりわかりません。子どもの心が本当に解放されているとき、そんな大人の理屈は、もはや軽々と飛び越えていくからです。
体験に勝るものはなし。ぜひ、ふじのキッズシアターの世界を、体験することをおすすめします!