義手の世界で「表現業」を実現したい! アンドロイドのような電動義手「handiii」の生みの親・近藤玄大さんに聞く、これからのものづくり

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グリーンズが品川シーズンテラスと立ち上げた、平日夜の品川を面白くしようというイベント「green drinks Shinagawa」。

9月30日に開催された第1回は「exiii株式会社」代表取締役の近藤玄大さんを招いて、ものづくりに関するトークセッションを行いました。

近藤さんが取り組んでいるのは、腕の一部が失われている人の腕の筋肉の動きによって動く義手「電動義手」を、3Dプリンターを使ってつくること。

それによって、これまで非常に高価だった電動義手を安く提供できるだけでなく、従来画一的だったデザインを全く新しい物にしたり、義手ならではの様々な機能をつけることができます。

そしてさらに、その開発をオープンソースにすることで、義手にとどまらず、これからの様々な「ものづくり」を変えていく可能性も秘めているのです。
 
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近藤玄太(こんどう・げんた)
ソフトウェアエンジニア。2011年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。2009-2010年、カルフォルニア大学バークレー校に留学。在学中はBMI、サイバネティクスの研究に従事。2011年ソニー株式会社に入社、ロボット研究や新規事業創出に携わる。2014年10月よりexiii代表取締役。2010年度日本機械学会三浦賞受賞。

近藤さんが電動義手づくりを始めるまで

まず最初に、なぜ近藤さんが電動義手をつくることになったのか、これまでの歩みを伺いました。

子どもの頃からバスケ少年で20代前半まではバスケばかりしていました。コーチなどもやったりする中で、バスケも含めあらゆる表現活動において手は欠かせないものだし、ひとりひとりの個性が出る部分でもあると感じたんです。

それで手への感心から義手の研究に移っていき、2008年から11年まで東京大学の研究室で、筋肉の情報を読み取って義手を動かす技術の研究をしていました。しかし、技術的な研究だけでは限界があると感じて、就職を選びました。

就職先のソニーでは、1年目はロボットに関わる結構大きなプロジェクトに関わって、2年目はレゴを動かして遊ぶロボットの開発と、電子工作キットのMESHの開発という2つの少人数のプロジェクトに関わりました。この2つの異なるものづくりを両方経験できたことは色々勉強になりました。

その頃、デジタルファブリケーションなどの流れが来ていて、義手でも何かできないかと考えました。電動義手の普及には2つ問題があって、1つは価格、もう1つはデザインです。

今の電動義手はおよそ150万円と非常に高価なもので、デザインは手を再現する肌色のものばかりです。そこで、3Dプリンターを使えば価格も下げることができるし、デザインを変えても費用はほとんど変わらないので、個性を出すこともできると考えたんです。

そこで近藤さんは研究室の先輩でメカエンジニアの山浦博志さんとその同僚だったインダストリアルデザイナーの小西哲哉さんと3人で2013年にチームを結成して研究を開始、国際デザインコンテスト「ジェームズ ダイソン アワード 2013」で2位に入賞するなど評価され、2014年10月に独立して「exiii」を立ち上げました。

ただの「手の替わり」では無い義手とは

近藤さんの開発した電動義手の特徴は、なんといっても見た目です。アンドロイドっぽいというか近未来っぽいというか、まるでロボットの一部のようなものです。このようなデザインにしたのは見た目だけではない理由もあるそうです。
 
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handiiiとHACKberry

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実際に義手を動かしたり、義手と握手してみるという体験も

義手をあえて個性として表現しているようなものにしていきたいんです。メガネはもともと福祉機器だったものが、今はファッションアイテムとして認知されています。義手も同じように色のバリエーションがあってもいいし、形だっていろいろあっていい。

さらに言えば、義手は付け替えができるという特徴があるので、運動をするときは軽い素材でスポーティーなカラーにしたり、作業をするときはゴムのような滑らない材質にしたり、通勤時には指にSUICAを埋め込んだり、機能面でもバリエーションを持たせることができます。

さらに、個性を表現するためには一人一人がデザインや機能を選べることも重要なのだそう。

僕らがやりたいのは、一人一人のやりたいことを実現することなんです。最新モデルのHACKberryは歌手の方につけてもらっていますが、彼女はライブで手を振るパフォーマンスをしたいとずっと思っていて、それをHACKberryで実現できました。

それぞれがやりたいことを実現できることが何よりも大事なので、極端なことを言えば、ドリルやチェーンソーをつけたっていいんです。

つまり、彼らがつくっているのは使う人それぞれがカスタマイズするための雛形であって、デザインもこれまでの「肌色」という固定観念を覆すためのものであり、同時に3Dプリンターで安価につくれるものであるという以上では無いということなのです。

オープンソース化が開くものづくりの可能性

近藤さんは、そのようなひとりひとりのための安価な義手を実現する方法として、「オープンソース」化をすすめています。

彼らは今年5月、設計データから使われている部品、プログラム、ソースコードまで全てを無料で公開。その目的は、3人だけでは開発についても普及についても限界があるものを、ネットを介した世界中に広がるコミュニティで進めるということです。

実際に、すぐに反応があって、左手用のものや子ども用のものを開発する人も出てきたそうです。そして、そのオープンソースにはさらなる可能性があるといいます。

現在は、まだ防水性能や耐久性が不足していて日常生活では使えないんですが、オープンソースコミュニティの意見を聞きつつ練り上げていきたいと思います。

また材料についても、現在はABSなどの樹脂を使っていますが、オープンソースにすることで材料メーカーに様々な材料で試してもらって、それを使うということができるかもしれません。新しい技術というのは安全性が問われるものなので、その安全性を実証するためにもオープンソースは必要な手段なんです。

さらに言えば、オープンソース化する前は手のない人たちだけがマーケットだったわけですが、オープンソース化したことによって、開発したいという人がマーケットに入ってきてマーケットの規模が大きくなります。

義手のマーケットというのはそもそも小さいものなので、ビジネスの意味でもオープンソース化は理にかなったことなのです。

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では、そのようにオープンソース化をした先には何があるのでしょうか。

大企業が大量生産をしてものを売り、ユーザーはそれを買って使うのではなく、設計やデザインをする人がいて、ユーザーはそれを利用して自分でモノをつくってそれを使う。そのような未来が3Dプリンターとともにやってきつつあるのです。近藤さんはそれに伴って「製造業は表現業へと変化する」といいます。

3Dプリンターや電子工作という技術によって、製造業というレイヤーの上に表現というレイヤーができたのではないかと感じています。

僕が勝負したいのはその表現のレイヤーで、それをビジネスとしてうまく回してもの、つくりが製造業から表現業に変わっていくような時代をつくれたらいいと思っています。

何より、ほんとうにほしい人がつくるようになれば、一番納得できるものができるんじゃないかと思うんです。

これは義手に限った話ではなく、あらゆるものづくりに言えることではないでしょうか。

ものづくりの民主化と「表現業」

最近ではこれを「ものづくりの民主化」などといいますが、近藤さんも「あらゆるものづくりがこういう風に変わっていくような流れになると思う」というように、日用品から建築に至るまであらゆる分野でこのような変化が起きつつあるように思えます。

そのような時代に向けて、まず義手の世界で「表現業」を実現することを近藤さんは目指します。

まず僕らが名前を売って、コミュニティの中でもいい仕事をした人を表彰したりしてどんどん開発したくなるような仕組みをつくって参加者を増やして、その上で僕らは実際に義手を売るのに加えて、デザインのコンサルティングなんかでもお金をつくれるようにしたいです。

そうして僕らのコピーみたいなモノを各都道府県につくって、3年後には、現在の2%の普及率を欧米並みの20%にするというのが目標です。

現在は、google.orgからの助成金などで開発費を賄うことができているということなので、今から1年ないし2年の間に新しい仕組みをつくってビジネスとしても回るようにしていきたいとのこと。

お金の問題はベンチャー企業にはつきものですが、その部分も新しい発想で解決していってほしいですね。
 
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最後に、近藤さんの印象的な言葉を紹介します。

僕のポリシーなんですけど、人はすごいと思うので、最低限のプラットフォームがあれば人はそれを使いこなすんじゃないか。

電動義手を動かす仕組みというのは、実際に手を動かす仕組みとは筋肉の動かし方が違います。

しかしそれでも、人はそれに順応し動かせるようになるのです。だから、とにかく高性能で便利なものをつくることを目指すのではなく、人間の適応能力を信じて最低限の機能を持つものを実現できれば、人はそれを使いこなしてしまうというのです。

さらに、3Dプリンターの時代には、それを使いこなすだけでなく、さらに工夫をして高機能なものをつくり上げてしまうのではないかと思うのです。

近藤さんがいう「表現業」の時代は、モノが個人の創意工夫とコミュニティの協力でどんどん進化していく、そんな時代になるのではないか、そんな希望が持てるお話を聞くことができました。