「教育者にひとつだけ必要な資質があるとしたら、何だと思いますか?」
子どもの教育に携わる人にこの問いを投げかけると、「いまをみる」「子どもへのねがい・思い」「笑顔ですごせる場づくり」など、100人いれば100通りの答えが返ってきます。でも、保育士、教師、保護者など立場の違う人々がそれぞれの想いを共有する機会は、ほとんどありません。
6月29日、よりよい先生の育ちの場として、保育士と小学校の先生との対話イベント「がっこうの縁側」が開催されました。(イベント紹介記事はこちら)
主催者のひとり、こどもみらいプロデューサーの小笠原舞さんが「いろいろな校種の人たちが、現場レベルで筋を一本通して、一人ひとりの先生の軸をつくっていく場」と語るこのイベント、いったいどのような対話から、どのような気づきが生まれたのでしょうか。
それぞれの立場でみえるもの
会場に集まったのは、子どもの教育に携わる、約20人の方々。まずは、保育士・小学校の先生・子どもの保護者・企業で子ども事業に携わる方の4人による、”小一プロブレム”(授業をすわって静かにきくことができないなどの不適応)に関するトークセッションからはじまりました。
小一プロブレムのはっきりした原因は分かっていません。
司会を務めたベネッセコーポレーションの青木智宏さんはこう切り出し、園から学校への申し送りは、書類と一回の先生同士の会合だけで終わってしまうという現状が報告されました。
このため、保護者が子どもを小学校に送り出すとき、「新任の先生だったら対応できるのかしら」「園の頃のような個別対応はあまりしてくれないんだろうな」など、不安の方が勝ってしまうようです。
一方、実際の小学校現場については、現職の先生から、
「学校の授業はつまんないんじゃないの?」「逐一疑問を聞いちゃいけないんじゃないの?」という保護者の方の声に、そんなことないのに、と思いました。
一年生はそれまでとまったく違う世界に入るからこそ、楽しめるよう、飽きさせないよう工夫をたくさん考えているんですよ。
という話が。保育士さんからは、
遊びから学びへのギアチェンジは、本当に大きい転換だと思います。だからこそ、親御さんたちの不安を解消することに重きをおいた何かをしていかなければいけないですね。
との提案がなされました。
小一プロブレムを解消するために、5歳児の義務教育化が政府の有識者会議で提案されています。でも、制度を変えなくてもこの問題に対する手だては現場レベルで打てるのではないか。そんなことを考えさせられたセッションでした。
遊びと学びは一対? 一体?
続いて、テーブルごとにワールドカフェ形式で話し合う時間へ。はじめのテーマは「遊びと学びの境目についてどう思いますか?」です。
小学校教諭・幼稚園教諭・介護士が集まったあるグループでは、幼稚園は「遊びの中に学びがある」のに対し、小学校は「学びの中に遊びがある」のでは、という仮設から、自分の園や学校の思い当たるエピソードを語り合いました。
ここで幼稚園の先生から提示されたのは、「お店やさんごっこ」という遊びの話。これは、自分たちで用意した商品をお家の方や外の人に売る活動で、お金を数えるときに数を学ぶだけではなく、つくったお店をイベント後にどうするか決める場面では、話し合いも必要になるそうです。
「それ、小学校でもありますよ!」と、話を聞いていた小学校の先生。お楽しみ会の出し物をする班を決めるとき、42人を6人ずつの班に分けると何班できるか数えます。「わり算ってこういうときに使えるんだね」と気づいた瞬間だったそうです。
園と学校では遊びと学びの関係性は逆転するのかと思っていたけれど、実はそうではなく、どちらでも遊びの中に学びが含まれている。対話の中から、新たな気づきが生まれました。
その他のグループでも活発なディスカッションが展開され、
保育所指針・幼児教育要領・小学校学習指導要領をお互い読み合いたい。
熱中して取り組んで発言がたくさんある授業は、学びと遊びが一体化しているのではないか。学びは遊びなんだという感覚をもちたい。
といった、様々な意見が発表されました。
ここで、お家の方といっしょに来ていた小学生にも、学びと遊びの違いを問いかけてみました。
遊びって言われると、20分休みや昼休みにやるサッカーや“どろけい”のことかな、と思う。
保育園は遊ぶ時間がいっぱいあったけど、学校は勉強がいっぱいで遊ぶ時間は少ない。
大人とは違った遊びの捉え方に、会場の大人たちもハッとさせられた瞬間でした。
小学校に上がる前の方ができていた!?
さらにワールドカフェは続きます。次のテーマは「個と集団 園・学校で大切にしていることはなんですか?」。園では個人、学校では集団に重きが置かれやすいものですが、どうやってバランスをとっていくか、これから何が必要かを考えます。
幼稚園教諭・保育士・小学校教諭の集まったこちらのグループは、行事と発達を切り口に話し合いました。
一般に、2歳くらいまでは個人をバラバラに保育しますが、5歳にもなると、おとまり保育・夏祭り・おゆうぎ会など、大勢でまとまって動くことが増えていきます。ここで幼稚園の先生から提示されたのは、年長(5歳)クラスで運動会のリレーの順番を決めるために、子どもに考えさせたときのお話でした。
「俺は遅いから早めの順番にさせてくれ」「○○ちゃんは2回走った方がいいよ」など、自分たちで考えることができたそうです。そこまでできるのに、小学校に上がると周りが手をかけすぎて自立性を奪ってしまう面があります。
子どもとの向き合い方を、考え直していかないといけませんね。
小学校の先生のつぶやきが印象的でした。
職員同士の関係に注目したグループもあります。
職員同士が一人一人ちがう考えをもっていることを認め合う。子どもたちのよさを認めるためにはそれが必要だと思います。お互いの思いを伝え合える環境にしていきたいですね。
日々の保育や学校現場から離れて自分たちの教育活動を振り返るからこそ、何を大切にして子どもと向き合っていけばいいのか、はっきり見えてきます。
自分の信念を語る場、ありますか?
最後に今日の気づきを参加者一人ひとりが一枚の紙にまとめ、発表しました。
「思いを隠さず話せる環境は、ちゃんと人の言葉を聴ける環境でもある」、「ちがう発達段階の現場を見て、知って、補い合いたい」など、内容は十人十色。それぞれが自分の言葉で語り、その度に拍手が沸き起こりました。最後に、参加者全員で記念写真をパチリ。みなさん達成感が感じられる、いい笑顔です。
有名な先生を連れてきて、一流の考え方や技を学ぶ。教育界に限らず、これまでの研修はそのような形式が一般的でした。もちろん、ひとりひとりの力量を高めるためには大事なことです。
しかし同時に、参加者全員が主役になって語り合う研修も欠かせないものになっていく。今回のイベントを通して、そんなことを感じました。
お互いの信念を語り合う中で違う立場の人の考え方を知り、自分の軸をつくり直す。そうやって自分の器をひろげていくことが、子どもをよりよく育てることにつながっていくのでしょう。
あなたの周りに自分の信念を語れる場所はあるでしょうか。もしないのであれば、自分自身の手で、つくってみるのもいいかもしれませんね。