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田舎に必要なのは、オープンだけど一人になれる場所。和歌山発、廃校をリノベーションして生まれた「bookcafe kuju」

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昨年11月9日、和歌山県は新宮市熊野川町に「bookcafe kuju」がオープンしました。

取り壊し予定だった旧九重小学校の校舎を改装した店内には、本格的なエスプレッソマシーンで入れた珈琲の香りが漂います。きめ細かな泡をつかったラテアートや同校舎内にあるパン屋さん「むぎとし」のパンは、町のお年寄りにも大好評!

オープンから約4ヶ月、すっかり近隣住民の憩いの場となったこのカフェを生み出したのは、実は町の外からやって来た若者たちでした。

お金をかけて壊すより、地元に活かしたい

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熊野川町は、和歌山県南東に位置する小さな町。緑の山々に囲まれ熊野川が穏やかに流れる景色は、初めて訪れた人にとってもどこか懐かしい“日本の田舎”の風景です。

その一方で、ほぼ毎年和歌山県を直撃する台風は、時に熊野川を氾濫させ甚大な被害をもたらします。bookcafe kujuが入る旧九重小学校の校舎も、2011年の台風により床上1メートル以上水に浸かってしまい、取り壊しが市によって決定されていました。
 
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旧九重小学校の教室(改修途中)。白い壁に浸水の跡が茶色く残っている

校舎の取り壊しにあたって市から付けられた予算は800万円。それを知った NPO法人「山の学校」代表理事の柴田哲弥さんは、「そのお金で十分蘇るのに、もったいない。再利用したほうが地域のためになる!」と校舎の再生を市に提案しました。

地元に“よそ者”を通じた会話を

過疎・高齢化が進む町での再生案がカフェというのは意外な気もしますが、最初からカフェ以外では考えていなかったと柴田さんは話します。
 
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NPO法人「山の学校」代表理事の柴田哲弥さん

以前から、地元の人が気軽に集まれる空間をつくりたいという想いがあったんです。地元の人と何気なく話す中で、毎日家で一人の時間を過ごすお年寄りの多さに気付かされることが何度もありました。

もちろんご近所の人が集まるような家もありますし 、一人であっても車で少し離れた町まで出かけ、喫茶店やカラオケでリフレッシュする方もいらっしゃいます。 しかし実際は、「年齢ともに遠くへ出かける元気がなくなってしまった」「人に会うきっかけをなかなかつくれない」という人がほとんどでした。

そこで、「ぶらっと立ち寄ると誰かがいて、行けば自然と人との交流が生まれるような場所をつくりたい」と思うようになりました。僕はこの土地に後からやって来た“よそもん(余所者)”ですが、僕らを通じて地元に会話が生まれたらと思っています。

若者たちを信じてみよう

柴田さんの提案は市に認められ、取り壊しは撤回。その後の再生プロジェクトは柴田さんのNPOに一任されることになりました。しかし「この土地に、この土地の人たちのための場所をつくりたい」という想いとは裏腹に、当初はなかなか地元の人の理解を得ることができなかったといいます。

地元の人にとっては、壊す予定の廃校をなぜわざわざ残したがるのかわからない。その上、当時僕は熊野川町に移住して1年半程でしたが、住んでいたのは小学校のある九重とは別の集落で、僕自身のことをまだ九重の人に知ってもらえていない状態。得体が知れないと感じられたのも仕方がなかったと思います。

緊張して臨んだ地元の人向けのプロジェクト説明会は、喧々諤々の議論に。「よそ者に任せて大丈夫?」という声も挙がりました。

そんな中で空気を変えたのは、「若い人たちの熱意に賭けてみよう」という市の担当者さんの呼びかけでした。このカフェに関わる若者たちが、校舎再生の話が持ち上がる以前から台風被害のボランティアで地元に貢献していたことを知っていたこの担当者さんは、柴田さんの地元への想いが上辺のものでないことを知っていました。
 
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災害直後から現地でボランティア活動に従事した学生たちと柴田さん

さらに、九重小学校近くに住むある女性から「この若者たちを応援してみないか」という声が続きました。実はこの女性の息子さんの自宅も台風の被害に遭い、柴田さんをはじめとするボランティアの若者たちが、土砂撤去などに当たっていました。

「大変な時に力を貸してくれた若者たちの提案なら、信じてみようではないか」というこの女性の声は、他の地元住民の心を動かす大きなきっかけになったと言います。

こういった地元の方の後押し、担当者の方のご協力は、僕たちにとって本当に嬉しく、ありがたいものでした。

その場で地元の方全員が納得してくれたわけではありませんが、その後も説明会や話し合いを重ねるうち、僕たちの動きを見守ってくれるような雰囲気が次第に生まれていきました。

それからオープンまでの準備期間にも、大事な町の資源を任せてくれた地元の人たちとの交流を、カフェ関係者は大切に積み重ねて行きました。
 
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地元の人を招いての試食会の様子

結局再生の決定からオープンまで1年程かかりましたが、改修作業など進捗が外から見えにくい間は、心配そうな様子が地元の方から窺えました。そこでメニューの試食会を開いたり、長く途絶えていた盆踊り大会をカフェ関係者が中心になって開催したりしました。

盆踊り大会はカフェに直接関係ないかもしれませんが、人と交流するきっかけが普段なかった方にも外に出てコミュニケーションを楽しんでもらえる機会になるのではと考えました。

また、人が減ったことで途絶えてしまったイベントを復活することで、僕たちがいることによる変化を集落の人に感じてもらえるのではないか、という期待もありました。

オープンだけど一人になれる場所

現在カフェがあるのは、もともと職員室だったスペースで、隣の元1・2年生教室は事務所として使われています。この事務所スペースは、今春から本屋さんとしてオープンする予定です。
 
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現在、集落内はもちろん熊野川町にも隣の町にも本屋さんは一軒もなく、一番近い本屋さんに行くにも車で1時間ほどかかります。オンラインで購入という手もありますが、子どもやお年寄りには難しいですし、Iターン仲間からも「やっぱり本屋さんで直に本を触れて選びたい」という声をよく聞きました。

僕がカフェの構想を持った時に頭に描いたのも、窓から望む熊野川の流れを楽しみながらゆっくり本を読むイメージ。そこで新しく生まれるカフェを、本屋さんを併設したブックカフェにできないかと考えるようになりました。そしてその後、知人を介して知り合った「ガケ書房」さんと提携するという話しが進み、オープンの目処が立ちました。

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本屋さん部分の完成予想スケッチ

グループ席中心の“おしゃべりスペース”である今のカフェに対し、一人用の席を設けた“一人になれるスペース”になる予定の本屋さん部分。柴田さんは、この一人になれるスペースを、都会からの移住希望者を後押しする大事な要素のひとつと考えます。

人が暮らすコミュニティには、いくつか必要な要素があると思っています。まず、他者との交流があること。その一方で、一人になれる場所があること。そして知的好奇心を満たせること、安心して食べられる食べ物があること。こういったものがあるかどうかは、住む場所を選ぶ時に重要なポイントになってきます。

そこで旧九重小学校には、オープンだけど一人にもなれるカフェ、書籍・雑誌が手に入る本屋、作り手の顔が見えるパン屋……と、それら必要不可欠なものをつくっていっているんです。

こうした町の新しい魅力は、若者たちをより強く町に惹き付けることでしょう。そして、若者たちが加わることによって町にはまた新しい魅力が生まれると柴田さんは言います。

人が増えれば、人手がなく絶えてしまっていた行事の再開や、担い手がいなかった産業の復興など、その土地の文化を継承していくことが可能です。文化が生きる町は、外から来る若者の目にもより魅力的に映ると思います。

そして行事によって交流が生まれたり、産業で高齢者の知識や技術が活かされたりすれば、町での暮らしは昔から住む人たちにとってもより充実したものになります。そうなれば、若者も高齢者もいきいきと暮らせる場所として、町の魅力はより一層増すのではないでしょうか。

もちろん、田舎に移住者を呼ぶこと、文化を継承していくことは容易なことではありません。しかし再生された旧九重小学校をひとつの起点として、町は今まさにその道の途中にあると言えるのかもしれません。

田舎だからこそできる働き方

柴田さんたちの取り組みからは、若者が地方に投げかける新しい可能性を感じることができます。そして若者にとっても、「地方をフィールドとすることで、やりたいことの可能性は広がる」と柴田さんは話します。
 
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例えば都会でカフェを始めようとすると、物件を探し、そこに多額の初期投資をすることから始めなければいけません。一方で田舎の場合は、物件があるところからスタートできます。

過疎で空き家や使われなくなった施設がたくさんあるということは、見方を変えれば、一から建てなくても手を入れるだけで使える場所がたくさんあるということなんです。

ただし、そういった資源はあくまでその地域に住む人たちのもの。使わせてもらうには“信頼”が不可欠です。都会では、基本的に“勘定=経済的な損得”で交渉が成立しますが、田舎ではそこに“感情=信頼”が必要なんです。

信頼を築くのは簡単なことではありません。めったに外から人が入ってこない地域では、なおさらです。それでも、田舎での仕事には、そこでしか得られない手応えがあると柴田さんは言います。

今、行政に人手もお金も足りない地域は日本中至るところにあります。それに伴い満たされていないニーズもたくさんありますが、行政には手が回らない、企業も回収の見込みが無いと投資できない、と多くが手つかずになっています。

そこに踏み込んで行くということは、頼りにされる中で事業をやっていける、必要とされる場所で力を発揮できるということだと思います。

また、田舎でその土地のために働くというのは、自分の仕事の先にいる人、自分の仕事を支えてくれる人が常に目に見えるという働き方でもあります。僕は、この働き方には都会の大きな組織では得られない直の手応え・面白さがあると実感しています。

大都市に人が集中し続ける一方で、田舎では人が減り続けている日本。田舎を不便で何もない場所ではなく、“働き方の可能性を広げる場所”と捉え直すことが、未来に向けた大きなヒントになるのではないでしょうか。