「CSR(企業の社会的責任)」という言葉を耳にしたことは、みなさんあると思います。それでは、「CSV」という考え方はどうでしょう?CSVはCreating Shared Valueの略で、社会にとっての価値と企業にとっての価値を両立させ、企業の事業活動を通じて社会の課題を解決していく取り組みのことです。
この考え方は、企業の広告戦略においても世界の大きな流れになりつつあります。広告代理店でコピーライター兼CMプランナーとして活躍されていた山中貴裕さんは、このCSVという考えを基軸にして、今年の7月に広告企画事務所「うたみな」を立ち上げました。
「うたみな」は、ソーシャル領域を中心に考える広告企画事務所です。それでは「うたみな」と、これまでの広告制作会社とは何が違うのでしょうか。山中さんは、次のように定義しています。
私は、CSVを「Creating Social Value」と呼ぶことにしています。で、その企業やNPOの社会的価値(=ソーシャルバリュー)を、広告的な発想で表現するのが私の仕事です。
広告の得意技は、多くの人々に、心に響くカタチで情報を伝えること。私の広告クリエイティブのスキルが、よりよい社会づくりに貢献しようと頑張っておられる人たちの手助けになればと思っています。
楽しみながら参加=持続性がある、という発見。
ソーシャル・バリューを広告的な発想で伝えたいと語る「うたみな」の山中さん。
そんな山中さんも、以前はボランティアや社会貢献的な活動には縁がなく、むしろ、「自分のような俗っぽい人間が軽々に踏み入っていけない世界だ」と思っていたと振り返ります。
その考えが変わる転機になったのは、同志社大学のある学生との出会いでした。その学生は寄付を集めてカンボジアに小学校を建てる活動をしていたのですが、寄付金の集め方が山中さんがそれまで持っていたボランティアのイメージとは全然違うことに驚きました。
この学生さんがおこなっていたのは、イベントサークルのクラブパーティーのようなもので、その入場料が寄付金になるという仕組みでした。そんな、おちゃらけたイベントで貧しい子どもたちへの寄付を募るのは、いかがなものか?と思ったものの、同時に、参加する人が楽しみながらポジティブな気持ちで参加できるからこそ、そこに持続性が生まれるのではないかとも思いました。
楽しくカッコいい社会貢献があってもいいじゃん、という“しなやかな発想”を、多くの若い人が普通に持ってることが新鮮でした。自分の頭はずいぶん古くて固いと反省もしました。
と、語る山中さん。その後、東日本大震災を経たことでさらに社会貢献に対する意識が高まったとを感じています。なかでも「復興の狼煙ポスター」の活動には大きな衝撃を受けたそうです。広告クリエイティブなものが支持され、復興支援のためのお金を生み出している背景を知ろうと東北の制作者のもとへ話を聞きに行ったほどでした。(その内容はgreenz.jpに寄稿されています)
仕事でも、その頃からたまたま大阪府やACジャパンの公共広告にかかわるようになって、以前の僕が持っていたような“ソーシャル”に対する固いイメージや真面目すぎるイメージを変えていければ、と思いながら企画を提案していきました。
児童虐待防止のために、初めて「キティちゃん」が泣く。
児童虐待防止の啓発に「キティちゃん」を使ったキャンペーンでは、「涙を流すキティ」をアイコンとして展開。子どもの幸せの象徴であるハローキティが悲しみの涙を流すのは史上初のことで、テレビや新聞メディアも「児童虐待防止のために、キティちゃんが初めて泣いた」と記事にしやすく、大きなPR効果がありました。
このキャンペーンぐらいから、自分の広告制作者としてのスキルがソーシャル領域と言われる世界でもお役に立てそうだというのが実感できはじめました。一方で、企業も動き始めた。というか、もう動いていた。
ソーシャルな考え方や取り組みが、結果的に企業利益につながるということに気づき、トヨタのAQUAソーシャルフェスなどは本当にすごい好例だと思うんですが、関西でもフェリシモやサラヤなどいくつかの企業さんはすでにアクションを起こされていたんです。自分のまわりのクライアントにも、そういう意識の変化を感じましたね。
なぜ、その会社が生まれたのか?なぜ、その商品が生まれてきたのか?を改めて見直す時代になってきて、企業の広告戦略もそのことに真摯に向き合うムードになっています。本当に社会的価値のある広告しか、消費者にシェアされない社会になると山中さんはとらえています。
公共広告を企業広告のように。企業広告を公共広告のように。
企業の広告は、露出した時の印象を高めるために面白さや楽しさ、商品メッセージを優先しすぎる帰来があります。山中さんは、そんな企業広告に社会性や公共性を加味することで、人々からの共感値をより高めることができると考えています。一方、従来型の公共広告には、企業広告のようなエンターテイメント性をもたせることで印象や参加性を高められると考えています。
たとえば、公共広告にエンターテイメント性を取り入れた例が、大阪府の「キティの涙」以外にも、リビング&デザイン2012「幸せの黄色い椅子プロジェクト」や、ACジャパン「イイトコメガネ」CM。また、企業や商品の社会的価値をすくい上げて広告したのが、朝日放送「ABC高校野球中継ポスター」や大阪成蹊大学「なりたい私」CM、関西電力「15歳の君へ」CMなどです。
http://www.youtube.com/watch?v=92K1fA8lHRg
http://www.youtube.com/watch?v=a6zyf5yWT90
持続可能なお金の流れを、ソーシャル領域にも。
また、「うたみな」は、NPOや公共団体と企業との関係を橋渡しして、両方に利益がある関係にしていくことも事業の一つにしたいと考えています。
この分野での一番の悩みは、お金のことです。お金がちゃんと入ってくるようになるとNPOも持続的になれるし、公共広告だって質の高いものをたくさん流せる。ボランティアで手弁当的だった活動にも予算をつけて専任スタッフを雇うこともできます。活動をサポートする外部のスタッフにとっても、持ち出しや善意の協力だけでなく、健全にお金がまわる状況をつくることが大切だと思うのです。
でも、これは本当に難しい。NPOそのものが何かを売るか、企業から寄付やサポートを募るしかない。しかし、企業側もメリットがないと基本的に動いてくれない。いまの私がお手伝いできるのは情報発信だけですが、それだけでは足りないと最近は思っていて。もっと事業そのものをコンサルティングできるようなパートナーを探しています。
今後の展開として、大阪うめきたのナレッジキャピタル近辺を会場にした「ソー塾」(仮)も構想中です。これは、すでにソーシャルビジネスやCSVに取り組んでいる実践者によるワークショップで、ソーシャルな考え方を多くの人々に理解してもらう寺子屋のような場。企業の広報担当者やCSR担当者にも多く参加してもらえるよう呼びかけていきたいと考えている、とのことです。協賛企業や協力スタッフも募集中のようなので、興味のあるかたはぜひチェックしてみてくださいね。