ISSUE☆おすすめの連載! ソーシャルアクション元年への旅

3 years ago - 2013.08.09

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「祝10周年の打ち水大作戦はどうやってはじまったの?」を仕掛け人・池田正昭さんに聞いてみた [ソーシャルアクション元年への旅]

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「2003年に何があったの?」をテーマに連載中の打ち水大作戦とのパートナーコンテンツ「ソーシャルアクション元年への旅」。その2003年にスタートしてから年々その規模を拡大しているのが「打ち水大作戦」です。今ではイベントのレベルを越えて、夏の風物詩的な行事としてすっかりおなじみになりました。

「みんなで打ち水をして気温を2℃下げよう!」というこの取り組みはどのようにしてはじまり、なぜここまで全国的な広かりをみせたのでしょうか……?

future social design を掲げ、グリーンズ世代にも大きな影響を与えた雑誌『広告』の元編集長であり、打ち水大作戦を仕掛けた池田正昭さんと、打ち水大作戦を引き継いだ真田武幸さん、ふたりの対談で、その理由が明らかに!

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(左)真田武幸さん(右)池田正昭さん

池田正昭(いけだ・まさあき)

1961年神戸生まれ。人格形成を決定づけた場所は小学時代を過ごしたサンパウロ。大手広告代理店でコピーライターを10年つづけた後、同社が発行する雑誌「広告」の編集を5年余り手がける。編集長となった2001年には同誌に「Future Social Design」とサブタイトルを付け、雑誌を社会変革のためのプロジェクトを立ち上げる場とする試みに着手。

地域通貨アースデイマネーや渋谷川再生プロジェクトは同誌のコンテンツとして誕生した。2003年に妻が自然出産した体験を機に「いのち」の問題に目覚める。2010年にマザー・テレサの写真展を企画した際のテーマ「Life in Peace~LIP」が自身のその後の取組みコンセプトとなる。

編著に秋葉悦子著『人の始まりをめぐる真理の考察』『打ち水大作戦のデザイン』(ともに毎日新聞社刊)。2012年10月LIPのコンセプトが実感できる店「タイヒバン」を吉祥寺にオープン。現在、株式会社タイヒバン代表取締役。

始めた理由は「ワクワクしたから」

真田 打ち水大作戦がはじまったのは10年前って、「100万人のキャンドルナイト」もはじまっているんですよ。なんとなくですが、みんながひとつの目的に向かって、一緒に動くソーシャルアクションがはじまったのは、2003年からなんじゃないかという気がしているんです。

池田 うん。

真田 池田さんはそれこそ2003年に打ち水大作戦を仕掛けた側ですよね。この巨大なソーシャルアクションにはどんなきっかけがあったと思いますか?

池田 やろうと思った理由はただひとつで、ワクワクしたからです。単純にこのひと言につきると思いますね。

真田 でも、どこかに勝算はありましたよね?

池田 勝算もなにも、別に失うものなんてありませんでしたから。打ち水大作戦はクライアントが絡む仕事ではなかったし、気の許せる仲間との間ではじまったことだからなんのプレッシャーもない。そもそも前例のない試みだから失敗しても当たり前だと思っていたわけです。

真田 確かに誰もやったことがなかったようなイベントでしたよね。でも潜在的には、みんながやりたかったことだった。

池田 そうそう。だからこそ、みんながいっせいに活動するという形が拡散していくことになりました。そのときのシンクロ感にはとても興味深いものがありましたね。

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韓国でも開催

メディアの変化とソーシャルアクション

真田 以前からこういう取り組みをしてみようとか、シンクロ感のある取り組みを試みていたとか、そういった萌芽はあったのですか?

池田 水関係の仕事をしていたので、水というアプローチについては文脈がないわけではありませんね。

真田 シンクロ感という面では、打ち水大作戦のように人と人がつながった状態は、いまでいうSNSを連想させますよね。あのようなつながりが生まれたことと、インターネットが普及して情報インフラが劇的に変化したことは無関係ではない気がしています。

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池田 打ち水大作戦を行うときもそういうことは意識していましたよ。たとえば携帯を使った情報発信にも挑戦してみました。とにかく、新しいツールをいじりながら、思いつくことはなんでもやってみるようにしていました。

いま思うと当時はメディアに対して無邪気な時代でしたよね。いまのように自分がネットを通して発信した情報が、見知らぬ誰かによって激しく攻撃されるなんてことはまったく想像せずに情報を発信していました。

真田 あの頃は東日本大震災前ですし、世の中全体に“なにかやらなくちゃ”という社会貢献への焦燥感みたいなものが、いまに比べて薄かったように思います。メディアのそういう空気感も含めて、まだほのぼのしていて。だけど、なにかはじめたいような気持もあって。

池田 そうだね。当時の言葉でいうニューメディア的な発想なんだけど。でも当時はまだマスの力が強かった時代だと思います。打ち水大作戦も実態としては新聞社や広告代理店が活躍して生まれたソーシャルキャンペーンだったし、リリースを見た大メディアに取り上げてもらったことはイベントが広がる大きな起爆剤になっていましたから。

2003年、第一回目の幸福感

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真田 2003年に行われた記念すべき第一回目の打ち水大作戦は、ある種の幸福感に満ち溢れたイベントになっていたように記憶しています。

池田 うん、あれは特別なものがあったと思いますね。

真田 僕はその当時、打ち水大作戦を外野から見ていたひとりでした。でもイベントの内容がとても気になって掲示板を見ると、真偽のほどは置いておくにしても著名人の書き込みも多くて、すごい盛況な感じになっていたんですよ。なんとかしてこのイベントに参加したいと思いましたし、関わらなくては置いて行かれると思ったんですよね。

池田 そうなんですよ。イベント開催前からずいぶん盛り上がっていて。初めての試みにも関わらず、そういったワクワク感の共有ができていたことは、2003年の大きな特長だったかもしれません。

真田 従来の気まじめで少々堅苦しい印象のある社会活動とは一線を画していて、楽しそうな雰囲気があり、クリーンなエネルギーに満ちていました。そういったクリエイティブの力とSNS的な感覚が、イベント拡充につながったように見えました。

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池田 主催していた側の立場から言えば、あまり適切な言葉ではないかもしれませんが、あのイベントは奇跡みたいな出来事でしたよね。例えば、2003年8月は天気がよくない日が多くて快晴がまったくありませんでした。24日の時点でも「明日は雨でしょう」という予報が流れていた。

私は中止も想定しておかなくてはならないと思って、ほとんど寝ずに待機して25日を迎えました。ところが当日は青空が広がって、予想最高気温も34度。実はこの日が2003年初の真夏日だったんです。

真田 本当に天が味方していましたよね。

池田 そういうこともあって、みんなの中にさらに幸福感が情勢されていったのではないかな。

打ち水のルーツは「渋谷川」

真田 打ち水大作戦を思いついた背景を聞かせてくれませんか?

池田 ひとつは渋谷川を再生させようという「渋谷川ルネッサンス」というプロジェクトがあります。そのとき僕はすでに「アースデイマネー」という地域通貨をはじめていたのですが、この地域通貨というものは、なにかを達成するための手段であって、目的には成り得ません。なので、地域通貨の流通させることが必然となるような目的としてのプロジェクトが必要になり、それがどぶ川のような渋谷川の再生だったわけです。

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アースデイマネーの仕組み

真田 どうして渋谷川だったんですか?

池田 『エヴァンゲリオン』シリーズの庵野秀明監督が『ラブ&ポップ』という実写映画を撮ったこと、真田さんならご存知ですよね。その頃、僕は村上隆さんとよく一緒に仕事をしていたのですが、彼が『ラブ&ポップ』をベタ褒めして「ぜひ観るべきだ」とやたらと勧めてきて。

それで観てみたのですが、なにが一番印象に残ったかって、これがもう秀逸なエンディングロールなんですよ。エンディングは、女子高生4人が「あの素晴しい愛をもう一度」を歌いながらドブ川を歩いているシーンなんです。このドブ川はどこだろうと思いました。ずっと渋谷の話だったから、渋谷なのかなと。

それで、調べてみたら、そのドブ川が渋谷川だってことがすぐにわかったんです。渋谷で立ち上げたアースデイマネーのプロジェクトには東急電鉄の方が関わってくれていて、そのひとから「渋谷川はいまでこそすっかり汚れてしまっていますが、本当は“春の小川”のモデルとなった川だったんですよ」と教えていただいたんです。これはかなり衝撃的でしたね。それまで知らなかったんですけど。

この汚くなった渋谷川を春の小川として再生する、そのための地域通貨をアースデイマネーにしよう……。ヒラめいたんです。それで、春の小川を再生する活動を支援したり、活動している団体を見つけるためにさっそく動き出しました。

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渋谷川ルネッサンスのHPより http://www.shibuyagawa.net/

池田 しかし調べてみると、そんなことしている団体は一切なかったんです。困ったなぁと思っていたのですが、そんなときに目に留まったのがNPO法人渋谷川ルネッサンスの代表をしている尾田榮章(おだひであき)さんだったんです。本来なら私がやらなくてはいけないけれども、実際には地域通貨のほうをやらなくてはならないので、渋谷川の再生をやれる人はいないのかなと探していたんですね。

尾田さんは世界水フォーラムの事務局長として活躍していて、元建設省の河川局長の立場でありながらすごく大胆なことを言うような方でした。とある雑誌では「都市は春の小川の再生のようなことをやらなくちゃいかん」と熱く語っておられました。私はすぐこの人だと思いました。渋谷川の再生プロジェクトをやるのはこの人しかいない、と。

真田 そういう流れだったんですか。

池田 ええ。それで会いに行ったら、「おもしろい、やろう!」と二つ返事。それで、とんとん拍子にNPO法人渋谷川ルネッサンスが立ち上がることになりました。と同時に、僕も世界水フォーラムに関わるようになり、結果として世界水フォーラムが母体となって、打ち水大作戦本部がつくられることになったのです。

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渋谷川 Some rights reserved by i-eye

真田 それが2003年頃だったと。

池田 そうですね。そして私は打ち水大作戦終了後のレポートに、打ち水大作戦の成功の理由をひとつあげるならばそれは“近隣コミュニティの再生”だと記しました。

この近隣コミュニティの再生とは、まさに第三回の世界水フォーラムの閣僚宣言で出てきた考え方とぴったり重なっていたんです。「世界の水問題の解決のためには、近隣コミュニティの再生こそが鍵である」それが世界水フォーラムの閣僚宣言の締めの言葉だったんです。

真田 そうなんですか。

池田 そう。そしてそれをまさに体現したのが打ち水大作戦でした。2003年の打ち水が終わったとき、参加してくれたひとりの女性が、「近所の人と挨拶をして、またみんながひとつになれました」と教えてくれました。“また”ひとつになれたという部分が大きいかなって思っています。

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フランス・パリにて

「あの素晴しい愛をもう一度」

真田 池田さんの発想は、正面から社会問題に向き合おう、といったアプローチとはまったく異なりますよね。

池田 渋谷川の再生プロジェクトもそうなのですが、社会問題がうんぬんよりも、基本的には、おもしろそうじゃん、というのが常に活動の動機になっていますね。

真田 そんなふうに遊び心がありながら、みんなが共有できる夢を描くことが、たくさんの人が参加するソーシャルアクションには必要なんじゃないかなって思います。

池田 あの素晴しい愛をもう一度ですよ、本当に。

真田 まさに(笑)ひとつ伺いたいのは、その楽しいことに社会的な課題を組み合わせるようになったのは、どのような理由からでしょうか。

池田 打ち水大作戦もアースデイマネーも。博報堂時代に手掛けていた『広告』という雑誌に源流を見ることができます。あの本は世の中的にソーシャルを打ち出した最初の雑誌だろうと言われています。それが、その後の流れにつながっていくのですが、そうすると今度は、なぜ、そんな雑誌を作ったのかということになると思うんですね。

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真田 確か、池田さんは『広告』の編集長をなさっていましたよね?

池田 編集長じゃなかった時代もありますね。どちらかといえば、編集部員だった頃は雑誌づくりに大きくかかわっていて、編集長になってからはだんだん活動にシフトしていたと思います。あの雑誌はつくっている人も掲載されている人もみんな最先端を走っていて、とにかくエネルギーに満ち溢れていました。

「マーケティングなど意味がない」広告代理店のジレンマ

池田 そもそもこの雑誌が立ち上がったのは、広告代理店は社会の役に立つようなことをしているのだろうかという問題定義があったからでした。広告が社会に貢献するようなことをなにもできていないと感じていたのです。

インターネットの元年となった97年、みんながデスクトップパソコンを持ち、マックでオンデマンドでいろいろなものが作れる時代が幕を開けていました。しかし、その変化の時期に、広告業界が足かせのような働きしかしていませんでした。このままでは広告代理店なんていらなくなるだろうと私は思いました。

そして、広告代理店が社会貢献を行うならば、インディペンデントな若いクリエイターに道を開いていくくらいはやっておかないとマズイのではないかと考え、その問題定義を広告代理店に向けて発信していたのが『広告』だったのです。

真田 そうなんですね。

池田 個人的にはマーケティングなど意味がないと感じていました。たとえば、若者のニーズを探るにせよ、表層的なことでしか物事を見ていないような気がして。それなら自分自身で本当の意味で若者というものを捉えた媒体が作りたいと。それが『広告』だったのです。

そして、その中の一冊で、地域通貨の特集を行いました。ちょうどその頃、柄谷行人さんが論考の中で地域通貨に触れていて、論文を読んだ私はすごく興味を惹かれたんですね。儲けることではなく、自分たちで自己表現をしながら、人とつながっていくためには、円やドルの流通ではなく、地域通貨だろうと。そういう論点が出来上がったのです。そこで、雑誌の中で地域通貨をアジテーションしたのです。

真田 なるほど。

池田 雑誌は評判を呼びましたから、僕自身もそこからなにがはじまるのかワクワクしていました。しかし、実際に地域通貨をはじめようとする人は現れなかったのです。だったら、僕がやるしかないんじゃないかと思ったのです。

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インタビューは「タイヒバン」にて

実際のアクションを報告するメディアへ

池田 『広告』を通じて社会がおかしい、広告業界がおかしいという情報を発信していましたから、次第にそういうことに関心があるたくさんの人とつながりができていきました。そういった人たちと組めば、いろいろなソーシャルプロジェクトが作れると思ったんです。

そこで、この映画がおもしろい、本がおもしろいといった情報をまとめて配信するコンテンツは一切廃止して、自分たちで実際のアクションを伴う活動を行い、それを報告していくような媒体をつくろうとしたのです。

真田 なるほど。それで、そこから必然的にNPOが立ち上がっていくし、活動が付随しているから、池田さん自身が活動している人になっていくと。だとすれば池田さんの背景は、社会に対する想いが奥底にありながらも、大きくは広告業界への批判精神だったんですね。

それにしても、NPOや社会貢献活動に携わっている人の中で、このアプローチから入ってくる人はまずいないでしょうね。だからこそ、打ち水大作戦が生まれたとも言えそうな気もします。

池田 過激でしたから、すべてが。『広告』では9つくらいのプロジェクトの動きを追っていました。その中に打ち水大作戦は入っていませんでしたけれども。雑誌のいいところはちゃんと締め切りがあるところでね。どうしてもそこに間に合う形で経過報告をしないといけないのですが、そういう切迫感があると活動も進むんですよね。

真田 打ち水の活動って、必然的に生まれたのだとばかり思っていたのですが、たくさんの偶然が重なってでき上がったものだったんですね。

池田 無茶な企画もたくさんやりました。会社をクビになってもかまわないと思いながら雑誌をつくっていましたね。

原点としての「ダックレース」

真田 池田さんがプロジェクトをはじめるまでに経緯は一筋縄ではいかないですね。複雑で、アバンギャルドだからだからこそ面白いし、世の中に残しているものも大きいような気がします。

池田 なんとなくつながっていったというだけの話ですけどね。

真田 池田さんはもともと環境問題や社会貢献ということに興味を持っていて、黙々と研究をしたり、取り組みをしたりしたことが2003年に開花したというような、そういうストーリーがあると思って今日話を聞いてみたのですが、全然違っていて、すごく楽しかったです。

池田 冷静にどうしてそういう方向に走って行ったかを考えると、現在は株式会社ゼロフォースで代表取締役をなさっている泊三夫さんの影響が大きいですね。

僕が泊さんに出会ったのは1992、93年ごろのこと。当時から泊さんはずっと博報堂の中でソーシャル、ソーシャルと言っていて、マーケティングに嫌気がさしていた僕は非常に気になっていたんです。クリエイティブ的には大して儲かりそうもないことをやっていたのですが、いろんなことをたくらんでいらっしゃるし、外に開けた活動をしていたし、なんだろうなというところが興味を持ちまして。

真田 そうなんですか。

池田 雑誌に行ったのも、それをやっていたほうが泊さんと仕事をする機会が作れるかなという考えもあったからです。そんなわけで、泊さんの話だけで、一冊の雑誌をつくったこともありました。「私がソーシャルマーケティングです」という特集を組みまして。このときに泊さんの話を大々的に載せたのですが、あの人が当時、一番注目していたのが「ダックレース」だったんです。

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ダックレースの様子 Some rights reserved by dbrooker1

池田 ダックレースとは川に流したおもちゃのアヒルでレースを行うことです。ネットがちょうど普及したころに広がったムーブメントですね。非営利ながらちゃんと利益も出していこうと言う取り組みでした。どいうことをするかと言いますと、たとえば地域の問題解決のためにファンディングを行うわけです。

真田 「ジャストギビング」のような。

池田 そうです。たとえば300万円ドネーションしたいという目標を掲げたら、ただ寄付を募るのではなくて、ダックを買ってもらうんですよ。地元の店で、たとえば一匹5ドルくらいで売っているわけです。実際にはアヒルを買うわけではなく、シリアル番号を買うんですけどね。

それで、アヒルを一斉に川に流してレーススタート。優勝したアヒルのシリアル番号を持っていた人には商品が出るといった感じでした。それを地元のテレビ局が放映したりして、大いに盛り上がるわけです。泊さんはそいうことがやりたいとおっしゃっていましたね。

真田 なるほど。

池田 目の付けどころがおもしろいなと思って。それも大作戦感がありますよね。博報堂のなかにそういうおもしろいことをしている人もいて、それも伏線になっています。後は、雑誌作りを通じて、会社外のおもしろい人たちとどんどんつながれてた。そんなことの積み重ねです。

真田 池田さんのルーツがなんとなくわかってきたような気がします。すごく楽しい話を、今日はありがとうございました!

(対談終わり)


池田さん×真田さん対談、いかがでしたでしょうか?グリーンズでも大切にしている「楽しいからじはじめる」の原点が、ギュっと詰まっていたお話だったように思います。次回は「100万人のキャンドルナイト」の仕掛け人であるマエキタミヤコさんへのインタビューを予定しています。

そして8月23日には、打ち水大作戦10周年特別企画として、ソーシャルアクション10年をテーマにした「ソーシャルアクションフォーラム」も日本財団で開催します。打ち水大作戦、100万人のキャンドルナイト、グリーンバードの10年に学ぶソーシャルアクションのトークなどを予定していますので、ぜひ遊びに来て下さい!


10年続くソーシャルアクションから学ぶ
ソーシャルアクションフォーラム

writer ライターリスト

井上 晶夫

greenz ライター フリーランスのエディター&ライター。編集プロダクションや出版社を経てフリーランスとして活動開始。企業コンテンツや雑誌、ウェブの記事などを手がける。今、テーマとしているのは“対話”。

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