「日本の高校生の5人に3人が”自分が参加しても社会は変わらない”と言う」
この現状を変え、社会と自分に希望をもつ若者を増やすことができれば、日本はもっと明るい社会に変わるのではないでしょうか。
上阪徹氏著『「カタリバ」という授業』(英治出版)は、高校生のキャリア教育を担う認定NPO法人カタリバの起業から現在の発展までを描く一冊です。
大学生ボランティアが高校生に自分の物語を語り、好きなものや頑張っていることを問いかけていく。その答えを対話によって掘り下げ、「自分は何を大事にして生きていきたいのか」を高校生に気づいてもらう。一年間に100を越える学校に出向き、授業を行っています。
カタリバが立ち上がったのは2001年。新興のNPOが学校現場に関わるのは稀です。学校は外部機関に教育をゆだねるとき、実績や知名度を重要視します。そのため有名企業や大学が協賛して授業づくりをすることはよくあります。
カタリバはどうやって学校現場の信頼を培ってきたのでしょう。
「ねがい」が事業になるまでに
火の点いた人をもっと燃やすよりも、火が点いていない人に最初の小さな火をつけることの方がもっと大事なんじゃないか。
カタリバ代表・今村久美さんがカタリバを設立することになった、そもそもの問いです。
東京で充実した大学生活を送るなか、帰省した故郷の岐阜県。友人たちは「大学なんてつまらない」「面白くない」と口々に言います。
この差は”機会”のちがいによって生まれてしまうのではないかと洞察した今村さん。大学以前の段階で自分の人生や学ぶ意味について考える機会さえあれば、どこにいても充実した生活が送れるのではないかと考えます。
照準を高校生に定め、NPOとしてこのアイデアを実行していこうと決めました。大学卒業後、リクルートでアルバイトとして高校生に進学情報のガイダンスをしながら、ひたすら現場の先生や生徒から話を聴いく日々を続けます。なぜ事業立ち上げの準備期間にひたすら現場の声を聴き続けたのか。
今村さんと副代表の竹野優花さんの、絶対に成功させるのだという覚悟からでした。
社会事業と呼ばれるような仕事は”思い”からはじまることが多い。それは自然なことだと思いますが、この思いが単なる”思い込み”のままになっているケースも多いと思う。だから、徹底的に市場調査をしなければなりません。
最初にこうした取り組みをしっかりしておかないと、やろうとしていることがぼやけてしまうし、どうしてもやるんだという執着心も育たない。当事者の話を聞くことは自分の気持ちの確認作業にもなりました。
ヒアリングを続けるうちに、あくまで問題解決の主役は先生であり、自分たちはそのお手伝いだという発想に切り替わっていきました。すると、先生たちから信頼を寄せられるようになっていったのです。
学生だからできる事業
カタリバで実際に生徒に対峙する多くは、社会人ではなく学生ボランティアです。社会人経験の少ない人間が社会人をコーディネートするのは難しいと考えたためでした。結果的に、職業という色がついていない大学生の登用は成功をおさめます。
職業を背負っている人を提示することは「こういう仕事から選んでね」と既存の価値観を押しつけてしまう可能性も否定できません。はっきりした答えをまだもたない大学生だからこそ、高校生に「自分はどういう選択をするべきか」考えるヒントを与えることに徹せたのです。
大学生にとって高校はつい最近通った道でもあります。「ああいうふうに考えていれば…」「もっとこんな人とつきあっていれば…」など、過去の自分に言ってあげたかったことを目の前の高校生に託す。そこにあるのは”自分ごと”として生徒に向き合おうとする熱意です。
子どもの心を動かす原動力は、熟練した技術ではありません。「この子たちの人生に少しでも役立つことをしてあげたい」という情熱です。カタリバに参加する学生はそれに満ちあふれているから、生徒の心を惹きつけられるのでしょう。
教育からブレずに、裾野をひろげていく
カタリバが長年苦労してきた難題は”いかに収益を確立させるか”です。起業から4年後の2005年以降、メディアに取り上げられるほど知名度も上がり、実績もつみあがってきました。それでも高校の事業企画で法人運営に足る利益を上げるのは難しかったそうです。
本業以外の収益確保の道をさぐることもありました。企業協賛の企画・専門学校の広報・人材紹介など、さまざまなことを試したのち今村さんは決意します。
自分たちのやりたいことは日本中にカタリバ的なコミュニケーションを広げること、そのために時間と労力を使わなければならない。
教育を軸に可能性を模索してたどり着いたのは、私立大学向けにプログラムを提供する事業です。ちょうど大学側も中退防止策を試行錯誤しはじめたころのことでした。
嘉悦大学と組んで、初年次教育プログラムを行いました。4週間をかけて大学生活でこんなことがしてみたいという自身のストーリーをつくり、仲間の前でプレゼンテーションをします。30%だった中退率がプログラムを受けた世代は数人にとどまり、大学業界でも話題となりました。
ほかにも、企業向け対話型コミュニケーション研修や、さまざまな高校に通う生徒が集まって語り合うイベント、東日本大震災の被災地で放課後に学びと対話の場を提供する「コラボ・スクール」事業など、教育を軸に活動の裾野を広げている最中です。
学校の教師に敬意をもって足りていないところをサポートしていく。社会が学校教育にどう関わっていけばいいのか、カタリバのあり方はひとつの解を示しています。