greenz.jpの連載「暮らしの変人」をともにつくりませんか→

greenz people ロゴ

「大切なのは謙虚であること」。デザインで医療問題を解決するHan Phamさんに聞く、「未来を変えるデザイン」とは

yellow2

5月16日から、社会問題を解決する企業の取り組みを紹介する、「未来を変えるデザイン展」が東京ミッドタウン・デザインハブで開催されています。 人口爆発、貧困、環境破壊、エネルギー問題、高齢化社会など、 あらゆる分野で人類が抱えている課題。こうした課題解決のために、デザインは大きな力を発揮します。

デザインによる問題解決といえば、世界中の事例を数多く紹介した2010年に開催された「世界を変えるデザイン展」のことを思い出す方も多くいらっしゃるのではないでしょうか?途上国の課題を中心に、様々な問題に対してデザインによる解決に臨むプロダクトたちが紹介されていました。

数多くのプロダクトの中でも、医療現場で使用した注射器の針を安全に処理できるようにしたキャップ「Yellow One Needle Cap」は大きな注目を集めました。このキャップは2007年に世界最大規模のアワード「INDEX: Design to improve life」で見事受賞を果たし、デザインは医療問題に対しても力を発揮し得ることを私たちに教えてくれました。

先日、このキャップのデザイナーであるHan Pham(ハン・ファン、以下ハンさん)が来日され、丸の内エコッツェリアでトークセッション「ソーシャルイノベーションで世界を変える」が開催されました。このイベントに参加し、ハンさんのデザインに対する姿勢をたっぷり伺うことができたので、Yellow One Needle Capの話から、これから先のデザインについてハンさんが語ったお話をご紹介します。

難民キャンプと医療問題

このYellow One Needle Capが生まれるきっかけとなる出来事は、彼女の子ども時代にまでさかのぼります。ベトナムで生まれたハンさんは、ベトナム戦争を子どもの頃に体験します。当時、資本主義から社会主義へと急速に移行していたベトナムでは、都市部から多くの人々が難民となり、アメリカ、オーストラリアや近隣諸国に亡命していきました。

ハンさんは西ドイツの船でシンガポールへ渡り、難民キャンプに入りました。 そこで受けた予防接種から感染症にかかり一週間以上寝込むことになります。命は助かったものの、とても苦しい想いをしたことが、後にハンさんを医療問題に向かわせるきっかけに。

その後、デンマークで暮らし始めたハンさんは、デザイン領域における大学の名門、コリング大学でプロダクトデザインを学びます。北欧デザインの中でも機能美を誇るデンマークで、生活を豊かにするための機能的なデザインを学ぶものの、「私にとって意味があるデザインを探していた」と、幼少期の難民キャンプでの経験から、何かできないかと考え始めました。 そして難民キャンプから25年後、ハンさんはスクールでデザインリサーチを始めます。

Portrait_Han_Pham
Han Phamさん

問題を発見するためのプロダクトデザイン

問題解決に取り組むためには現場に入り、十分な調査が必要になります。難民キャンプの医療問題に取り組むにあたり、適切なデザインリサーチを実施するためにも、 現場の状況を詳しく知りたかったハンさん。

しかし、デンマークと難民キャンプの間を何度も往復するほどのの資金はありません。 そんな時、彼女はWHO(世界保健機関)から「国境なき医師団」の紹介を受けたそうです。 彼女の想いに共感して一緒に取り組んでくれる医師を探し続け、 2ヶ月半後、ついにパートナーを見つけます。

ソマリア・ケニアで6ヶ月半に渡り、作成した質問リストをもとにヒアリングを行い、少しずつ医療針から起きる感染症の課題が見えてきました。

医療針が原因の感染症の80パーセントは、ワクチンを打った後、医師が注射針を折るときに感染します。 そして、20パーセントは注射針を廃棄するときです。 そう、注射針、点滴、注射器 などは支援などによって配らえても、廃棄のための処理道具が配られないことが、大きな問題となっていたのです。

丹念にリサーチしたことで問題点が判明し、次はその課題を解決するプロダクトをデザインします。ハンさんが目標にしたのは、「3秒で言葉が読めない人でもわかるデザインにすること」。

世界の2歳以上の子どもが世界共通で解るものがスケルトンと、世界共通で”危険”を示す黄色を使い、触ってはいけないことを誰にでも印象付けます。 医師が間違って針を手に刺さないように、キャップの傘を大きく広げています。

yellowoneneedlecap_function
完成したYellow One Needle Cap

はじめの試作品は、缶にはめる形式ではなく、キャップと缶が一体になった容器でした。しかし、ここで課題になったの費用でした。

資金的に国境なき医師団でさえも買い揃えることができず、コストを抑えなくてはならないことが新たな課題でした。

そこで、容器の部分のコストを削減するために、缶にはめるキャップだけにして、容器の部分のコストカットに繋げました。リサーチとプロトタイプを繰り返しながら生まれたYellow One Needle Capは、完成後の2006年から7年間で48カ国にまで広がっています。

デザインの先進国への適用:リバース・イノベーション

発展途上国の間に広がったYellow One Needle Cap。 注射針によって引き起こされている問題は、彼女が住むデンマークにも存在していました。若者の麻薬中毒者が多い首都コペンハーゲンでは、ドラッグを使用した注射器が小さいこどもたちが遊ぶ場所などに廃棄され、怪我をするなど危険な状態になっていました。

ハンさんは、この問題も解決しようと早速デザインリサーチを始めます。

中毒者の人たちにも密着してリサーチを行い、彼らの気持ちがわかるまで同行調査をし、ニーズと必要性を調べ上げました。

彼女が作成したケースは、タバコの箱くらいの大きさ。おしゃれに携帯でき、試作品10個と作って持っていったところ、すべて盗まれてしまいました。「受け入れられたってこと。上手くいったと思ったわ!」 と笑い飛ばすハンさん。

urban_needle
中毒者のために考案された「Urban Needle Box」

難民キャンプなど貧困地域で起きたイノベーションが、先進国における医療問題の解決にも繋がっています。これは「途上国で最初に採用されたイノベーション」が先進国にも普及する「リバース・イノベーション」の事例とも言えるのではないでしょうか。

デザインは謙虚さから生まれる

社会問題を解決するデザインを生み出すハンさん。でも彼女はデザインを特別なスキルとは捉えていません。

私は自分のことをイノベーターだとは思っていません。皆さんと同じように、私も社会にとって意味がある仕事をしているだけです。デザイナーは、何か特別な存在に見られていますが、私はそうは思いません。デザイナーの仕事をみなさんのところへ引き下げたいのです。

デザイナーは課題を解決するために、相手よりも立場が上に見えます。しかしハンさんはデザインリサーチの中で徹底的に相手から学ぶ姿勢を持っています。講演の中で「Be humble(謙虚であれ)」と何度もハンさんが言っていた通り、デザイナーも課題を解決される人と同等の立場でいることを意識する必要があるのでしょう。

日本のデザイナーは世界で通用する高いレベルにあるとハンさんは話していました。謙虚な国民性を持つと言われる日本人だからこそできるデザインが今後、誕生してくることに期待したいですね。

(Text:柳澤 龍)

柳澤 龍
株式会社ガイアックス オンラインマーケティング部所属。”東京を編集する”をコンセプトにした集団「TOKYO beta」、イベントを軸にしたシェアハウス「まれびとハウス」立ち上げメンバー。時代にあった美術館・博物館・公共施設のあり方を研究しながら、アートや政治と街を身近にするプロジェクトや学びのコミュニティの構築を実践中。
Twitter:@ryu1023